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◆飼料輸送
2001.12作成 2013.1.2抜本的更新開始  2013.1.6公開 2013.1.20訂補
1995.12 知多駅・くみあい飼料の輸送に使われたホキ2200形
<目次>
はじめに
1.全 農 系
全国各地のくみあい飼料 全農サイロ
2.大手・中堅メーカー
日清丸紅 飼料
日本農産工業
中部飼料
協同飼料
日本配合 飼料

伊藤忠飼 料
明治飼糧
清水港飼 料
豊橋飼料 その他
3.国 鉄 系
日本飼料ターミナル
4.穀 物 基 地
全国の穀 物基地
千葉共同サイロ

◆はじめに
 かつて国内の飼料輸送において、鉄道貨物輸送が占める割合は高く、特にホキ2200形貨車による飼料輸送は、物資別適合輸送の代表的な成功例の1つとし て位 置付けられていた。全国各地の飼料工場で鉄道貨物輸送が行われ、主に臨海部の大型飼料工場から内陸の中小の飼料工場及びストックポイントへホキ2200形 を中心に運用がされていた。個 別の荷主ごとに鉄道貨物輸送が行われたのはもちろんのこと石油輸送における日本オイルターミナル鰍ニ同様に国鉄の物資別適合基地である「日本飼料ターミナ ル梶vも設立され、物流の効率化が試みられた。 しかし石油輸送と大きく異なるのは、国鉄末期から急速に衰退が始まり日本飼料ターミナルは 解散に追い込まれ、1990年代半ばまでにホキ2200形による飼料輸送は全滅したという点だ。物資別適合輸送の花形だったものが急速な衰退で姿を消した という点はク5000形による自動車輸送と似ているようにも感じる。しかし自動車業界と鉄道貨物輸送の関係は自動車部品のコンテナ輸送などの面で活用を模 索する動きが今なおあるのに対して、飼料業界も一部で鉄道コンテナ輸送を行うものの積極的な活用という面では動きは見られない。かつて全国各地で行われて いた鉄道による飼料輸送の全貌を明らかにするのは今 や難しいと思われるが、そ れを解明していくのがこのページの目的であり、今後の鉄道コンテナ輸送への手掛かりにもなればこれほど嬉しいことはない。

▼国鉄の車扱貨物の品目別輸送量の飼料(飼料、配合飼料)の推移  (単位:千トン)
年度
1955
1960
1965
1966
1967
1968
1969
1970
1971
1972
1973
1974
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
飼料
965
2,074
3,581
3,795
3,877
3,979
4,438
4,936
4,884
4,658
4,374
3,970
3,549
3,494
3,313
3,192
3,439
2,873
2,275
1,701
1,114
465
272
169
(出典:『貨物鉄道百三十年史』日本貨物鉄道株式会社、2007年、付p215・p218)

 国鉄の飼料輸送のピークは1970年度の約494万トンである。1960年度は約207万トンだったので、10年間で約2.5倍に増加したことになる。 しかしその後の減 り方も凄まじいものがあり、特に1980年代に入ると急激に落ち込んでいるのが分かる。日本飼料ターミナルが解散した1986年度は僅か約17万トンにま で減っている。
 「昭和 58年(1983)版専用線一覧表」を「昭和50年版」と比較してみると、飼料メーカーの専用線が廃止になってしまっている例が少なくないのだが、輸送量 を見れば納得せざるを得ない。

▼JR貨物の車扱貨物の品目別輸送量の飼料(飼料・配合飼料)の推移  (単位:千トン)
年度
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
飼料
81
46
28
23
21
18
13
1
(出典:同上記)

 そしてJR貨物発足後はもはや数字としては取るに足らないレベルで、年間数万トンが細々と続き1994年度を最後に車扱による飼料輸送は全滅した。
 尚、飼料原料(トウモロコシなど)はこの統計には含まれていないようだ。車扱(ホキ)による飼料原料輸送は1995年度末で全廃となった。


1.全農系  

全国各地のく みあい飼料
 ホキ2200形による飼料輸送は、全農系のくみあい飼料≠ェ黎明期から導入し、最期まで使用したのもまたくみあい飼料 であった。また全農はホキ2200形が不足していた当時に独自にホキ8300形(トウモロコシ及びコゥリヤン専用)の私有ホッパ車を導入することまで行っ た。くみあい飼料のホキ輸送は、大部分が名古屋以東の東日本で行われたようで、西日本には専用線が殆ど存在しなかったことも特徴的である。そんなくみあい 飼料関係の鉄道貨物輸送から纏めてみることにしよう。
1995.12 知多駅 全農所有のホキ8304

▼「昭和41年10月ダイヤ改正」によるホキ2200形の全購連のトウモロコシ輸送
発 駅:専用線
着   駅
着 荷主
備  考
浜川崎
東洋埠頭

陸 前古川
磐城守山
赤城
宮城県く みあい飼料
福島くみあい飼料
関東化成工業
後に石巻 埠頭駅(東北くみあい飼料)発送に変更。
1968年10月に宮下駅(福島くみあい飼料)の発送に変更。
浜川崎〜赤城のホキ2200形による飼料原料輸送は1996年9月廃止。
清水港
鈴与倉庫
磐 田
辰野
南甲府
東海くみ あい飼料
信州飼料工業
坂本産業(合名)
1971 年7月に知多駅(東海サイロ、後の全農サイロ)専用線設置。磐田行き8両輸送。
同上記。1971年10月辰野行きホキ2200形5両輸送設定。(参考文献:『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年)
全購連東京支所による輸入トウモロコシのバラ輸 送が1964年からワム車を用いて清水港〜南 甲府で実施されていた。
それがホキ2200形による輸送に変更されたものと思われる。
(参考文献:「輸入トウモロコシのバラ輸送」『貨物』第14巻第8号、1964年、p30-31)
新 湊
荻布倉庫
篠 ノ井
長野くみ あい飼料
1971 年10月に知多(東海サイロ)〜篠ノ井でホキ2200形8両輸送設定。
(参考文献:『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年)
(「昭和41年10月時刻改正について」『貨物』第16巻第10号、1966年、p22及び「昭和42年版専用線一覧表」等より作成)
1990.10 浜川崎駅・東洋埠頭叶齬p鉄道、ホキ2200形とホキ10000形(石炭専用)が並ぶ
急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました (2013.1.20)。ありがとうございます!!

 このダイヤ改正時点で清水〜磐田は既に輸送実施中とのこと。このように全購連(後の全農)は日清製粉日本製粉と同様にホキ2200形の導入が早 かった。
 当時は臨海部の輸入サイロが限られており、上記輸送の発駅は大きく変化した。

 そこで全国各地のくみあい飼料≠フ専用線を「昭和50年版専用線一覧表」及び「昭和58年版専用線一覧表」を中心に抜粋し、纏めてみた。
 東日本を中心に全国各地に専用線があり、主に臨海部の飼料工場又は飼料サイロから内陸部の飼料工場に飼料原料を輸送していた。
1987.3 相老〜新桐生間を走るK402レ(浜川崎行き返空)
急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました (2013.1.20)。ありがとうございます!!

▼くみあい飼料≠フ専用線一覧
社   名
専  用 線
所管駅
備  考 ・ 輸 送 内 容 など
ホクレン
くみあい飼料
港南
(苫港開発)
1976年 3月28日に港南駅にホクレンくみあい飼料鰍フ専用線の輸送開始。(参考文献:『苫小牧港開発株式会社二十年史』1980年、p259)
港南〜帯広(貨)
で飼料原料輸送を行っていたと思われる。
ホクレン
くみあい飼料
帯 広(貨)
1976年4月操業。港南駅から飼料原料が到着か。
2011年春閉鎖、士幌町に新工場設置。(ホ クレン、飼料工場を再編 11年春2カ所閉鎖、士幌に新工場)
ホクレン
くみあい飼料
浜 釧路
昭和50年版では釧路くみあい飼料梶@昭和58年版では使用休止。
北東北
くみあい飼料

葛、栄の第三者利用者、昭和50年版では青森県くみあい飼料
工場は1983年7月に八戸飼料穀物コンビナートに移転。
日本海飼 料
穀保町
日本通運鰍フ第三者利用者
1984年12月に日本海飼料の専用線が廃止。(参考文献:『秋田臨海鉄道30年のあゆみ』2001年、p45)

▽秋田臨海鉄道の日本海飼料の発着トン数の推移 (単 位:100トン)
年  度
1971
1972
1973
1974
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
発  送
199
202
284
155
233
274
290
290
324
294
248
245
135
6
到  着
306
284
349
203
308
384
415
389
379
343
312
274
240
65

504
614
633
358
541
658
705
679
703
637
560
519
375
71
(出典:『秋田臨海鉄道30年のあゆみ』2001年、p128-129)
赤字はピークを示す。尚、数量は秋田臨海鉄鉄道の品目別発 送・到着トン数(上掲同書)の「飼料」とほぼ一致する。
岩手
くみあい飼料
二 枚橋
1973年 12月に岩手くみあい飼料鰍ェ操業開始。(参考文献:『盛岡鉄道管理局25年史』1976年、p426)
石巻埠頭〜二枚橋
でホキ9800形を用いて飼料輸送。運用については福田孝行氏のwebサイト内の「ホキ8300形 8314」を参照。
1993年廃止。
山形
くみあい飼料
蔵 王
1998.9蔵王駅・山形くみあい飼料
1985年3月ダイヤ改正では石巻港〜蔵王に飼料専用列車が設定。
1988年3月ダイヤ改正では存在しないが、廃止時期不明。
2008年12月工場閉鎖。(北 日本くみあい飼料 酒田・山形2工場廃止)
東北
くみあい飼料
石 巻埠頭
1994.4 石巻埠頭駅・石巻埠頭サイロ専用線跡
急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました (2013.1.20)。ありがとうございます!!
第三者利用者に石巻埠頭サイロ
石巻埠頭〜二枚橋・蔵王・古川に飼料輸送を行っ ていた模様。最後まで残った二枚橋(花巻空港)向けが1991年3月ダイヤ改正で廃止。
宮城県
くみあい飼料
古 川
石巻埠頭〜古川で飼料輸送を行っていたと思われる。廃止時期不明。
庄内
くみあい飼料
酒 田港
2004.6 酒田港駅・東北東ソー化学叶齬p線と庄内くみあい飼料
東洋曹達工業且田工場の専用線の第三者利用者
2008年9月に工場閉鎖。(北 日本くみあい飼料 酒田・山形2工場廃止)
新潟
くみあい飼糧
佐 々木
詳細不明。
新潟
くみあい飼糧
犀 潟
詳細不明。
福島
くみあい飼料
宮下
(福島臨鉄)
操業は 1968年10月。飼料の輸入原料を京浜〜宮下駅で、発送(飼 料)は宮下〜磐城守山でそれぞれ鉄道貨物輸送された。
1983年10月19日に専用線廃止。(参考文献:『いわき小名浜の鉄道のあゆみ』1999年)
福島
くみあい飼料
磐城守山
昭和58年版では専用線廃止。2004年工場閉鎖。2006年11月に 磐城守山を訪問するも 跡形も無く現地が分からなかった。
関東化成 工業
赤城
(東武鉄道)
1987.3 赤城駅(K404レ)
急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました (2013.1.20)。ありがとうございます!!
1994 年時点では浜川崎〜赤城はホキ2200形が16両運 用。(参考文献:「私鉄の貨物列車」『鉄道ダイヤ情報』No.125、1994年、p30)
1996年9月26日の空車回送を最後に運転終了。(参考文献:「東武の貨物列車」『鉄道ピクトリアル』通巻第647号、1997年、 p153)
2003.5 赤城駅・JA東日本くみあい飼料
千葉
くみあい飼料
食品南
(京葉臨鉄)
食品南駅は1975年5月開業。専用線も同時に開業。
取扱いは、小川町清水吉原浜網走を発駅にグルテンフィード炭酸カルシウム大豆粕配合飼料が到着していた。
発送は殆ど無かった模様。1988年 6月に専用線は廃止。
(参考文献:『京葉臨海鉄道20年史』1983年、『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社、1999年)
東日本
くみあい飼料
神栖
(鹿島臨鉄)
全国農協連の第三者利用者
1973年1月4日に使用開始した全農専用線による神栖〜宇都宮(タ)の 全農関係の出荷が始まったが、日本飼料ターミナル向けの輸送と
思われる。
(参考文献:『鹿島臨海鉄道株式会社30年史』2000年、p27)

▽鹿島臨海鉄道の品目別輸送量(飼料原料)の推移 (単 位:千トン)
年  度
1972
1973
1974
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
飼 料原料
19
125
130
132
150
147
151
150
132
130
122
123
122
123
57
(出典:『鹿島臨海鉄道株式会社30年史』2000年、p100)

くみあい 食糧
千鳥町
(神奈川臨鉄)
千鳥町駅分岐のくみあい食糧・川崎飼料工場専用鉄道は、1974年以降閉鎖していたが、全農が同社の一切の権利を継 承して新たに
低温倉庫を建設し、米穀の搬出入を行うこととな り、1976年12月11日から使用を開始した。
(参考文献:『神奈川臨海鉄道30年史』1993年、p40)
長野県
くみあい飼料
辰 野

1997.3辰野駅・くみあい飼料専用線、既に使用中止

2002.10
知多〜辰野の飼料輸送は1996年3月ダイヤ改 正で廃止された。工場は2003年に閉鎖。2011年4月現在で更地化。
長野県
くみあい飼料
篠 ノ井
1996.8 篠ノ井駅・長野県くみあい飼料叶齬p線
1966年10月から新湊〜篠ノ井で飼料輸送実施。(『貨 物』第16巻第10号、1966年、p22)
その後、1971年10月に知多〜篠ノ井で飼料輸送開始。(参 考文献:『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年)
東海
くみあい飼料
(磐田)
専用線は無し。
製造規模が小さい点、原料が鉄道貨車での供給である点、街中 で操業に様々な制約を受ける点、工場が老朽化している点などから
移転をすることになり、1989年7月に清水埠頭蒲p地内に 東海くみあい飼料叶エ水工場を建設し稼働した。
(『50年史 清水埠頭株式会社』2008年、p38-39)

※ちなみに同様に磐田駅に工場と専用線のあった富士製粉梶i現、日東富士製粉)も清水港に工場を移転した。

静岡県経 済農業
協同組合連合会
金指
1995.1 金指駅 サイロが残るが既に使用停止?
知多〜金指で飼料原料積のホキ車及びハワムが設定。(参 考文献:『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年)
食品南(日清製粉)〜金指で飼料輸送を行ってい た模様。(参考文献:『京葉臨海鉄道20年史』1983年)
東海
くみあい飼料
知多
(名古屋臨鉄)
2002.2 知多駅・全農サイロ叶齬p線跡
全農サイロ鰍フ専用線の第三者利用者
知多〜辰野・篠ノ井・磐田・金指・松任で飼料輸 送を実施。
◇1971年10月に篠ノ井行き8両、辰野行き5両で専用貨物列車を設定。磐田行きは1971年から8両輸送。
◇1973年10月に中央本線電化による輸送力増強で、篠ノ井行き11両、辰野行き9両の20両で運転。磐田行きは1973年から9両輸送。
◇1980年10月に金指行飼料原料積のホキ車及びハワム各4両、石油類タキ3両、磐田行きホキ9両、その他行きを纏める専用貨物列車増設。
◇東海くみあい飼料鰍フ金指、松任行き配合飼料(袋物)を輸送するため、ハワム12両の配置がされている。
(参考文献:『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年)

最後まで残った辰野向けのホキ輸送は1996年3月廃 止。
(名称不 詳)
くみあい飼料
保税蔵置場
(1995年8月
現地調査)

(新湊)
1995.8 新湊駅
くみあい飼料関係の専用線は無し。上記写真は富山県(一号線)専用線。新湊駅の配線は「懐かしい駅の風景〜線路配線図とともに」 の
新 湊 1979/9/30にある。これは凄い!また私が1995年8月に現地調査した際の配線はこちら
くみあい飼料の企業名も不明。新湊〜松任・羽咋で 飼料原料輸送を行っていたのか?2011年10月に現地訪問した際は、跡形も無く更地化。
石川県く みあい
運輸
松任
1995年8月に現地を目撃した際は、飼料用サイロのようなものが残っ ていたが、既に使われていないようだった。
知多の東海くみあい飼料鰍ゥら飼料原料が到着。新湊からも到着か?
松任駅におけるホキの荷扱いの様子は、「懐かしい駅の風景〜線路配線図とともに」 の松 任1979/10/1にある。
石川県く みあい
運輸
羽咋
詳細不明
神戸
くみあい飼料
湊川
「昭和45年版専用線一覧表」に存在。昭和50年版では廃止。
山陰
くみあい飼料
(境港)
専用線は無し。また飼料原料の到着は袋物によるものだけで、ホッパ車によるバラ物は無かったとのこと。
詳細は、拙web「貨物取扱駅と荷主」の境港駅の当該項を参照。
広島県
経済農協連
西 三次 ホキ2200形による飼料の到着が西三次駅には存在した。発駅は宇品 か?
詳細は、拙web「貨物取扱駅と荷主」の西三次駅を参照。
門司
くみあい飼料
門司
日本製粉竃蜴i工場の第三者利用者
「昭和58年版専用線一覧表」では無し。
大分協和 飼料
日出
1966年9月に大分協和飼料叶ン立。現在は、JA北九州くみあい飼料 椛蝠ェ工場
2006.3JA 北九州くみあい飼料椛蝠ェ工場


▼2001年現在のくみあい飼料会社一覧
各地域 社名 旧社名 工場立 地 近隣の全農サイロその他備考
ホクレンくみあい飼料 ホクレン組合飼料 釧路西港工場
北見工場
帯広工場
苫小牧工場
浜釧路駅、釧路サイロ

帯広(貨)駅
港南駅
北日本くみあい飼料
(1997年10月発足)
北東北くみあい飼料
岩手くみあい飼料
日本海飼料
東北くみあい飼料
庄内くみあい飼料
山形くみあい飼料
福島くみあい飼料
八戸工場
花巻工場
秋田工場
石巻工場
酒田工場
山形工場
郡山工場
八戸事業所(全農サイロ)
二枚橋駅=工場残存
穀保町駅
石巻埠頭駅=工場残存
酒田港駅
蔵王駅
磐城守山駅
関東くみあい化成工業
(1992年発足)
関東化成工業
群馬くみあい飼料
赤城工場
群馬工場
(2008年5月閉鎖)
赤城駅、浜川崎の東洋埠頭から輸送。

2003.5 赤城工場内にはスヰッチャーが残る。
栃木くみあい飼料   小山工場
2008年5月閉鎖
東日本くみあい飼料 東日本くみあい飼料
千葉くみあい飼料
鹿島工場
千葉工場
神栖駅、鹿島(全農サイロ)
食品南駅
信越くみあい飼料 新潟県くみあい飼料
長野県くみあい飼料
新潟工場
辰野工場
新潟(全農サイロ)
辰野駅、辰野工場はもともと知多から原料を移入していたのだが…。
東海くみあい飼料
知多工場
蒲郡工場
清水工場
知多駅、東海(全農サイロ)
2009年3月閉鎖
磐田工場が移転
西日本くみあい飼料 神戸くみあい飼料
岡山くみあい飼料
神戸工場
水島工場
神戸(全農サイロ)
四国くみあい飼料
坂出工場
小松島工場
宇和島工場

北九州くみあい飼料
(1985年10月発足)
福岡くみあい飼料
長崎協和飼料
大分協和飼料
福岡工場
長崎工場
大分工場
福岡市中央区那の津
佐世保市干尽町
日出駅
熊本くみあい飼料

1973年7月操業 味の素系の三楽鰍ニ全農系の折半出資。
2010年10月JA北九州くみあい飼料鰍ニ合併
南九州くみあい飼料
(1982年4月合併)
鹿児島くみあい飼料
宮崎くみあい飼料
南九州くみあい飼料
錦江工場
日向工場
谷山工場
志布志工場
1987年3月閉鎖
日向市大字日知屋字新開
鹿児島市南栄4丁目
1987年6月操業 志布志(全農サイロ)
沖縄飼料協業組合




◆全農サイロ株式会社  
 トウモロコシ、マイロなどの飼料原料や食用油などの基となる油糧原料、さらには味噌や豆腐などの食品原料となる大豆類からアルコールの原料となるトウモ ロコシまで、我々の生活に1日たりとも欠かすことのできない多種多様な穀物類。
 アメリカをはじめカナダ、EU諸国、アルゼンチン、ブラジル、オーストラリア、中国、インドなど世界各地から海を経て輸入される穀物などの原料を、安 全、確実な管理体制のもとサイロなどの最新設備に保管し、さらに飼料メーカーや食品メーカーの工場まで送り届ける。これが、全農サイロの大きな役割だ。
 また、飼料原料や油糧原料の輸入への依存度が高まるなか、入出庫、保管、品質管理から配送システムまで一元化したサイロビジネスを築くことによって、穀 物物流の合理化、穀物コストの低減化にも寄与している。
 全農サイロが取り扱う原料は、年間約450万トンという膨大な規模。その多くが海外から輸入されるものだが、その主力を担うのがサイロ事業。現在のサイ ロは多様なニーズ、多様な取り扱い品目に対応するべく多機能化、高機能化が進んでいる。高精度の計量器によって入出庫の数量管理は徹底され、さらには、粉 体貨物の固結に対処できるサイロも増えている。また一部では温度湿度調整システムを活用した品質管理を実施している。
 そして、ユーザーに届ける物流サービスも重要な業務のひとつ。飼料原料や油糧原料を、内航船による海上輸送やトラックによる陸上輸送を効率的に使い分 け、ユーザーのもとへと配送される。

▼会社概要
設  立
1968 年6月
資 本金
13億円
従 業員数
174名 (2012年4月1日現在)
事 業内容
・倉庫業
・埠頭業
・港湾運送業
・貨物運送取扱事業
・通関業
実 績推移

株 主構成
・全国農 業協同組合連合会: 90%
・東洋埠頭株式会社: 4%
・名港海運株式会社: 3%
・澁澤倉庫株式会社: 3%
(2013年1月現在の同 社webサイトより)

拠 点名
所 在地
設 置
収 容能力
備  考
八戸事業所
青森県八 戸市大字河原木字海岸24-21
2009 年

飼料用糖 蜜を6工場へ供給する機能を担っている
鹿島支店
茨城県神 栖市東深芝3
1970 年
サ イロ:250,405t

新潟支店
新潟県北 蒲原郡聖籠町東港3-6962-1
1988 年
サ イロ: 47,910t

東海支店
愛知県知 多市北浜町16
1969 年
サ イロ:152,260t

神戸支店
兵庫県神 戸市東灘区住吉浜町18
1968 年
サ イロ: 89,160t

志布志支店
鹿児島県 志布志市志布志町志布志3312
1987 年
サ イロ:108,300t

南九州事業所
鹿児島県 志布志市志布志町帖6127-1
2009 年

我が国最 大の肉用牛飼養地域である南九州地区に、輸入粗飼料を供給する基地として機能
釧路サイロ
北海道釧 路市西港2-102-4
1982 年
サ イロ:106,946t

(2013年1月現在の同社webサイトより)



2.大手・中堅 メーカー  
 飼料メーカー各社は、かつて各工場には必ずと言ってもいいほど専用線が敷設され、内陸部のストックポイントに向けてホキ2200形による飼料輸送を行っ ていた。しかし1980年代半ばまでに大半の専用線は廃止され、くみあい飼料∴ネ外のホキ2200による飼料輸送は、日本農産工業叶齬p線が1991年 5月に廃止されて全廃になったと思われる。
1992.10 新興駅、ホキ2200形が留置されているが、当時既に飼料輸送は全廃となっていたと思われる
急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました (2013.1.20)。ありがとうございます!!

  
 日清丸紅飼料鰍ヘ、2003年10月1日に日清飼料鰍ニ丸紅飼料鰍ェ経営統合して発足した。出資比率は、丸紅鰍ェ60%、鞄清製粉グループ本社が 40%となっている。
 日清飼料葛yび日清製粉且迫ソ部門の沿革と鉄道貨物輸送については、拙web「日清製粉グループ本社」の5.飼料部門に纏めて あるので、参照願う。


日本農産工業株式会社  
 三菱商事系。日本農産工業の前身・日本栄養食料鰍ヘ、日本人に廉価で良質な蛋白食品をもっと豊富に供給しようという構想の下に日清製粉の社長であった正田貞一郎氏によって設立された。
  「昭和58年版専用線一覧表」では以下の各駅に専用線が存在する。
拠  点 名
専 用線
所管駅
輸  送 内 容 な ど
日本農産 工業
浜 小樽

日本農産 工業
藤 寄
ストック ポイントか?
日本農産 工業
エビス工場
新 興
旧東急エ ビス産業鰍フ工場。1971年に日本農産工業、東急エビス産業、菱和産業の3社が合併。
日本農産 工業
横浜工場
横 浜本牧
1990.10 横浜本牧駅・日本農産工業専用線
急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました (2013.1.20)。ありがとうございます!!

国際埠頭叶齬p線を利用して飼料輸送を行うことになり、1973年12月1日に側線約810mを新設。
(参考文献:『神奈川臨海鉄道30年史』、p40)

▽本牧地区 飼料輸送量(発送・到着合計)の推移 (単 位:千トン)
年度
1973
1974
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
飼料
17
55
52
57
63
65
72
60
65
57
49
37
28
17
(参考文献:『神奈川臨海鉄道30年史』)

横浜本牧〜八戸(日 飼タ)・村崎野(日飼タ)・宇都宮(タ)(日飼タ)・倉賀野(日飼タ)・藤寄あたりに飼料輸送を実施か?
1991年5月20日にこの専用線は廃止された。
(参考文献:『神奈川臨海鉄道30年史』、p87)
2002.11 横浜本牧駅・日本農産工業専用線跡
日本農産 工業
知多工場
知 多
1995.12 知多駅
中央のサイロが日本農産工業。同社の古いノーサンマークが見える。
知多〜坂祝・能町で飼料輸送を実施か?
日本農産 工業
坂 祝
1996.12 坂祝駅
デンカの手前に日本農産工業のサイロが残り、↑のバラストが専用線の跡地と思われる。
日本農産 工業
能 町
ストック ポイントか?
日本農産 工業
坂出工場
坂出




   
 「昭和58年版専用線一覧表」による中部飼料鰍フ専用線は新興駅(辰巳倉庫鰍フ第三者利用者)、知多駅、藤寄駅の3カ所である。


日 本配合飼料株式会社  

 「昭和50年版専用線一覧表」による日本配合飼料鰍フ専用線は以下の通り。
専 用線
所管駅
工 場名・SP
輸  送 内 容 な ど

小樽工場
工場閉 鎖。浜小樽or手宮に側線があった?要調査
納 内 SP
小樽工場 から飼料到着か。
剣 吉
SP
塩釜工場 から飼料到着か。
塩 釜港
塩釜工場
葛T田商 店の第三者利用者
2011年東日本大震災により閉鎖。
京 葉市原
千葉工場
◇発送: 配合飼料を新潟地区倉賀野内原宇都宮(タ)に。倉賀野・内原・宇都宮(タ)は日本飼料ターミナル向けと思われる。
◇到着:魚肥、油粕、大豆粕が新興・高島・浜小樽・磯子から。
(参考文献:『京葉臨海鉄道20年史』1983年)
◇専用線は1985年6月廃止。(参考文献:『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社、1999年、p109)
◇工場は1988年9月閉鎖
入 江
横浜工場
工場は 1988年9月閉鎖。
南 松本
SP
清水工場 or知多工場から飼料到着か。
巴 川口
清水工場
鈴与倉庫 梶i南線)の第三者利用者
工場閉鎖
浜 松
SP
清水工場 から飼料到着か。
知 多
知多工場
1969 年10月に名古屋南港駅で日本配合飼料の貨物扱いを開始、1970年4月に知多駅の専用線を使用開始。
(参考文献:『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年、p88-89)
生 地
SP
知多工場 から飼料到着か。
八 鹿
SP
専用線 (0.1km)は1969年4月敷設。同年6月から神戸港〜八鹿で コトラ2両による飼料の定形貨物輸送を開始。
(参考文献:『福知山鉄道管理局史』1973年、p528、p530)



   
【沿革】
年  月
事  項
1946年9月
協同飼料 株式会社設立
1953年10 月
横浜工場 開設(鹿島工場開設に伴い1988年8月閉鎖)
1956年10 月
名古屋工 場開設
1960年1月
門司工場 [現 門司飼料株式会社] 開設
1980年12 月
石巻工場 開設
1982年9月
東北飼料 株式会社設立(他社との合併会社)
1988年7月
鹿島工場 開設、横浜工場閉鎖
1993年4月
苫小牧飼 料株式会社設立(他社との合併会社、室蘭工場閉鎖)
1993年12 月
八代飼料 株式会社設立(他社との合併会社)
1997年7月
門司飼料 株式会社設立
2003年8月
牛用飼料 の製造工程分離
(2003年8月名古屋工場・2004年10月石巻工場・2005年3月鹿島工場)
(2013年1月現在の同 社webサイトより作成)

 「昭和50年版 専用線一覧表」によると、協同飼料の専用線は以下の駅に存在する。
西室蘭南福島石 巻埠頭岡本入江(京浜倉庫鰍フ第三者利用者)、船見 町葛葉玉名
 この内、西室蘭(室蘭工場)、入江(横浜工場)、船見町(名古屋工場)、葛葉(門司工場)が工場の専用線で、その他はストックポイントと見られる。



  
【沿革】
年  月
事   項
1961 年2月
日本アミ ノ飼料株式会社創立。資本金3億円
1964 年4月
社名をア ミノ飼料工業株式会社に改称。
1980 年10月
河田飼料 株式会社と対等合併し社名を伊藤忠飼料株式会社に改称。
これにより、石巻、千葉、横須賀、名古屋、姫路、門司、福岡、鹿児島の8工場、飼料生産量120万トン体制となる。
1981 年9月
福岡工場 を閉鎖し、門司工場に統合。
1982 年7月
横須賀工 場を閉鎖し、千葉工場に統合。
1985 年12月
当社と伊 藤忠商事株式会社の出資により南九飼料株式会社を設立。
1987 年8月
南九飼料 株式会社志布志工場稼働。これにより実質8工場体制となる。
1992 年6月
門司工場 内に水産工場併設。
1994 年10月
南九飼料 株式会社を合併。当社志布志工場となる。
1996 年3月
姫路工 場、鹿児島工場を閉鎖。
1997 年9月
千葉工場 を閉鎖。これにより、畜産飼料生産は、八戸、石巻、門司、志布志の4工場体制に集約。
2012 年10月
八戸工場 を分社化し、八戸飼料株式会社とする。
(2013年1月現在の同 社webサイトより)

【鉄道貨物輸送について】
工 場名
専 用線
所管駅
輸  送 内 容 な ど
石巻工場
石 巻埠頭
石巻埠頭 〜八戸・村崎野で日本飼料ターミナル褐け輸送を行っていたものと思われる。
千葉工場

千葉市美 浜区新港(日本製粉の近隣)に工場があった。1997年9月工場閉鎖。
工場は貨物駅から遠いため、専用線が存在しなかったが、村田〜郡山(タ)で配合飼料の輸送があった。
(参考文献:『京葉臨海鉄道20年史』1983年)
ホキ車による輸送かどうかは不明だが、郡山(タ)駅の日本飼料ターミナル褐けか?
横須賀工 場
田 浦
1982 年7月工場閉鎖。

2002.11旧横須賀工場、周辺は相模運輸倉庫鰍フ専用線が張り巡 らされている。
田浦〜倉賀野で日本飼料ターミナル褐けの輸送 が行われていた。
ストック ポイント?

「昭和 50年版版専用線一覧表」には津駅の三重県醤油味噌工業協同組合の第三者利用者に
アミノ飼料工業鰍り。ストックポイントか?
門司工場
外 浜
九州内の 日本飼料ターミナル褐けに飼料を行っていたのか?
また「昭和50年版専用線一覧表」には、筑前山家駅にアミノ 飼料工業鰍フ専用線あり。



   

【沿革】(2013年1月現在の同社webサ イトより)
昭和26年11月(1951年):明治飼糧鰍設立。乳牛用配合飼料の製造を開始。
昭和38年08月(1963年):兵庫県加古川市に月産3,000トン能力の加古川工場を新設。
昭和39年04月(1964年):国有特許を使用し、子牛用人工乳の製造・販売を開始。
昭和43年10月(1968年):宮城県瀬峰町に月産5,000トン能力の瀬峰工場を新設。
昭和59年02月(1984年):釧路飼料鰍ノ出資し、北海道釧路市に月産5,000トン能力の工場を建設。
平成02年10月(1990年):茨城県神栖町に月産8,000トン能力の鹿島工場を建設。
平成07年04月(1995年):苫小牧市・北海道飼料鰍ノ出資し、商品供給を開始。
平成14年04月(2002年):北海道飼料鰍フ業務停止に伴い、子会社新北海道飼料鰍ェ資本を譲り受けて生産を開始。
平成19年07月(2007年):栃木県真岡市にTMR飼料生産及び、粗飼料流通基地として真岡センターを新設。
平成21年09月(2009年):仙台飼料鰍ヨの生産移管完了に伴い、瀬峰工場を閉鎖。

▼食品南駅・明治飼糧の輸送

主 なる着駅
主 なる発駅
主 要発着駅
矢  吹
宮  川
発 着主要品目
配 合飼料
米 ぬか、魚粕
(『京葉臨海鉄道20年史』1983年、p195・p197)

 沿革を見ると分かるが、千葉に明治飼糧の工場は無かったようだ。食品南駅の専用線はストックポイントだったということか?
 矢吹駅に明治飼糧の専用線無し。宮川駅は参宮線だが、飼料関係の専用線は無し。
 食品南駅の明治飼糧の専用線は、1985(昭和60)年6月廃止(『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社、1999年、p109)


豊橋飼料株式会社  

2001.8扇田駅
 花輪 線・扇田駅の大葛産業叶齬p線の第三者利用者に豊橋飼料鰍ェ あった。
 ご覧の通り工場と言うよりストックポイント的な規模・設備である。2001年8月訪問時には既に使用されていない雰囲気であった。

 どのような輸送が行われていたのかは一切不明である。同社の生産拠点の千葉工場は京葉市原駅の近隣に存在するのだが、専用線は保有していない。村田駅な どにトラックで横持ちして扇田駅まで輸送していたのだろうか?または他社から 飼料を融通してもらい、扇田駅のストックポイントまで輸送していたのであろうか?


その他  
 事業撤退したメーカー及び中小の飼料メーカーを纏めておく。

◆ニップン飼料株式会社  
 ニップン飼料鰍ノ関しては拙web「日本製粉株 式会社」内のニップン飼料鰍フ設立か ら解散までの項を参照されたい。



3.国鉄系  

◆日本飼料ターミナ ル株式会社
 1969(昭和44)年1月配合飼料のサイロ基地の建設と運営を目的にした「日本飼料ターミナル株式会社」を国鉄と日本農産工業日本配合飼料アミノ飼料の飼料メーカー各社と共同出資により設立した。配合飼料の中 継基地は、主要養鶏地の駅頭に設けることとし、1969年7月の竹松(長崎県)の開設を皮切りに全国計15カ所の中継サイロを建設した。駅構内の専用側線に 面して建設され、サイロ数は合計512基、総容積は10,780トンであった。
 飼料サイロ中継基地への輸送は、1972年度50万4,600トン、1973年度62万トンと順調に増え、全配合飼料輸送の約20%を占めていた。しかし1974年頃から鉄道に よる輸送の伸びが停滞するようになった。これは需要の増大に伴って飼料メーカー各社は生産能力の増強と物流コストの削減を図るために臨海部の原料サイロ及 び工場の生産能力の増強を図ったこと、畜産地の移動に伴う飼料工場の統合・新設を進めたこと、大口需要家へのホッパローリーによる産地直送体制を拡大した こと、などによるものであった。また1975年度以降、国鉄の度重なる運賃引上げと労働争議による不安定輸送が加わり、価格・品質面で競争力を失ったこ と、輸送の小単位化で列車単位の直行輸送が難しくなり、一般の集結列車利用では輸送時間がかかり顧客の要望に応えることができなくなったこと、加えて 1982年11月のダイヤ改正で車扱列車の大幅な削減を実施したこと、などが鉄道離れを加速させた。
 こうしたことから、中継基地への鉄道入荷は1978年度の73万7,255トンをピークに逐年減少傾向を辿り、1982年度は42万トンに減少し、 1983年には下土狩、竹松基地の鉄道入荷は無くなった。その他の基地の入荷量も急減し、1985年度は7カ所の入荷量は17.8万トンに減少した。飼料 サイロ基地の利用の減少により基地の閉鎖を余儀なくされ、日本飼料ターミナル鰍ヘ1986年10月に解散した。解散の要因として飼料の生産・物流構造の大きな変化があったとはいえ、運賃とサイロ使用料の値上げストライキや列車廃止などによるサービス低下であり、多くの教訓を残した事例であった。
(出典:『貨物鉄道百三十年史 中巻』日本貨物鉄道株式会社、2007年、p432-433)

▼飼料中継基地一覧
基 地名
営 業開始
サ イロ
基数・容量
敷  地
利  用 荷 主
備   考
帯 広
1969.11.19
38基 760t
3,700
5社
取扱い能 力は当時年間5万トン。
(『日本国有鉄道100年史』13巻)
八 戸
1970.8.27
32基 640t
1,900
3社
日清飼料、アミノ飼料、日本農産工業
月間到着 トン数は1970年2,500t、1972年度4,080tが見込まれていた。
村 崎野
1970.8.26
26基 520t
3,200
4社
日清飼料、アミノ飼料、
日本農産工業、日本配合飼料
20トン サイロ26槽、月間到着トン数は1970年1,500トン、1972年度2,700トン
が見込まれる。(『盛岡鉄道管理局25年史』p63)
郡 山(タ)
1977.3
不明
不 明
伊藤忠飼 料か?
他の飼料 基地が1969〜1971年にかけて開設されたのに対して、1977年の
開設と1カ所だけ新しいのが目立つ。
宇 都宮(タ)
1971.12
60基 1,200t
6,000
7社
日本配合飼料、日清飼料、全農など
全農神 栖〜宇都宮(タ)で飼料輸送(『鹿 島臨海鉄道株式会社30年 史』)
日本配合飼料京葉市原〜
宇都宮(タ)で飼料輸送(『京 葉臨海鉄道20年史』)
日清飼料大川〜宇都宮(タ)で飼料輸送
※拙web「貨物取扱駅と荷主」の宇都宮貨物ターミナル駅の当該項参 照
内 原
1969.3.26
70基 1,400t
5,800
8社
日本配合飼料など

2010.12内原駅 日本飼料ターミナル跡地
日本配合飼料京葉市原〜内原で飼料輸送(『京 葉臨海鉄道20年史』)
1986年11月サイロ閉鎖(『いわき小名浜の鉄道のあゆみ』p115)
倉 賀野
1969.11.11
52基 1,040t
3,400
4社
ニップン飼料、アミノ飼料、
日本農産工業、日本配合飼料
日本配合飼料京葉市原〜倉賀野で飼料輸送(『京葉臨海鉄道20年 史』)
※拙web「貨物取扱駅と荷主」の倉賀野駅の当該項参照

(「昭和40年代写真で見る国鉄の貨物輸送。」『東京人』通巻265号、2009年、p21)
下 土狩
1969.9.13
18基 360t
2,300
3社
日清飼料など
日清飼料大 川〜下土狩で飼料輸送
1983年に鉄道入荷が無くなる
豊 橋
1969.12.13
44基 880t
2,500
6社
知多駅と船見町駅に専用線が
ある右記の飼料会社が候補か。
・知多駅 の専用線:
 日本農産工業、日本配合飼料、大洋飼料、中部飼料、東海くみあい飼料
・船見町駅の専用線:
 協同飼料
竹 松
1969.7.25
24基 480t
2,300
4社
1983 年に鉄道入荷が無くなる
熊 本
1969.10.16
48基 960t
2,600
6社

高 鍋
1970.8
38基 760t
2,800
6社

2006.3高鍋駅 日本飼料ターミナル跡地と思われる空き地
伊 集院
1970.8
46基 920t
3,400
7社

東 都城
1971.4
32基 640t
2,400
4社
貨物取扱 い廃止に伴い1986年3月駅名を三股駅に再改称。
※サイロ基数・容量、敷地、利用荷主は、出典:中津川亨「物資別共同着基地について」『鉄道ピクトリアル』通巻第287号、1973年
 その他の参考文献:『盛岡鉄道管理局25年史』、『昭和44年度鉄道貨物輸送概況』日本国有鉄道貨物局、
『貨物鉄道百三 十年史 中巻』など

 九州内の飼料中継基地の利用荷主及び輸送体系が特に不明なままである。そこで「昭和50年版専用線一覧表」から九州内の飼料メーカーの発送拠点と思われ る専用線を抜粋してみると、 葛葉:協同飼料梶A門司:門司くみあい飼料梶i日本製粉の第三者利用者)、門司:豊橋飼料竃蜴i工場、外浜:日本農産工業竃蜴i第二工場、外浜:アミノ飼 料工業梶A博多港:丸紅飼料梶i福岡市(東浜線)の第三者利用者)、博多港:河田飼料梶A福岡港:日清製粉梶A西戸崎:日本農産工業兜汢ェ工場、日出:大 分協和飼料 、出水:鶏協飼料鰍フ8駅・10社・11工場が該当しそうである。
 また日本配合飼料鰍ヘ門司工場があった(1985年10月閉鎖)ようだが、専用線は見当たらない。側線扱いで貨物輸送をしていた可能性もありそうだ。



4.穀物基地  
 穀物は日本の食生活を支える配合飼料、油脂、コーンスターチならびに製粉などのメーカーに運ばれ、 これらのメーカーの工場で製造、加工された製品は形を変えつつ、最終的には消費者の手元に届けられることになる。飼料や油脂、製粉などの工場は臨海部に集 中していることが多いが、それは原料の穀物の大部分を輸入に頼っているからに他ならない。輸入された穀物はサイロに蓄えられるが、その保管用サイロを共同 出資の会社で運営されているものをここでは穀物基地と呼ぶことにする。この穀物基地を中心に飼料や油脂・製粉などの穀物コンビナートが形成されていること も多い。また社名は丸紅系が「○○グレーンセンター」、トーメン系が「○○グレーンターミナル」を用いるような棲み分けができているようで、それ以外の会 社は「○○サイロ」という社名になっている。
 尚、全農サイロも同様な穀物基地だが、既に前述したのでここでは省略している。

▼全国の穀物基地(全農サイロを 除く)
企業名 拠点名又は所 在地
サイロ容量 操 業開始
ユーザー
その他
十勝グレーンセンター
十勝
41,500トン
2010年10月
とかち飼料など
広尾グレーンセンター株式会社(仮称)
丸 紅webサイトより)
出 資者
出 資比率
丸紅
35%
上組
35%
パシ フィックグレーン
センター
30%
東北グレーンターミナル 八戸 128,000トン 1982年9月
東北飼料など
トーメン系
関東グレーンターミナル 鹿島(神栖) 193,000トン

関東グレーンターミナル
出資者 出資比率
トーメン各社 70%
丸紅 25%
中部飼料 5%
千葉共同サイロ
千葉市(食品南)
161,000トン 1968年9月
J-オイル、千葉製粉、日本製粉、
日清製粉、ヒゲタ醤油、キッコーマン、
ヤマサ醤油、日本ケロッグ、星野物産など
株主は住友商事、日清製粉、千葉製粉、
キッコーマンの4社
中日本グレーンセンター 碧南市(権現崎)
1969年
日本コーンスターチなど
丸紅と日本コーンスターチの共同出資
東洋グレーンターミナル 知多市北浜 59,000トン

トーメン系
東灘トーメンサイロ 東灘区住吉浜町 67,000トン

トーメン系
パシフィック
グレーンセンター
西日本支店(水島)
(旧西日本グレーンセンター)
 101,100トン 1968年10月 日清オイリオ、西日本飼料、JA西日本
くみあい飼料など
パシフィックグレーンセンター
(『四季報98年上期版』より)
出資者 出資比率
丸紅 67.2%
全国農業協同組合連合会 13.6%
ニッコー製油 7.6%
八代支店
(旧南日本グレーンセンター)
 63,740トン 1995年1月
八代飼料、熊本くみあい飼料、西田精麦、
九州昭和産業など
南日本支店(鹿児島)
(旧南日本グレーンセンター)
 238,259トン 1972年11月
日清丸紅飼料、南日本くみあい飼料、日和
産業、 全国酪農飼料、日本澱粉工業、
錦江湾飼料、竹之内穀類産業など
志布志サイロ
志布志市
131,600トン 1987年7月
九州昭和産業、日本農産工業、
伊藤忠飼料、志布志飼料など
株主は昭和産業、三菱商事、
I-サイロホールディングス(伊藤忠商事
100%子会社)、三井物産の4社
(2013年1月現在の各社webサイトなどから作成)


◆千葉共同サイロ株 式会社  
 鉄道貨物輸送と関係の無い立地が多い穀物基地だが、全ての基地が無縁だったわけではない。特に千葉共同サイロ鰍ヘ興味深い鉄道貨物輸送を展開していた。

【沿革】
年  月
事   項
1967 年4月
資本金 125百万円設立
1968 年8月
鋼板サイ ロ(収容力1,000トン)竣工
1968 年9月
操業開 始。初内航船入港(大豆粕)
1968 年11月
第1サイ ロ37,120トン竣工
1968 年12月
大型外航 船初入港(小麦)
1969 年1月
千葉製粉 向け原料搬送用コンベア完成
1969 年12月
内航船積 込設備(サイロ出し)完成
1970 年9月
飼料用大 麦取扱開始
1972 年5月
第2サイ ロ(44,640トン)竣工
1974 年9月
日清製粉 千葉工場向け原料搬送用コンベア完成
1974 年2月
京葉臨海 鉄道・食品線免許申請
1974 年9月
鉄道貨車(ホキ車)積込設備完成
1975 年5月
京葉臨海鉄道・食品線営業開始
1975 年9月
第3サイ ロ(22,230トン)竣工
1978 年3月
第4サイ ロ(8,520トン)竣工
1981 年3月
第3サイ ロ増設(24,188トン)竣工
1985 年10月
第1サイ ロ増設(15,394トン)竣工
1990 年2月
食品南駅の千葉共同サイロ叶齬p線が廃止
1990 年9月
専用側線 撤去跡に内麦受入設備(トラック用切込み)完成
(2013年1月現在の同社 webサイト及び『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社より)

▼取扱品目と主要取引先
取 扱品目
小麦、大 麦、とうもろこし、他穀物、植物油等
主 要取引先
(50音順)
阿部製 粉、伊藤忠商事、入正醤油、小川製粉、小川屋味噌、カーギルジャパン、笠原産業、
かちどき製粉、兼松、キノエネ醤油、キッコーマン、組合貿易、J−オイルミルズ、昭和産業、
住友商事、双日、高橋製粉、千葉県醤油工業共同組合、千葉製粉、千葉埠頭サイロ、
東京製粉、豊田通商、日本ケロッグ、日清製粉、日本製粉、農林水産省、ヒゲタ醤油、
星野物産、丸全昭和運輸、丸紅、三井物産、三菱商事、ヤマサ醤油
(2013年1月現在の同社 webサイトより)

▼食品南駅の千葉共同サイロ鰍フ鉄道貨物輸送
会 社名
発  送
主 なる着駅
千葉共同 サイロ
小麦、大 豆、とうもろこし、コウリャン
宇都宮、 野田市、銚子、赤塚、高崎、小山
(参考文献:『京葉臨海鉄道20年史』1983年)

 現在の主要取引先と鉄道貨物輸送を行っていた当時とは時間的に 大きく乖離しているものの、上記の情報から鉄道貨物輸送の概略を纏めてみよう。

 ◇宇都宮:日清製粉の宇都宮工場向けに小麦を輸送していたのであろう。
 ◇野田市:キッコーマン向けに大豆を輸送してたのであろう。
 ◇銚子:ヒゲタ醤油及びヤマサ醤油向けに大豆を輸送していたのであろう。
 ◇赤塚:日清製粉の水戸工場及び昭和産業の水戸工場向けに小麦を輸送していたのであろう。
 ◇高崎:日清製粉の高崎工場及び日本製粉の高崎工場向けに小麦を輸送していたのであろう。
 ◇小山:日本製粉の小山工場向けに小麦を輸送していたのであろう。またニップン飼料の小山工場もあったのでトウモロコシ・コウリャン輸送もあったと思わ れる。

 更に「主なる着駅」には無いものの、主要取引先から下記のような輸送も想定される。
 ◇日本ケロッグ(シリアルメーカー):倉賀野駅に専用線があり、小麦を輸送していた可能性あり。
 ◇星野物産(乾麺及び製粉メーカー):赤城駅に専用線があり、小麦を輸送していた可能性あり。


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