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住 友大阪セメント株式会社
2010.10.27作成開始 2012.12.08改訂
2002.8 本巣駅(住友大阪セメント滑阜工場専用線)

住友大 阪セメント株式会社
 ■1.住友大阪セメント鰍ノついて
住友セメント株式会 社
 ■2.住友セメント鰍フ鉄道貨物輸送
 ■3.各工場の鉄道貨物輸送
 ■4.SS配置と鉄道貨物輸送

大阪セメント株式会社
 ■5.大阪セメント鰍フ鉄道貨物輸送

 ■6.各工場の鉄道貨物輸送
 ■7. SS配置と鉄道貨物輸送


■1.住友大阪セメント鰍ノつい て

▼会社概要
本 社所在地
東 京都千代田区六番町6-28
資 本金
416 億円(2010年3月末)
売 上高
連 結 1,951億円(2009年度)
従 業員数
連 結 2,808人(2010年3月末)
セメント工場
栃木工場、岐阜工場、赤穂工場、高知工場
同社web サイトより)

▼住友大阪セメント株ュ足後の沿革
年 月日
事   項
1994 (平成06)年10月01日
住 友セメ ント鰍ニ大阪セメント鰍ェ合併、商号を住友大阪セメント鰍ノ変更
1996 (平成08)年03月
彦 根工場 を閉鎖
1998 (平成10)年05月
電 気化学 工業鰍ニセメント事業で業務提携
1999 (平成11)年11月
宇 部三菱 セメント鰍ニセメント物流で業務提携
2000 (平成12)年03月
田 村工場 を閉鎖
2003 (平成15)年03月
伊 吹工場 におけるセメント生産を中止
同社 webサイトより)



住友セメント 株式会社  
<目次>
■2.住友セメント鰍フ鉄道貨物輸送
■3.各工場の鉄道貨物輸送
 ▼3.1八戸工場〔八戸セメント梶l
 ▼3.2田村工場
 ▼3.3四倉工場
 ▼3.4栃木工場
 ▼3.5浜松工場
 ▼3.6岐阜工場
 ▼3.7七尾工場
 ▼3.8彦根工場
 ▼3.9赤穂工場
 ▼3.10小倉工場〔東洋セメント梶l
■4.SS配置と鉄道貨物輸送
 ▼4.1東北地方
  東青森SS 川部SS 白 沢SS 秋田SS 横 手SS 仙北町SS 水沢SS 渡 波SS 仙台SS 山形SS 鶴 岡SS 笹木野SS 郡山SS 広 田SS
 ▼4.2関東地方
  神立SS 野 崎SS 氏家SS 宇都宮SS 栗 橋SS 蕨SS 池袋SS 業 平橋SS 隅田川SS 成田SS 大 船SS 下曽我SS
 ▼4.3甲信越地方
  東花輪SS 南松本SS 伊那福岡SS 西 上田SS 五日町SS 小出SS 新 潟SS
 ▼4.4東海地方
  富士SS 用 宗SS 浜松SS 西 浜松SS 笠 寺SS 稲沢SS 釜 戸SS 飛騨一ノ宮SS 桑名SS 大 泊SS
 ▼4.5北陸地方
  西富山SS 新湊SS 津 幡SS 松任SS 南福井 SS
 ▼4.6近畿地方
  神足SS 西ノ宮SS 宝 殿SS 朝来SS 西 舞鶴SS 江原SS
 ▼4.7中国地方
  東岡山SS 東津山SS
 ▼4.8九州地方
  小倉SS 瀬 高SS


▼3.1八戸工場  

 住友セメント(株)八戸工場(1977年に八戸セメント(株)として分離独立)から北東北各地の内陸SSにタンク車でセメントを輸送していた。陸奥湊駅 は、1970年代半ばには年間50万トン以上の発送があり、工場全体の出荷量の約3分の1を鉄道輸送が占めていたと思われる。

 「昭和50年 専用線一覧表」によると水沢、仙北町、東青森、横手、秋田操、白沢、川部の各駅に住友セメント(株)の専用線がある。また野尻氏の論文に おいても1977〜1978年の住友セメント(株)八戸工場の出荷先が上記7駅であることが明らかである([16]p53-54)

▼北東北の住友セメント(株)の各包装所の開設年月
1965 年9月
1965 年10月
1969 年11月
1970 年8月
1972 年10月
1972 年11月
川部包装 所(川部)
秋田包装 所(秋田操)
仙北町包装所(仙北町)
青森包装 所(東青森)
横手包装 所(横手)
白沢包装 所(白沢)
水沢包装 所(水沢)
(『セメント年鑑』より作成)

 1977〜1978年における八戸工場からの鉄道輸送は下記の通りである。
工 場名
発 駅
着 駅数
着 駅あたり
平均輸送距離
最 短輸送距離
(実km)
最 長輸送距離
(実km)
月 間総出荷量
(千トン)
最 大量到着地
(千トン/月間)
八戸
陸奥湊
7
160.7km
東青森 102km
秋田操車場 290km
37.8 川部 7.0
([16]p54より抜粋)

 尚、野尻氏の論文によれば、南東北の拠点である住友セメント(株)田村工場は、大越駅から漆山、郡山、長町、広田、笹木野、渡波、鶴岡、野崎の各駅の専 用線にセメントを鉄道輸送していたようであり、住友セメントは1980年代半ばまで東北地方を北と南に分ける形で、八戸と田村の両工場からの鉄道輸送でセ メントを供給する体制が整っていた。

■陸奥湊駅の発送量(単位:トン)
年 度
1971
1973
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
発送量
348,503
497,120
503,305
448,950
364,774
469,646
308,320
267,637
193,535
160,115
101,754
82,798
50,990
21,812

 1970年代は年間30〜50万トンの発送量があった陸奥湊駅だが、1980年代に入ると急激に発送量が落ち込んでいく。そして1986年10月末を もって八戸セメント(株)の専用線は廃止され、陸奥湊駅の貨物取り扱いも廃止となった。末期は、東青森と川部向けの鉄道輸送が残っていたようである。

 鉄道輸送を行っていたセメント各社の主要生産拠点が、1990年代後半から 2000年代初頭まで鉄道輸送を維持したのに比べ、八戸セメントの鉄道輸送廃止は相対的に早かった。内陸SSはそのまま維持されたようであり、鉄道輸送分 はトラック輸送への転換が主だったと考えられるが、冬場の道路事情の厳しさ等を考えると他地区よりも特にトラックが有利とも思えない。廃止は国鉄側の意図 もあったのだろうか。

 八戸セメント(株)からの車扱によるセメント輸送は無くなってしまったが、現在では焼却灰等がセメントの原料として無蓋コンテナによって各地から到着し ている。八戸地区にとって今なお八戸セメントは、主要荷主として位置付けられるだろう。


▼3.3四倉工場  

【磐城セメント四倉工場と八茎鉱山及び玉山鉄道の歴史】([9] [10][11][12]等を参照)

 四倉工場は住友大阪セメントの前身の一つである住友セメントの直接の前身企業である磐城セメント(1963年に磐城セメントが住友セ メントに改称)の創業地の工場である。
 近隣の八茎鉱山から搬出される石灰石と常磐炭砿から採れる石炭を利用していたが、途中八茎鉱山の休山時には大越の滝根から搬入していたことも有ったよう である。この八茎鉱山と四倉工場を結んでいたのが玉山鉄道である。
 八茎鉱山は日鉄鉱業に鉱業権が移った今も操業中の様であるが、四倉工場は閉鎖となってしまった。

1906(明39)年
7月
明治維新以前より採掘されてきた八茎鉱山であるが、ドイツ人の経営する 輸入商社オット・ライメールス商会と、
鉱山事業者の西 村準三郎の共同出資により八茎鉱山合資会社が設立され、八茎鉱山は同社の経営となり、近代的な経営が開始された。
1907(明40)年
6月
鉱山から鉱石を運搬する手段として四倉〜玉山鉱泉間に軌間609mm (610mmとの記述もあるが要するに2フィート)の軽便鉄道が開設された。
(当時はトロッコを馬が牽引する 馬車鉄道。)
1908 (明41)年
9月
前年11月に設立されたの磐城セメント(株)が四倉工業所を開設、操業 を開始。
八茎鉱山では、灰重石(タングステン鉱石)や 銅鉱石、鉄鉱石の採掘と同時にズリとして大量の 石灰石を産出し、この石灰石を利用しセメントを製造するため、
八茎鉱山の社長であった広瀬金七と実業家岩崎清七は磐城セメントを設立、常磐線四ツ倉駅隣接 地に四倉工業所、後の四倉工場を建設した。
1910(明43)年
9月
玉山鉱泉と鉱山を結ぶ索道が完成した。動力源は水力であった。[1]
([1]p36)

1913(大2)年12月 軽便鉄道の動力が馬から蒸気機関車による牽引に切り替えられた
1925(大14)年 八茎鉱山閉山(休山)。原因は1910年の銅の大暴落による生産低迷に 加えて1920年の山火事による製造所焼失による[12]
1926(大15)年 八茎鉱山の撤退後は磐城採石(株)が継承した[12]
1939(昭14)年 八茎鉱山再開[9]
1941(昭16)年 磐城採石は磐城セメントの系列となり、鉱山の経営権は磐城セメントに移 る
1946(昭21)年 磐城セメントは常磐鉱業(株)八茎営業所を設置、委託の形で生産
1952(昭27)年 石灰石と銅鉱石の採掘が行われていた八茎鉱山は品質は良いものの表土が 厚く不効率であり、開発の進んだ滝根鉱山からの移入として 再度閉鎖[12]
軽便鉄道も、同年12月31日をもって廃止[9(出典は社史)]。([12]に拠ると専用軌道の廃止は1953年2月9日 付)。
同年10月には四倉 工場の増強計画が完了し、月産3万tとなる。[4]
([1] p56)
1954(昭29)年 石灰石受け入れ体制を補強するため四倉駅〜工場間の専用側線を増強。
閉鎖された八茎鉱山は、同鉱山が釜石の地形とよく似ており、最新技法に よれば銅、鉄鉱石の採掘が可能と判断した日鉄鉱業(株)との交渉により経営権が磐城セメントから
日鉄鉱業に譲渡された。

この頃の磐城セメント四倉工場への 石灰石は田村郡下の滝根鉱山から搬入。また 石炭は近隣の常磐砿を利用。
また当時の四倉工場は月産増強計画が完了し国鉄四倉駅の発着貨物は月々9万tを越えるに至ると予想するものの、当時の同駅構内 側線は狭隘で
せいぜい100輌程度の操車能力に過ぎないので、平〜四倉間、または草野駅に至急貨車側線を敷設することを切望していた[4]。

セメントの出荷だけではなく、神俣から(のみ)の供給となった石灰石の到着も見込んでの要望であろう。
1958(昭33)年 採掘の準備を進めた日鉄鉱業と、セメント需要の高まりから八茎鉱山の石 灰石に再び着目した磐城セメント(株)は、合同で609mmの軌 道を1067mmに 改軌し、
「玉山鉄道」として再開業した。再開業に際してはレールなど資材を日鉄鉱業、工事は磐城セメントが行う事で合意に至った。
1960年代 八茎鉱山は日鉄鉱業の下での最盛期を迎える。銅を主体に釜石同様鉄鉱石 も副産し、磐城セメントへ石灰石も月3万t供給。
昭和40年 代にはタングステン鉱も産出。然るに多額の費用を掛けた徹底的な探鉱活動にも拘わらず、銅鉄鋼の推定鉱量1,000t以上には増えず段階的縮小が決定され た。
八茎鉱山も本社直轄から設立された子会社へ移管することとなった。[13]
1976(昭51)年 常磐炭砿全て閉山
1978(昭53)年3月 日鉄鉱業八茎事業所は閉鎖。4月に八茎鉱山(株)移行
1982(昭57)年 玉山鉄道廃止。書類上は1985(昭和60)年3月31日付。[12]
1986(昭和61)年 住友セメント四倉工場廃止。跡地の整地は1987年春迄に完了

 現在は日鉄鉱業グループの新八茎鉱山株式会社により、石灰石および砕石の採掘が行われている。 


▼3.5浜松工場  

 1954(昭和29)年 わが国最初の大型レポール式キルンを採用して浜松工場を新設した[11]

 浜松工場は佐久間・秋葉両ダムのセメントの80%を供給したとのこと。佐久間ダムの着工は1952年12月、コンクリート打設開始は1955年1月、竣 工は1956年10月。
 秋葉ダムはダムマニ アさんのウェブサイトによると1954年着工、1958年竣工。

 1968年10月現在の二俣線の貨物ダイヤ。既に佐久間・秋葉両ダムの建設は終わっているが、臨時を含め6往復体制である。金指駅には臨時列車の始発終 着を含め6往復全列車が停車している。
 遠江二俣と並ぶ二俣線の拠点駅である事が解る。

☆は中継駅(ジャンクション)、■は専用線のある駅である。(セ)は物資別出荷基地であり、この場合はセメン トである。


 1984(昭和59)年 住友セメントは浜松工場閉鎖に伴い、金指駅の専用線による出荷を1984年8月8日の1便で取り止めた。(『鉄道ピクトリアル』第34巻第 11号、通巻第439号、1984年、p93)
 また住友大阪セメントは浜松のセメントターミナル(株)の鉄道輸送の最後までの利用荷主であった。

 貨物取扱廃止後の1995(平成7)年の金指駅構内。当時はJAくみあい飼料の基地が残っていたが、既に使われていない模様。
95.01


▼3.7七尾工場  

1926(大15)年11月 磐城セメントの子会社として七尾セメント株式会社設立
1929(昭04)年04月 七尾工場操業開始
1941(昭16)年11月 七尾セメントが親会社の磐城セメントに合併
1953(昭28)年頃 親不知の大日本セルロイドの鉱山より石灰石の供給を受けていた[4]
(親不知の石灰石は昭和40年代に枯渇、閉山に向かう[6]のでその頃までには輸送は終了していたものと思われる)
1956(昭31)年 操業を開始した青梅の日本石灰石開発からの石灰石輸送を開始。
日本石灰石開発は日本カーバイド工業、信越化学工業、昭和電工3社 の合弁企業。日本石灰石開発が操業していた田海鉱山近隣に予定していた
明星セメントの工場建設が同じ青梅町内にセメント工場を有する電気化学工業の猛反対で頓挫し、明星セメントへ供給予定の石灰石が余剰となったため。[5] [15]
1958(昭33)年 同じく日本カーバイド工業、信越化学工業、昭和電工により明星セメント 設立[5]
1962(昭37)年 日本セメントが明星セメントに資本参加[5]
1964(昭39)年 青梅の日本石灰石開発からの石灰石輸送終了(日本石灰石開発社の本来の 目的である明星セメントの4月操業開始に伴う。)[5][15]
1965(昭40)年 津幡SS開設。
1969(昭44)年06月 荷重50トンの3軸ボギーの大型貨車ホキ5500が七尾〜津幡間で運用 開始[7]
1978(昭53)年 住友セメント七尾工場閉鎖。ホキ5500及び5501は昭和53年8月 に廃車、残る5502、5503は昭和57年12月に廃車 [7]
(七尾セメント関連に関してはWikipedia, 住友大阪セメント参考)

 同工場で使用される石灰石は主に索道で供給された七尾市内の石動山からのものであったと思われるが、海上輸送もあったようであり、また昭和20年代には 親不知の大日本セルロイド、昭和30年代には青梅の日本石灰石開発からの供給も確認されている。


■4.SS配置と鉄道貨物輸送  
1963(昭和38)年10月1日に磐城セメント鰍ヘ住友セメント鰍ノ改称。([3]p263)
1975(昭和50)年9月1日に包装所をサービスステーション(SS)と改称した。([1]p226)

▼東北地方  

▽東青森SS (東青森駅)
1969(昭和44)年度開設。([1] p279)
1969(昭和44)年11月1日 青森包装所開設。([3]p277)
1985(昭和60)年3月ダイヤ改正で は、陸奥湊〜川部間のセメント 専用列車が東青森駅で解放。
<現況>
「1983年版 専用線一覧表」:東青森駅 所管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.2km)あり。

2001.8東青森駅

2007.10東青森駅

▽川部SS (川部駅)
1965(昭和40)年度開設。([1] p279)
1965(昭和40)年9月1日 川部包装所開設。([3]p267)
1985(昭和60)年3月ダイヤ改正で は、陸奥湊〜川部間にセメント 専用列車あり。
<現況>
「1983年版 専用線一覧表」:川部駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.7km)あり。

2001.8川部駅

2006.11川部駅

▽白沢SS (白沢駅)
1972(昭和47)年度開設。([1] p298)
1972(昭和47)年10月1日 白沢包装所開設。([3]p284)

<現況>
「1983年版 専用線一覧表」:白沢駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.2km)あり。
白沢包装所

▽秋田SS (秋田操駅)
1965(昭和40)年度開設。([1] p279)
1965(昭和40)年10月22日 秋田包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1983年版 専用線一覧表」:秋田操駅 所管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.8km)あり。

2006.8秋田貨物

2010.10

▽横手SS (横手駅)
1970(昭和45)年度開設。([1] p298)
1970(昭和45)年8月1日 横手包装所開設。([3]p278)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:横手駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。東北開発鰍ニ共有線。
2005.5横手駅

▽仙北町SS (仙北町駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年10月10日 仙北町包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:仙北町駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.3km)あり。

▽水沢SS (水沢駅)
1972(昭和47)年度開設([1] p298)
1972(昭和47)年11月1日 水沢包装所開設。([3]p284)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:水沢駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。
2010.10水沢駅

▽渡波SS (渡波駅)
1969(昭和44)年度開設([1] p279)
1969(昭和44)年4月11日 渡波包装所開設。([3]p275)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:渡波駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.1km)あるが、使用休止。

▽仙台SS (長町駅)
1956年〜1960年開設([1] p226)
1960(昭和35)年8月1日 磐城セメント叶蜻苺装所開設([3]p257)

<現況>


▽山形SS (漆山駅)
1963(昭和38)年度開設([1] p279)
1963(昭和38)年8月1日 磐城セメント且R形SS開設。([3]p263)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:漆山駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.4km)あり。

1998.4漆山駅

1998.4漆山駅

▽鶴岡SS (鶴岡駅)
1967(昭和42)年度開設([1] p279)
1967(昭和42)年12月1日 鶴岡包装所開設。([3]p271)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:鶴岡駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.2km)あり。

▽笹木野SS (笹木野駅)
1969(昭和44)年度開設([1] p279)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:笹木野駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.3km)あり。

▽郡山SS (郡山駅)
1964(昭和39)年度開設([1] p279)
1964(昭和39)年4月25日 郡山包装所開設。([3]p264)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:郡山駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.8km)あるが、使用休止。

▽広田SS (広田駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年9月23日 広田包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:広田駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.2km)あり。

2006.11広田駅

2006.11広田駅

2006.11広田駅

2006.11広田駅


▼関東地方  

▽神立SS (神立駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年7月21日 神立包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:神立駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。

▽野崎SS (野崎駅)
1968(昭和43)年度開設([1] p279)
1968(昭和43)年11月1日 野崎包装所開設。([3]p274)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:野崎駅所管 の潟Vモレン専用線(作業キ ロ:0.3km)の第三者利用者に住友セメント鰍り。

▽氏家SS (氏家駅)
1971(昭和46)年度開設([1] p298)
1971(昭和46)年6月28日 氏家包装所開設。([3]p281)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:氏家駅所管 の潟Vモレン専用線(作業キ ロ:0.2km)の第三者利用者に住友セメント鰍り。

2005.12氏家駅

2009.11氏家駅

▽宇都宮SS (雀宮駅)
1963(昭和38)年度開設([1] p279)
1963(昭和38)年6月1日 磐城セメント渇F都宮包装所開設。([3]p262)

<現況>
「1975年版専用線一覧表」:雀宮駅所管 の潟Vモレン専用線(作業キ ロ:0.3km)の第三者利用者に住友セメント鰍り。

▽栗橋SS (栗橋駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年9月2日 栗橋包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1975年版専用線一覧表」:栗橋駅所管 の潟Vモレン専用線(作業キ ロ:0.4km)の第三者利用者に住友セメント鰍り。

▽蕨SS (蕨駅)
1964(昭和39)年度開設([1] p279)
1964(昭和39)年4月12日 蕨工業所(SS)開設。([3]p264)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:蕨駅所管の 住友セメント叶齬p線(作業 キロ:0.1km)あり。

▽池袋SS (板橋駅)
1956年〜1960年開設([1] p226)
1960(昭和35)年3月16日 磐城セメント樺r袋生コンクリート工業所(包装所)開設。([3]p255)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:板橋駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。

▽業平橋SS (業平橋駅)
1956(昭和31)年度開設([1] p226)
1956(昭和31)年5月10日 磐城セメント葛ニ平橋生コンクリート工業所内にセメントサイロ並包装設備新設。([3]p247)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:業平橋駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.1km)あり。

▽隅田川SS (隅田川駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年8月5日 隅田川包装所開設。([3]p267)

<現況>


▽成田SS (成田駅)
1970(昭和45)年度開設([1] p298)




▽大船SS (大船駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年5月1日 大船包装所開設。([1]p266)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:湘南貨物駅 所管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.3km)あり。
大船包装所

2009.9大船駅

2009.9大船駅

▽下曽我SS (下曽我駅)
1967(昭和42)年度開設([1] p279)
1967(昭和42)年10月1日 下曽我包装所開設。([1]p271)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:下曽我駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.4km)あり。

2004.3下曽我駅

2004.3下曽我駅


▼甲信越地方  

▽東花輪SS (東花輪駅)
1968(昭和43)年度開設([1] p279)
1968(昭和43)年8月10日 東花輪包装所開設。([3]p274)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:東花輪駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.3km)あり。

1995.9東花輪駅

1995.9東花輪駅

▽南松本SS (南松本駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年10月13日 南松本包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:南松本駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.3km)あり。

1997.3南松本駅

2002.10南松本駅

▽伊那福岡SS (伊那福岡駅)
1969(昭和44)年度開設([1] p279)
1969(昭和44)年6月10日 伊那福岡包装所開設。([3]p276)

<現況>
「1975年版専用線一覧表」:伊那福岡駅 所管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.1km)あり。

2002.10伊那福岡駅

2002.10伊那福岡駅

▽西上田SS (西上田駅)
1965(昭和40)年開設([1] p279)
1965(昭和40)年8月1日 西上田包装所開設。([1]p267)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:西上田駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.2km)あり。

1996.8西上田駅

1996.8西上田駅

2010.11西上田駅

2010.11西上田駅

▽五日町SS (五日町駅)
1970(昭和45)年度開設([1] p298)
1970(昭和45)年9月4日 五日町包装所開設。([3]p278)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:五日町駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.2km)あり。

2003.5五日町駅

2003.5五日町駅

▽小出SS (小出駅)
1965(昭和40)年度開設([1] p279)
1965(昭和40)年12月2日 小出包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1970年版専用線一覧表」:小出駅所管 の電源開発叶齬p線(作業キ ロ:1.1km)の第三者利用者に住友セメント鰍り。

▽新潟SS (焼島駅)
1963(昭和38)年度開設([1] p279)
1963(昭和38)年7月25日 新潟SS開設。([3]p263)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:焼島駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:1.1km)あり。

2003.5焼島駅

2003.5焼島駅


▼東海地方  

▽富士SS (富士駅)
1964(昭和39)年度開設([1] p279)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:富士駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。

▽用宗SS (用宗駅)
1965年度開設([1]p279)
1965年11月25日 用宗包装所開設。([3]p267)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:用宗駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.9km)あり。

▽浜松SS (天竜川駅)
1965(昭和40)年6月1日 野沢社、 浜松SS開設(浜松市龍光町 130-1)。([1]p266)

<現況>


▽西浜松SS (西浜松駅)
1973(昭和48)年10月開設([1] p298)

<現況>


▽笠寺SS (笠寺駅)
1956年〜1960年開設([1] p226)
1959(昭和34)年2月1日 磐城社、笠寺生コンクリート工業所(名古屋・生コン工場)操業開始。([1]p252)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:笠寺駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。

1996.3笠寺駅

1996.3笠寺駅

1996.3笠寺駅

1996.3笠寺駅

▽稲沢SS (稲沢駅)
1966(昭和41)年度開設([1] p279)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:稲沢駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.3km)あり。

1997.3稲沢駅

1997.3稲沢駅

2002.2稲沢駅

2007.2稲沢駅

▽釜戸SS (釜戸駅)
1968(昭和43)年度開設([1] p279)
1968(昭和43)年8月10日 釜戸包装所開設。([3]p274)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:釜戸駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.2km)あり。

2005.8釜戸駅

2005.8釜戸駅

▽飛騨一ノ宮SS (飛騨一ノ宮駅)
1969年度開設([1]p279)
1969年10月1日 飛騨一ノ宮包装所開設。([3]p276)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:飛騨一ノ宮 駅所管の住友セメント叶齬p 線(作業キロ:0.2km)あり。

2004.8飛騨一ノ宮駅

2004.8飛騨一ノ宮駅

▽桑名SS (東方駅)
1963(昭和38)年度開設([1] p279)
1964(昭和39)年3月1日 住友セメント褐K名生コンクリート工業所(SS)開設。([3]p263)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:東方駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.4km)あり。


▽大泊SS (大泊駅)
1969(昭和44)年度開設([1] p279)
1969(昭和44)年9月21日 大泊包装所開設。([3]p276)

<現況>
「1983年版線専用線一覧表」:大泊駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.1km)あり。


▼北陸地方  

▽西富山SS (西富山駅)
1964(昭和39)年度開設([1] p279)
1964(昭和39)年4月21日 西富山包装所開設。([3]p264)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:西富山駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.4km)あり。

▽新湊SS (新湊駅)
1970(昭和45)年度開設([1] p298)
1970(昭和45)年6月4日 新湊包装所開設。([3]p278)

<現況>


1995.8新湊駅

1995.8新湊駅

▽津幡SS (津幡駅)
1965(昭和40)年4月20日 野沢 社、津幡SS開設。([3] p266)
1966(昭和41)年度開設([1]p279)

<現況>
「1975年版専用線一覧表」:津幡駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.4km)あり。

▽松任SS (松任駅)
1969(昭和44)年度開設([1] p279)
1969(昭和44)年7月15日 松任包装所開設。([3]p276)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:松任駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.2km)あり。

▽南福井 SS (南福井駅)
1969(昭和44)年度開設([1] p279)
1969(昭和44)年11月17日 南福井包装所開設。([3]p277)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:南福井駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:0.3km)あり。
1998.3南福井駅


▼近畿地方  

▽神足SS (神足駅)
1956年〜1960年開設([1] p226)
1960(昭和35)年8月1日 磐城セメント叶_足生コンクリート工業所(包装所)開設。([3]p257)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:神足駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.5km)あり。

▽西ノ宮SS (西ノ宮駅)
1956年〜1960年開設([1] p226)
1960(昭和35)年5月1日 磐城セメント叶シ宮生コンクリート工業所(包装所)開設。([3]p256)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:西ノ宮駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:1.3km)あり。

▽宝殿SS (宝殿駅)
1966(昭和41)年度開設([1] p279)
1966(昭和41)年10月21日 宝殿包装所開設。([3]p269)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:宝殿駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:貨車注入の場合0.3km 貨車引出の場合0.4km)あり。

▽朝来SS (朝来駅)
1970(昭和45)年度開設([1] p298)
1970(昭和45)年10月10日 朝来包装所開設。([3]p279)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:朝来駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.1km)あり。

2004.3朝来駅

2004.3朝来駅

▽西舞鶴SS (西舞鶴駅)
1967年度開設([1]p279)
1967年5月11日 西舞鶴包装所開設。([3]p270)
1967年5月 西舞鶴駅所管の住友セメント叶齬p線(作業キロ:0.4km)が敷設。(『福知山鉄道管理局史』福知山鉄道管理局、1973年、 p530)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:西舞鶴駅所 管の住友セメント叶齬p線 (作業キロ:住友1番線0.2km 住友2番線0.1km 住友3番線0.1km)あり。

▽江原SS (江原駅)
1967年度開設([1]p279)
1967年11月12日 江原包装所開設。([3]p271)
1967年11月 江原駅所管の住友セメント叶齬p線(作業キロ:0.5km)が敷設。(前掲『福知山鉄道管理局史』p530)
1967年11月から西浜〜江原間でタキ5両(セメント)の定形貨物輸送開始。(前掲『福知山鉄道管理局史』p528)

<現況>
「1983年版専用線一覧表」:江原駅所管 の住友セメント叶齬p線(作 業キロ:0.5km)あり。

1995.9江原駅

1995.9江原駅


▼中国地方  

▽東岡山SS (東岡山駅)
1967(昭和42)年10月2日 東岡山包装所開設。([3]p271)
1967年度開設([1]p279)
1986(昭和61)年6月末
国鉄は住友セメントとの契約が切れたため西 浜〜東岡山のセメント列車廃 止。
(飯高 具孝「赤穂線の貨物列車」『鉄道ファン』第26巻第9号、通巻305号、1986年、p118)
<現況>

「1983 年版 専用線一覧表」:東岡山駅所 管の住友セメント叶齬p線(作業キロ:0.4km)あり。
記事には「西浜(信)発セメント積貨車及びその返送空車に限る。」とある。

1998.8東岡山駅

2011.9東岡山駅

▽東津山SS (東津山駅)
1968年度開設([1]p279)
1968年6月29日 東津山包装所開設。([3]p273)


▼九州地方  

▽小倉SS (東小倉駅)
1965年度開設([1]p279)
1965年11月6日 小倉包装所開設。([3]p267)

▽瀬高SS (瀬高駅)
1968(昭和43)年8月1日 瀬高包装所開設。([3]p274)
1968年度開設([1]p279)
1980(昭和55)年〜1984(昭和 59)年
瀬高駅の貨物取扱い廃止は明確には不明だ が、晩年は金田駅からセメントが到着し ていたとのこと。
(弓削 信夫『福岡県JR全駅』1993年、p100)
<現況>

「1983 年版 専用線一覧表」:瀬高駅所管 の住友セメント鰹ャ倉事業所専用線(作業キロ:0.1km)あり。
2007.11瀬高駅
 



大阪セメント株式会社
<目次>
■5.大阪セメント鰍フ鉄道貨物輸送
■6.各工場の鉄道貨物輸送
 ▼6.1伊吹工場
 ▼6.2高知工場
 ▼6.3横浜工場
■7.SS配置と鉄道貨物輸送
 ▼7.1東海地方・北陸地方
  吉原SS 島 田SS 浜松SS 二川SS 碧 南SS 名古屋SS 高茶屋SS 呉 羽SS 南福井SS
 ▼7.2近畿地方・四国地方
  向日町SS 東舞鶴SS 新 宮SS 坂出SS 阿 波池田SS

■7.SS配置と鉄道貨物輸送
▽吉原SS (本吉原駅)
1964年開設([2]p99)

▽島田SS (島田駅)
1964年開設([2]p99)

▽浜松SS (西浜松駅)
1973年開設([2]p99)

▽二川SS (二川駅)
1963年開設([2]p99)

▽碧南SS (碧南市駅)
1979年開設([2]p99)

▽名古屋SS (枇杷島駅)
 1958(昭和33)年開設。([2]p99)
 1995(平成7)年11月30日に専用線が廃止された。(『レイル・マガジン5月号』第13巻9号、通巻152号、1996年、56頁)
 1997(平成9)年3月6日に現地訪問した。セメントサイロ等も残り、荷役設備も残っていたが施設自体は使用されていないようであった。 1998(平成10)年3月11日に現地を通過した際には、施設は半分以上撤去され,更地となっていた。
 なお近江長岡〜枇杷島にはホキ7200による砕石輸送があった。1日あ たりホキ7200が2両運用されていた。 (『レイル・マガジン6月号』第16巻第8号、通巻189号、1999年、p102)
 ホキ7200は1968年1月に製作され、1985年には近江長岡駅に留置されており、1991年9月に全車廃車となった。(『レイル・マガジン4月 号』第16巻第5号、通巻187号、1999年、p82-83頁)
 晩年は近江長 岡駅で休車であった。(『鉄道ピクトリアル』臨時増刊号、通巻第566号、1992年、p86頁)
 「1983年版専用線一覧表」には、枇杷島駅の大阪セメント鰍ノは(セメント線)と(砕石線)がある。

▽高茶屋SS (高茶屋駅)
1968年開設([2]p99)
1968年9月3日 高茶屋SS開設。([3]p274)

▽呉羽SS (呉羽駅)
1964年開設([2]p99)

▽南福井SS (南福井駅)
1971年開設([2]p99)
1971年4月1日 南福井SS開設。([3]p280)

▽向日町SS (向日町駅)
1965年開設([2]p99)
1965年9月6日 向日町SS開設。([3]p267)

▽東舞鶴SS (東舞鶴駅)
1968年開設([2]p99)
1968年7月29日 東舞鶴SS開設。([3]p274)
1968年7月 東舞鶴駅所管の大阪セメント梶i作業キロ:0.2km)専用線が敷設。(前掲『福知山鉄道管理局史』p530)
1968年7月から近江長岡〜東舞鶴間でタキ1両(セメント)の定形貨物輸送開始。(前掲『福知山鉄道管理局史』p528)

▽新宮SS (新宮駅)
1969年開設([2]p99)
1969年11月11日 新宮SS開設。([3]p277)

▽坂出SS (坂出港駅)
1971年開設([2]p99)
1971年10月5日 坂出SS開設。([3]p281)

▽阿波池田SS (阿波池田駅)
1968年開設([2]p99)
1968年11月1日 阿波池田SS開設。([3]p274)

▼6.3横浜工場
1960年7月26日 大阪窯業セメント渇。浜工場(粉砕工場・生コン工場)完成。([3]p257)



[1]『住友セメント八十年史』住友セメント株式会社、1987年
[2]『たゆまなき挑戦−住友大阪セメント90年史−』住友大阪セメント株式会社、1998年
[3]『セメント年鑑 1995』セメント新聞社、1995年
[4]『東北の地下資源と産業振興」(東北の地下資源と産業振興調査報告)』東北電力株式会社・(財)日本経済研究所、1953年5月
[5]『明星セメント25年のあゆみ』明星セメント株式会社、1983年
[6]「角川地名辞典」
[7]「ホ キ5500形5503」(『吉岡心平氏のウェブサイト』内コンテンツ)
[8] 「住 友大阪セメント>七尾セメント」 『Wikipedia』
[9] 「八茎鉱山」 『Wikipedia』
[10] 「住 友セメン ト玉山鉄道 石灰石輸送70年の歴史」『浪江森林鉄道 古の鉄道を求めて』内コンテンツ
[11] 住友大阪セメント ウェブサイト、沿革
[12] 『常磐地方の鉄道-民営鉄道の盛衰をたどって-』小宅幸一 平電子印刷所、1987年
[13]『四十年史』(株)日鉄鉱業、1979年
[14]ブログ・佐久間ダム建設の軌跡
[15]『日本カーバイド工業株式会社30年史』日本カーバイド工業株式会社社史編纂室、1968年
[16]野尻 亘『日本の物流−産業構造転換と物流空間−』古今書院、1997年


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