日本の鉄道貨物輸送と物流:表紙へ
とはずがたりな掲示板  鉄 道貨物輸送研究スレへ  化 学・薬品産業スレへ
JSR株式会社
2016.1.23作成開始 2016.1.31公開
<目次>
JSR(株)の会社概要
JSR(株)の沿革
JSR(株)のトピックス
JSR(株)の鉄道貨 物輸送
 四日市工場
 千葉工場
 鹿島工場


■JSR(株)の会社概要  
本 社所在地
東京都港 区東新橋一丁目9番2号汐留住友ビル
設 立年月日
1957 年(昭和32年)12月10日
資 本金
233.2 億円
連 結従業員数
6,080 名(2015年9月30日現在)
連 結売上高
4,041 億円(2015年3月期)


■JSR(株)の沿革  
年  月
内   容
1957 (昭32)年12月
「合成ゴ ム製造事業特別措置法」により日本合成ゴム(株)設立
1960 (昭35)年04月
四日市工 場稼働。ブタジエン、SBR、SBラテックス生産販売開始
1963 (昭38)年07月
ペーパー コーティングラテックス(PCL)販売開始
1964 (昭39)年10月
ABS樹 脂生産開始。合成樹脂事業へ進出
1964 (昭39)年11月
NBR販 売開始
1966 (昭41)年10月
道路補強 用ラテックス「ローデックス」販売開始
1967 (昭42)年05月
BR販売 開始
1968 (昭43)年04月
千葉工場 完成。ブタジエン生産開始
1969 (昭44)年04月
民間会社 に移行
1971 (昭46)年01月
鹿島工場 完成。ブタジエン、SBR生産開始
1975 (昭50)年04月
アクリル エマルジョン販売開始
1978 (昭53)年09月
アスファ ルトエマルジョン「スプレイジョン」販売開始
1989 (平元)年10月
鹿島工場 内に日本初の熱可塑性エラストマー 「TR」専用プラント完成
1996 (平08)年07月
三菱化学 (株)とABS樹脂事業を集約、合弁会社テクノポリマー(株)設立
1997 (平09)年09月
千葉工場 内にアートン量産プラント竣工
1997 (平09)年12月
「JSR 株式会社」に社名変更
1998 (平10)年04月
四日市工 場内のABS樹脂、AS樹脂プラントをテクノポリマー(株)に譲渡
2002 (平14)年03月
乳化重合 SBRの生産性向上を目的に、住友化学工業(株)と生産受委託で合意
(2002年10月に四日市工場で受託生産開始)
2003 (平15)年12月
四日市工 場内に光学用途「アートンフィルム」生産工場完成
2005(平17)年01月
鹿島工場 のPCL生産を停止し四日市工場に集約
2005 (平17)年11月
S− SBR(溶液重合SBR)の生産能力を増強
2009 (平19)年03月
テクノポ リマー(株)を100%子会社化
2010 (平20)年07月
低燃費タ イヤ向け高性能合成ゴムS-SBR(溶液重合SBR)の四日市での生産能力増強を発表
2010 (平20)年10月
日本ブチ ル(株)川崎工場 ブチルゴム生産能力増強を完了
2011 (平21)年12月
四日市工 場での溶液重合スチレンブタジエンゴム(S-SBR)の生産能力増強を完了
(JSR(株)webサイ ト、新聞等より作成)


■JSR(株)のトピックス   
▼JSR ラテックス生産体制再編 鹿島停止、四日市に集約 (『化学工業日 報』2005年1月25日付3面)
 JSRは24日、合成ゴムラテックスの生産体制を再編したと発表した。このほど鹿島工場での製造を停止、四日市工場に集約した。鹿島での年産能力1万6 千トン設備を休止する代わりに四日市で同2万トンの増強を図り、1工場同12万トン体制に移行した。同社では、石油化学系事業での効率化を推進しており、 すでに合成ゴムではラインの休止などを実施している。合成ゴムに次ぐ石化系事業のラテックスでも効率体制を構築することで、石化事業の競争基盤強化につな げる。

石化競争基盤 より強化へ

 JSRが生産体制を再編したのは、スチレンブタジエンゴム(SBR)などの合成ゴムをエマルジョン化してつくる塗工紙用ラテックス(PCL)。同社で は、鹿島で年産能力1万6千トン、四日市に同10万トンの製造設備を保有し、国 内最大手として製紙メーカーなどに供給を図っている。

 ただ、慢性的な競争状態にさらされていることなどから、近年は採算面での苦戦が続いてきた。このため、これまでに進めてきたグレード統合などの取り組み に加え、生産体制の抜本的な再編も実施して、収益体質の構築を果たしていくことを決めた。

 鹿島、四日市の2工場のうち、比較的規模の小さい鹿島での製造を停止し、四日市での1拠点化によって効率化を推進する。四日市では、設備増強を図ると同 時に、他の生産設備の転用、生産性向上のためのソフトを導入するなどして、年 産2万トンの能力引き上げを実施。総能力も同11万6千トンから12万トンへとわずかながら増える。また、鹿島ではタンクなど物流設備もあ ることから、製造停止後も供給拠点としていくことも選択肢の1つとなる。

 JSRでは、合成ゴム、ラテックスなどの石化系事業の基盤固めを図る一方、光・情報電子材料を軸とした新規事業を成長の核とした拡大戦略を描いている。 石化系事業では、高付加価値製品の投入加速とともに生産体制の効率化に力を入れており、すでに合成ゴムでは全体の3割にあたるラインの休止などを実施して いる。ラテックスも、グレード統合や効率生産方式の取り入れで採算性は向上しつつあるが、1工場への集約でさらに競争力を強化する。

▼JSRが太陽電池事業に参入 素材で強み 年内にも部品供給 (『Fuji Sankei Business i.』2009年3月27日付)

 合成ゴム国内最大手のJSRの社長に4月1日付で就任する小柴満信専務(53)は26日、フジサンケイビジネスアイのインタビューに応じ、年内にも太陽 電池市場に参入することを明らかにした。同市場は不況下でも市場が拡大し、参入企業が相次いでいるが、「自社の強みの素材を使い、部材供給を進める」こと を強調した。

 同社は現在、太陽電池に使うモジュール(複合部品)の部材や素材開発を進めており、小柴氏は「年内にも製品化する方向で進めている」とした。
 太陽電池パネルの保護用部材の「バックシート」や、太陽光線を電気に変換する部分とガラスを接着するフィルム用の素材などが有力で、特にフィルムは、JSRの主要顧客でもあるタイヤ大手のブリヂストンが、手がけている。 小柴氏は「売上高4,000億円の中堅企業なので、規模での勝負は避け、付加価値のある製品を出す」と意欲を示した。

 同社は、リチウムイオン電池や燃料電池向け部材をすでに展開している。太陽電池向け部材を新たに加えることで、市場が拡大する環境・エネルギー分野の事 業領域の拡大を図る。
 今月には、四日市工場(三重県四日市市)に建設していた燃料電池用部材の量産対応設備の稼働を開始し、自動車用換算で年1〜2万台に対応できる設備を整 えた。このため、「将来の会社を支える屋台骨にしたい」(小柴氏)と、環境・エネルギー分野を収益の柱に据えたい意向だ。

 ただ、太陽電池事業は、今後の伸びを見越し、化学各社が不況下でも投資を強めている。
 部材供給を手がけるトクヤマや三井化学も、今年に入って生産能力を大幅に引き上げている。三菱化学や住友化学は、炭素(カーボン)を主成分とした素材で 太陽光を吸収し、発電する有機型の太陽電池の開発を進めており、早ければ2010年にも事業化に踏み切る方針だ。
 後発のJSRがどこまで食い込めるか、不透明な部分もある。(飯田耕司)

▼低燃費タイヤ用ゴム、生産能力4割増強 JSR (『日本経済新聞』2010 年7月30日付)

 JSRは低燃費タイヤに使うゴムの生産能力を増強する。約50億円を投じて主力工場を拡張、2011年11月までに全体の供給能力を4割増やす。自動車 の燃費性能向上につながる低燃費タイヤは国内外で需要が拡大している。JSRは同タイヤ向けゴムでシェア約3割を握る世界首位。日本ゼオンなど競合他社も13年ごろをめ どに新工場の建設などを計画している。JSRはいち早く増産体制を整え、先行を維持する。

 増産するのは溶液重合スチレン・ブタジエンゴム(S-SBR)と呼ばれる高機能合成ゴム。ゴムの分子設計を細かく調整でき、摩擦による発熱を抑えられ る。
 タイヤ各社はこの材料を活用し、路面との摩擦を一般のタイヤよりも3割前後減らした低燃費タイヤを生産。燃費性能が高まり自動車からの二酸化炭素 (CO2)排出量も減らせるという。低燃費タイヤ用ゴムは日本の化学メーカーがシェアの大半を占め、日本の技術力を生かせる分野だ。

 JSRは四日市工場(三重県四日市市)に生産ラインを新設する。同工場の現在の生産能力は年3万5,000トン。ライン新設で約7割増の6万トンに拡大 する。JSRはこのほかに米化学大手スタイロンと契約し、JSRの製法に基づいて年3万トンの合成ゴムを生産委託している。これと自社分を合計したJSR の全体の供給能力は11年秋に年9万トンとなり、増強前に比べ約4割増える。

 低燃費タイヤはハイブリッド車など環境対応車の普及や燃料価格の上昇を受け、世界で需要が拡大している。さらに日本では今年からタイヤ業界が低燃費性能 を自主的に評価する「ラべリング制度」が始まった。欧州でも12年から同様の制度が法的に義務付けられる予定で、政策的な追い風も吹いている。

 JSRの大口ユーザーのブリヂストンは乗用車向け低燃費タイヤ「エコピア」の10年の国内販売量が前年比約9倍の300万本になると試算。6月に中国、 今秋には東南アジアで発売するなど新興国の開拓も急ぐ。JSRはゴムのフル生産を続けているが、足元ではタイヤ各社の受注に応じきれない状態。これを受けて増産を決め た。需要拡大は今後も続くとみており、将来は海外を含めた新工場建設も検討する。

▼JSR、S−SBRを14年めど最大3倍増強 (『化学工業日報』2010年 12月10日付)

 JSRは、低燃費タイヤ向けに需要が急増している溶液重合スチレンブタジエンゴム(S-SBR)の供給能力を、2014年をめどに現状に比べ最大3倍の 年産19万トンに拡大する。このため、13年から14年初にかけてアジアに生産拠点を新設する。環境意識の高まりとともに低燃費タイヤ市場は新興国にも広 がっており、S-SBRは供給不足が課題になっている。JSRはS-SBRのなかでも、タイヤの転がり抵抗の小さな高級グレードで差別化を図っている。旺 盛な需要に対応して増産も積極化しており、三重・四日市工場の増強計画を1年前倒して2万5,000トン増やし、来年11月に年産6万トン体制を構築す る。これにダウ・ケミカル(現スタイロン)のドイツ工場からの引き取り権分3万トンを合わせると、9万トンのS-SBR供給体制が整う。

 これでも自動車市場の拡大以上に低燃費タイヤの需要増が続く見通しで、供給不足の基調は変わらない。一方、原料のブタジエン不足は国内外で深刻化してお り、S-SBR増産にはブタジエン調達が必須条件。このため同社は数年前からS-SBR新生産拠点を検討し、適切な立地を探ってきた。

 その結果、「13年から14年初頭にかけてアジア新工場を設けて稼働する」(小柴満信社長)ことを決めた。生産規模は2期にわたって拡大し、年産5万 〜10万トンになる見通し。これによって同社の供給能力は最大で現状比約3倍の19万トンになる。

▼新型蓄熱材を住宅向け量産 JSRやJXエネ (『日本経済新聞』2012年 11月22日付)

 JSRは来年、戸建て住宅の省エネにつながる新型蓄熱材の量産を始める。太陽光などで発電した電力を使って凝固させた蓄熱素材を昼間に溶かして冷気を出 す仕組みで、エアコンの使用を減らせる。JX日鉱日石エネルギーも2015年までに同様の製品を発売する。政府は新築住宅の省エネ基準を段階的に強化する 方針。蓄熱材はエネルギーを有効利用できる「スマートハウス」向けに需要が拡大しそうだ。

 JSRの蓄熱材は石油が主成分のパラフィンとゴムを融合させており、大型容器に収納して床下に設置する。パラフィンは融点を自由に設定できることが特 徴。融点の温度を高く設定すれば、冬場に暖房として使える。これまで蓄熱材を使った冷暖房システムはオフィスビルなどで使われており、1割程度の節電につ ながっていた。戸建て住宅ではまだ普及していなかったが、JSRは先行して参入する。

 同社は来年4月から主力の四日市工場(三重県)で年産数千トン規模で量産を 始める。戸建て住宅では数万戸分となる。建材メーカーなどの顧客にサンプル出荷して売り込み、生産規模を順次拡大していく方針だ。JSRの蓄熱材はビルな どで使われる現状の製品と比べても蓄熱性能が2倍も高く、設置費用も下げられるという。

 JXエネも08年から商業ビル向けに同様の蓄熱材を使った空調システムの提供を開始。今後3年以内に戸建て住宅向け製品も本格生産に入る。
 政府は20年までに新築の住宅などの省エネ基準を段階的に強化する方針。経済産業省はスマートハウスの普及を後押ししており、中核製品となる蓄熱材では 今後、素材大手などの開発競争が激しくなりそうだ。



■JSR(株)の鉄道貨物輸送  

2015.6南四日市駅 JSR(株)専用線
 JSR の鉄道貨物輸送の特徴は、何と言っても今なお専用線の活用度≠ェ高いことにあるだろう。四日市、千葉、鹿島の国内3工場の内、四日市と鹿島の2工場で専 用 線が現役であり、コキ車が入線してJR12ftコンテナの車上荷役が行われている。千葉工場も玉前駅を拠点にコンテナ輸送が行われており、各工場の物流に おいて鉄道コンテナ輸送が相応のポジションに 位置付けられているようだ。

 またかつては、タンク車によるラテックス輸送が盛んに行われていたが、1990年代後半までにトラック輸送への切り替えが進んだものの、2000年代初 頭からは ISOタンクコンテナによる鉄道輸送へ再転換が行われるなど、同社の鉄道貨物輸送に対する姿勢は注目に値する。

 JSRのそのような鉄道貨物輸送に対する前向きな姿勢≠フ現れなのか、『Monthlyかもつ』や『JR貨物ニュース』といった媒体に、過去から同社 関連の記事がよ く掲載される傾向にある。そのため同社の鉄道貨物輸送に関しては、比較的情報が集めやすく、実態の解明もされているとも言えるが、もちろん全貌が判明して い るわけではない。

 冒頭で専用線の活用度が高いと言ったが、他社と比較しての相対的なレベルでのことであり、実際には専用線の規模の割に高稼働しているという程では無さそ うであり、その点は気になるところである。JSRの 今後の鉄道貨物輸送を考える時に、専用線をどのように維持し有効活用していくかは大きなテーマであると思われる。
 古いデータになるが、同社全体の物流において、鉄道輸送の位置付けは下記の通り。
 同社は主力の四日市工場のほか、千葉、鹿島と3工場あり、タイヤなどの原料の合成ゴム、紙や繊維加工用のエマルジョン、合成樹脂、また電子材料のファイ ン製品など年間84万トン(1991年度)生産している。同社の全体出荷量の86%はトラック、14%が鉄道で、うち10%がコンテナで運ばれている。[1]p14

 またトンキロベースで見ると、2006年度には6割以上が鉄道と船舶で運ばれており、モーダルシフトに積極的な企業と言えよう。

『CSR Report2007』JSR(株)、p26)


▼四日市工場  
製  品 名
生 産能力
乳化重合 スチレン・ブタジエンゴム
(含アクリロニトリル・ブタジエンゴム、ハイスチレン含有ゴム、特殊ゴム)
255,000 トン/年
ラテック ス
120,000 トン/年
溶液重合 スチレン・ブタジエンゴム、水添ポリマー、他
70,000 トン/年
ブタジエ ン(中間品)
148,000 トン/年
レスポンシブル・ケア2014  JSR四日市工場レポートより)

 四日市工場は合成ゴムとラテックスの鉄道貨物輸送を行っている。専用線は大規模で、かつてタンク車によるラテックス輸送も行われていたが、現在はISO タンクコ ンテナに移行し、四日市駅から発送されるため、専用線の大部分が使われていない状態である。しかしそれらの線路や荷役設備を撤去せず維持されており、ラ テックスについても専用線からの鉄道貨物輸送が復活す る可能性があるのかもしれない。

■専用線一覧表による推移
専 用線一覧表
所 管駅
専 用者
第 三者使用
作 業方法
作 業km
総 延長km
記  事
昭和36 年版
日永 (信)
日本合成 ゴム (株)
日本通運 (株)
山九運輸機工(株)
山九運輸 機
1.7


昭和39 年版
南四日市
日本合成 ゴム(株)
山九運輸 機工(株)
日本通運(株)
山九運輸 機
1.7


昭和42 年版
南四日市
日本合成 ゴム(株)
山九運輸 機工(株)
日本通運(株)
山九運輸 機
1.7


昭和45 年版
南四日市
日本合成 ゴム(株)
山九運輸 機工(株)
日本通運(株)
山九運輸 機 1.7
6.2

昭和50 年版
南四日市
日本合成 ゴム(株)
山九運輸 機工(株)
日本通運(株)
山九運輸 機 1.7
5.9

昭和58 年版
南四日市
日本合成 ゴム(株)
山九 (株)
日本通運(株)
山九機
1.7
5.9


▽車扱輸送
 昭和40年代から輸送手段としてトラック輸送が多くなってきている。当初計画では、貨車80%、トラックと船が20%であったものが、1969(昭 44)年頃には35%、55%(内輸出20%を含む)となっている。その当時、毎日パワキ5車、パワム8車、ワム3車程度は欲しいものの、思うように確保 できず仕方なくトラック輸送をせざるを得ない状況であった。ユーザーはタイヤメーカーが多く、ユーザー側の都合(専用線やフォークリフトの有無等)に合わ せてトラック輸送にシフトしている面もあったようだ。[2]p9


1995.1南四日市駅 日本合成ゴム(株)専用線
* 四日市工場に発着するタンク車輸送
発 駅
発 荷主
品  名
着 駅
着 荷主
貨  車
所 有
備  考
南 四日市
JSR (株)
ラテック ス
奥 野谷浜
JSR (株)
タキ 8850
JOT
2003 年2月の輸送[3]
南 四日市
JSR (株)
ラテック ス
伯 耆大山
王子製紙 (株)
タキ 7919
JOT
1998 年8月四日市駅で目撃(返空)
汐見町
サンラッ クス(株)
ノ ルマルヘキサン
南 四日市
JSR (株)
タキ 35506
JOT
1997 年8月、1999年1月に汐見町で目撃(返空)

 四日市工場のタンク車輸送は、2001年6月にラテックス輸送が全て廃止になり、使用されていた貨車は殆どがすぐに廃車となった。しかしその後も汐見町 駅からのタンク車輸送は何度か行われていた。[4]

 その後、一時的にタンク車輸送が復活し、2003年2月に南四日市→奥野谷浜でタキによるラテックス輸送が行われた。JSRの工場間輸送のようなので、 一時的に鹿島工場の在庫が足りず、四日市工場から移送したのかもしれない。

 タンク車によるラテックス輸送は伯耆大山駅の王子製紙以外の製 紙メー カー向けにも行っていても良さそうなものだが、今のところ判明していない。

 一方、鹿島工場は奥野谷浜駅からは少なくとも秋田港(東北製紙)、岩沼(大昭和製紙)、石巻港(日本製紙)、沼垂(北越製紙)の各駅にタンク車によるラ テックス輸送を行っていた。

 四日市工場の専用線にはタキ35000形を含めて数多くのタキ車が留置されていただけに伯耆大山以外の行き先がありそうなものだ。例えば、伏木(日本製 紙)や伊予三島(大王製紙)、日南(王子製紙)など現在もタンクコンテナによるラテックス輸送が行われている西日本各地の製紙メーカーに対して、タンク車 輸送が 行われていた可能性はありそうだ。

 ただこれらの製紙メーカー向けのラテックス輸送は、日本ゼオン(株)、日本A&L(株)、旭化成ケミカルズ(株)といった競合メーカーが供給を しているようで、JSRはむしろ東日本の製紙メーカー向けに強い印象である。ユーザーごとに棲み分けがされているのかもしれない。

1998.8四日市駅 タキ7919(伯耆大山→南 四日市の返空)

▽コンテナ輸送
 『1994貨物時刻表』によると、南四日市駅は1994(平6)年12月ダイヤ改正からコンテナの取り扱いが開始されており、JSRの専用線もこの時か らワムやワキに替わって専用線にコキ車が入線し、車上荷役を開始したものと思われる。

 2005(平17)年4月時点では、専用線から5トンコンテナで矢板駅着 10個防府貨物駅着15個鳥栖駅着25個を土日を除く毎日発送している。矢板と防府貨物向けが午 前、鳥栖向けが午後でそれぞれコキ5両の輸送である。[5]

 矢板、防府貨物、鳥栖はいずれも近隣にブリヂストンのタイヤ工場が存在する(那須工場、防府工場、久留米工場・鳥栖工場)ことから、同社向けの合成ゴム を輸送しているものと思われる。

2009.1南四日市駅 JSR(株)専用線

2006.4南四日市駅 JSR(株)専用線

 専用線にコキ車が入線し車上荷役による合成ゴムの輸送は、現在も継続して行われている。2012(平24)年3月ダイヤ改正から定期から臨時貨物列車に 格下げとなったため、廃止が危惧されたが今のところダイヤ改正の度に設定が残っている。

 ラテックス輸送は専用線からのタンク車輸送と四日市駅からの12ftタンクコンテナ輸送が並行し て行われた。
 タンク車によるラテックス輸送が2001年6月に廃止された後、2005年1月に鹿島工場におけるラテックス製造停止により、四日市工場が塗工紙用ラ テックスの出荷拠点となった。それ以前から同社はISOタンクコンテナによるラテックス輸送を四日市駅から開始している。

1997.3四日市駅 UT1-605 ラテックス専用

1995.12半田埠頭駅 UT5A-39 ラテックス専用

2004.12四日市駅 UT5A-124 アクリルエマルジョン専用
 UT1-605は四日市〜久留米で運用、UT5A-124 は四日市〜水沢で運用されていた。

 四日市駅構内にはタンクフレームに「四日市」と明記されたJOT所有のラテックス専用のISOタンクコンテナが並んでいる。運用は四日市〜苫小牧・新潟(タ)を確認している。一方で、タンク車輸送され ていた伯耆大山向けの輸送は、12ftタンクコンテナ、 ISOタンクコンテナのいずれの輸送も目撃されておらず、鉄道輸送はされていない模様。

 新潟(タ)駅向けの輸送は北越紀州製紙(株)が着荷主で、 かつては奥野谷浜〜沼垂間でタンク車輸送が行われていた。その後、一時はトラック輸送に切り替えられたが、鉄道によるISOタンクコンテナの輸送環境が 整ったことから再度鉄道輸送に転換。奥野谷浜駅の専用線でISOタンクコンテナが車上荷役されていた。一方で四日市工場は、タンク車時代からのラテックス 荷役設備が残るものの、ISOタンクコンテナの発送は一貫して四日市駅を使い、専用線を活用した車上荷役をする気配が無い。設備が残っているので、専用線 を使う可能性はあるのではないかと、勝手に想像している。


2015.11四日市駅

2013.6苫小牧駅



▼千葉工場  
製  品 名
生 産能力
用 途
ブタジエ ンモノマー
130,000 トン/年
合成ゴ ム、合成樹脂の原料
ポリブタ ジエンゴム
72,000 トン/年
タイヤ、 ゴルフボール
ポリブタ ジエン樹脂
24,000 トン/年
履物底・ タイヤ・医療用チューブ
アートン 樹脂
5,000 トン/年
光学フィ ルム・光学レンズ
レスポンシブル・ケア2014  JSR千葉工場レポートより)

 千葉工場は京葉臨海鉄道・前川駅に専用線が存在した。出荷開始時期は、1969(昭44)年3月となっており([6]p33)、合成ゴム、液化プロパン を発送していた。

 京葉臨海鉄道が発行する『貨物輸送概況』による輸送の変遷は下記の通り。
年度
駅 名
会 社名
主 なる着駅
発  送
主 なる発駅
到  着
備  考
1983
前川
日本合成 ゴム
鳥栖・久 留米・防府・荒尾
合成ゴ ム、液化プロパン
鳥栖・久 留米・荒尾
パレッ ト、空タンク車
『貨物輸 送概況 昭和58年度』
1984
前川
日本合成 ゴム(山九)
稲沢
合成ゴム
稲沢
パレット
『貨物輸 送概況 昭和59年度』
1985
前川
日本合成 ゴム(山九)
稲沢、南 四日市
合成ゴム
稲沢
パレット
『貨物輸 送概況 昭和60年度』
1986

無し




『貨物輸 送概況 昭和61年度』
1987

無し




『貨物輸 送概況 昭和62年度』
1988

無し




『貨物輸 送概況 昭和63年度』
1989
玉前
(コンテナ)
山九 日 本合成ゴム
鳥栖
合成ゴム


『貨物輸 送概況 平成元年度』

 1983(昭58)年度に存在した液化プロパンは荒尾駅向 けの輸送である。この輸送は、タサ6500形を使用したもので、積荷は「LP ガス+メチルアセ チレン」で、商品名は「スーパージェットガス」である。ブタジエン製造の副産物で、用途は造船・鉄鋼業などの金属溶断用であった。タサ6500形の所 有者 は菱三商事(株)、常備駅は荒尾駅であった。[7]
 荒尾の近くには日立造船(株)有明事業所(現、ジャパンマリンユナイテッド(株)有明事業所)があるため、需要家は同社かもしれない。

 尚、荒尾駅には福岡酸素(株)の専用線があり、第三者利用 者に菱三商事(株)福岡支店がある。菱三商事は、デンカグループの商事会社で2012年10月に六 興商事(株)と合併し、(株)アクロス商事となった。また福岡酸素(株)は、1963年12月に荒尾工場を開設し、現在も同工場は現役である。

 1984(昭59)年度から鳥栖、久留米、防府といったタイヤメーカー近隣の馴染みのある貨物駅の名が消え、意外な稲沢≠ェ現れる。これがよく分から ない。稲沢からは少し遠いが、ブリヂ ストンの彦根工場向けの合成ゴムを輸送していたのであろうか。

 千葉工場の専用線は、1987(昭62)年6月に廃止された([8]p109)が、1986(昭61)年度の『貨物輸送概況』に日本合成ゴムの名は無い ため、既に殆ど使われて いなかったのであろう。
 その後、1992(平4)年頃には鹿島工場に続き、千葉工場でも専用線の復活を検討中≠ナあったが([1]p14)、それは実現しなかった。専用線が すでに撤去されており、新設するのは費用が大きく、できなかった≠ニのことである。[9]

 JSRの物流を担うジェイエスアール物流(株)は、合成ゴムを運ぶのに通箱と呼ばれるボックスパレットを使用しており、通箱に1tの製品を入れ、コンテ ナには5個を積み、返送時には折り畳んでコンテナで返送をする。千葉営業所は玉前駅から九州向けが主力で、月間150〜180個のコンテナを利用している。[10]p16
 月間Max180個、月稼働20日で試算すると9個/日の取扱量となり、コ キ2両程度の輸送量なため専用線を敷設するには取扱量が少な過ぎると言えそう だ。

 1996(平8)年度の玉前駅の発着駅、発着品目では、JSR物流(株)の主な着駅は防府貨物鳥栖、発送は合成ゴム、主な発駅は同じく防府貨物、鳥栖、到着がパレッ トとなっている。

 2006(平18)年には千葉工場は鉄道輸送拡大として、四日市工場向 け出荷で船から鉄道へのシフトを検討中≠ニある。[11]

 千葉工場はモーダルシフトへの取り組みを継続して行っており、『2014レスポンシブル・ケア JSR千葉工場レ ポート』にも記事がある。




▼鹿島工場  
製  品 名
生 産能力
用 途
ブタジエ ン(BD)
120,000 トン/年
TR、合 成ゴム原料
イソプレ ン(IP)
36,000 トン/年
IR、 TR、合成ゴム原料
エチレ ン・プロピレンゴム(EPDM)
36,000 トン/年
自動車部 品、各種ホース
光学樹脂 モノマー(DNM)
3,200 トン/年
光学樹脂 原料
水処理剤 (WSP)
1,200 トン/年
水処理剤
ハロゲン 化ブチルゴム(HIIR)
80,000 トン/年
タイヤの 内張り、薬栓
レスポンシブル・ケア2014  JSR鹿島工場レポートより)

 鹿島臨海鉄道は1970(昭45)年11月に開業したが、開業当初の取扱荷主に日本合成ゴムがある。[12]
 鹿島工場は1971年1月に完成したが、専用線も同時に使用を開始したものと思われる。

 専用線は一時期、休止状態になったが1990(平2)年に復活した。1991(平3)年度の鹿島工場の鉄道での出荷量は、合成ゴム18,000トン、ラ テックス8,300トンの計26,300トン。総出荷量6万トンの内、44% がコンテナなどで出荷された。[1]p14

『Monthlyかもつ』1992年11月号 通箱のコンテナへの積み込み

『Monthlyかもつ』1992年11月号 タンク車によるラテックス出荷

*鹿島工場から発送されるタンク車輸送
発 駅
発 荷主
品 名
着 駅
着 荷主
貨 車
所 有
備 考
奥野谷浜
日本合成 ゴム(株)
ラテック ス
秋田港
東北製紙 (株)
タキ 8861など
JOT
2001 年8月に秋田港駅で目撃
奥野谷浜
日本合成 ゴム(株)
ラテック ス
岩沼
大昭和製 紙(株)
タキ 8300
日本合成 ゴム(株)
[13]
奥野谷浜
日本合成 ゴム(株)
ラテック ス
石巻港
日本製紙 (株)
タキ 23805
JOT
1998 年7月に長町駅で目撃(返空)
奥野谷浜
日本合成 ゴム(株)
ラテック ス
沼垂
北越製紙 (株)
タキ 23817
JOT
1996 年8月に沼垂駅で目撃


1996.8沼垂駅 タキ23817

1998.7長町駅 タキ23805

 ラテックス輸送は、タンク車の老朽化や車扱列車ダイヤの延滞、盆暮れなどの列車運休による不便さなどから、1997(平9)年に全てISOタンクコンテ ナによる道路輸送に切り替えた。鉄道への再切り替えは、荷重48トンのコキ200形式貨車が開発され、大型コンテナで大量の製品を鉄道で効率的に運べる環 境が整ったと判断したためで、環境負荷や輸送コストを見直した結果、当面鉄道転換は新潟の製紙メーカー向けに限っている。JSR物流(株)では、鉄道輸送 用に20ftタイプのISOタンクコンテナを12個リースし、月曜から土曜日まで1日2個ずつ送っている。[14]

 鹿島工場は2005年1月にラテックスの製造を停止し、四日市工場に集約された。そのため奥野谷浜〜新潟(タ)のISOタンクコンテナによるラテックス 輸送は、四日市駅発送に切り替わっている。一方で秋田港、岩沼、石巻港向けに行われていたラテックス輸送は、四日市駅から行われているという情報は入手で きておらず、トラックや船舶輸送に切り替わってしまったのかもしれない。

 JSR物流(株)鹿島営業所では、固形ゴムの輸送にも盛んに鉄道コンテナを利用している。発送個数は1日75個あり、そのおよそ8割は九州の鳥栖にある自社のストックポイント(営業倉庫)に12ftコンテナで納品、その他は防府 貨物駅に送っている。[14]
 以前はラテックス輸送タンク車を私有していたが、老朽化し新造するにはコストがかかるため、大型荷役設備のある駅むけには海上コンテナに切り替えること にし、24個リースした。また合成ゴムの輸送には12ftコンテナを利用し、毎 日20個を鳥栖駅と防府貨物駅に送っている。[15]p10

『Monthlyかもつ』2002年9月号

『Monthlyかもつ』2002年9月号

 鹿島工場が神栖駅から鉄道輸送しているのは、静岡以西の下関駅鳥栖(タ)防府貨物駅などに年間9,000トン、全輸送量の30%を占めている。2006(平18)年2月から四日市工場への横持ち輸送をトラックから鉄道へシフトし、月平均113 トンの実績が加わった。また5月から岐阜(タ)向けに毎日発 送が始まり、月平均375トンを鉄道輸送している。[16]
 神栖駅から≠ニなっているが、専用線からの発送は除いて年間9,000トンだろうか。

 鹿島工場では大手タイヤメーカー向けのほかに、バンパーやラジエターホースなど自動車部品メーカー向け原料として、多量の製品発送があり輸出量も増加し ている。そこで同工場敷地内にある系列会社ではそのような需要の伸びに伴い、能力増強体制を整え、一部原料を海外より輸入することにした。JSR物流は、 その到着量の半分を東京(タ)〜神栖駅間で鉄道輸送する計 画。初回は2006年9月に入港予定の20ft級海上コンテナ125個で、それに備えて鹿島臨海鉄道は神栖駅のコンテナホームと線路の拡張工事、駅構内に 保管倉庫を新築した。輸入品は、鹿島工場の製品と同種で、ボックスパレット入りで、神栖駅到着後、そのまま駅構内の新倉庫で保管、発送時も同所で積み込め る 環境を整えた。[16]

 原料は東京港の大井埠頭に1回で約2,000トンが陸揚げされ、約半分を20ft海上コンテナを使用して鉄道で運ぶ計画。この輸送に備えて神栖駅のコン テナホームの拡張が行われ、従来の2面2線約5,000平方メートルから、3面3線約1万1,000平方メートルと2倍以上に拡張された。[17]


2015.7奥野谷浜駅 JSR(株)専用線

2008.7奥野谷浜駅 JSR(株)専用線

 奥野谷浜駅の2006年度のコンテナ発送量は57,000トンで あった。[9]
 同駅は、JSRと三菱化学(株)の2社の専用線があり、三菱化学の酸化エチレン輸送がコキ4両の輸送とすると約2万トン/年の輸送量なので、JSRは約 3.7万トン/年を専用線から発送した計算になる。

 鹿島工場では輸送距離が概ね500kmを超えるものを中心 に鉄道輸送を実施し、九州や山口県方面を主体に1日あたり5トンコンテナ25個程度を発送している。また環境負荷の小さい鉄道輸送をさらに活用すべく、や や短距離の輸送についても鉄道輸送に切り替えた。岐阜(タ)から比較的長距離の横持ちが必要なものの、米原貨物ターミナルが新設されるとかなり短縮される ため、切り替えを実施した。鹿島工場は専用線があることから、コンテナに直接貨物を積載でき、横持ちのリードタイムを短縮できるメリットがある。[9]


【註】
[1]『Monthlyかもつ』1992年11月号、鉄道貨物協会
[2]『貨物』1969年2月号、鉄道貨物協会
[3]「全国私有貨車クラブ 第122回」『レイル・マガジン』2003年6月号、p107
[4]近藤 弘志「消えたJSR構内のタンク車」『レイル・マガジン』2001年10月号、p106-107
[5]『JR貨物ニュース』2005年4月15日号、4面
[6]『京葉臨海鉄道10年史』京葉臨海鉄道株式会社、1973年
[7]吉岡 心平「私有貨車セミナー 第132回」『レイル・マガジン』2004年8月号、p92-94
[8]『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社、1999年
[9]『JR貨物ニュース』2007年10月15日号、4面
[10]『Monthlyかもつ』2000年1月号、鉄道貨物協会
[11]『JR貨物ニュース』2006年9月1日号、1面
[12]『鹿島臨海鉄道株式会社30年史』鹿島臨海鉄道株式会社、2000年
[13]『レイル・マガジン』1997年4月号、p90
[14]『JR貨物ニュース』2000年9月15日号、2面
[15]『Monthlyかもつ』2002年9月号、鉄道貨物協会
[16]『JR貨物ニュース』2006年9月1日号、1面
[17]『交通新聞』2006年10月3日付、2面

日本の鉄道貨物輸送と物流: 表紙へ
とはずがたりな掲示板  鉄 道貨物輸送研究スレへ  化 学・薬品産業スレへ

inserted by FC2 system