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西三次駅 〜地方小都市に立地した専用線ターミナルの可能性と限界〜
2010.4.4作成開始 2010.4.5公開 2016.7.23 訂補

■はじめに
 「貨物取扱駅と荷主」の第5回は西三次駅である。前回の北伊丹駅と同様に国鉄時代に廃止された貨物取扱駅である。そして西三次駅もまた私が訪問したこと のない駅(芸備線のディーゼルカーに乗車し通過したことだけはあるが…)である。ただ筆者の「気になる度」では、以前よりトップクラスに位置付けられ、個 人的に好きな駅なのである。くみあい配合飼料や日本石油(株)の専用線があったことから、ホキやタキが到着する専用線ターミナル≠フある貨物取扱駅とし て魅力的なイメージを勝手に増幅させてしまったのかもしれない。

 中国山地の山間に位置する三次市は人口約5万7千人の小都市である。現在も石油の到着などで盛んに鉄道貨物輸送が行われている盛岡、郡山、宇都宮、高 崎、松本、上田などの内陸部の各都市と比べると、明らかに三次市は格段に都市規模が小さい。そもそも私 が勝手に「専用線ターミナル」と言ってはいるが、飼料と石油が1社づつの立地であり、ターミナルと呼ぶには無理があるかもしれない。ただ国鉄時代、三次の ような 地方中小都市クラスにおいても「専用線ターミナル」とでも言うべき貨物集約化の動きが見られた。代表的な例としては、長野県飯田市郊外に位置 する元善光寺駅であり、「(株)座光寺共同専用線センター」が設立されセメント、石油、LPG各社の専用線集積が実現した。同様の中小都市のケースとして は、二枚橋駅(現、花巻空港駅)の 「花巻開発専用線(株)」も忘れてはなるまい。

 西三次と似たようなコンテナ駅を併設しない内陸型物資別適合輸送の専用線ターミナルは、漆山、蔵王、西若松、南甲府、篠ノ井、坂祝といった駅があり、 JR貨物発足後の1990年代半ば以降まで貨物取扱いが残ったのに比べ、西三次駅の貨物取り扱いは国鉄末期の1986年11月に廃止された。くみあい飼 料と日本石油という大手荷主2社がありながらも、三次の都市規模・経済力では貨物取扱駅を維持するには力不足であったということかもしれない。

 そういった客観的な視点を持ちつつ、「気になる」という極めて主観的な感情から西三次駅を取り上げることにした。これも第4回の北伊丹駅と同様に都立中 央図書館 で西三次駅の資料を見つけたことが作成に踏み切ったきっかけであるが、私が「気にしている」のと対照的に世間的には注目されることの少ない貨物取扱駅 であったので、紹介したいという想いもある。元善光寺や二枚橋、漆山、蔵王などの方がよっぽど「専用線ターミナル」としては充実していているので、そち らを先に取り上げるべきかもしれないが、比較的近年まで貨物取扱いを行っていた駅だけに色んな媒体で紹介されている(拙webでも専用線ターミナルとして纏め済み)ので、敢えて今回 は西三次駅を選んだのである。
 密かに同駅の知名度アップ(貨物的側面からだが)に微力ながらも貢献できるんじゃないかと(図々しくも)思っている。

西三次駅 今でも広い 構内が残るようだ。

■西三次駅に接続する専用線の推移
専 用線一覧表
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
作 業方法
作 業キロ
総 延長キロ
記 事
1961 (昭和36)年版
西三次
広島県経 済農業協同組合連合会
日本石油(株)

国鉄動車
0.2
共用線
1964 (昭和39)年版
西三次
広島県経済 農業協同組合連合会
日本石油(株)
石油荷役
国鉄動車
0.2

共用線
1967 (昭和42)年版
西三次
広島県経 済農協連
日本石油(株)
石油荷役
日本通運
国鉄動車
0.2

共用線
1970 (昭和45)年版
西三次
広島県経済 農協連
日本通運
国鉄動車
0.1
0.1


西三次
日本石油 (株)
石油荷役

0.2
0.2

1975 (昭和50)年版
西三次
広島県経 済農協連
日本通運
国鉄動車
0.1
0.1


西三次
日本石油 (株)
石油荷役
国鉄動車
0.1
0.2

1983 (昭和58)年版
西三次
広島県経済 農協連
日本通運
国鉄動車
0.1
0.1


西三次
日本石油 (株)
石油荷役
国鉄動車
0.1
0.2

1961(昭和36)年版以前の専用線一覧表には西三次駅は無し。


 以下の写真は、『芸備線 米寿の軌跡』(菁文社出版部、2004 年)[1] よ り。


([1]187頁)
ホキ 2200×4両+石油タキ×2両の貨物列車。
全て西三次駅行きの貨車であろう。

ホキ2200=30トン積み×4両
石油タキ=40トン積み×2両
 と仮定して、週5日運転の年間50週とすると、
ホキ⇒30千トン/年
石油タキ⇒20千トン/年
 計50千トン/年と なる。

鉄道貨物輸送を維持するには厳しい数字か…。
これが、西三次駅の現実と言えよう。


([1]187頁)
と、上記 では数字で厳しい現実を直視しつつ、
木材の集積地でもあった時代を振り返る。

写真のキャプションにも
県北の貨物ターミナル」 とあるが、
まさにそれだけの位置付けの貨物取扱駅
だったのだろう。

石油、飼料、木材が揃い
「物資別適合基地」となる素質は
充分だったと言えそうだ。


県北の貨物の拠点だった西三次駅は昭和61(1986)年10月30日を最後に、貨物業務を廃止。
最後の列車連結を誘導する。([1]191頁)
カルテッ クスと日本石油の旧社紋が懐かしい。
タキ35993(ガソリン専用)で、常備駅は下松駅である。

下松〜西三次の営業キロは169.4kmである。
車扱としては比較的長距離と言えよう。

一方、奥に見える「くみあい配合飼 料」のサイロ
広島県経済農協連の専用線だが、
ホキで到着していたと思われる飼料原料は、
どこから発送されていたのであろう か?

東広島駅に接続していた「宇品4者協定線」に
広島県経済連があり、ここから発送か。




 2016年3月に広島市立中央図書館に訪問し、『広島鉄道管理局 昭和50年代史』(広島鉄道管理局、1986年)[2]、『広島鉄道管理局 貨物この20年史』(広島鉄道管理局、1987年)[3]  を閲覧する機会を得た。予想よりも西三次駅に関する記述は少なかった≠烽フの、それでも貴重な情報を得ることができた。


広島県経済農協連専用線 1986年11月廃止([3]68頁)
1979年9月 西三次駅構内にバルクセンター(飼料基地)が営業を開始した。
これに伴い、ホキ2200形式貨車により月間1,800トンの輸送量となる。([2]174頁)

⇒開業が1979年9月、廃止が1986年11月なので僅か7年間しかホキによる飼料輸送が
行われなかったようだ。

※尚、JA西日本くみあい飼料(株)の西中国営業所は、三次市東酒屋町306-39にある。
中国道三次IC近くにある三次工業団地内である。


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