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山形都市圏の貨物取扱駅
2019.10.14作成開始 2020.1.5公開

《目 次》
は じめに
専 用線と貨物取扱量
年 表
品 目別の輸送体系考察
 石 油
 LPG
 セ メント
 飼 料
ま とめ
1998.4漆山駅


■はじめに  
 山形市は人口約25万人を有する山形県の県都である。東北地方の県庁所在地では、100万人を超える仙台市を除くと、各県都の人口は約30万人で、その 中では山形市 は最小となる。一方で都市圏人口では、山形都市圏は50万人を超え、東北地方では仙台、郡山に次ぐ第3位の都市圏であり、盛岡よりも上位に位置付けられ、 隣接する仙台都市圏と仙山経済圏を形成し、経済活動は盛んである。実際、山形盆地には奥羽本線や国道13号線に沿って、東根市、天童市、山形市、上山市と いった都市が連担し、かつてはこの都市圏 で消費される石 油やセメントなどが鉄道によって複数の駅に向けて大量に輸送されていた。

 そのため山形都市圏も、郡山や盛岡といった「貨物ターミナル駅」が整備された東北地方の内陸都市同様に、物資別適合基地が設置されるポテンシャルのあっ た地域と思われるが、実際には集約型貨物駅(貨 物ターミ ナル駅)が新設されることは無く、1990年代後半までに石油やセメント会社の輸送体系の合理化と共に車扱輸送が全廃となった。油槽所やセメントサイロそ のもの が廃止になったケースも多く、臨海部から需要家へタンクローリー等で直送する輸送体系に移行したものと思われる。

 ちなみに山形と現在もタンク車輸送が残る郡山、盛岡の製油所又は臨海油槽所を有する最寄りの主要港湾までの距離を比較すると下記の通りである。
山 形市内まで
郡 山市内まで
盛 岡市内まで
仙 台塩釜港から
酒 田港から
仙台塩釜 港から
小名浜港 から
仙台塩釜 港から
八戸港か ら
約 80km
約 120km
約 140km
約 80km
約 180km
約 130km

 このように山形は、郡山や盛岡と比べると近隣の主要港湾までの距離がやや短いという傾向はあるだろう。

 第2回「統計から見る鉄道貨物輸送」では、『山形市統計書』に掲載されている山形市内各駅の貨物取扱量推移を用いて、石 油、 LPG、セメントといった消費物資を中心とした山形都市圏の輸送の変遷を取扱量と共に考察してみたい。山形市外となる神町駅や上ノ山駅のデータが入手でき ていないのが残念だが、これら駅も含めて考察する。



■専用線と貨物取扱量  

◆ 「昭和50年版 専用線一覧表」による山形都市圏各駅の専用線

神  町
漆  山
楯  山
山  形
蔵  王
上 ノ山
石  油
大協石油 (株)
出光興産 (株)
シェル石油(株)
丸善石油(株)
山形県経済農協連
エッソ・ スタンダード
石油(株)

共同石油 (株)
日本石油(株)
橋本産業(株)
山形菱油(株)

LPG
日通商事 (株)
出光興産 (株)
岩谷産業(株)

山形瓦斯 (株)
橋本産業 (株)

セ メン ト
ピーエ ス・
コンクリート(株)
住友セメ ント(株)


東北開発 (株)
秩父セメ ント(株)
明星セメント(株)
そ の他
神町チッ プ
工業(株)


東洋曹達
工業(株)
山形くみ あい
飼料(株)
堀川寅三
(国鉄砂利線)

1998.9蔵王駅 日本石油(株)の油槽所は解体中

 山形都市圏の専用線は、漆山駅と蔵王駅に集中しつつ、神町駅や楯山駅、上ノ山駅にも石油、LPG、セメント等の専用線があり、山形駅を挟んで南北に専用 線が多数敷設された。

 漆山駅と蔵王駅は、それぞれ石油、セメント、LPGの専用線が立地し、どちらかに偏っていないのが興味深い。また蔵王駅の共石、日石、山形菱油は今は全 てJXTGエ ネルギー(株)であるし、漆山駅の出光とシェルも出光昭和シェルとして経営統合した。偶然ではあろうが、合併した会社同士の立地が重なっていたのが面白い ところである。

 また蔵王駅には、上ノ山駅が山形新幹線による改軌工事により上ノ山駅の貨物取り扱いが廃止となると、日本セメント(株)は代替基地として蔵王駅構内に蔵 王SSを設置して鉄道輸送を継続した。さらに蔵王駅には山形くみあい飼料(株)の専用線もありホキ2200形による飼料原料輸送もあったという点で、漆山 駅よりも物資別適合基地として若干リードしていたと言えるかもしれない。


漆 山
楯 山
北山形
山 形
蔵 王
合 計
年 度
発 送
到 着

発 送
到 着

発 送
到 着

発 送
到 着

発 送
到 着

発 送
到 着

1976
32,250
236,223
268,473
8,909
57,909
66,818
17,576
74,536
92,112
75,189
217,476
292,665
39,772
236,223
275,995
173,696
944,885
1,118,581
1978
38,668
287,258
325,926
9,177
71,331
80,508
11,023
62,609
73,632
64,443
206,800
271,243
41,507
381,499
423,006
164,818
1,009,497
1,174,315‬
1980
32,980
261,053
294,033
7,746
65,524
73,270
11,823
60,924
72,747
60,071
168,298
228,369
37,810
361,420
399,230
150,430
917,219
1,067,649
1982
33,251
271,093
304,344
7,100
62,490
69,590
18,040
47,632
65,672
60,299
140,020
200,319‬
34,693
330,642
365,335
153,383
851,877
1,005,260
1984
22,861
191,670
214,531
8,240
71,362
79,602



84,236
122,986
207,222
34,419
334,375
368,794
149,756
720,393
870,149
1986
19,920
176,128
196,048
2,340
18,600
20,940



94,243
88,997
183,240
33,584
317,262
350,846
150,087
600,987
751,074‬
1988
19,808
175,196
195,004






86,283
85,067
171,350‬
29,144
255,150
284,294
135,235
515,413
650,648
1990
17,412
151,994
169,406






88,894
101,786
190,680
17,296
152,526
169,822‬
123,602
406,306
529,908
1993
19,704
171,822
191,526






87,086
102,604
189,690‬
23,692
206,810
230,502
130,482
481,236
611,718
1995
17,032
150,698
167,730‬






88,268
93,380
181,648‬
22,992
201,062
224,054
128,292
445,140
573,432
1996
17,008
149,814
166,822






104,433
94,800
199,233‬
17,608
151,556
169,164
139,049
396,170
535,219‬
1997
8,512
77,890
86,402‬






98,468
95,905
194,373
17,404
151,380
168,784
124,384
325,175
449,559‬
1998
656
6,232
6,888






92,064
84,895
176,959
3,404
29,604
33,008‬
96,124
120,731
216,855‬
2000









73,756
81,125
154,881



73,756
81,125
154,881
2008









75,468
74,645
150,113‬



75,468
74,645
150,113
2016









72,052
72,985
145,037‬



72,052
72,985
145,037
(『山形市統計書』より作成)


漆山駅(1976年8月現在)
地図・空中写真閲覧サービス


蔵王駅(1976年9月現在)
地図・空中 写真閲覧サービス
 山形都市圏の物資別適合基地は、漆山と蔵王の両駅が主な拠点であった ことは、貨物取扱量からも確かめられる。取扱量を比較すると、ピーク時と見られる 1970年代末で蔵王駅が約40万トン/年、漆山駅が約30万トン/年とやや蔵王駅の方が多かったが、両駅とも山形駅を超える取扱量を誇った。

 蔵王駅は石油、セメント、LPG以外に、山形くみあい飼料(株)関係の輸送があった分、漆山駅よりも取扱量が多かったと言えそうだ。最後まで車 扱輸送が残ったことも含めて、山形都市圏を代表する物資別適合基地を1駅だけ挙げるならば、総合的には蔵王駅となるかもしれない。

 いずれにせよ1980年代初頭まで、山形市内の各駅を合計すると100万トン/年を超える取扱量があったことになり、それに神町駅や上ノ山駅を合わせる と山形都市圏として150万トン/年レベルの取扱量があったものと思われる。

 石油元売会社や大手セメントメーカーの油槽所・SSの専用線は、一般的に1カ 所あたり8〜10万トン/年の取扱量がある。山形都市圏では、石油が大協、出光、シェル、丸善、エッソ、共石、日石、三石の8社、セメントが住友、カイハ ツ、秩 父、明星(日本)の4社で計12社あり、1社平均を9万トン/年で試算すると計108万トンになる。山形都市圏の150万トン/年の取扱量の内、石油やセ メント だけで100万トン/年を超える量が鉄道で到着する需要があったと言えそうだ。

 さてこのように、山形市の北と南に分かれて専用線ターミナルとでも言うべき貨物取扱駅が整備された形だったわけだが、計画的に配置されたのではなく、荷 主企 業独自の判断で立地が進んだものと思われる。漆山駅も蔵王駅も、駅を取り囲むように油槽所、セメントサイロ、LPG基地や工場が立錐の余地も無く建てら れ、先程は 蔵王駅を山形都市圏の代表的な物資別適合基地として評価したものの、蔵王駅に全て集約すれば良かったのではないかと言うほどの恵まれた立地環境ではない。

 むしろ「山形流通センター」に近い楯山〜羽前千歳間辺りの田園地帯に、コンテナ扱いも含めた広大な貨物ターミナル駅を整備すれば良かったのではという気 がする。例えば近隣の北山形駅は1982(S57)年11月という山形都市圏内では相対的に早い時期に、貨物取り扱いが廃止されたのだが、廃止直前まで意 外とそれなりの取扱量(約7万トン/年)で あったことも、山形市北部のポテンシャルを感じさせる。また貨物列車の発着が無くなった山形ORSは、狭隘なJR山形駅前から山形市漆山地区に移転したこ とからも、山形市北部が物流拠点として適していると言えよう。

 一方の蔵王駅周辺は、現在では山形くみあい飼料(株)は姿を消し、石油元売会社の油槽所も閉鎖されて宅 地となり、橋本産業(株)やカイハツ生コン(株)といった工場は残るもの、東北文教大学が立地したこともあって、蔵王駅周辺は文教地区の新興住宅地といっ た雰囲気であり、今となっては物流ターミナルには厳しい環境と言えそうだ。



■年表  

年  月
関 係駅
出   来  事
〜1953(S28)年
山形
山形瓦斯(株)の専用線開業
1953(S28)年〜
1957(S32)年
神町
漆山
楯山
蔵王
ピーエス・コンクリート(株)の専用線開業
丸善石油(株)、山形県経済連、シェル石油(株)の専用線が開 業
スタンダード・ヴァキューム石油会社の専用線が開業〔⇒ 後にエッソ・スタンダード石油(株)専用線〕
富士鉱油(株)・太平洋石油販売(株)の専用線が開業〔⇒ 後に共同石油(株)専用線〕
1956(S31)年01月
蔵王
山形菱油(株)山形油槽所が開所ヤマリョー(株) webサイト
1957(S32)年〜
1961(S36)年
神町
漆山
日通液化ガス(株)の専用線開業
出光興産(株)の専用線開業
1961(S36)年
蔵王
日本石油(株)山形油槽所が開所(『新潟製油所六十年所 史』日本石油株式会社、p19)
1961(S36)年〜
1964(S39)年
漆山
岩谷産業(株)の専用線が開業
1963(S38)年07月
大越
磐城セメント(株)〔⇒後に住 友セメント(株)〕田村工場が操業開始
1963(S38)年08月
漆山
磐城セメント(株)〔⇒後に住友セメント(株)〕山形SSが開設(『セ メント年鑑  1995』p263)
1963 (S38)年11月 神町
大協石油(株)神町油槽所が完成(『大協石油40年史』 p189)
1964(S39)年〜
1967(S42)年
蔵王
橋本産業(株)の専用線が開業
1964(S39)年10月
蔵王
東北開発(株)〔⇒後に三 菱マテリアル(株)〕蔵王SSが完成
(『五十年の歩み』東北開 発株式会社、p527)

1965(S40)年02月
上ノ山
秩父セメント(株)上ノ山倉庫が開設(『秩父セメン ト五十年史』p482)
1965(S40)年10月

仙山線で石油専用列車(塩釜港〜蔵王間)運行開始(『日 本石油輸送50年 史』p72、p133)
1966(S41)年09月
上ノ山
秩父セメント(株)上ノ山バラ倉庫が開設(『秩父セメン ト五十年史』p483)
1967(S42)年〜
1970(S45)年
蔵王
山形くみあい飼料(株)の専用線が開業
1970(S45)年10月
上ノ山
明星セメント(株)上山包装所が新設(『明星セメント 25 年のあゆみ』p59)
1978(S53)年度

国道13号山形バイパスが4車線化完成
1979(S54)年10月
神町
大協石油(株)神町油槽所が閉鎖(『大協石油40年 史』p510)
1981(S56)年04月

国道286号笹谷トンネルが開通
1982(S57)年11月
北山形
貨物取り扱い廃止
1983(S58)年04月
蔵王
日本石油(株)は9月までの暫定措置で沼垂発蔵王着の石油を仙台北港発 に変更
(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p101)
1983(S58)年05月 国道48号仙台西道路が暫定2車線で開通
1984(S59)年04月
蔵王
日本石油(株)は沼垂発蔵王着の石油を仙台北港発に変更
(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p101)

1984(S59)年09月
塩釜埠頭
丸善石油(株)は一部を残し大部分をローリー輸送に転換
(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p64)
1985(S60)年03月
漆山
丸善石油(株)山形油槽所を品川燃料(株)が買収し、同社山形油槽所新 設
(『品川燃料六十年史』p284)
1986(S61)年10月
楯山
貨物取り扱い廃止〔エッソ石油(株)専用線廃止〕
1987(S62)年03月
塩釜埠頭
塩釜埠頭駅からの石油タンク車による発送は昭和シェル石油(株)の撤退により全廃
(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p64)
1987(S62)年06月
蔵王
共同石油(株)蔵王油槽所の閉鎖に伴い仙台北港〜蔵王間の石油輸送廃止
(『仙台臨海鉄道のあゆみ』 1990年、p99)
1987(S62)年11月

国道48号仙台西道路が全線4車線化
1989(H01)年05月
蔵王
三菱石油(株)山形油槽所の閉鎖に伴い仙台北港〜蔵王間の石油輸送廃止
(『仙台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p100)
1991(H03)年
蔵王
日本セメント(株)蔵王SSが新設
1991(H03)年07月

山形自動車道の村田Jct〜山形北ICまで開通(暫定2車線)
1991(H03)年09月
上ノ山
秩父セメント(株)上ノ山SSの専用線廃止
1993(H05)年

国道48号愛子バイパスが全線開通
1993(H05)年05月
山形
仙台北港〜山形間の石油輸送廃止(『仙台臨海鉄道の あゆみ』2000年、p22)
1993(H05)年10月
山形
東北東ソー化学(株)山形工場の無水クロム酸の生産終了
(『東ソー80年史 本編』東ソー株式会社、2018年、p79)
1994(H06)年02月

風雪により仙山線が頻繁に混乱し、輸送に大きな障害が発生
(『仙台臨海鉄道の あゆみ』2000年、p21)
1994(H06)年09月

豪雨により仙山線の奥新川駅〜面白山信号場間が盛土流出により長期運休 (9/30〜11/28)
1995(H07)年03月
山形
東北東ソー化学(株)山形工場の電解金属クロムの生産を停止し、工場閉 鎖
(『東ソー80年史 本編』東ソー株式会社、2018年、p79)
1996(H08)年02月
蔵王
三菱マテリアル(株)岩手工場専用線廃止に伴い陸中松川〜蔵王間にセメント輸送廃 止
1997(H09)年09月
漆山
昭和シェル石油(株)山形油槽所閉鎖に伴い仙台北港〜漆山間の石油輸送廃止
(『仙台臨海鉄道のあゆみ』2000年、p21)
1997(H09)年11月

山形自動車道の村田Jct〜笹谷ICまで4車線化
1998(H10)年06月
漆山
大越〜漆山間の住友大阪セメント(株)山形SS向けセメント輸送休止
1998(H10)年07月
蔵王
日本石油(株)山形油槽所の閉鎖に伴い仙台北港〜蔵王間の石油輸送廃止
(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』2000年、p21)
1998(H10)年09月
蔵王
大越〜蔵王間の日本セメント(株)蔵王SS向けセメント輸送終了
2001(H13)年04月

山形ガス(株)駅前工場の製造設備解体(『100年のあ ゆみ』山形ガス株式会社、2011年、p168)
2001(H13)年08月

仙台東部道路の仙台東IC〜仙台港北ICが開通
2003(H15)年10月

国道13号山形バイパス松山交差点の立体交差化完成
2004(H16)年06月
山形
山形コンテナセンターがJR山形駅前から山形市漆山二ツ段に移転し開業
(『JR貨物ニュース』2004年7月15日号、p3)
赤字:鉄道貨物輸送の新設・増強等 青字:鉄道貨物輸送の廃止等



■品目別の輸送体系考察  
 物資別適合輸送の典型である「石油」「LPG」「セメント」「飼料」について、それぞれ輸送体系を考察する。

▼石 油

2002.3楯山駅
 山形都 市圏の鉄道による石油輸送は、かつては塩釜 埠頭駅が主な発駅であった。昭和20年代後半〜30年代にかけて山形都市圏の各駅に石油会社の専用線が設置された。時を同じくして、塩釜埠頭駅も 臨 海油槽所が次々と開所し、専用線が整備された。特に1965(S40)年の一 本松地区の8社共同専用線の敷設と仙山線の石油専用列車設定は 画期的な出来事 であり、以後、20年以上に亘って塩釜埠頭駅から山形地区へタンク車輸送が行われた。

 その一方で日本石油(株)は、蔵王油槽所への石油輸送は沼垂駅の 同社新潟製油所を発駅としていたが、1983(S58)年4 月〜9月は仙台北港駅発に変更 し、さらに翌84(S59)年4月からは全面的に仙台北港駅発に切り替わった。(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p101)

 また共同石油(株)塩釜油槽所が開所する1967(S42)年2月以前は、船川港駅の日本鉱業(株)船川製油所から蔵王駅の共同石油の油槽所へ石油輸送が行 われていたと 思われる。その当時は、秋田・塩釜・新潟から山形地区へ石油タンク車輸送が行われていたということになる。

 不明な輸送として、漆山駅の山形県経済連があり、漆山油槽所には石油タンクがあるの でタンク車で石油が到着していた筈だが、発駅の想定はできていない。
  その後、塩釜埠頭駅からのタンク車輸送は、1986(S61)年度までに全廃となり、仙台北港駅か らのジョイント輸送やローリー輸送に転換される一方で、日本石油(株)は貨車の発送を新潟製油所から東北石油(株)に変更するという大きな変化が生じた。 そのような中で仙山線経由の石油輸送は、線路有効長や牽引定数等の設備的制約のため年間20万トン台が長期に亘って続いた。

 その一方で1980年代半ばから丸善石油(株)(漆山駅)、エッソ石油(株)(楯山駅)、共同石油(株)(蔵王駅)、三菱石油(株)(蔵王駅)の各社が 油槽所を廃止し、日本石油(株)(蔵王駅)、昭和シェル石油(株)(漆山駅)の油槽所向けが残った。尚、出光興産(株)(漆山駅)のタンク車輸送廃止時期 は、はっきりしないが1980年代半ばの塩釜埠頭駅からの石油輸送全廃までの時期と思われる。

 日石と昭シェルの輸送は当面安泰かと思われたが、1994(H6)年に自然災害によって仙山線は輸送障害の頻発や長期不通が発生し、これを原因に年々 輸送はタンク ローリーにとって替わり
(『仙台臨海鉄道の あゆみ』2000年、p21)減少傾向を辿ることになる。

 最終的に1997(H9)〜1998(H10)年にかけて昭和シェル石油と日本石油の油槽所が閉鎖され、仙山線経由の山形地区への石油輸送は姿を消し た。尚、この時点(1998年4月現在)で、出光興産(株)山形油槽所の石油タンクは撤去済みで、ローリー置場と化していたことも付記しておく。

1998.4漆山駅 昭和シェル石油(株)の油槽所跡地

▼LPG

2002.3漆山駅
 LPG は石油輸送ほど、輸送体系が明確ではないが、塩釜埠頭駅や関東方面から到着してようだ。

 山形瓦 斯(株)には東亜燃料工業(株)和歌山製油所から50キロシ リンダーによってLPGが貨車輸送されていた(『50年の歩み』ゼネラル石油 株式会 社、1997年、p125)が、LPG事業の黎明期の頃と思われ、相当な長距離輸送を継続したとも考えにくいのでLPG供給網が整備され た後は、浮島町駅ゼネラル瓦斯(株)専用線からタキ25000形でLPGが到着していた と思われる。

 神町駅の日通商事(株)山形充填所には、丸善石油(株)塩釜製造所か らLPGタンク車で輸送された。(『日通商事20年のあゆみ』 1985年、p286)
 
 漆山駅の出光興産(株)は、1976(S51)年時点で石油タンクとLPGタンクがあるようで、塩釜埠頭駅からLPGが到着していたものと思われる。「昭和54年3月 31日 私有貨車番号表」によると出光興産(株)は、 塩釜埠頭駅常備のタサ5700形(LPG専用)を13両所有している。現在、石油の油槽所機能は廃止されたが、アストモスエネルギー(株)のLPG基地と して引き続き活用されている。


 悩まし いのは漆山駅の岩谷産業(株)である。同社は、上記私有貨車番号表では漆山駅常備のタキ25000形(LPG専用)を1両所有している。この発 送元はどこなのだろうか。「昭和42年版 専用線一覧表」の塩釜埠頭駅において、富士運輸倉庫(株)の第三者利用者に岩谷産業(株)の名が現れるのだが、 昭 和45年版では消えており一時的な第三者利用者だったようだ。そうなると岩谷産業(株)のLPGタンク車が大量に常備されていた根岸駅の日本石油精製(株)が発送元かもしれない。

 蔵王駅の橋本産業(株)は、1998(H10)年9月時点で「日石ガス」のLPGタンクがあり、塩釜埠頭駅の日本石油瓦斯(株)専用線からLPGが到着していたと 思われる。

 これらLPG輸送の廃止時期は、いずれも不明である。ただ例えば仙台北港駅の東北石油(株)からのLPG輸送は、1987(S62)年度に消滅(『仙 台臨海鉄道のあゆみ』1990年、p168-169)しており、この頃までに廃止されたと考えるのが順当であろう。

1998.4漆山駅

▼セメント

1998.4漆山駅
 大越駅 に専用線のある住友セメント(株)田村工場は、1963 (S38)年7月に磐城セメント(株)田村工場として操業を開始したが、長らく山形地区へのセメン トを鉄道で供給していた。

 「'85貨物時刻表」によると、大越〜△福島〜上ノ山・漆山にセメント専用列車が設定されている。漆山駅の同社山形SSだけでなく、上ノ山駅の秩父セメ ント(株)上ノ山SS、日本セメント(株)上ノ山SSにも鉄道でセメントを供給していたようだ。1991(H3)年に山形新幹線建設に伴う改軌工事により 上ノ山駅の貨物取り扱い廃止後は、引 き続き蔵王駅の日本セメント(株)蔵王SS向けも住友大阪セメント(株)田村工場から鉄道輸送が行われており、福島県中通りから山形地区へのセメント供給 は、鉄道の果たす役割が大きかったと言える。

 尚、住友大阪セメント(株)田村工場は、2000(H12)年3月に閉鎖されており、現在、山形地区は仙台港にある同社仙台港SSから供給を受けるよう になっているのかも しれない。




  「'85貨物時刻表」によると、陸中松川〜△新庄〜△山形〜蔵王にセメント専用列車が設定されている。東北開発(株)岩手セメント工場から山形SSへの 鉄道輸送が行われていた筈で、この当時は大船渡線〜東北本線〜北上線〜奥羽本線というルートを経由していた。

 「'88貨物時刻表」では、陸中松川〜△一ノ関〜蔵王にセメント専用列車が設定されており、大船渡線〜東北本線〜仙山線〜奥羽本線のルートに変更となっ ていたが、陸中松川駅[三菱マテリアル(株)岩手工場]からのセメント輸送が1996(H8)年に廃止となる最末期まで蔵王向けの輸送は残ったと思われる。

 尚、山形SSは廃止となったが、隣接して東北カイハツ生コンクリート(株)山形工場が立地しており、こちらは現在も盛業中であるので、三菱マテリアル岩 手工場からローリーでセメントが供給されているのであろう。

1998.9蔵王駅

▼飼料

1998.9蔵王駅
  「'85貨物時刻表」によると、石巻港〜△小牛田〜□陸前山王〜蔵王に石油・飼料専用列車が設定されている。1986年11月ダイヤ改正は不明だが、 「'88貨物時刻表」では同区間に飼料専用列車の設定が無く、この時点で廃止されていたと思われる。

 発荷主は、石巻埠頭駅に専用線のある全農系の石巻埠頭サイロ(株)で、 輸入された飼料用穀物を保管している。蔵王向け輸送の廃止後も、1993(H5)年まで二枚橋駅(現、花巻空港駅)向けにホキ車による飼料用輸送を行って おり、同輸送用に使われた全農所有のホキ8300形は著名である。更に二枚橋、蔵王以外に古川のくみあい飼料の工場にもホキ車で発送を行って いた模様。

 尚、北日本くみあい飼料(株)は、1997年に東北6県の各経済連の飼料事業を引き継いで発足したが、山形工場は牛用の飼料を年間6万〜7万トン生産 し、地元畜産農家に販売していた。しかし生産工場の集約により2008年12月末までに生産を中止し、跡地は中継基地として倉庫に利用することになった。 (2008年2月28日付『河北新報』)

 ちなみに蔵王以外の内陸工場も前後して閉鎖されており、臨海サイロから内陸工場へのホキ輸送は、需要そのものが消滅した。現在は臨海工場から内陸の需要 家へ飼料を直送する体系に再編されているようだ。

 



■まとめ  
 山形都市圏の物資別適合基地の整備を検討してみたものの、石油や飼料は油槽所や工場が閉鎖となり、かつてのような輸送需要は消滅している。セメントも住 友 大阪セメント(株)田村工場が閉鎖になるなど、輸送体系が大きく変化し、LPGは今なお内陸基地が残っているものの、かと言ってLPGのみでJR貨物とし て物資別適合基地を成立させるのは困難である。

 とは言え、かつては年間100万トンレベルの鉄道貨物輸送が行われていた山形都市圏へのこれら消費物資を供給する需要は健在であり、もし日本オイルター ミナル(株)、セメントターミナル(株)、日本飼料ターミナル(株)、そしてコンテナ基地を備えた山形貨物ターミナル駅≠ェ開設されていた場合、鉄道貨 物輸送の維持をJR貨物や荷主サイドも、もう少し考慮した可能性があるかもしれない。

 特に内陸油槽所には拘って欲しかった。山形都市圏の石油元売り各社の油槽所は、昭和30年代までに設置されており1990年代には老朽化・狭隘化が相当 進んでいたものと思われるが、各社独自に内陸油槽所への設備投資をすることは、集約化という経営戦略からすると難しかったのであろう。そのため、共同油槽 所とし て日本オイルターミナルが近代的な油槽所を整備していれば、タンク車輸送が継続できていたのではないかという気はする。盛岡や郡山と比べると製油所まで近 く、立地的に不利な面はあるものの、冬季や自然災害時等の供給安定性を確保するという観点でも内陸油槽所を維持する意義はあるのではないか、国道48号線 の関山峠 を行き交う石油タンクローリーの姿を見るにつけ、そのような思いを抱いてしまう。



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