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◆鉄鋼輸送
2001.10 作成  2010.9.24抜本的に更新 2010.10.11訂補

 鉄道による鉄鋼輸送のピークである1970(昭和45)年度には、約540 万トンの実績があったが、その内物資別適合貨車で ある専用貨車による輸送67.2万トンに過ぎず、鉄道貨物による鉄鋼輸送の12.5%を占めるに過ぎなかった。逆に言えば国鉄時代の鉄鋼輸送は、一般の貨車で運ばれることが主流であったと言えるということ であ る。

 しかし、いずれにせよこのページにおいては、物資別適合貨車に注目しつつ、鉄道による鉄鋼輸送全般を、さらに場合によっては鉄鋼メーカーに関係する鉄 道輸送という括り (つまり原料輸送なども含む場合あり)にまで広げて纏めていく。また国鉄時代の物資別適合輸送とは直接は関係の無いJR貨物以後のコンテナによる鉄鋼輸送 もここで 纏める。コ ンテナによる鉄鋼輸送はその積付方法や有蓋形式などの構造が国鉄時代の物資別適合輸送の経験を活かして行っていると言える面もありそうであるし、逆にコン テナならではの輸送を物資別適合輸送と対比させたいという想いもあり、ここで一括して 纏めておきたいと考えたわけである。

<目次>
◇1.国鉄時代の高炉メーカーの輸送
  ■1−1.新日本製鐵
  ■1−2.日本鋼管
  ■1−3.川崎製鉄
  ■1−4.住友金属工業
  ■1−5.叶_戸製鋼所
  ■1−6.日新製鋼
◇2.JR貨物以後の高炉メーカーの輸送
  ■2−1.新日本製鐵
  ■2−2.JFEスチール
  ■2−3.住友金属工業
  ■2−4.叶_戸製鋼所
◇3.普通鋼電炉メーカーの輸送
    朝日工業  活ノ藤製鐵所   王子製鉄  中部鋼鈑  東京製鐵  東北スチール  北越メタル
◇4.特殊鋼電炉メーカー(特殊鋼専業メー カー)の輸送
    愛知製鋼  山陽特殊製鋼   大同特殊鋼  日本高周波鋼業   日立金属  三菱製鋼
◇5.ステンレスメーカーの輸送
    大平洋金属  日本冶金工業
◇6.単圧メーカーの輸送
     虹技  東洋鋼鈑   蒲ю製鋼所
 ※鉄鋼メーカーの分類については、『業界研究シリーズ 鉄鋼』日本経済新聞社、2006年を参照。


1996.3 東港駅 トキ25000形のコイル専用車

◇1.国鉄時代の高炉メーカーの輸送   
 鉄鋼輸送と言えば、何といっても高炉メーカーの輸送が大部分を占めてきたわけだが、国鉄時代においては、昭和40年代の各高炉メーカーの主要な製鉄所に は必ずと言って もいいぐらい専用線又は専用鉄道が最寄駅に接続し、原料から製品に至るまで様々な鉄道貨物輸送が行われていた。

 昭和40年代における鉄道による鉄鋼輸送量は500万トンの水準を維持し、1970(昭和45)年度には536万7千トンの実績を示した。この頃は、様 々な鉄鋼輸送に適合した専用貨車が改造・新製された。また専用列車による直行輸送も各地で開始された。([1]p438)

 しかし同時に昭和40年代以降に建設された銑鋼一貫の製鉄所では輸送の中心が海運となったことから専用線等を敷設せず、鉄道貨物輸送の依存度が非常に低 い製鉄所が増加していき、やがて国鉄末期には鉄道貨物輸送の衰退と鉄鋼メーカーが高炉休止等の合理化を進めたこともあり、専用線の廃止と鉄道貨物輸送の中 止が目立つようになり鉄鋼の輸送量は急激に減少していく。

 1980(昭和55)年度の鉄鋼輸送量は224万2千トンで昭和40年代の半分以下の水準となり、1985(昭和60)年度では僅か49万9千トン(コ ンテナ含む)となった。([1]p438)
 以下では、各高炉メーカーごとに国鉄自体の物資別適合輸送による鉄鋼輸送を中心に纏めていく。また原料輸送である石灰石輸送などについても一部触れてい る。

([28]p22)


■1−1. 新日本製鐵梶@ 
 1970(昭和45)年3月31日に八幡製鐵鰍ニ富士製鐵鰍ェ合併し、世界最大の鉄鋼メーカーとして新日本製鐵鰍ェ発足した。
 下記が新日鐵の各製鐵所の概要と国鉄時代における鉄道輸送の概略を纏めたものである。
製 鐵所
八 幡系
富士系

操 業開始など
専 用鉄道・
専用線
接 続駅
運 輸開始
輸 送概況
室蘭製鐵所
富士
1909(明42).07月第1高炉火入れ
同 所web
鉄道
東室蘭
御崎
1921(大10).10.05
東室蘭〜野幌北海鋼機)で鉄鋼コイル輸送を屋根付に改造された
トキ25000形7両編成の専用列車で行うが1985年3月廃止([3]p130)
釜石製鐵所
富士
1886(明19).10月創立同所web
1924(大03).釜石鉱山鰍ノ社名変更
(同所web)

鉄道
釜石
1965(昭40).04.01
*専用鉄道の運輸開始前は専用線であった
陸中大橋〜釜石で鉄鉱石輸送が行われた([27]p53)
*1985年3月改正のダイヤでは上有住〜釜石に石灰石専用 列車2往復設定
君津製鐵所
八幡
1965(昭40).02月発足同所web
1968(昭43).11月第1高炉火入れ
同所web




*新日鐵の進出に合わせ君津駅は1969〜1975年にかけて積卸場重量品扱
のクレーン
の整備等を行った。取扱規 模は年間35万t扱である([2]p95-96)
*冷延コイル用トキ21500形6両が君津駅常備となり(1975年頃?)、東武鉄道
太田向けコイル輸送
が行われた([7]p61)
*君津駅は1986年11月ダイヤ改正で貨物取扱いが廃止([9]p316)
名古屋
製鐵所
富士
1958(昭33).09月東海製鉄叶ン立
同所web

1961(昭36).10月冷延工場稼働
同 所web
1964(昭39).09月1号高炉稼働
同 所web
専用線
南港
1968(昭43).07.
([4]p60)
*1969年10月西濃鉄道からの石灰石専用列車1往復が運転開始 ([4]p97)
*1971年10月石灰石専用列車が2往復となった([4]p97)
*1974年度に長尺鋼板輸送用にチキ4700形7両が専属配置([4]p100)
*1980年10月現在、鋼材の積付に適した板張チキ12両、トラ23両、トキ11両の
専用貨車の配置を受けている([4]p100)
東三条などへの冷延コイル輸送用にワキ9000形(天井開 き)2両、
トキ21500形貨車の配置を受けている([4]p100-101)
*チキ4700形によって熱延鋼板を名古屋南港〜寺井福野篠ノ井などへ輸送
していた([20]p78)
堺製鐵所
八幡
1961(昭36).10月発足同所web



*堺泉北工業地帯には臨海鉄道の計画はあったが、実現せず
広畑製鐵所
富士
1939(昭14).10月第1高炉火入れ
同所web

鉄道
飾磨
1941(昭16).07.01
*1965年度における石灰石輸送量は、井倉〜飾磨は319千トン、足立〜飾磨
は178千トンとなっている([8] p28)
*1966年8月鉄鋼専用貨車のワキ9000形式(転動防止付、屋根開閉車)が
飾磨〜土橋荷受人トヨタ自動車)で冷延コイル輸送開始
([1]p438、[5]p22、[6]p25)
*1967年以降広畑〜中京・関東地区で物資別貨車による鉄 鋼輸送を検討中
([6]p25)
*飾磨駅は1986年11月1日に廃止
八幡製鐵所
八幡
1901(明34).官営製鉄所
東田高炉作業開始式同所 web
鉄道
西八幡
上戸畑
1934(昭09).02.01
1934(昭09).03.01
*1966年10月ダイヤ改正で上戸畑駅は専用線コンテナ扱開始 ([5]p19)
*1967年頃専用チキによる西八幡〜伊丹でビレット輸送開 始([6]p25)
*1969年に美祢〜西八幡の生石灰輸送にホラ100形登場 ([27]p27、55)
*1970年頃の輸送として、チキ4900形編成による上戸畑〜浦上間 の鋼材列車
「ひびき号」([7]p60)
*1970年頃の輸送として、チキ4800形編成による上戸畑〜篠栗:豊鋼 材
向けのコイル鋼板列車、チキ4800形は1985年度に形式消滅([7]p60、[20]p79)
大分製鐵所
富士
1971(昭46).06月発足同所web
1972(昭47).11月第1高炉火入れ
同所web



*国鉄時代は鉄道貨物輸送の利用は皆無だったのか?
※専用鉄道の運輸開始は『昭和53年度 民鉄要覧』より

2002.2 東港駅
 平成になっても奇跡的に残っていたトキ21510、21511の2両、名 古屋南貨物〜東三条で運用されていた。

 上記の通り飾磨〜土橋では1966年から冷延コイル輸送が行われていたのだが、1974(昭和49)年に土橋駅に接続するトヨタ自動車の専用線が廃止さ れた([10]p220)ので、この時点までに輸送は中止されたものと思われる。これは豊田地区のトヨタ自動車向けに新日鐵は名古屋製鐵所が冷延コイルを 供給していると考えられるので、専用線が不要になったのではないか。
1997.3土橋駅から伸びるトヨタ専用線跡



■1−2.日本鋼管梶@ 
 日本鋼管は京浜地区に戦前から製鉄所を構え、生石灰輸送においても鉄道貨物輸送を活用していたこともあって大規模な専用線・専用鉄道を浜川崎や水江町を 起点に張り巡らしていた。しかし主力拠点を対岸の扇島に移転させたことで鉄道貨物輸送への依存度を大きく下げ、やがて廃止へと向かっていった。

 しかし鉄鋼輸送の物資別適合輸送においては、輸送量的に唯一成績をあげたと呼べる「コイル鋼管号」の存在があり、同列車は国鉄貨物輸送史に名を残す存在 となっている。([7]p60)
 そこでこの項では、「コイル鋼管号」の歴史を主に纏めることとし、輸送量として大きかった生石灰輸送については特に纏めることはしないこととする。

▼「コイル鋼管号」の歴史(特に脚注の無い記述は全て[7]p58- 61より)
年月日
事  項
1964(昭 39).03.13
日本鋼管ライトスチール鰍フ籠原駅〜熊谷工場間3.1kmの専用鉄道が 運輸開始。(『昭和53年度 民鉄要覧』)
1967(昭 42).02.
塩浜操〜籠原(日本鋼管ライトスチール褐F谷工場)コイル据付設備付専用貨 車による鉄鋼輸送開始
「地域間急行貨物列車」によりヤードパス輸送、以前より約8時間短縮、到着時間が明確化。
貨車は、当初トキにコイル荷台を取り付けた簡易改造車であったが、積付け後に多少の作業が必要なため急遽完全な専用貨車を開発することとなった。
こうして誕生したのがトキ15000形式から改造された熱延コイル専用車トキ21100形式である。
1967(昭 42).07.
トキ21100形式のトップナンバーが登場。8月から11月にかけて 24両が順次登場した。

輸送距離が100kmという短距離であり、ライトスチール専用鉄道の設 備能力の限界もあり、依然トラック輸送が有利で当初国鉄輸送は全量の40%にとどまって
いた。そこで国鉄は全量誘致することを目的に日本鋼管と交渉を進め、両社でそれぞれ以下の対策を講じることで全量鉄道輸送に踏み切ることで合意した。
*トキ21100形を追加改造により増備し計40両とするほか、冷延コイルの輸送用にスライド屋根をつけたトキ21500形式 を開発、10両をこの区間に投入して、
合計50両の専用貨車配置をとる。
*日本鋼管ライトスチール叶齬p鉄道では、工場着発線と取卸し設備の増強工事を行う。
*従来地域間急行で貨車単位の輸送であったのを完全な専用列車を設定し列車単位のピストン輸送を行う。
1969(昭 44).07.01
「コ イル鋼管号」運転開始
毎月約1万5千トンのコイル鋼板が1日1往復の専用列車で運転。列車 はトキ21100、21500形式のみで20〜23両編成
製品のコイル は7トン前後で、1列車で750〜800トンを輸送する。塩浜操駅ま でトラックで横持ちされ、駅頭で専用リフトにより積み込まれる。
1975(昭 50)年頃
鉄鋼不況や国鉄遵法闘争の影響で徐々に輸送は停滞。現車10両編成程度 になることも普通に。
1977(昭 52)年頃
ダイヤはそのままでも週3日ないし2日の指定日運転となる。
1979(昭 54).10.
熊谷(タ)駅開業時に日本鋼管ライトスチール鰍フ専用鉄道は同駅接続に 変更されたが、コイル輸送は専貨で はなく石油列車との併結に変わっていた。
1982(昭 57).11.
ダイヤ改正においてはコイル輸送は存続。
1983(昭 58).
日本鋼管ライトスチール鰍フ専用鉄道が営業休止、この時点 でコイル輸送は消滅と思われる。
※尚、塩浜操駅常備のトキ21500形は「コイル鋼管号」の輸送が少なくなった際に6両が君津駅常備の新日鐵コイル輸送に転用された。(新日鐵君津の項参 照)

2004.2 日本鋼管ライトスチール叶齬p鉄道跡 工場内に僅かにレールが残る

 「コイル鋼管号」で使用されたトキ21100形は、塩浜操〜籠原間の運用が主体であったが、一部は吉原などにも運用されていたよ うである。([11]p96)



■1−3.川崎製 鉄梶@ 
  川崎製鉄鰍フ源流は、1896(明治29)年に設立された叶崎造船所(後の川崎重工業)に遡ることができる。同社は鉄鋼業に進出をするこ とになり、1917(大正6)年、神戸市に葺合工場を設置、その後変遷を経ながら1945(昭和20)年には製鉄所に改組、戦後は川崎重工業から製鉄部門 が分離されることになり1950(昭和25)年8月7日に川崎製鉄鰍ェ設立された。([12]p734-735)

 1975(昭和50)年頃の同社の陸上輸送の状況としては、貨車輸送が主力となっている仕向先は、東北北 陸だけで、貨車出荷量は数年来ほとんど横這いで ある。しかし使用貨車の大型化溶接棒などの国鉄コンテナの利用地域間急行による輸送時間の短縮などの合理化を行った、というもので あった。([12]p667)

▼千葉製鉄所  
 戦後初めて建設された銑鋼一貫の製鉄所であるが、日銀はこの建設に反対で当時の日銀総裁が「ペンペン草を生やさせてやる」 と言ったという逸話はあまりにも有名だ。

1996.5蘇我〜村田間で接続していた千葉製鉄所の専 用鉄道、奥が村田方向

1996.5左の写真の手前方向、千葉製鉄所の専用鉄道 の北部線

▽年表
年 月日
事   項
1951(昭 26).02.01
千葉製鉄所設置([12]p736)
1951(昭 26).11.
千葉製鉄所の専用線が開通([12]p355)
1952(昭 27).09.01
蘇我駅に接続する北部線(蘇我起点1.024q〜会社工場)2.3km の専用鉄道が運輸開始(『昭和53年度 民鉄要覧』)
1953(昭 28).
第1高炉が火入れ(JFEスチール 鞄兼本製鉄所 千葉地区webサイトより)
*千葉製鉄所向け石灰石は、秩父鉱業渇e森鉱山奥多摩工業兜X川鉱山から貨車輸送で購入した。当時の石灰石使用量
は1ヵ月1万トン弱であった。([12]p609)
1953(昭 28).03.
蘇我駅に接続する南部線(蘇我起点870m〜会社工場)3.0kmの専 用鉄道が運輸開始(『昭和53年度 民鉄要覧』)
1958(昭 33).
第2高炉が火入れ、第1冷間圧延工場が操業を開始し、銑鋼一貫体制が確 立(前掲 webサイトより)
1961(昭 36).
陸上輸送に占めるトラックの比率が貨車を上回った([12]p667)
1961(昭 36).04.
石 灰石の貨車輸送に限界が生じ、割安な海上輸送に切り替えることとし日鉄鉱業樺テ久見鉱山から購入開始([12]p609)
1962(昭 37).
関西鉱業葛Tケ森鉱山から高知港にトラック輸送し海上輸送で石灰石を購 入、当時の使用量は月間約6万トン([12]p609-610)
1964(昭 39).12.
川鉄鉱業鰍ェ大船渡鉱業所を開発、月間4万トンを大船渡港から千葉製鉄 所まで海上輸送した([12]p610)
1965(昭 40).
第5高炉が火入れ(前掲webサイ トより)
1965(昭 40).01.10
蘇我駅に接続する南部線(生浜本線0.145〜0.894)0.5km の専用鉄道が運輸開始(『昭和53年度 民鉄要覧』)
1966(昭 41).12.07
蘇我駅に接続する南部線(生浜本線0.849〜1.974)1.1km の専用鉄道が運輸開始(『昭和53年度 民鉄要覧』)
1967(昭 42)年度
千葉〜関西・中京地区で物資別 適合貨車による輸送を検討中([6]p25)
1968(昭 43).
固定用設備を付けて積卸しを簡略化した有蓋のコイル専用車千葉→仙台間の運行に導入 ([12]p667)
コイル専用貨車([12]p667)

秩父鉄道はトキ500形を新製し武甲〜蘇我間の川崎製鉄叶逞t製鉄所 向けの石灰石輸送に使用開始([31]p197)
1969(昭 44).
西工場埋立開始(前掲webサイ トより)
1971(昭 46).05.
我が国有数の日鉄鉱業樺ケ形山鉱山が出荷を開始し、須崎港から千葉製鉄 所向けに最高月間約5万トンを海上輸送([12]p610)
1975(昭 50)頃
千葉製鉄所製品の国内の1次輸送便比率は貨車7%、トラック55%であ る([12]p667)
「コイル鋼管号」の輸送が急減した際に、トキ21100形の一部が蘇我駅常備として川崎製鉄のコイル輸送に転用された([7]p60)
1977(昭 52).
第3製鋼工場操業開始、第6高炉火入れ(前掲webサイ トより)
1978(昭 53).12.01
蘇我駅に接続する西工場線(南部線終点京葉線起点2.722〜西工場) 3.6kmの専用鉄道が運輸開始(『昭和62年度 民鉄要覧』)
1981(昭 56).
この頃の輸送として、村田駅の川崎製鉄から北陸地区に向けてコルゲートパイプが発送され、隅田川からは鉄くずが到着していた
([13]p194、p196)
1984(昭 59).02.01
秩父鉄道武甲線廃止に伴い武甲〜蘇我間の川崎製鉄叶逞t製鉄所向けのトキ500形による石灰石輸送廃止 ([31]p197)

▼水島製鉄所  
 水島製鉄所は1961(昭和36)年7月1日に設置された([12]p736)。1967(昭和42)年4月には高炉に火入れがされた(Wikipediaよ り)。
 1970(昭和45)年6月18日には水島臨海鉄道倉敷貨物ターミナル駅所 管の川鉄前〜水島製鉄所間9.2kmの専用鉄道が運輸開始している。(『平成6年度 民鉄要覧』)
 1975(昭和50)年頃の水島製鉄所製品の国内の1次輸送便比率は貨車2%、トラック10%である。また物資適合貨車とし ては、無蓋のH形鋼専用車を 使用している。([12]p667)
 また伯備線沿線(足立駅か?)から川鉄水島へ製鉄用石灰石輸送が行われていた。([27]p52)
1998.8 倉敷(タ)駅 水島製鉄所の専用鉄道、水島臨海鉄道との貨車接続は既に行われていないようだった

▼知多工場  
 知多工場は川崎重工業且梠繧フ1943(昭和18)年8月13日に設置された。([12]p735)
 1945(昭和20)年5月1日には東成岩駅所管の川崎重工業の専 用線が新設された([14]p184)。東成岩駅の1953(昭和28)年度の発送の 鉄鋼関係は4万5千トン、到着との合計が8万6千トンもの取扱いがあった([14]p149)。

 主な発送品は、鋼塊ロール鋳 型鋼管で、到着は銑鉄銑 鋼鉄屑金属屑石炭石 炭殻コークスなどである。また衣浦臨海鉄道半田線開 業によって、専用線の接続は同線の新半田駅に変更され、1975(昭和50)年11月に使用を開始した。1996(平成8)年3月専用線は廃止となった。 ([14]p150)

1995.12新半田駅 川鉄専用線の衣浦臨海鉄道半田 線との接続付近

1995.3新半田駅 行儀悪いが金網から専用線を覗き こんでみた写真



■1−4.住友金属工 業梶@ 
 住友金属工業は1935(昭和10)年に住友伸銅鋼管と住友製鋼所が合併して発足した。1945(昭和20)年には扶桑金属工業に商号変更するが 1949(昭和24)年に解散、同年に新扶桑金属工業が設立され、1952(昭和27)年には住友金属工業に商号復帰し、1953(昭和28)年には小倉 製鋼鰍合併して高炉メーカーとなった。(同社 webサイトより)

▼和歌山製鉄所
 1942(昭和17)年、和歌山製鉄所を開設、1943(昭和18)年にはシームレスパイプの製造を開始した。(同社 webサイトより)
 1944(昭和19)年10月1日には南海電鉄東松江駅が所管する 東松江〜製作所間3.3kmの専用鉄道が運輸開始した。(『昭和53年度 民鉄要覧』)
 その後、1961(昭和36)年には第1高炉が火入れされ、銑鋼一貫体制となった。更に高炉の増設が続き、1969(昭和44)年には第5高炉が火入 れ、粗鋼生産922万トン体制が確立した。(同 所webサイトより

 1966(昭和41)年頃においては、トキの改造により住友金属ステンレスコイル輸送東和歌山〜黒井間で計画中であった([6]p25)。尚、黒井駅には日本ステンレスの専用線が存在した。
 1970(昭和45)〜1971(昭和46)年にかけてトキ21500形の21510〜21530の21両が増備された。この分はコイル受台7個で南海電鉄東松江駅常備、 住友金属が使用していたが、のち3両が名古屋臨海鉄道南港常備になり新日鐵名古屋の製品輸送に転用された。([7]p60)
 これらのトキは主に自動車メー カーへの冷延コイルの輸送に使われ、運用先として西浜松等があった。写真(トキ 21516)では常備駅が和歌山操駅となっている([11]p97) ので、上記記述と矛盾するが、これらの貨車は和歌山製鉄所の専用鉄道内に乗り入れ、構内で直接荷役をしていたのだろうか?
 また西浜松に関しては、1970年頃に鉄鋼輸送用に上屋付きの専用荷役線を 設け、自動車用の冷延コイル鋼板を主体とする新規需要に応えた。 ([1]p438)
 1984年2月1日に南海電鉄加太線は貨物営業を廃止し、東松江駅所管の和歌山製鉄所の専用鉄道も廃止された。

▼その他の製鉄所・事業所
 「1975(昭和50)年版 専用線一覧表」では、住友金属工業の専用線・専用鉄道は、尼崎駅(専用線)、安治川口駅(専用鉄道・専用線)、桜島駅(専用線)、尼崎港駅(専用線)、浜小倉駅(専用鉄道)に存在している。鹿島製鉄所は構内鉄道はあるものの、専用 線類は接続していない。これら専用線からの具体的な輸送内容については現状では不明である。



■1−5.叶_戸製鋼所  
 神戸製鋼はあの鈴木商店の流れを汲む会社で、1905(明治38)年9月に合名会社鈴木商店の神戸製鋼所として創業、1911(明治44)年6月に鈴木 商店から独立、資本金140万円の叶_戸製鋼所として発足した。(同社webサイトより)

▼各事業所の沿革及び輸送概況
事 業所
専 用線
沿 革・輸送概況等
脚注を付けていない事項は同社webサイトより
神戸製鉄所
神戸港
→摩耶埠頭
1920(大09).02. 西海岸工場(神戸製鉄所脇浜地区)を新設
1937(昭12).07. 東海岸工場(岩屋工場)を新設
1959(昭34).01. 神戸製鉄所(灘浜地区)を新設し、銑鋼一貫体制を確立
1986(昭61).11. 摩耶埠頭駅が廃止
高砂製作所
高砂
1953(昭28).09. 大蔵省から高砂工場(旧陸軍造兵廠播磨造 船所)の払い下げを受ける
1984(昭59).02. 高砂線廃止により高砂駅の貨物取扱いが廃止
日高工場
江原
1943(昭18).01. 日高工場を新設
1945(昭20).07. 江原駅接続の神戸製鋼所の専用線が敷設([15]p530)
1971(昭46).07. 標準パレット制度が神戸製鋼所の溶接棒江原〜品川間の輸送に適用した([15]p522)
1988(昭63).09. 日高工場を閉鎖
門司工場
門司
1917(大06).07. 門司工場を新設
1988(昭63).04. 門司工場を閉鎖
横浜サービスセンター
新興
1973(昭48).05.時点ではトキ、トラが留置([16] p92)
 残念ながら今のところ詳しい輸送状況は分かっていない。ただ例えば神戸製鉄所から横浜サービスセンターへの輸送が鉄道で行われていた可能性はありそうな ので、神戸港(摩耶埠頭)→新興で鉄鋼輸送が行われていたと考えられ る。また神鋼は物資別適合貨車の使用が無かった模様である。



■1−6.日新製鋼   
 日新製鋼は、1959(昭和34)年4月に日亜製鋼梶E日本鐵板鰍ェ合併し発足した。1962(昭和37)年6月に呉製鉄所のNo.1高炉に火入れが行 われ銑鋼一貫メーカーへと脱皮をした。同社は表面処理製品・ステンレス製品などの薄板部門に特化したメーカーとして、その地位を築いていった。(同 社webサイトより)

 1968(昭和43)年に広島工場でトキ21100形の21125〜21128の4両がトキ15000形から改造された。この4両は呉駅常備日新製鋼のコイル輸送に使用された([7] p60)。トキ21125〜21128は新南陽西岡山などへの熱延コイル輸送に使用された。このグループの増備車は 改良を加えたため、トキ21400形という別形式になった([11]p96-97)。



◇2.JR貨物以後の高炉メーカーの輸 送  
 JR貨物発足後も車扱による鉄鋼輸送は減少を続け、2003(平成15)年度に貨車による鉄鋼輸送を終了した([1]p439)。最後まで残っていたの は、新日鐵名古屋からの東三条向けの輸送であった。
 一方、コンテナ輸送においては、鉄鋼輸送に適合する無蓋コンテナや専用の固定冶具等の開発により、輸送量は1990年度8.3万トンから2003年 14.6万トンに増加した([1]p439)が、これは特殊鋼メーカーの利用増による分も大きいと思われると同時に高炉メーカー各社においてもモーダルシ フト の取り組みは少しずつ出てきている。

 膨大な量の貨物輸送が行われる高炉メーカーの物流の中で、鉄道輸送の占める割合は微々たるものだが、それだけに開拓の 余地がまだまだあると言えそうだ。高炉メーカーにとって大した量の輸送需要ではなくても、JR貨物の経営にとっては絶対量としてインパクトのある輸送量で ある可能性は高い。何しろ日本のJR貨物の輸送量の2倍以上の数量が高炉メーカーの粗鋼生産量なのである。それだけの生産をしているだけに逆に輸送単位が 巨大となることで、海上輸送が有利となり鉄道輸送の入り込める余地が限られているとも言えそうだが。



■2−1. 新日本製鐵梶@ 
 新日鐵の名古屋製鐵所は引き続き専用線を活用した鉄鋼・石灰石輸送を行っており、八幡製鐵所はレール輸送で専用線が活用されているが、その他の製鐵所は 構内鉄道はあるようだが、専用線は廃止されてしまった(君津、堺、大分は元々専用線が無かったが…)。その一方で、釜石や大分は鉄道コンテナ輸送が開始さ れ、その他の製鐵所でも鉄道貨物輸送を利用している可能性はありそうだ。
製 鐵所
主 な製品
生 産量
輸 送概況
室 蘭製鐵所
製品の多くは自動車関連産業に向け。
強度や耐久性等が最も高い次元で要求
されるエンジンや駆動系、足回りの重要
保安部品に多く使用(同所 web
粗鋼:154万t(2007年)
同所web

*ゼロイン貨物駅 東室蘭駅(『JR貨物ニュース』2007年9月1日 号、4面)
鉄鋼製品は海上 輸送が主流だが、ロットがちょうどよい線材などには5トンコンテナでの鉄道利用
がある。
釜 石製鐵所
世界の特殊鋼線材トップメーカー
同所web

*1989年3月ダイヤ改正で上有住〜釜石間の石灰石輸送は廃止
*1997年2月20日から盛岡 (タ)〜南福井間で全国初線材のコンテナ輸送を開始 ([17])。
輸送量は月間約1,000トン。北陸地方のユーザー向けで従来は釜石から船舶で大阪に運び、
そこからトラックで輸送していた。鉄道輸送により輸送時間が1日短縮され天候にも左右されない。
また積み替えの手間が少なくなることから、傷や錆によるロスも少なくなるなどのトータルコストの
圧縮も期待でき る([18])
*線材は南福井駅着で加賀市のボルト・ナット工場に運ばれる。2003年は約3,900トンを鉄道輸送
した。北関東など近距離のユーザーにも条件が合えば鉄道シフトを考えたい。
(『JR貨物ニュース』2004年4月15日号、4面)
君 津製鐵所
条鋼、厚板、薄板、鋼管(同所web 粗鋼:763万t(2009年)
同所web


名 古屋
製鐵所
薄板、厚板、鋼管、鋳物銑(同所web 粗鋼:596万t(2009年)
同 所web
トキトラによる鉄鋼輸送は筆者調査では、名古屋南港から粟津新湊富山貨物東三条
東新潟港の各駅向けに輸送が行われていた。
*チキ4700形の熱延鋼板輸送を、晩年は北陸方面、中でも粟津駅に 運用されていた([20]p78)

1997.8名古屋南港駅 新日鐵名古屋の専用線 
当時は車扱とコンテナの両方で鉄鋼・銑鉄の輸送が行われていた

*返バケット:能町(センテツ)→名古屋南港(センテツ) 18Dコンテナ 1999.4.2能町駅で目撃

*名古屋臨海鉄道のコンテナ品目別発送トン数のうち銑鉄は、2007年度:99千トン
2008年度:73千トン
2009年度:45千 トンである。([19]p22)
堺 製鐵所
新日鐵唯一の大形形鋼生産拠点。
建築構造材のH形鋼とハイパービーム、
土木・港湾工事用鋼材の鋼矢板、
造船用鋼材のインバート等を生産
同所web
鋼材:64万t(2009年)
同所 web
*大形形鋼は鉄道貨物輸送にフィットしないか?
広 畑製鐵所
熱延鋼板、床用鋼板、溶融亜鉛メッキ
鋼板、電気亜鉛メッキ鋼板、ブリキ、
ローモ、電磁鋼板などを製造(同 所web
粗鋼:102万t(2009年)
同 所web

八 幡製鐵所
薄板、レール・鋼矢板、鋼管(同所web
粗鋼:401万t(2007年)
同所web

*日鐵運輸鰹蒲Lのチキによるレール輸送のみ継続か?

2000.12新日鐵八幡製鐵所の「くろがね線」
大 分製鐵所
新日鐵の熱延鋼板および厚鋼板の
最大の供給拠点(同所web
粗鋼:940万t(2007年)
同所 web

2006.3西大分駅 UM8A-116 日本通運所有 小さく新日本製鉄大分の文字が。

▼新日鐵名古屋の鉄鋼・銑鉄輸送

1995.8新湊駅 コトラ149428

1995.8新湊駅 左記のコトラ149428に取り付 けられていた運用表

1996.8東新潟港駅 パイプ専用と表記されたトラが 留置されていた

 新日鐵名古屋からは、これら写真のような汎用の無蓋車(トキ、トラ)を用いての
鉄鋼輸送がJR貨物以後も継続していた。これらは物資別適合輸送とは呼べない
であろうが、逆にこのような汎用輸送で鉄鋼輸送を継続できていたことに驚きを感
じてしまう。
 名古屋地区から北陸向けの「新専貨」の化学薬品列車にこれら無蓋車は連結さ
れて輸送されていたが、『鉄道統計年報』の名古屋臨海鉄道の車扱の品目別輸送
量によると、2004年度以降は鉄鋼の輸送は消滅しており、2000年代初頭でこのよう
な輸送は全廃されたようだ。

 その一方で、下記の銑鉄輸送においては、日本通運の専用の容器を用いて鉄道
コンテナ輸送が行われており、新日鐵名古屋の専用線内で荷役が行われている点
も秀逸だ。

積込を待つ銑鉄
名古屋臨海鉄道では名古屋南貨物駅から発送される新日鐵の銑鉄も輸送量が
伸びているとのこと。(『MONTHLYかもつ』2007年2月号、p17)

2007.3柏崎駅
コンテナ基地の片隅に左記の銑鉄用のバケットが置かれていた

*新日本製鐵(株)名古屋製鉄所 鋳物用銑鉄をコンテナ化 (『運輸タイムズ』 1996年2月19日、3面)
車扱輸送から転換 専用容器作りコンテナ積み 富山、新潟へ

 鋳物銑のコンテナ輸送はJR貨物が推進している車扱のコンテナ化に対応して実施するもの。現在は貨車で1ケ月約4千トン(30トン無蓋貨車1日平均6両)輸送している。名古屋南港 駅分岐の専用線(約2km)から発送し金沢新湊富山貨物柏崎南長岡東三条東新潟港など日本海側の各駅へ着けている。

 3月以降も現在の車扱同様、専用線から車上荷役でコンテナに積み、発送する。着はコンテナ取り扱いを行っていない新湊駅を能町駅へ、東新潟港駅を新潟(タ)駅に変更するが、他は現行と同じ。

 今回のコンテナ輸送で問題となったのは、鋳物銑が有蓋コンテナにバラ積みできないこと。このため私有無蓋コンテナの導入を検討したが、製作費が荷主負担 となるため中止。代替案である容器にバラ積みし、容器単位でコンテナへ積載する方法にした。

 容器は、試作品が既に完成している。鋼鉄製無蓋で容量は約5トン。12ftコンテナに容器1台を積載し、製品の取り卸しは側面開閉板を開扉して行う。現 在の無蓋貨車輸送は、製鉄所内の鋳物銑ヤードで大型特殊容器(10トン)へ大型の電磁石付きクレーンで積載している。積載済み容器は、専用運搬車(30ト ンキャリアカー)で数百メートル離れた専用線ホームへ運び、ホームでは25トン移動式クレーンで容器を持ち上げ、無蓋貨車へ自然落下で積んでいる。

 コンテナ輸送でも同様、鋳物銑ヤードで電磁石で容器に積載し、キャリアカーで輸送するが、コンテナへの積載は貨車輸送と異なり容器ごと専用線上のコキ車 のコンテナへ、新規導入の10トンフォークリフトで積む。

 現在は貨車が駅に到着するとショベルカーでダンプカーに積み替えて顧客へ配達し、炉前の原料置場へダンプアップして取り卸している。このためコンテナ輸 送でもダンプカーで配達する。着駅でダンプカーへ積み替えるもので、フォークリフトで容器をコンテナから取り出し、ダンプカー荷台上の架台に載せ、容器の 一方をフォークリフトの爪で持ち上げ、傾斜させて反対側の取卸口から落下させてダンプカーに積載する。

 試作容器を用いたテスト結果から改善を行い、改造容器が取り卸し時の操作性、作業性に問題のないことが確認できたため、同製鉄所は専用容器を製作して3 月からコンテナ輸送にすることにした。容器を1日平均36台使用することとし、予備台数も必要なため350台を常備する。

 コンテナ輸送への転換に当たり同製鉄所は、トラック輸送も検討した。しかしトラック輸送はコストその他に問題があるため、鉄道で顧客への安定供給を確保 することにした。定時定型輸送と顧客への安定供給の確保、長距離輸送の経済性から鉄道の有効性は高いと判断、レール輸送を継続することにした。

 名古屋製鐵所では、厳しい品質管理の下で鋳物銑の製造を行っており、高品質鍛造自動車部品、機械部品用原料として顧客へ供給されるため輸送品質について は損傷、破損事故のない安全確実な輸送が要求されるが、コンテナ輸送には安全性に問題が無いと判断している。

 一方、車扱からコンテナ輸送へ転換するに当たり、輸送側は輸送力増強、発駅荷役設備、コンテナ置場整備などを行い、JR貨物はコンテナ輸送力を増強して 計画的安定輸送を確保する。また名古屋臨海鉄道は現在、1日1回トキ6両(平均)を専用線から引き上げているが、コンテナ輸送ではコキ車1日6〜7両(12ftコンテナ36個)の扱いとなるため、専用 線入換回数を1日2回に増やして対応する。このほか、発駅の荷役線の増設(コキ車7両収容を15両にする第1期工事完了)やコンテナホーム、コンテナ置場 も整備する。

 尚、同製鐵所は鋳物銑のほか厚板(月間3,600トン)冷延鋼板(同500トン)鋼管(同100トン)を無蓋貨車輸送(総輸送量は1ケ月約8千トン)し ており、3月のダイヤ改正後も鋳物銑以外は貨車輸送を行う。コンテナ輸送への転換は1997年3月ダイヤ改正以降、段階的に行う予定である。



■2−2.JFEスチール梶@  
事 業所
輸送概況
東日本製鉄所
千葉地区

2010.8蘇我駅  UM12A-5736 返送私 有:西岡山(DOWA)→ 千葉貨物(JFE・千葉) 同輸送はコキ1両に3個積載され ていた
JFE千葉から鉱滓を DOWAに輸送している返送であろうか。
東日本製鉄所
京浜地区
NKK時代の輸送
1999.1 川崎貨物駅 新潟東洋埠頭鰹蒲LUM5-70
パイプ:川崎貨物(NKK)→下関
西 日本製鉄所
倉敷地区
*2005年から線材の鉄道コンテナ輸送を開始(『JR貨物ニュース』2006年5月1 日号、1面)
線 材輸送
*この輸送は東水島〜黒井間で行われ、輸送開始は2005年 11月。取扱貨物は線材コイルブルームである。また着荷主は資料中では明らか
にされていないが、理研製鋼鰍ナはないかと筆者は考えている。
詳細は拙web「貨物取扱駅と荷主」 の「黒井駅」における「理研製鋼鰍フ鉄鋼輸送」を参照。

*2006年2月から自社船で仙台の物流拠点に運んでいた八戸向けのブルー ム東水島〜八戸貨 物間の鉄道コンテナ輸送に転換。
(『JR貨物ニュース』2006年5月1日号、1面)

*2006年4月上旬にブルームロックウール積み合せ輸送北海道方面にテスト輸送し、よい結果が得られた。
(『JR貨物ニュース』2006年5月1日号、1面)

*西日本製鉄所の倉敷地区から鉄道で出荷する鋼材の量は、この4年間で10倍に 増えた。トラックや船で送りにくかった日本海側から始まり、
北海道東北などへ拡大。このほど私有12ftコンテナを製作し、運用を開始し た。44個製作し日本中へ発送されている。福山地区での活用も
検討中。(『JR貨物ニュース』2008年6月15日号、1面)
2009.4 千葉貨物駅 U19A-921水島臨海通運鰹蒲L
西日本製鉄所
福山地区
東 福山駅所管の6.2kmの専用鉄道は1966年6月14日に運輸開始した。(1978年6月1日1.9km休止)(『平成6年度 鉄道要 覧』)
*専用鉄道はレール輸送のみ継続か?
JFEマテリアル
新 湊駅所管の日本鋼管鰍フ0.9kmの専用鉄道は1919年4月1日に運輸開始した。「1983年版専用線一覧表」でも存在。
*合金鉄:能町(NKK)→南松本 JRコンテナ 1997.3.9南松本駅で目撃

*本社:富山県射水市庄西町2-9-38
【沿革】(同社webサイトよ り)
1917年 電気炉による低燐銑鉄製造を目的に電気製鉄株式会社設立
1919年 日本鋼管株式会社と合併、日本鋼管鞄d気製鉄所となる
1922年 日本最大のフェロアロイメーカーとなる
1999年 エヌケーケーマテリアル株式会社として日本鋼管鰍謔阨ェ社独立
2003年 JFEマテリアル鰍ノ社名変更



■2−3.住友金属工 業梶@ 

*鉄道用車輪の輸送をモーダルシフト 「みどり」号で東京へ 住友金属工業
 (『JR貨物ニュース』2006年6月1日号、1面)
 住金は車輪や車軸などの鉄道車両品メーカーとして、貨物・旅客を問わず100%に近いシェアを誇っている。同社はこのほどJR東日本の東京総合車両セン ターに納入している山手線用車両の車輪輸送を、トレーラーから鉄道にモーダルシフトし、安治川口−東京(タ)間のスーパーグリーン・シャトル列車「みど り」号を利用し始めた。

 住金の製鋼所は品川のJR東日本の東京総合車両センターに月間200トンの鉄道車輪を納入している。同社はこれを従来トレーラーで輸送していたが、この 4月、スーパーグリーン・シャトル列車の31ftコンテナによるモーダルシフトが実現した。

*鉛:姫路貨物(住金)→羽前水沢(水澤化学工業) 18Dコンテナ複数  1999.2.19羽前水沢駅にて目撃



■2−4.叶_戸製鋼所  
 神鋼は2002年からモーダルシフトに取り組んでいる。加古川製鉄所と神戸製鉄所から国内に出荷される月間約44万5千トンのうち、船舶輸送約80%トラック輸送約19%鉄道輸送約0.5%を占める。(『日 経産業新聞』2005年3月4日付10面
事 業所名
事   項
真 岡製造所
* 専用無蓋コンテナでアルミコイル輸送をモーダルシフト(『MONTHLY かもつ』2008年9月号、p7〜10)
 2008年4月から20ft無蓋コンテナを用い宇都宮(タ)〜大阪 (タ)・ 北九州(タ)で缶材のアルミコイル輸送を本格的に開始
 7年前から12ftコンテナによって宇都宮(タ)〜新南陽で コンピュータのハードディスク素材を月20〜25個輸送。下松市内の主要顧客に納入
(詳細は拙web「貨物取扱駅と荷主」 の「宇都宮貨物ターミナル駅」 の「叶_戸製鋼所 真岡製造所」を参照)
神鋼建材工業
* ガードフェンスやグレーチングを30ft無蓋コンテナで大阪から札幌・千葉・北九州へ(『MONTHLYかもつ』2010年8月号、 p7〜10)
 2010年6月から日本通運鰍ェ5個作成し30ft無蓋コンテナを使って、尼崎市の工場から札幌・千葉・北九州の各SP向けの輸送をモーダルシフトし た。
鉄道輸送するのは各SP向け輸送量の約半分。コンテナ輸送を基本に波動調整をトレーラーで行う。発駅は大阪(タ)駅で、札幌(タ)東京(タ)北九州
(タ)の各駅に輸送している。

神 戸製鉄所
* 神 戸製鋼所 モーダルシフト拡大 神戸−北陸 線材輸送を鉄道に『日 経産業新聞』2005年3月4日付10面

*神戸製鋼 鉄道で月3千トンを神戸発高岡へ 線材の輸送品質向上求め て(『JR貨物ニュース』2005年7月1日号)
 昨年から高岡にある神鋼の連結子会社(筆者註:日本高周波鋼業兜x山製造所?)に供給している線材を神戸(タ)発、高岡貨物着でコンテナ輸送
を開始した。まず月間1,000トンを鉄道で運び始め、昨年秋には2,000トン、今年4月には月間3,000トンへと倍増。1日に40個のコンテナで土日を除く毎日
発送している。
 線材は神戸製鉄所からトレーラーで集荷し神戸(タ)構内で鉄道コンテナに積み替える。
加 古川製鉄所
線 材2,000トンなどに鉄道輸送を利用(『日 経産業新聞』2005年3月4日付10面

*加古川製鉄所の横浜方面向け線材棒鋼の鉄道シフトを検討。棒鋼は6m程度の長尺が多いので20ftコンテナの運用も考えている。
(『JR貨物ニュース』2005年7月1日号)
高 砂製作所
*鉄粉1,000トンなどに鉄道輸送を利用(『日 経産業新聞』2005年3月4日付10面
福 知山工場
* 溶接棒:福知山(神戸製鋼所)→宮城野(協和運輸) 18Dコンテナ  (1998.10.3宮城野駅で目撃)

http://www.kobelco.co.jp/column/topics-j/messages/255.html
*KOBE・JFEウェルディング株式会社を設立
 叶_戸製鋼所(神戸製鋼)とJFEスチール梶iJFE)は、2003年10月1日付けで、共同出資の溶接材料生産会社 KOBE・JFEウェルディング鰍設立。
 新会社は、神戸製鋼福知山工場及びJFE西日本製鉄所倉敷地区でそれぞれ行っていた溶接用ワイヤ(ソリッドワイヤ)の生産を集約する会社で、
概要は以下の通り。
 【概要】
・本社所在地:京都府福知山市長田野町3丁目36(現 神戸製鋼 福知山工場)
・出資金:5億円(資本金2.5億円 資本準備金2.5億円)
・出資比率:神戸製鋼80%、JFE20%
・生産規模:約5,000トン/月
・年間売上高:60億円程度
・従業員数:180名程度
長 府製造所
* 銅コイル:下関(神戸製鋼所)→矢板(日神) 18Dコンテナ  (2000.3.14矢板駅で目撃)
*銅コイル:下関(神戸製鋼所)→四日市(日本トランス)  19Bコンテナ (1999.3.28四日市駅で目撃)



◇3.普通鋼電炉メーカーの輸送  
朝日工業
【沿革】(同社webサイ トより)
1936年 鉄鋼事業の前身である日本ニッケル鰍ェ創立
1960年 朝日化学肥料鰍ェ日本ニッケル鰍フ鉄鋼部門を吸収し西武化学工業鰍ノ変更
1992年 朝日工業鰍ノ社名変更
※かつては1986年12月31日に全廃された貨物専業の上武鉄道(丹荘〜西武化学前6.1km)によって鉄道貨物輸送を行っていた。

*朝日工業鞄S鋼事業部 埼玉工場 新製無蓋コンテナで長尺の構造用鋼 に対応(『MONTHLYかもつ』2009年6月号、p7〜10)
 構造用鋼の輸送用に無蓋コンテナを4個製作し、2009年1月より熊谷(タ)〜梅田間で鉄道輸送 を開始。納入先はカネヒラ鉄鋼で 同社向けは6m材の需要が多く、
それを積載できるコンテナが必要であった。そこで朝日工業、カネヒラ鉄鋼、東武運輸梶Aセンコー梶AJR貨物と共に、6m材を積載可能な三方開きの 21ft級無蓋コン
テナを新製し年間3,000トンを 鉄道にシフトする普及事業をグリーン物流パートナーシップ会議に提案し認定された。
 現在、同輸送は月・火曜日に各2個ずつ熊谷(タ)駅から梅田駅に発送されている。空コンテナは2段積みで返送可能。
2009.9 熊谷(タ)駅
UM14A-8003、8004、8005、8006が揃う
活ノ藤製鐵所
*活ノ藤製鐵所石巻工場は「1975年版専用線一覧表」によると石巻埠頭駅が所管の0.5kmの専用線(宮城県専用線が接続)が存在した。
 「1983年版専用線一覧表」では存在せず。

【沿革】(同社webサイトより)
1969年9月 石巻工場新設、10月電気炉稼働
1970年5月 石巻工場、圧延設備稼働
王子製鉄
【沿革】(同社webサイトより)
1935年 「理研コンツェルン」の一つとして「理研特殊鉄鋼梶v設立。
1937年 「理研特殊鉄鋼梶v王子工場内に圧延(熱延)工場設立、操業開始。
1955年 大同製鋼鰍ェ新理研工業鰍吸収合併、同社の前身は大同製鋼梶u王子工場」と改称。
1956年 大同製鋼渇、子工場単圧部門を分離独立し、「王子製鉄梶vを創立。
1966年 大寿製鉄鰍買収し、群馬製鋼轄m闕H場と改称。
1970年 “緑の田園工場”構想のもと、綾瀬工場及び群馬製鋼轄m闕H場を群馬県新田町(現太田市)へ集約し、製鋼工場操業開始。
1974年 第一圧延工場完成。製鋼・圧延一貫体制確立。
1976年 第二圧延工場完成。
2007年 筆頭株主が大同特殊鋼鰍ゥら新日本製鐵鰍ニなる。(議決権比率51.5%)
2012.9 熊谷(タ)駅
中部鋼鈑
* 中部鋼鈑梶@名古屋(タ)発 鉄の厚板輸送 ちょい長22.5ft無蓋コンテナ(『JR貨物ニュース』2004年12月1日号)
 2004年10月より運用を始めた無蓋コンテナは、長さ22.5ft、積載荷重10トンで、30個製作した。月間輸送量は約1,000トン
 同社は名古屋(タ)近くにあり、昭和50年代初頭まで専用 線が引かれていたこともあり、輸送コスト削減を主眼とした物流見直しを図る際、鉄道が選択肢に加えられ
た。コンテナに載るサイズの製品を納め、なおかつコストが合う地域を精査した結果、当面の納入先は熊谷(タ)宇都宮(タ)熊本駅に近い複数の納入先と なった。
 ちょい長<Rンテナはコキ1両に2個までしか載せられない。JR貨物は輸送力に余裕のある土日や平日でも余席のある列車に順次載せることを提案。
 毎日、30〜40トン集荷して待機分は名古屋(タ)構内に留置している。また他のユーザーからも鉄道で納入できないかという問い合わせも来ている。
2009.9 熊谷(タ)駅
UM16A-25001、UM16A-25023
東京製鐵
*東京製鐵渇ェ山工場は「1983年版専用線一覧表」によると水島臨 海鉄道・水島駅が所管の2.4kmの専用線が存在した。

【沿革】(同 社webサイトより)
1962年10月 1号平炉完成操業開始
1969年01月 大形圧延工場完成、H形鋼生産開始
1977年12月 平炉工場閉鎖
1978年04月 電気炉工場完成操業開始
1998.8水 島臨海鉄道から分岐する東京製鐵渇ェ山工場
東北スチール
【沿革】(同社webサイトより)
1969年01月 藤沢製綱叶ン立
1973年02月 川崎製鉄グループの資本参加を受けそのグループに入る
1974年05月 仙台工場第1期工事完成(生産能力12,500t/月)
1976年01月 仙台工場を本社工場として名称変更(前年に藤沢工場廃止)
1976年12月 仙台工場第2期工事完成(生産能力30,000t/月)
1985年09月 東北スチール鰍ノ継承

*超硬ロール:宮城野(東北スチール)→東水島 18Dコンテナ 1996.12.25向日町駅で目撃
1996.12 向日町駅
北越メタル
*北越メタル鰍ヘ「1983年版専用線一覧表」によると北長岡駅が所管の1.4kmの専用線が存在した。

【沿革】(同社webサイトより)
1942年06月 1905(明治38)年に創立した北越水力電気鰍フ化学工業部門を継承し、北越電化工業を設立
        以後蔵王工場(現長岡工場)では硫酸・電極・生石灰を土合工場ではカーバイド・生石灰をそれぞれ製造開始
1943年07月 砂鉄を原料とする電気銑の製造を開始
1945年08月 戦災により土合工場が全焼、このため蔵王工場を整備し単一工場とした
1950年04月 フェロアロイ関係各種合金鉄製品製造開始
1959年10月 製鋼用8t電気炉1基を新設し、鋼塊製造開始
1961年10月 東都製鋼(株)(現トピー工業)のグループ会社となった
1963年01月 カーバイドの製造を中止し、製鋼用15t電気炉1基を増設稼働
1964年11月 東邦製鋼梶A叶V潟製鋼所を合併、社名を北越メタル鰍ノ変更し製鋼圧延一貫メーカーとなった
1972年09月 長岡工場に50t電気炉、4ストランド連続鋳造設備を新設し、旧設置製鋼炉を廃止
1977年04月 フェロアロイ関係製品の製造を中止



◇4.特殊鋼電炉メーカー(特殊鋼専業 メーカー)の輸送  
愛知製鋼
*愛知製鋼鰍ヘ「1983年版専用線一覧表」では刈谷駅所管の1.1km(使用中止)、聚楽園駅所管の1.3km の専用線が存在した。

*愛知製鋼は下記の無蓋コンテナでで特殊鋼輸送を行っていたようだが、大同特殊鋼のように本格輸送に移行しないままのようである。
この無蓋コンテナについては、下記の大同特殊鋼の項を参照。
1997.8 名古屋南港駅
山陽特殊製鋼
* エコ経営ポイントを聞く 山陽特殊製鋼 物流のCO2、鉄道使い削減 専用コンテナを30台配備『日 経産業新聞』2010年1月13日付2面


 山陽特殊製鋼が自動車用シャフトなどの材料となる特殊鋼鋼材の輸送で、自動車から環境負荷の低い鉄道へ切り替える「モーダルシフト」を加速させている。
製鋼工程での二酸化炭素(CO2)の排出削減余地は乏しいとされるなか、特殊鋼製品の輸送方法を工夫し、物流でのCO2排出を積極的に減らす取り組みだ。
物流部門を統括する桐山哲夫専務に考え方などを聞いた。

――モーダルシフトに取り組みきっかけは何か。
「もともと当社は製品の輸送で船舶を利用する割合が製造業のなかでも多い方だ。背景には需要地の周辺に拠点を持つ他の特殊鋼メーカーと比べ、工場のある
兵庫県姫路市から需要地が離れているという点がある」
「そこにCO2排出削減という問題がのし掛かってきた。そこでまず、姫路から一番遠い秋田への物流から検討した。これまで秋田へは船舶とトラックの組み合 わせ
やトラック単独など5つの系統があり、コストの実績でみればトラック単独が一番安かった。このため5年近くかけて計画を練り、鉄道に切り替えても安価で抑 えられ
るように日本貨物鉄道(JR貨物)とも交渉を重ねてきた」

――これまで導入は難しかったのか。
「特殊鋼製品は基本的に鉄道輸送になじみにくいという点があった。トラックでも26〜28トン級のトレーラーが必要なほど大掛かりで、従来の鉄道コンテナ では箱詰
めの形状などが特殊鋼にとって使い勝手が悪い。また、貨物駅への到着直後に倉庫へ配送するために、地元輸送業者との密接な連携が課題だった」
「移行に際して、貨物駅で積み替え作業がしやすい専用コンテナを考案してまず10台購入した。積載容量は16トン程度で、貨車からフォークリフトを使って (駅から
物流拠点まで運ぶ)トラックの台車にそのまま移せるように、底部にツメが入るための穴が開いている構造になっている。現在では30台を配備している」

――効果はどの程度か。
「2008年秋から試験的に実施し、09年春に本格運用に切り替えた。この半年間の実績として、姫路−秋田間でのCO2排出量をトラック単独輸送に比べて 85%削減
できた。肝心の輸送コストも、トラックに比べても2〜3割安く抑えることが可能となった。コンテナにはコーポレートカラーの紫色を採用しており、PR効果 もあったと考
えている」
「我が社全体の08年度のCO2排出量は、1990年度に比べて23%減ったが、製鋼工程での排出量削減には限界がある。ただ、物流でも排出量削減を最優 先にした
単純なモーダルシフトでは、コスト増加につながりかねない」

――物流のカイゼンは今後も課題として残る
「費用対効果を考慮すると、東は岐阜県、西は岡山県と広島県の県境付近までの範囲ではトラック輸送を続ける必要がある。CO2削減には、低燃費型車両の採 用
を急がなければならない。船舶の大型化も進める。物流業者と協力した効率の向上も必須となる」
2010.10 秋田貨物駅
大同特殊鋼
* コンテナで鋼材輸送 名古屋臨海鉄道 どの荷主にも対応可(『交通新聞』1995年5月8日付1面)
 名古屋臨海鉄道は1995年5月1日に鋼材のコンテナ輸送を本格的にスタートさせた。20ftの専用コンテナを新たに開発し、名古屋南港駅から東三条駅まで輸送す
る。同社では2年前から名古屋臨海通運知多通運中越通運の通運3社と共同で新型コンテナの開発に取り組んできた。昨年 11月に20ftの鋼材専用コンテナを
3個製作して試験輸送を実施、4月に合計45個を完成させ た。今回のコンテナ化で1日当り9個を輸送し、月間輸送量は約2,100トンを見込む。
1997.8 名古屋南港駅

*軌道に乗る 大同特殊鋼の鋼材輸送 名古屋南貨物−南長岡間(『JR 貨物ニュース』2003年12月15日号、2面)
 国土交通省が今年度第1次の実証実験として認証した大同特殊鋼の鋼材輸送は2003年10月に開始されたが、12月に入りいよいよ軌道に乗ってきた。
 鋼材を10トン用のオープントップコンテナに積載して、名古屋南貨物駅から南長岡駅まで鉄道輸送、そこから20km強の倉庫に配達後、空コンテナを4段 積みして
鉄道で戻す方式。12月の輸送実績は計画量の月間3,000トンを達成する見込み。名古屋臨海鉄道とJR貨物は1日に10トンコンテナ15個を発送する本 輸送に備え
て、名古屋南貨物駅発308列車にコンテナ貨車5両を増結した。
2007.2 名古屋南貨物駅

*この輸送は着荷主が理研製鋼滑`崎工場である。着駅は後に 南長岡から黒井に変更された。
その後の経緯は、拙web「貨物取扱駅と荷主」 の「黒井駅」に「大同特殊鋼」の項があるので併せて参照 されたい。

*また大同特殊鋼の鉄鋼輸送は、秋田貨物向けでも行われてい る模様だ。
 
2008.4秋田貨物駅                               2006.8秋田貨物駅
日本高周波鋼業
*日本高周波鋼業鰍ヘ「1975年版専用線一覧表」では八戸線・湊駅が所管の0.8kmの専用線が存在した。「1983年版専用線一覧表」では 存在せず。

【沿革】高 周波鋳造webサイトより)
1951年 日本高周波鋼業株ェ戸工場として設立。
      淋代海岸(青森県三沢市)の砂鉄鉱区の良質砂鉄を原料として銃鉄の生産を開始。
1981年 日本高周波鋼業鰍謔阨ェ離独立し、高周波鋳造鰍ニして発足

*日本高周波重工業鰍ヘ「1975年版専用線一覧表」では加越能鉄道・東新湊駅が 所管の0.3kmの専用線が存在した。「1983年版専用線一覧表」では存在せず。

*叶_戸製鋼所の神戸製鉄所は神戸(タ)〜高岡貨物線材コンテナ輸送を行っているが、この着荷主は日本高周波鋼業兜x山製造所と思われ る。
神戸製鋼の項を参照)
日立金属
日立金属活タ来工場は「1983年版専用線一覧表」では安来駅が所管の発送線0.4km、到着線0.3kmの専用線が存在した。

*ここにも貨物駅 米子駅
(『JR貨物ニュース』2003年8月1日号、4面)
 安来の大手金属工場からは、高級鋼材製品が、東京(タ)に 20ft無蓋コンテナで月間80個、秋田貨物へは20ft有 蓋コンテナで20個発送がある。

*1999.5.23宮城野駅でUM13Aコンテナが米子〜八戸貨物で 運用されているのを目撃。

  
2010.5岐阜(タ)駅 UM13Aコンテナ                     2006.8秋田貨物駅 U29A -42 日本通運鰹シ江支店所有

日立金属葛繽B工場は「1983年版専用線一覧 表」では専用線は存在せず、1990年10月の苅田港駅におけるコンテナ取扱開始以後に専用線を開設した可能性
が高いと思われ、相当新しい専用線であったと言える。

*ここにも貨物駅 苅田港駅(『JR貨物ニュース』 2004年1月15日号、6面)
 発送貨物も自動車部品で、専用線のつながる自動車部品メーカーには毎日コ ンテナ車4両編成列車が入り、工場構内で発送コンテナを貨車積載して戻ってくる。
 
2002.8苅田港駅 日立金属葛繽B工場の専用線             2006.3苅田港駅 日立金属葛繽B工場の専 用線は撤去済み

*2005年1月末に苅田港駅に発着するコンテナ列車が運転休止されることになり、日立金属叶齬p線は廃止された。([29])

2001.12 刈谷駅(?) 部品:苅田港(日立)→宇都宮(タ)(日産)、この他に同様の輸送がC36コンテナなどもあって
計5個あった。コキ1車分の輸送ということになる。

*部品:苅田港(日立)→越谷(タ)(熊谷) JRコンテナ 1997.3.6稲沢駅で目撃  これらコンテナ輸送は、北九州(タ)駅発にシフトしたと思 われる。
三菱製鋼
*三菱製鋼轄L田製作所は「1983年版専用線一覧表」では広田駅が所管のA線0.4km、B線0.2kmの専用線が存在した。
2006.11 広田駅 中央に三菱製鋼の専用線のゲートが残る

*東京(タ)(三菱製鋼)→東水島(菱水会倉庫)

2003.8東水島駅 中央通運鰹蒲LU31A-89

*三菱製鋼樺キ崎製鋼所は「1975年版専用線一覧表」では浦上駅が 所管の0.2kmの専用鉄道及び0.1kmの専用線が存在した。
*1975年1月に産業機械部門と鉄構製缶品部門を主体に三菱長崎機工鰍ニして独立(同社webサイトより)
*『1978年度 民鉄要覧』には同社専用鉄道は存在せず、「1983年版専用線一覧表」にも存在せず。



◇5.ステンレスメーカーの輸送  
太平洋金属
*大平洋金属鰍ヘ、「1983年版専用線一覧表」では本八戸駅が所管の1.1km、東岩瀬駅が所管の0.8km、奥田駅が所管の0.4kmの専用線が存在した。
また直江津駅が所管の日本ステンレス叶齬p線の第三者利用者に大平洋 金属鰍ェ存在した。
「1975年版専用線一覧表」では、新発田駅が所管の0.8kmの専 用線が存在した。「1983年版専用線一覧表」では存在せず。

【沿革】(同社 webサイトより)
1949年12月 企業再建整備計画の認可に基づき、日本曹達鰍フ鉄鋼部門より分離独立し、日曹製鋼鰍ニして発足
         国内資源の活用として砂鉄の製錬に着目し、砂鉄を原料に電気炉による砂鉄銑の生産を開始
1954年03月 合金鉄、特にフェロニッケルの将来性に着目し、新発田工場の砂鉄銑設備をフェロニッケル製錬設備に転換
1957年05月 八戸工場完成、砂鉄銑の製造開始
1959年05月 フェロニッケル製錬を専業とする大平洋ニッケル叶ン立に伴い、新発田工場を分離
1965年04月 八戸工場の銑鉄生産設備の一部を合金鉄及びフェロニッケル製錬用に転換
        1966年にはフェロニッケル、1968年には鉱石からの一貫製造法によるステンレス鋼の生産を開始する
        1969年に25,000KVA、1970年に40,000KVAの大型電気炉2基を設置し、フェロニッケルの生産を増強
1970年01月 大平洋ニッケル鰍吸収合併し、大平洋金属鰍ノ社名変更
1979年07月 新潟工場完成。新発田工場の電磁材料部門、活性炭部門を移設
1983年06月 岩瀬工場を分離し、大平洋ランダム鰍ノ研削材部門を営業譲渡
1984年07月 直江津工場、富山工場、習志野工場を分離し鋳鋼部門、鍛鋼部門、機械部門をそれぞれ大平洋特殊鋳造梶A大平洋製鋼梶A大平洋機工鰍ノ営 業譲渡
1995年04月 八戸製造所にフェロニッケル製錬電気炉60,000KVAを設置、3炉体制確立
1999年08月 本社機構を八戸に移転しフェロニッケル専業メーカーになる
2003年08月 リサイクル事業の「焼却灰・ホタテ貝殻リサイクル施設」完成
2004年06月 リサイクル事業の「溶解飛灰リサイクル施設」完成
2004年11月 フェロニッケル製造ライン(6号キルン・8号炉)増強工事完了
日本冶金工業 丹 後山田駅が所管の日本冶金工業椛蜊]山製造所の8.7kmの専用線は、1942年10月に敷設された。([15]p530)
1995.9日本冶金工業椛蜊]山製造所

塩浜操駅が所管の日本冶金工業叶崎製 造所の1.8kmの専用鉄道は、1964年3月25日に運輸を開始した。(『昭和53年度 民鉄要覧』)

*丹後山田駅の日本冶金工業の専用線からの「ルッペ」の出貨は、1955年度12.0千トン1960年度22.3千トン1965年度24.2千トン1970年度43.9千トン
1971年度49.3千トンであった。 ([15]p527)

*丹後山田駅の日本冶金工業の専用線からは、ステンレス原料のフェロニッケルが1日トキ6〜7両発送されていた。トキ25000形の末期型の 29400代が作られると、ここ
に集中して配置された。([30]p33)

*1988年3月31日に末広町駅の 日本冶金工業叶齬p線が廃止された。これは1985年3月に宮津線丹後山田 駅の貨物取扱いが廃止されたことで車扱輸送ができなくなり
コンテナへの切り替え等も検討されたが、集配距離が長く費用面から不可能とされ、将来の専用線利用の 見込みが無く廃止された。([21]p87)

*フェロニッケルを無蓋コンテナで鉄道輸送 梅小路から川崎貨物駅まで
(『JR貨物ニュース』2007年2月1日号、3面)
 日本冶金工業鰍ナは、ステンレス鋼の原料であるニッケルを製錬する該AKIN大江山(京都府)と、ステンレス製品を製造する該AKIN川崎(神奈川 県)の2工場による
一貫生産体制を確立している。2004年から、大江山工場では川崎工場へ、10 トン無蓋コンテナに3容器を積込み毎日3個の鉄道コンテナで輸送 し始めた。
 日本通運丹後営業所が月〜木曜まで、1日に9〜18容器をトレーラーで梅小路駅に運ぶ。同駅構内にある上屋で、コンテナに積み替えて、川崎貨物駅へ日本 通運の無
蓋コンテナ(UM14形コンテナ)で鉄道輸送している。現在、YAKIN大江山がフェロニッケル輸送で鉄道を利用している割合は10〜15%。鉄道利用をさらに増やしたい意向
がある。




◇6.単圧メーカーの輸送  
虹技
【沿革】(同社webサイトより)
1916年12月 堀田正夫の個人経営として神戸鋳鉄所を創業
1937年12月 播磨工場を建設(現姫路西工場)
1961年11月 姫路東工場を建設
1993年12月 商号を叶_戸鋳鉄所から虹技鰍ヨ商号変更

*「1983年版専用線一覧表」では飾磨駅が所管の新日本製鐵轄L畑 製鐵所の専用鉄道の第三者利用者に叶_戸鋳鉄所が存在する。
2002.1虹技兜P路東工場に残る専用線跡

*貨物バラエティ 油圧機器の素材 デンスバー
(『JR貨物ニュース』2004年7月15日号、4面)
 姫路市に本社を置く虹技兜P路東工場では「デンスバー」(連続鋳造鋳鉄棒)を製造している。デンスバーの6割は、バルブやシリンダなどの油圧機器に使わ れる部品の
素材に使用される。プラスチック製品を形作る射出成型機のマニホールドの素材に使われる。他に工作・産業一般機器や自動車運搬機器、ガラス製品金型の口金 など用
途は多様である。コンテナ輸送しているのは定尺のもので、直径100mm前後の製品が最も多い。重量のある細長い棒状の製品が多いため、関東圏をカバーす る関東物
流センター
向けには、100%鉄道を利用して いる。関東物流センターは、各種製品を約500トン在庫しており、随時補充している。同社では、日本石油輸送が製作した20ft
無蓋コンテナ
6個運用している。日本通運が1日3個(30トン)2日に1回集荷、回転させている。
2009.9 熊谷(タ)駅
『JR貨物ニュース』紙上ではJOT所有のUM14A-5039の写真が載っている。上記、熊谷(タ)駅で目撃したUM14A-5042は虹枝の輸送なの であろうか?
東洋鋼鈑
下 松駅の東洋鋼鈑鰍フ専用線は、1944年6月に敷設された。([25]p307)

*広島鉄道管理局の1974年度荷主別輸送量において、東洋 鋼鈑は車扱:95千トンであった。([26]p127)

*「1983年版専用線一覧表」では下松駅が所管の1.3kmの専用 線が存在する。(日立製作所の専用鉄道に接続)

*1987年のJR貨物発足当時の輸送として、ワキ5000形による下松〜塩浜操(現川崎貨物)間 のブリキ輸送があった。([22]p36-37)
*また川崎貨物駅東部貨物は、1972年6月から取り扱いを 開始し、到着では下松駅からの薄鋼板などを取り扱ったが、JR貨物の車両所移転のため1995年7月8月20日に
東部貨物は廃止となった。([23]p17)

*1994年4月現在の輸送として、ワキ車によって下松〜仙台港間で東洋製罐叶蜻芻H場向けのブリキ板を輸送していた。またワキによるブリキ板の輸送は下松〜清水
でも行っている模様。([24]p337)
*下松駅は1996年3月ダイヤ改正で貨物取扱いが廃止された。
蒲ю製鋼所
* 帯鋼:広(淀川製鋼所)→宮城野(トーア・スチール) C35コンテ ナ  1998.4.28宮城野駅で目撃
*帯鋼:広(淀川製鋼所)→土浦(杉孝) 18Dコンテ ナ 1998.3.22土浦駅で目撃

また品名は不明だが、梅田駅発(淀川製鋼所)の宮城野駅着の18Dコンテナ(複数)を1998.9.29宮城野駅で目撃

*31ftコンテナで大阪から埼玉川越物流センターへ
(『MONTHLYかもつ』2009年11月号、p8-11)
 蒲ю製鋼所が製造する「ヨド物置」は、北海道・宮城・埼玉・愛知・岡山・福岡の6カ所を拠点に配送される。トラック4〜5台が走っていた大阪工場から 埼玉川越物流セン
ターへの輸送を一部鉄道コンテナ輸送へモーダルシフトした。当初は31ftコンテナ1個だったが、2009年4月から1個増やし、毎日2個ずつ梅田駅発越谷(タ)駅着で利用して
いる。札幌(タ)駅向けにも31ftコンテナを週2回利用しており、さらに仙台向けも検討している。
 31ftコンテナに積みきれなかった場合には、12ftコンテナを併用し ている。同社では呉工場等で生産されるベーリングフープや泉大津事業所のグレーチングに輸送に鉄道
コンテナ輸送を利用している。




[1]『貨物鉄道百三十年史(中巻)』日本貨物鉄道株式会社、2007年
[2]『貨物鉄道百三十年史(下巻)』日本貨物鉄道株式会社、2007年
[3]植松 昌「屋根のあるオトキ 形式未変更のまま北の地に活躍したトキの話」『トワイラトゾ〜ンMANUAL8』ネコ・パブリッシング、1999年
[4]『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年
[5]日本国有鉄道 貨物営業局 運輸課「昭和41年10月時刻改正について」『貨物』第16巻第10号、1966年
[6]中津川 亨「物資別輸送のはなし」『鉄道ピクトリアル』第17巻第2号、通巻第193号、1967年
[7]渡辺 一策「記憶に残る貨物列車たち(2) 輸送近代化の切り札〈コイル鋼管号〉」『レイル・マガジン3月号』第13巻第5号、通巻第150号、1996年
[8]天野 正雄「最近の石灰石需給状況と鉄道輸送」『貨物』第16巻第7号、1966年
[9]『鉄道貨物輸送近代化の歩み』日本貨物鉄道株式会社、1993年
[10]宮脇 俊三・原田 勝正『JR・私鉄全線各駅停車 別巻1 東京・横浜・千葉・名古屋の私鉄』小学館、1993年
[11]吉岡 心平「プロフェッサー吉岡の国鉄貨車教室」『レイル・マガジン6月号』第18巻第7号、通巻第213号、2001年
[12]『川崎製鐵二十五年史』川崎製鉄株式会社、1976年
[13]『京葉臨海鉄道20年史』京葉臨海鉄道株式会社、1983年
[14]河合 由平『武豊線物語−記録・写真集−』交通新聞社、2009年
[15]『福知山鉄道管理局史』福知山鉄道管理局、1973年
[16]渡辺 一策「1970年代の京浜工業地帯」『トワイライトゾ〜ンMANUALW』ネコ・パブリッシング、1995年
[17]遠藤 浩一「東北 貨物の話題」『鉄道ピクトリアル』第47巻第9号、通巻第642号、1997年、p88
[18]『岐路に立つ東北』日本経済新聞社、1998年、p108
[19]「貨物輸送特集 名古屋臨海鉄道 我が社の貨物輸送の現状と課題」『運転協会誌』第52巻第9号、通巻第615号、2010年
[20]吉岡 心平「国鉄貨車教室・第47回 チキ4700・4800」『レイル・マガジン3月号』第22巻第5号、通巻第258号、2005年
[21]『神奈川臨海鉄道30年史』神奈川臨海鉄道株式会社、1993年
[22]「JR貨物の車両ガイド@貨車編」『鉄道ダイヤ情報』第16巻第11号、通巻第47号、1987年
[23]『創立40週年を迎えて(最近10ヵ年のあゆみ)』神奈川臨海鉄道株式会社、2003年
[24]小山 雄久「仙台港のこと」『トワイライトゾ〜ンMEMORIES』ネコ・パブリッシング、2005年
[25]『中国支社30年史』日本国有鉄道中国支社、1966年
[26]『広島鉄道管理局この10年史』日本国有鉄道広島鉄道管理局、1976年
[27]澤内 一晃「国鉄ホッパ車の史的展開−物資別適合輸送と貨車との関係−」『鉄道ピクトリアル』第45巻第6号、通巻第606号、1995年
[28]「昭和40年代 写真で見る国鉄の貨物輸送。」『東京人』第24巻第3号、通巻第265号、2009年
[29]石原 慎治「最後の〈苅田港貨物〉」『鉄道ファン』第45巻第5号、通巻第529号、2005年、p182
[30]渡辺 一策「ローカル貨物列車ワンポイントガイド」『鉄道ダイヤ情報』第24巻第11号、通巻第154号、1995年
[31]澤内 一晃「関東地方のローカル私鉄 秩父鉄道」『鉄道ピクトリアル臨時増刊号』通巻第620号

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