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荷主研究(太平洋セメント 住友大阪セメント 電気化学工業)
石灰石輸送
2012.11.23作成 2012.11.24公開  2012.12.1訂補 2013.1.1訂補
<目次>
はじめに
石灰石の用途について
国鉄時代の石 灰石輸送
JR貨物以後の石灰石輸送
斗 賀野駅(1983年)の石灰石列車Wikipediaよ り)

■はじめに  
 我が国の石灰石の生産量は2010(平成22)年度が1億3,418万トン(石灰石鉱業協会)で、ピークは1991(平成3)年度の2億608万トン (同)である。石灰石は我が国の鉱物としては珍しく自給可能な資源で、鉱山は北海道から九州まで全国に分布している。戦前には既に出荷量が1,000万ト ン(同)を超えており、戦後も一貫して出荷量は増加し続けて1969(昭和44)年度に1億トンの大台に載った。オイルショックが起きた1974(昭和 49)年度に初めて前年割れとなり、その後の出荷量は1億7千万〜1億8千万トン台を前後したもののバブル期に再び大きく増加し2億トンの大台に載ったの も束の間、近年は減少傾向が続き1970年代前半の水準に落ち込んでいる。

 鉄道貨物輸送による石灰石輸送は、国鉄時代には4セ(石灰石、セメ ント、石油、石炭)と称される程、大量輸送が行われていた。特に1971(昭和46)年度から1975(昭和50)年度にかけては国鉄の車扱貨物の品目別 輸送量 では1位を記録し続け、ピーク時の1973(昭和48)年度には1,876 万トンを輸送した。その後も1980(昭和55)年度までは1,500万トン以上のレベルを維持している。しかし4セの内で石炭に次いで輸 送量が急減 したのは石灰石で、1993(平成5)年度にはJR貨物の品目別輸送量で500万トンを下回り、1998(平成10)年度にはとうとう100万トンを割っ てしまった。([1] p214-216)
 現在、JR線の営業路線を走る石灰石輸送は、乙女坂〜名古屋南 貨物が唯一となってしまっている。また民鉄線内だけの石灰石輸送としては、岩手開発鉄道の岩手石橋〜赤崎、秩父鉄道の影森〜三ヶ尻がある。 その他にも電気化学工業叶ツ海工場で行われているような営業路線ではない、いわゆる鉱山鉄道としての石灰石輸送も僅かに残っている。


2009.11大叶駅跡と吉澤石灰工業

吉澤石灰工業鰹蒲Lの生石灰専用のホキ8800形([9] p62)


■石灰石の用途について  

 石灰石鉱業協会のwebサイトには、石灰石 の用途について分かりやすく纏められている。抜粋したものが以下である。
【セメント】
 石灰石の主要な用途はセメント原料である。日本では年間約7,900万トンの石灰石(全出荷量の47%)がセメント向けに出荷されている。セメントは石 灰石、粘土、けい石、鉄滓などをキルンで焼成し、石膏を添加し粉砕して製造される。セメントは様々な建築や土木工事などに広く使われており我々の生活に無 くてはならない基礎資材である。
【骨 材】
 骨材(こつざい)とはコンクリートやアスファルト、路盤、鉄道用道床などに使われる砕石や砂利の総称である。全国で年間に約6億トンの骨材が生産されて いるが、そのうち3割程度が砂利で、6割程度が岩石を破砕して製造した砕石である。国内石灰石出荷量のうち約21%の3千5百万トンがコンクリート用骨 材、約5%の760万トンが道路用骨材として使われている。石灰石砕石はアルカリ骨材反応の心配がないので、今後の需要増大が期待されている。
【鉄 鋼】
 製鉄に石灰石が使用されていることは一般的にはあまり知られていないかもしれない。石灰石は製鉄所の高炉に鉄鉱石やコークスと共に投入され、鉄原料中の 不純物と化合してスラグをつくる働きをする(このようなものを造滓剤=フラックスという。スラグは高炉で銑鉄から分離・除去される)。年間約 2,200万トンの石灰石(全出荷量の約13%)が製鉄用として使用されている。また、高炉からの銑鉄を精錬する製鋼工程においても同様にフラックスとし て生石灰が使用されている。
【石 灰】
 石灰(せっかい)とは石灰石(化学組成CaCO3)から製造される生石灰(せいせっかい)と消石灰(しょうせっかい)の総称である。生石灰は石灰石を焼 成炉で焼成したもので、主成分は酸化カルシウム(化学組成CaO)である。また、消石灰は生石灰に水を反応させた後、分級整粒して出来た白色粉末で、主成 分は水酸化カルシウム(化学組成Ca(OH)2)である。すこしややこしいが、石灰石(Limestone)と石灰(Lime)は違うものである(原料と 製品の関係である)。石灰は製鋼用のほか、様々な化学工業の原料、土木建築、公害防止(排煙脱硫、廃液中和)や農業(肥料、農薬)、食品製造などに広く使 われている。
【ガラス】
 ガラスはシリカ(SiO,2)、ソーダ(Na2O)、酸化カルシウム(CaO)の3成分からなっている。ガラスの主原料となるシリカは融点が非常に高い (1,713℃)ため、製造工程ではNa2Oを添加して融点を下げる必要がある。しかしそのままでは透明性や耐久性に問題があるため、それを改善するため 石灰石とドロマイトが添加される。

 また古い資料になるが、昭和40年代前半の『貨物』に石灰石の用途のフローがあるので転載する。([2]p24)
 カーバイド工業などの当時全盛だった石灰石の用途が偲ばれ、興味深い。



■国鉄時代の石灰石輸 送  

▽車扱による石灰石輸送量の推移
年  度
1950
1955
1960
1965
1970
1975
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
輸 送量(千トン)
3,177
5,755
9,700
10,668
13,311
16,782
15,343
14,598
11,008
8,468
8,119
7,665
7,265
([1]p214、p216より)

▽主要発駅別石灰石輸送量(1965年度)
発 駅
発 荷主
主 な着駅
着 荷主(専用線)
年 間輸送量
備   考
氷 川
奥多摩工業
浜 川崎
高麗川
第一セメント梶A日本鋼管
日本セメント轄驪ハ工場
2,313 千トン
JR貨物発足後も継続。
1984年2月に武甲鉱山〜日本セメント埼玉工場までのベルトコンベア完成。
美 祢
宇部興産
宇 部港
居能
宇部興産
宇部興産
1,878 千トン
1974年度の輸送量は7,486千トン([4] p127)。JR貨物発足後も継続。
宇部化学工業褐けか?早期に廃止の可能性あり。
船 尾
麻生産業
日鉄鉱業椛D尾鉱業所
苅 田港
上戸畑
麻生産業
八幡製鉄株ェ幡製鉄所
1,419 千トン
船尾駅は1984年2月に貨物取扱いが廃止されたと思われる。
船尾〜上戸畑の石灰石輸送は1978年1月に津久見からの海上輸送に切替([15]p240)
斗 賀野
土佐石灰工業
多 ノ郷
大阪セメント轄rm工場
1,091 千トン
JR貨物発足後も継続。
青 海
日本石灰石開発
魚 津
鹿瀬
富山港
日本カーバイド工業
昭和電工且ュ瀬工場
昭和電工兜x山工場
541 千トン
日本石灰石開発鰍フ専用線は明星セメント鰍ニ合併後の1982年10月 廃止([14]p71)
鹿瀬駅着については[14]p193参照。1970年4月出荷停止([14]p210)
1970年12月出荷停止([14]p210)。富山港の昭和電工鰍ヘ現、昭 和タイタニウム
重 安
小野田セメント
セントラル硝子
小 野田港
宇部岬
小野田セメント鰹ャ野田工場
セントラル硝子
474 千トン
1974年度の輸送量は834千トン([4]p127)。 1985年7月に小野田工場のセメント生産中止。
1974年度の輸送量は141千トン([4]p127)。JR貨物発足後も継続。
親 不知
信越化学工業
黒 井
武生
信越化学工業
信越化学工業
417 千トン
親不知駅は1977年5月に貨物取扱いが廃止された。
井 倉
日鉄鉱業
飾 磨
富士製鉄轄L畑製鉄所
319 千トン
生石灰輸送。飾磨駅は1986年11月に廃止された。
石 原町
三菱セメント竃k九州事業所
黒 崎
三菱セメント竃k九州事業所 257 千トン
JR貨物発足後も継続。
足 立
足立石灰工業
飾 磨
富士製鉄轄L畑製鉄所
178 千トン
生石灰輸送。飾磨駅は1986年11月に廃止された。
東 鹿越
日鉄鉱業
伊 達紋別
台糖
135 千トン
伊達紋別駅は1986年11月に貨物取扱いが廃止された。
そ の 他
1,984 千トン
上有住〜釜石、陸中松川〜藤原、神俣〜四ッ倉、大叶〜 浜川崎、 根古屋〜高麗川、
重安〜西八幡 など
全  国  輸  送  量
11,006 千トン
※[1]p216では、昭和40年度の「石灰石」 は10,668 千トン。「石と石材」の356千トンを含むと11,024千トンになる。
([2]p28、「昭和39年版専用線一覧表」などより筆者作成)


田海鉱山からの貨車出荷([14] p71)
 青海駅に専用線のあった日本石灰石開発について、年 譜を下記の通り纏めておく。
(脚注がある以外は[14]p204-217)

1956年10月 日本カーバイド工業梶A昭和電工梶A信越化学工業鰍フ3社出資により日本石灰石開発叶ン立。
1957年06月 田海鉱業所完成。
1958年03月 専用側線完成。
1958年10月 輸送量の増大に備え35トンディーゼル機関車1両を追加購入([14]p193)。
         製品の出荷先は日本カーバイド工業・魚津工場、昭和電工・鹿瀬工場及び富山工場が中心([14]p193)。
         明星セメント鰍フ操業のメドが立たないため、磐城セメント且オ尾工場へ出荷することに([14]p193-194)
1959年08月 専用側線構内第1期工事完成。
1961年08月 側線第2期工事完成。
1964年01月 明星セメント・糸魚川工場の操業見通しがつき磐城セメント・七尾工場への出荷を中止([14]p195)
1964年03月 明星セメント向けにケーブルベルトコンベアによる出荷開始([14]p196)
1964年04月 (明星セメント・糸魚川工場発足)
1970年04月 昭和電工・鹿瀬工場向け出荷停止。
1970年12月 昭和電工・富山工場向け出荷停止。
1972年02月 日本石灰石開発と明星セメントの全株が日本セメント竃シ義となる。
1979年05月 明星セメントと合併。
1982年10月 化学向け石灰石のトラック出荷設備完成し、 貨車出荷廃止。


足立石灰工業学ebサイトより)
 足立石灰工業は現在も盛業中 であるが、鉄道貨物輸送の記録をweb 上で公開しているのは珍しい。(こちら

 同社のwebサイトによると「専用側線、生産設備、積込設備等を完成し、 昭和17年2月11日広畑製鉄所への初出荷」を行い、これを記念して同日を同社の創立記念日としたとのこと。
 また戦後も重要な役割を担った鉄道貨物輸送だが、最終的には「専用側線も 残念ながら廃止になっ」たとあり、鉄道貨物輸送への愛着が滲み出ている文章となっている。

 新日本製鐵轄L畑製鐵所は既に高炉が廃止されてしまったため、同所向けの生石灰輸送の需要そのものが消滅したと思われるが、記憶に残る輸送として 今なお存在感を発揮しているように感じる。


▽その他の石灰石輸送
発 駅
発 荷主
着 駅
着 荷主
備   考
上 有住
日鉄鉱業椛蜩エ鉱山 釜 石
新日本製鐵滑石製鐵所 1964年からは釜石まで専用列車2往復が運転([5] p459)
1974年度の上有住駅の日鉄鉱業鰍ゥらの発送トン数は294,355トン([5]p192)
上有住駅の日鉄鉱業については「ちょっと古い鉄道のお 話」に専用線や鉱山のレポあ り。
陸 中松川
東洋曹達工業
藤 原
新日本化学工業
([6]p109)
1974年度の陸中松川駅の東洋曹達からの発送トン数は82,896ト ン。主要品目は消石灰、炭カル、生石灰([5]p192)
ホキ8800形による輸送を行っていたが吉岡心 平氏のwebサイトの「ホ キ8800形8822」より)、着駅は宮下埠頭(小名浜埠頭?)
ではなくて、藤原駅と思われる。新日本化学工業鰍ヘ着貨物の生石灰が鉄鋼不況により大幅に減少し、国鉄の
運賃値上げにより自動車輸送に転移したため、1977年度以降は貨物取扱量が皆無となった([6]p109)
神 俣
福島石灰
四ッ 倉
住友セメント且l倉工場
神俣から四ッ倉の石灰石輸送は1959年に1日当たり840トン([7] p18)
神俣駅は1981年12月に貨物取扱いが廃止された。
大 叶
吉澤石灰工業
水 江町
日本鋼管葛桾l製鐵所
生石灰輸送。チキ車と専用コンテナで1976年輸送開始。当初は浜川崎 着だったが1979年に水江町に変更([8]p94)
1986年10月18日に吉澤石灰工業鰍ヘチキによる鉄道輸送廃止([9]p62)
根 古屋
秩父鉱業
高 麗川
日本セメント轄驪ハ工場
1964年度の根古屋駅発送量は約8万トン、石灰石以外に硅石も扱う。 大部分が高麗川行きで一部が大久野([10])
東武鉄道根古屋線は1967年4月1日廃止された。
青海
日本石灰石開発
七尾
住友セメント且オ尾工場
1958年開始([14]p194)、 1964年1月停止([14]p207)
井倉
日鉄鉱業
東福山
日本鋼管兜沁R製鉄所
1966年夏の日本鋼管福山の操業開始に伴い、貨車輸送による石灰石供 給を開始([15]p236)
しかし1976年11月の国鉄運賃大幅改訂に伴い、1978年度から鳥形山石灰石に振り替えられた([15]p237-238)
重 安
小野田セメント
西 八幡
新日本製鐵株ェ幡製鐵所
生石灰輸送。小野田セメント所有のホキ4700形で輸送を行っていた が、1981年9月に同社所有26両が全て移籍。
吉岡心 平氏のwebサイトの「ホ キ4700形4713」より)
船尾
日鉄鉱業
苅田港
宇部興産滑。田工場
1980年度実績:17.3万トン。
日鉄船尾は鉄鋼向け石灰石が皆無となったため宇部興産(苅田工場)などセメント向け増販に努めた([15]p373)
船尾
三井鉱山
日鉄鉱業
苅田港
麻生セメント滑。田工場
ホキ4200形、ホキ8100形、セキ6000形で石灰石輸送を行って いたが、1983年3月に廃止の模様。
吉岡心 平氏のwebサイトの「ホ キ8100形8115」より)  「昭和50年版専用線一覧表」では船尾駅の麻生セメント叶齬p線の
第三者利用者に三井鉱山鰍ェある。


■JR貨物以後の石灰石輸送  

▽車扱による石灰石輸送量の推移
年  度
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
輸 送量(千トン)
7,109
5,405
5,326
5,677
5,582
5,082
4,853
4,859
4,478
3,899
3,609
995
661
710
688
739
666
676
672
748
798
([1]p216、JR貨物webサイトより作成)

▽JR貨物発足後も継続していた石灰石輸送
発  駅
発 荷主
着  駅
着 荷主
備  考
東 鹿越
日鉄鉱業鞄月ュ越鉱山
中 斜里
ホクレン農協連 中斜里製糖工場
かつては道内8製糖工場全て石灰石を貨車輸送していた。1989年度 は鉱業所全体で20万トン弱の
採掘があり、貨車輸送されているのは中斜里向けの約3.7万トン([11]p179)
1997年3月ダイヤ改正で廃止。
青森港〜網走港で中斜里製糖工場向けの石灰石輸送がある。(『広報ほくれん』2009年 11月号
上 有住
日鉄鉱業椛蜩エ鉱山
釜 石
新日本製鐵滑石製鐵所
1989年3月ダイヤ改正で廃止。
上有住駅の日鉄鉱業については「ちょっと古い鉄道のお 話」に専用線や鉱山のレポあ り。
奥 多摩
奥多摩工業兜X川鉱山
浜 川崎
第一セメント
1998年8月廃止。第一セメント鰍ェ石灰石の調達先を北海道上磯・峩 朗鉱山に全面的に切り替えた
ため。
奥 多摩
奥多摩工業兜X川鉱山
水 江町
日本鋼管葛桾l製鉄所
水江町着のチキによるコンテナ輸送は1979年10月開始。1988年 3月廃止。ピーク時の1981年度の
輸送量は841千トン([13])
乙 女坂
矢橋工業
名 古屋南港
新日本製鐵竃シ古屋製鐵所
現存。
昼 飯
古田石灰製造
新 湊
日本鋼管兜x山製造所
ホキ2800形による生石灰輸送([12]p27)。 1988年頃廃止か? 富山製造所ではフェロアロイを製造。
現在はJFEマテリアル
魚津
日本カーバイド工業
村田
川崎製鉄叶逞t製鉄所
ホキ11350形による生石灰輸送。1992年4月廃車吉岡心 平氏のwebサイトの「タ キ11350形11350」より)
斗 賀野 土佐石灰工業 多 ノ郷 大阪セメント轄rm工場 1992年10月廃止。
美 祢
宇部興産渇F部伊佐鉱山
美 祢
宇部興産渇F部セメント工場
1998年4月廃止。
重 安
太平洋セメント鰹d安鉱山
宇 部岬
セントラル硝子渇F部工場
2007年10月廃止。新聞記事はこ ちら
石 原町
三菱マテリアル鞄健J鉱山
黒 崎
三菱マテリアル葛繽B工場
1996年3月ダイヤ改正で廃止。
([3]、貨物時刻表などにより筆者作成)


(矢橋工業webサイトより)
 矢橋工業竃シ古屋事業部は新日鐵住金竃シ古屋製鉄所向け生石灰の製造 と販売を行っている。

 西濃鉄道の乙女坂駅から名古屋南港駅まで運ばれた石灰石は、名古屋製鉄所内に設けられた矢橋工業のプラントで生石灰に加工されているものと思われる。

矢橋工業竃シ古屋事業部(同)

 西濃鉄道の石灰石の輸送量は1990年代から2000年代初頭にかけては年間50万トン前後を推移していたが、近年は60万トン前後に増加している。
 新日本製鐵竃シ古屋製鐵所が第1高炉の改修によって生産能力が増強されたためであると考えられる。



[1]『貨物鉄道百三十年史(上巻)』日本貨物鉄道株式会社、2007年
[2]天野 正雄「最近の石灰石需給状況と鉄道輸送」『貨物』第16巻第7号、1966年、p22-29
[3]渡辺 喜一「JR貨物の車両ガイド@貨車篇」『鉄道ダイヤ情報』第16巻第11号、1987年、p35-43
[4]『広島鉄道管理局この10年史』日本国有鉄道広島鉄道管理局、1976年
[5]『盛岡鉄道管理局25年史』日本国有鉄道盛岡鉄道管理局、1976年
[6]『いわき小名浜の鉄道のあゆみ』福島臨海鉄道株式会社、1999年
[7]渡辺 一策「ローカル貨物列車ワンポイントガイド」『鉄道ダイヤ情報』第24巻第11号、1995年、p10-37
[8]吉岡 心平「奥多摩工業KK所有のチキ80000形」『レイル・マガジン』第16巻第1号、1999年、p94-95
[9]『吉澤石灰工業125年史』吉澤石灰工業株式会社、1999年
[10]渡辺 一策「東武根古屋線とヲキ1形」『トワイライトゾ〜ン・マニュアル』1992年、p50-57
[11]今井 理・河野 哲也「北海道の専用鉄道、専用線」『鉄道ピクトリアル』第41巻第3号、1991年、p174-184
[12]清水 武『RM LIBRARY99 西濃鉄道』2007年
[13]『神奈川臨海鉄道30年史』神奈川臨海鉄道株式会社、1993年
[14]『明星セメント25年のあゆみ』明星セメント株式会社、1983年
[15]『四十年史』日鉄鉱業株式会社、1979年

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