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紙輸送 2003.4.6作成

鉄道貨物輸送と製紙メーカーとのつながりは浅からぬものがある。大手製紙メーカーの主要工場には、減少傾向にあるとはいえ専用線が設置され、原料の到着か ら製品の発送まで、鉄道輸送への依存度は他の産業と比して高いと言える。個々の大手荷主に関しては、「荷主企業研究」を参考にしてほしいが、紙輸送に関す る総合的なトピックが多いため、別個に紙輸送としてまとめた。

目次
.JR貨物の紙・パルプ輸送量>
.国鉄時代の紙輸送>
.(株)飯田町紙流通センター>
年度別の紙輸送 1988年 1989年 1991 年 1993年 1996年 1997年 1998年 2000年 2001年
5.チップ輸送


98.3幸田:稲沢→越谷 3364レ紙

(梅田→富士(返空,21車)・比奈(パレット,1車)と春日井〜越谷(印刷紙,23車)からなる


1.JR貨物の紙・パルプ輸送量>
年度
1985
1987
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
コンテナ/繊維工業品
 99
137
188
219
239
240
232
240
270
307
325
310
323
330
314
車扱/紙・パルプ
254
228
246
244
225
205
197
179
151
103
 96
 87
 87
 88
 84
合計
353
365
434
463
464
445
429
419
421
410
421
397
410
418
398
(単位 万トン)
*JR貨物ホームページより http://www.jrfreight.co.jp/eigyou/data/index.html

*繊維工業品の分類のため、紙・パルプ以外も含まれるが・・・。


2.国鉄時代の紙輸送>

わが国の紙・パルプ産業は、「文化と産業のバロメーター」として逐年確実に拡大を続け、1949(昭和24)年度の生産は117万トンであったものが、 1972(昭和47)年度には2,596万トンと世界有数の生産国となった。紙・パルプの鉄道輸送は、1949年度115万トンであったが、その後の鉄道 輸送改善については、パレット荷役の普及に伴い1960年以降パレット適合貨車(パワム・パワキ)の開発増備、1970年4月の 紙専用列車「おうじ」の育成など、業界の生産設備増強に見合った大単位輸送方式の拡充、小ロット貨物に対するパレット荷役可能なコンテナの拡充等 の施策を進めてきた。この間鉄道輸送量は増加の一途をたどり、1972年度には 737万トンに上った。

パレット貨車として、ワム80000形式有蓋車は1957年に試作された。この車両は1966年までは貨物及び荷主を限定した専用運用可能なものに限って 増備され、富士・吉原を中心とした岳南地区から東京・大阪着の紙などに充当され、1967年以降は一般用としても量産された。
*『日本国有鉄道百年史 第13巻』日本国有鉄道、1974年発行、260〜261頁、272〜273頁 

上記「おうじ号」について
1970年、新聞用紙生産では世界最大といわれる王子製紙苫小牧工場からワキ5000形式17両編成、越中島、梅田行きの初の紙専用急行貨物列車「おうじ 号」がスタートした。工場専用線で紙を積んだワキ群がそのまま列車編成となり消費地専用倉庫へ直行する拠点間直行車扱輸送の代表的姿である。このためのワ キ5000形式は150両が苫小牧に配置された。

JR貨物後にこの専用列車はコンテナ輸送に転換されることになり、JR初の20フィート型両側前面開き30Aコンテナの誕生となった。30Aは1990年 〜1993年に207個が製作され、1991年3月まず小名木川行き列車が、そして1993年には梅田行き列車それぞれワキ編成から30Aコンテナ積に転 換された。
*『鉄道ピクトリアル』第44巻第4号、通巻第589号、1994年、46頁


3. (株)飯田町紙流通センター>

@設立の経緯
わが国の1971(昭和46)年度の紙類生産量は1,300万トン(世界第2位)であった。製紙業は原木・水等の資源と密接な関係をもつことから、その主 な生産地域は北海道・東北・北陸・中部・四国・南九州におよび、消費地からかなり離れており、しかも大部分の生産工場は港湾地帯に立地している。一方、需 要は東京・大阪・名古屋等の大都市に集中し、この三大市場にへの入荷は全国の7割以上を占めている。特に東京には、新聞社、印刷会社、出版社等の大手需要 家が集中し、年間500万トン(作者註、1970年頃当時)が鉄道・船舶・トラック等によって輸送されている。これを鉄道輸送についてみると、製紙工場の ほとんどが専用線を持ち、大量かつ計画的な輸送ができる貨物であり、また工場立地からその平均輸送距離も700キロを超えるなど、中長距離輸送の代表的貨 物であるにもかかわらず、都内の庫腹不足、到着駅の受入設備の不備等から鉄道輸送量は数年来微増にとどまり、都内到着量は約140万トンにすぎなかった。
このような状況を改善するため、都心に紙専用列車による到着基地を設計するとともに、流通倉庫を併設して合理的な輸送と保管を直結し、流通経費の節減と鉄 道輸送量の増加を図ることにした。このため1971年4月に国鉄と製紙業界との共同出資による飯田町紙流通センターを設立し、需要家に至近距離にある飯田 町駅構内に着基地と倉庫を建設して、1972年11月営業を開始した。この会社の主な事業目的は「倉庫業と通運業」である。

A輸送と設備
紙は北海道・東北・北陸・中部・四国の各地から基地あてにパワム20両編成8個列車(1973年10月現在)で毎日到着するが、74年度には年間80万ト ンが到着し、うち約6割の48万トンが倉庫に保管され、残り約4割の32万トンが新聞社等需要家に直送されるものと想定している。
倉庫は飯田町の在来の一般車扱設備を廃止し、その跡地に5階建ての総面積46千平方メートルの倉庫ビルを建設した。ビルの1階は自動車配送のための荷捌 場、2階が貨車の到着線及び荷役ホーム、3・4・5階が同時保管能力3万トンの倉庫となっている。このビルの規模はほぼ丸ビルに匹敵する。なお、荷役線は パワム20両の同時荷卸作業が可能である。
荷役方式は、巻取紙の場合、貨車からクランプリフトで取卸し、直送品は直送用リフトコンベアで1階へ、倉庫扱は保管用リフトコンベアで3・4階へ運搬され ている。また、平判紙は、貨車からフォークリフトで取卸し直送品は直送用リフトコンベアで1階へ、倉庫扱はエレベータで5階へ運ばれる。
自動車による流通センターからの配送は、74年度時点で1日平均2,700トンと予想され、これを6トン車で配送するとすれば、1日延約450台の自動車 が必要となる。しかもその7割が午前中に集中する配送形態となるので、1階に38のトラック発着バースを設置している。
*『鉄道ピクトリアル』第23巻第12号、通巻第287号、1973年、17頁

将来1日当り10列車、200車の取り扱いが可能であり、その規模、機能は世界最大であり、総流通の合理化と流通経費削減により国民経済の発展に寄与する と期待された。
*『日本国有鉄道百年史 第13巻』日本国有鉄道、1974年発行、260〜261頁、272〜273頁

◆ 飯田町紙流通センターへの輸送
発駅(1973年)
1967年版専用線一覧表より
発駅(1987年)
1983年版専用線一覧表より
新旭川
国策パルプ工業(株)
新旭川
山陽国策パルプ(株)
江別
北日本製紙(株)
無し

苫小牧
王子製紙(株)
苫小牧
王子製紙(株)
萩野
大昭和製紙(株)
萩野
大昭和製紙(株)
石巻港
東北パルプ(株)
石巻港
十条製紙(株)
岩沼
専用線無し
岩沼
大昭和製紙(株)
無し

吉原
大昭和製紙(株)
無し

比奈
大昭和製紙(株)
富士
本州製紙(株)/大昭和製紙(株)
富士
本州製紙(株)/大昭和製紙(株)
島田
東海パルプ(株)
島田
東海パルプ(株)
春日井
王子製紙(株)
春日井
王子製紙(株)
伏木
十条製紙(株)
無し

二塚
砺波製紙(株)
二塚
砺波製紙(株)
無し

尼崎
神崎製紙(株)
無し

伯耆大山
王子製紙(株)
伊予三島
専用線無し
伊予三島
大王製紙(株)
*1973年の発駅は『鉄道ピクトリアル』第23巻第12号、通巻第287号、1973年、18頁
*1987年の発駅は『鉄道ダイヤ情報』第16巻第11号、通巻47号、1987年、36頁

B1980〜90年代にかけて
1985年前後の最盛期には全国の製紙工場から毎日11本のパワム編成列車が到着していた。しかし、その後新聞社などユーザーが工場を郊外に分散、一方 JR貨物の車扱からコンテナへの切り替えの影響もあり、当駅への列車は減少が続いている。
1994年北海道、東北発がコンテナ化されたのを皮切りに四国発、米子、金沢発の各列車が相次ぎコンテナ輸送に切り替わり、1996年改正で飯田町着の貨 物列車はわずか1日2本になってしまった。飯田町紙流通センターには軌道負担力の関係でワキやコキは入線できず、コンテナ化された紙は隅田川や東京貨物 ターミナル駅からトラックで飯田町紙流通センターへ運び込まれている。すでに2面あったホームのうち1番線の方は使用されていない。そして1997年飯田 町駅構内にJR貨物の本社ビルが建設されることになり、3月ダイヤ改正をもって飯田町紙流通センターに貨車は入ってこなくなることが決まっている。
現在、飯田町へ到着する貨物列車は春日井発、富士発の各1本、新宿まで1個列車で来たパワム編成を飯田町紙流通センターのホームの長さにあわせ2個列車に 分割する。
*『鉄道ピクトリアル』第47巻第3号、通巻634号、1997年、44頁

飯田町紙流通センターの1986年度取り扱い実績、初の70万トン台を記録
貨物到着総数は4万6,853両、トン数で70万2,795トンを記録、初めて70万トン台の大台を突破した。 *『交通新聞』1987年8月21日付

1994年にコンテナ化された北海道〜飯田町のパワム列車
新旭川駅(日本製紙旭川工場)から1日8車、港北駅(日本製紙勇払工場)から1日3車、苫小牧駅(新王子製紙苫小牧工 場 )から1日12車、萩野駅(大昭和製紙白老工場)から1日15車の計38両編成で飯田町紙流通センターに向かっていた。尚、新 宿駅で同列車は20両と18両の2列車に分割され、飯田町駅に到着していた。
*『鉄道ピクトリアル』第44巻第8号、通巻594号、1994年、97頁

CJR貨物、紙流通の新拠点 「新座」「隅田川」が竣工 飯田町紙流通センターの機能移転
首都圏の物資別ターミナルの1つとして、国鉄時代から30年近くにわたり印刷紙や新聞用紙を専門に扱ってきた飯田町紙流通センターが、これまでのJR中央 線飯田橋駅近くから新たに武蔵野線新座貨物ターミナル駅、常磐線隅田川の両駅構内に機能移転されることになり、6月28日までに保管と配送基地を兼ねる2 棟の複合施設が竣工した。
今回竣工した両駅の施設は、新座が洋紙と印刷紙、隅田川が新聞紙と用途を分割。建物の規模は新座が延べ床面積約1万9,000平方メートル、隅田川が同1 万7,500平方メートルで、両施設とも5階建て。保管能力は新座が2万トン、隅田川が1万5,000トン。新座はJR貨物が全フロアを所有。隅田川は JR貨物が全体の6割、飯田町紙流通センターが4割区分所有する。愛称名は「エフ・プラザ新座」と「エフ・プラザ隅田川」。新座は6月15日、隅田川は同 28日に竣工した。建設費はいずれも約30億円。

JR貨物グループの飯田町紙流通センターは、新座貨物ターミナル、隅田川両駅の複合施設が竣工したのを機に、「IPC(飯田町ペーパーセンター)」の愛称 名を付け、荷主企業などにアピールしていくことを決めた。同社では両駅施設の完成に伴い本社事務所もJR隅田川駅構内に移すため、ルーツになった「飯田 町」の地名とは直接の縁が切れるが、長年にわたって親しまれてきた名であることからあえて社名変更はせず、代わって愛称名を売り込んでいくことにした。

新座はIPCにとってまったくの新規エリア。印刷業者が埼玉県南部地区に集中するのに着目。商売が成立する素地は十分と踏んで、進出を決めた。到着列車は 1日3本。発地は鳥取県米子と広島県呉、愛知県春日井で、利用荷主はいずれも 王子製紙。米子と呉からはコンテナで、1日合わせて約60個 が到着。春日井は車扱貨車で同じく23両。日々およそ650トンの貨物を取り扱う。
洋紙と印刷紙の商品形態はおおむね2種類。輪転機用として円柱状に梱包されたのが巻き取り紙。平らな状態で積み重ねられたのが平判。一口に紙といってもそ の種類は数千種類に上るといわれるが、消費地に保管機能を持った流通基地を置けば、急な需要にもスピーディーに対応できる。そこにIPCの存在価値が発生 するわけだ。
当初、新聞用紙の需要を想定していたIPC隅田川では、施設の完成に合わせて大手製紙メーカーの北越製紙が新たに利用荷主に加わり、列車で 製品を輸送する(1日コンテナ約50個)明るい話題があった半面、ここ数年の景気低迷のあおりで紙の需要は伸び悩み、両施設とも保管能力にまだまだ余裕が あるのは確か。一層の営業努力が求められる。
*『交通新聞』1999年10月5日付、2面


4.年度別の紙輸送>

1988年 1989年 1991 年 1993年 1996年 1997年 1998年 2000年 2001年


◆各年10月の輸送機関別輸送量及びシェア
*各年『日本物流年鑑』より作成

86年10月
87年10月
88年10月
89年10月
90年10月
91年10月
92年10月
93年10月
94年10月
95年10月
96年10月
97年10月
98年10月
99年10月
00年10月

千t   %
千t   %
千t  %
千t  %
千t  %
千t  %
千t  %
千t  % 千t  %
千t  % 千t  %
千t  %
千t  %
千t  %
千t  %
内航
 315 28.1
 311 26.0
 387 28.2
 392 27.2
 436 27.5
 416 26.3
 404 26.1
 383 25.8
 405 25.8
 441 27.0
 445 26.1
 454 25.4
 418 24.1
 379 22.8
 429 23.1
カーフェリー
  43   3.8
  51   4.3
  72   5.2
  65   4.5
  73   4.6
   82  5.2
   78  5.1
  80   5.4
  87   5.5
  98   6.0
 115  6.7
 130  7.3
 120  6.9
 116  6.6
 143  7.7
鉄道
 215 19.2
 219 18.3
 261 19.0
 282 19.5  
 311 19.7
 290 18.4
 278 18.0
 267 17.9
 284 18.0
 266 16.3
 256 15.0
 272 15.2
 258 14.9
 263 15.1
 281 15.1
(車扱)
データ無し
データ無し
 (196 14.3)
 (197 13.7)
 (198 12.5)
 (182 11.5)
 (165 10.7)
 (158 10.6)
 (150  9.5)
 (128  7.8)
 ( 90   5.3)
 ( 82   4.6)
 ( 74   4.3)
 ( 75   4.3)
 ( 74   4.0)
(コンテナ)
データ無し
データ無
 ( 65   4.7)
 ( 85   5.9)
 (113  7.1)
 (108  6.8)
 (113   7.3)
 (109   7.3)
 (134  8.5)
 (138  8.5)
 (166  9.7)
 (190 10.6)
 (184 10.6)
 (188 10.8)
 (207 11.1)
トラック
 548 48.9
 615 51.4
 654 47.6
 703 48.8
 764 48.2
 791 50.1
 787 50.8
 756 50.9
 798 50.7
 828 50.7
 890 52.2
 933 52.1
 938 54.1
 969 55.5
1008 54.1
合計
1121 100
1196 100
1374 100
1442 100
1584 100
1579 100
1547 100
1486 100
1574 100
1633 100
1706 100
1789 100
1734 100
1745 100
1861 100
※紙・板紙の物流状況、例えば拠点間輸送量(生産地から消費地)、その輸送形態(輸送機関)、更に保管能力(庫腹量)等の全体像は、統計が整備されていな いため、その実態を正確に捉えることはできていない。しかし、日本製紙連合会の物流委員会(構成19社:対全国数量カバレージ67%)では、毎年10月の 1ヶ月間を対象として、主要品種別に輸送機関別の拠点間輸送を調査してきた。
『1990 日本物流年鑑』 1990年11月発行、333頁

1988年度
『1988 日本物流年鑑』 1988年11月発行
青函トンネルと本四架橋の開通が製紙業界に及ぼす影響
1988年3月13日に青函トンネル(津軽海峡線)が、また4月10日には本四架橋(本四備讃線)が開通し、相互間の直通化が実現した。両ルートとも輸送 機関は多様であるものの、首都圏までの輸送距離の長さや、大量輸送という紙の輸送特性を考慮すれば、JRコンテナのスピードアップと輸送力の増強の持つ意 味は大きい。特に北海道、四国に大型工場が立地する製紙業界にとって、JRコンテナの「拡充」は輸送機関の選択の幅が広がり、コストや時間による使い分け が可能となった。

ダイヤ改正後の製紙会社各社の対応は、工場構内にコンテナ専用ホームを新設し、鉄道出荷を月間8,500トンから13,500トンに増やす(大王製 紙 )をはじめ、北海道〜本州間の急送品をコンテナに振り返ることを検討中(山陽国策パルプ)や、従来の車扱からコンテナに転換す る(王子製紙 )などコンテナを中心に鉄道利用が見直される機運にある。84年2月のダイヤ改正を契機に、車扱ルートの廃止に伴う代替策として本格的に始まった製紙業界 のコンテナ利用は、5トンの出荷ロットが地方の小口需要家向け輸送に適していたことに加えて、コンテナ自体の改良が進み雨漏りや荷傷みが減ったこと、作業 スペースが狭い着地倉庫での取卸しに適した二方開きコンテナが普及したこと等により、毎年着実に増加してきた。またその後のダイヤ改正のたびにコンテナ列 車がスピードアップにされ、長距離でのトラックとの差がある程度縮小されたことも事実である。

反面、コンテナの料金水準は現状では未だトラックに比べて割高で、今後さらに利用増を計るには運賃値下げが前提条件である。そのためには輸送や荷役の合理 化を通じてコストを下げることがJR貨物の今後の課題となろう。

製紙業界では現在、車扱・コンテナ合わせて北海道地区から月間4万トン、四国からは同8〜9千トンが鉄道で輸送されている。4月のダイヤ改正後はこれが4 万1〜2千トン、1万4千トンにそれぞれ増加する見込みであるが、当面の紙の需要好調や輸送ロットの少量・分散化傾向からして、今後の料金水準によっては 相当量がコンテナにシフトする可能性もある。

1989年度
『1990 日本物流運年鑑』 1990年11月発行
鉄道利用の着実な伸長
1987年以降3年間の輸送機関別の動向をみると、鉄道利用の着実な伸長が目立っている。青函トンネルと本四架橋の開通に伴うダイヤ改正によるスピード アップと、輸送力増強が基本的な要因となっているが、中身をみると小ロット、多品種、即納というユーザー・ニーズに対応したコンテナ貨車利用の大幅な伸長 によるもので、1989年において車扱が前年並みであったのに対し、コンテナは30%増となっている。このコンテナの増加は、前記のユーザー・ニーズに加 え、ハンドリングにおける有利性、またJR貨物のコンテナ推進策とが複合的に結合した結果で、製品別にみてもコンテナ利用の65%を占める印刷・情報用紙 が35%増、20%を占める新聞用紙が25%増、その他ウェイトの低い製品でも30%台の伸びを示している。今後とも、ハンドリングの容易な側面両開きタ イプの増大と、20フィートの大型タイプの開発・量産化が進めば、コンテナの利用はさらに増大しよう。

昨今の庫腹不足、特に首都圏におけるそれは、日を追ってその深刻さを増している。首都圏の地価高騰は、既存倉庫の他用途への転換を進行させ、新設の倉庫も 都心から近郊又は隣接県へと移行すると共に、その規模も従来ほどのものを確保することは、なかなか困難となっている。
日本製紙連合会の物流委員会はJR貨物に対して、横持ち費用、着地から倉庫までの輸送費等を割愛できる貨物ターミナル駅に倉庫建設を要望した。これに対し てJR貨物としても、敷地の効率利用のみならず、鉄道利用増が期待できることもあり、どの程度のものを、どの地域に確保すればよいかを双方で調査した結 果、「新座貨物ターミナル駅」に決め、運営方法等について検討中である。
(→作者註、飯田町紙流通センター
またJR貨物及び通運業者、物流委員会と共同で、鉄道コンテナ輸送に係わる荷傷み、荷崩れ、大型化等の問題について、その対策を検討すべく「コンテナ委員 会」を設け、着地での積卸し作業チェック、大型コンテナによる輸送実験等を行っている。

1991年度
『1994日本物流年鑑』 1994年3月発行
■逆モーダルシフト現象
1991年になると、トラック比率だけが伸びる「逆モーダルシフト」現象が現れ、1992年も引き続き、その傾向が続いている。これは、モーダルシフトが 着実に進行しているとの楽観的見方を払拭するもので、モーダルシフトが単に好況時の輸送力確保のための緊急避難的対策であったかの様な危惧さえ感じられる 結果となっている。
1991年10月は武蔵野線の長期不通(10月11日から12月12日まで)で、大幅な減送(10月の車扱分だけで1万7千トン)があったことを考慮する と、1992年10月は一部に大雨の影響があったとはいえ、かなりの減少と判断される。

1993年度
『1995 日本物流年鑑』 1995年4月発行
■ここ数年の鉄道輸送の推移
1993年までのここ数年の鉄道輸送量の推移を見ると、全体の輸送量が大きく伸びている時には、鉄道の輸送量がトラックを上回って伸び、減少に転じると鉄 道の方が大きく減るという傾向が見られる。これはトラックの輸送力が一杯になると貨物が鉄道に回り、トラックに空きが出るようなときには鉄道の利用は控え るというように、 トラック輸送の補完的な使い方を一部されているものと推定される。仮にそうであるならば、それは鉄道輸送がトラックに比 べ、十分な魅力を持っていないことを意味することになる。
またコンテナは新規に利用を始めた会社も無く、数量は1990年から横ばいが続いている。
これは輸送時間がかかりすぎる取扱駅が少ない輸送力が弱い希望した日に輸送できない コンテナの保守整備が不十分予約などの手続きが面倒といった、コンテナ輸送に関わる問題点がこの間、対して改善されていないこと も要因であろう。

一方、内航海運は首都圏向けでは、輸送量自体は減少したものの、依存度は高まる傾向を示した。これは1993年に相次いで完成した有明地区の紙専用大型倉 庫の利用増によるもので、合計10棟、保管能力20万トンの倉庫群は、多品種かつ大量の品揃えを誇る紙のデパートとして機能している。このため将来、紙需 要が安定的成長に向かえば、都内並びに近辺への輸送距離からして物流上のメリットは大きく、首都圏への内航輸送はさらに増加する可能性が大きい。

また首都圏へのトラック輸送量(1993年10月)を発送地区別に見ると、静岡6万8千トン(依存度84%)、関東・甲信越5万トン(同75%)、東海・ 北陸4万8千トン(同58%)となっており、輸送距離にして約350km圏内では主力輸送機関として利用されている。

◆有明地区紙専用倉庫一覧
倉庫会社名
完成時期
場所
面積
保管能力
荷主
三菱倉庫
山田倉庫
日本紙パルプ商事
小川運輸
富士港運
シオザワ
栗林運輸
王子運輸倉庫
東洋埠頭
平田倉庫
1988年06月
1988年09月
1988年12月
1989年06月
   〃
1989年07月
1992年12月
1993年02月
   〃
1993年05月
有明10号
  〃
  〃
  〃
  〃
  〃
有明13号
有明10号
  〃
  〃
6,430坪
5,000
3,000
8,168
7,000
3,500
5,000
6,500
4,500
4,500
15,000トン
25,000
10,000
32,000
18,000
 5,000
24,000
20,000
13,000
20,000
三菱製紙
日本製紙
(自  社)
大昭和製紙
大王製紙
(自  社)
新王子・日本製紙
新王子・中越パルプ
紀州製紙・大王製紙
新王子製紙
*『1994 日本物流年鑑』1994年3月発行、284頁

有明地区で大型倉庫完成続く
深刻な不況の下、1992年後半以降、製紙各社とも減産体制を強化し需給改善に懸命の努力を払っているが、一方では好況時に先を競って計画した大型倉庫が 1993年に入り、相次いで完成した。東京港有明10号及び13号地に集中する大型倉庫は、1989年前後に完成した第1期分と合わせて、10棟、保管能 力は合計20万トンに達する。

有明倉庫の土地は本来、東京都が「東京港の活性化を通じた陸上交通の緩和」という方針に基づき、紙類専用倉庫向けに賃貸割り当てしたもので、「内航船利用 による紙類の保管」を条件にリースされ、期間は30年に及ぶが更新が可能で、実質的には半永久的な使用と同様と考えられる。

これらの大型倉庫施設は、地価の高騰から都心近くに新たな倉庫確保は今後一層困難となること、工場から首都圏までの幹線輸送では、鉄道にはこれ以上 の輸送余力は期待できず 、内航へのシフトを計らざるを得ないこと、そして今後とも東京への情報の一極集中はさらに進み、メディアとしての紙の需要の伸びは期待できる、等の見通し がその背景になっている。

しかし紙需要の伸びが長期にわたりマイナスを記録、倉庫需給も長引く不況の影響で軟化、入出庫量とも前年割れが続いている現在、実勢料金を上回る新設倉庫 の利用は、製紙各社の物流コストに「重荷」となっていることは否定できない。その意味で有明倉庫完成のタイミングは最悪期となったが、有明は大消費地の都 心まで直線距離にして6kmの目と鼻の先にあり、しかもバースから100mと離れておらず、臨海型工場の輸送には極めて有利な条件を備える。また卸商(紙 の二次代理店)は有明1ヵ所で複数メーカーの製品を引き取ることが可能となり、各地に分散した在庫を掻き集める必要が無くなるなど、物流合理化のメリット は計り知れない。
*『1994 日本物流年鑑』1994年3月発行、284〜285頁

『日本経済新聞』1993年10月22日付 13面
◆ 製紙大手が物流合理化 船便拡充や配送網再編
三菱製紙は主力工場で臨海型の八戸工場(青森県八戸市)を中心に出荷体制を見直す。同工場は国内6工場の中でも塗工(コーテッド)紙、上質 紙、情報用紙など製品分野が広く、同社の紙の出荷額の6割を占め、物流効率化の余地が多い。専用船、トラック、貨物鉄道の三通りで出荷しているが、港で乗 用車を陸揚げした貨物船が帰る際に製品を載せるなど、専用船以外の船便も利用する考え。同社の物流費は年間約100億円。93年度下期に半期分約50億円 の5%削減を目指す。東京、大阪に倉庫を持つ販売代理店の三菱製紙販売(東京・中央)と共同で配送網を見直す。

本州製紙は板紙、洋紙合わせ9ヵ所の紙生産の工場に加え、段ボール製造事業所も20ヵ所強持ち、年間約300億円の物流費がかかっている。 当面は9工場からの物流費を削減し、需要家への直送を拡大して契約倉庫の利用を減らすなど93年度中に工場ごとに効率化策をまとめる。コンピュータシステ ムも刷新する。

日本製紙は塗工(コーテッド)紙の一部品種について、旧十条製紙系の東北製紙(秋田市)からの供給地域を主に東日本、旧山陽 国策パルプから引き継いだ岩国工場(山口県岩国市)からは主に西日本に出荷するなど、配送網の再編に着手した。 新王子製紙は合併効果推進 委員会内に製品物流効率化チームを設けた。

不況で各企業は経費節減の一環として紙の使用量を減らし、円高で特に輸出産業からの需要が前年に比べ落ち込んでいる。このため紙の市況低迷は一段と深刻に なっており、製紙各社は収益がさらに低下する懸念が強まっている。

1996年度
『1996 日本物流年鑑』 1996年9月発行
■コンテナ輸送化
これまで車扱輸送が中心であった製紙業界の鉄道輸送も、1994年12月のダイヤ改正で、北海道、四国発の車扱が全廃され、コンテナへ移行したため、コン テナによる輸送量が車扱を上回りその比率が逆転した。紙の車扱輸送は、北海道、東北、四国等の遠隔地から首都圏を中心とする三大消費地への長距離片荷輸送 がほとんどで、復路は空荷で返送されるため効率が悪く、結果的にJR貨物にとってコストの増嵩につながっていった。

このためこれをコンテナ化すれば消費地からの複荷が期待でき、輸送効率が向上しコスト下げが可能になるとの考え方から、1996年3月のダイヤ改正ではさ らに米子発東京向け並びに富士発名古屋向け等の車扱ルートが廃止され、この分はほぼ全量がコンテナ化された。JR貨物では残るルートについても、貨車の耐 用年数が到来する数年のうちに廃止を予定していたが、現実は工場の立地条件や到着地での荷役設備、需要家の受入態勢等の事情からコンテナ化は暗礁に乗り上 げていた。具体的には発側の工場と、着側の倉庫双方で荷役設備が不足し大規模な設備投資を要する、また印刷工場によってはコンテナ受入設備がない、輸送距 離の短いコンテナ化であるため運賃がトラックより割高となるといった点である。

従って現在残されている車扱が全廃されれば、鉄道への依存は大幅に低下することが懸念されていた。そこでJR貨物では今後とも大量かつ安定した出荷が見込 まれる紙の鉄道離れに歯止めをかけるため、コンテナ化による復路確保から一転し、 貨車の大型化による積載量のアップで収入増を計ることを 検討し始めた。しかし数年のうちに耐用年数の切れる15トンハワム車から、40トン積貨車 へ切り替えるには多額のコストを要することになり、そのコストアップをどう運賃に反映できるか、これが車扱存続のポイントなっている。

一方、コンテナは、従来から荷崩れと荷傷みの発生事故が車扱に比べて多いことが指摘される。荷崩れはコンテナに積み込まれるパレット幅の差異によって積み 込み上、隙間ができるため、ターミナルでのコキ車への積み込みの際の傾斜や輸送中の振動が要因となっており、荷傷みは主にフォークリフトの差込み爪が原因 となる場合が多い。コンテナ積込貨物(主にパレット積、平判紙)の荷崩れ、荷傷みについては、1988年3月の青函トンネル開通当時から発生し、製紙業界 として再三にわたりJR貨物に防止策を要請してきたが、決定的な対策に欠き、シュリンク包装や緩衝材の使用で何とか凌いできたというのが実態である。しか し最近になりパネルとロッドを組み合わせた荷崩防止用具を装備したコンテナが試験的に採用され、良好な結果を示しており、JR貨物では1996年3月のダ イヤ改正以降、順次営業用に使用することを決定した。従って、この荷崩れ防止付きコンテナが本格的に採用の目途がつけば、製紙業界の車扱からコンテナへの シフトはさらに弾みがつくものと思われる。

1997年度
『1997 日本物流年鑑』 1997年9月発行
鉄道について、コンテナ輸送の輸送力不足を指摘する声が業界内では強い。コンテナや希望列車は常に一定量以上輸送している大口荷主に優先的に割り当てされ ているため、それ以外の荷主のスポット的な利用や、大口荷主でも大幅な輸送量の増加があった場合には利用は困難である。また東海道本線の 名古屋−稲沢−大垣間や、紙のコンテナ列車が集中する津軽海峡線の輸送力不足は依然深刻で、製紙各社とも今後の鉄道利用増には消極 的である。

鉄道離れは依然進行
1995年以降、2年連続して鉄道輸送は減少し、製紙業界の鉄道離れが進んでいる。この間、1994年12月のダイヤ改正では北海道〜首都圏間の紙列車の コンテナ化が図られたのに続き、1996年3月ダイヤ改正では米子・金沢・広島〜首都圏間の紙列車のコンテナ化が図られた。特に94年12月のダイヤ改正 を境に、コンテナが車扱を上回ったが、それまで近畿以西の西日本で車扱・コンテナ合わせて7万2千トンあった輸送量が、平成8年には5万トンに減少するな ど、車扱の廃止によるコンテナへの移行が100%進まなかったことが大きい。
今後製紙業界のコンテナ利用増を図るにあたっての問題点としては、前述の輸送力不足の改善のほか、コンテナ内部への荷崩れ防止装置の装着や、ゴミ、汚れ、 匂いの除去など保守管理の行き届いたコンテナの供給があげられる。
また年末年始や5月の連休等、恒例化している列車の運休について、その削減を要望する荷主も多い。紙の出荷は年間を通して季節波動が少なく、年末年始や5 月の連休時にも一定量の輸送は見込まれる。また貨物輸送のメインルートに関しては、一律的に運休するのではなく、もっときめの細かい輸送量調査を行い、利 用荷主の利便性の維持・確保に努めるべきであろう。

1998年度
『1998 日本物流年鑑』 1998年9月発行
鉄道離れは底を打つ
1995年以降、2年連続して製紙業界の鉄道利用は減少したが、1997年10月は中国地区のコンテナ利用が前年の2万4千トンから4万4千トンに増加 (→作者註、 日本製紙岩国工場)したのを初め、コンテナ全体でも14%の増加となった。また車扱は9%減少したものの、鉄道合計では前年 を6%上回り、鉄道離れは幾分底を打った感もある。ちなみにJR貨物全体の10月の輸送量が前年を3.0%下回ったことを考慮すると、一段とその印象は強 い。
また1999年5月には、新座貨物ターミナル駅と隅田川駅に、紙製品倉庫の荷捌き、保管施設が完成予定(→作者註、IPC)で、これらが稼 動すれば、周辺需要家への直接配送が可能となり、納期の短縮と輸送コストの削減につながるため、鉄道利用は更に高まる可能性は大きい。新倉庫にはいずれも 荷役線が引き込まれ、新座では10車(コンテナ50個)、隅田川では7車(コンテナ35個)を一度に車上荷役でき、新座には車扱とコンテナ列車を合わせて 1日5本程度、隅田川にはコンテナ列車を1日4本入線させる計画となっている。両施設の完成により、到着貨物の配送に関わる通運料金が不要となり、またコ ンテナに積載した貨物は駅頭倉庫で即卸し、アイテム別に分別できるので納入ユーザー別にコンテナに積み込み手間がいらず、積載効率のよい積み込みが可能と なる。
また両施設の稼動に合わせて、在庫やピッキングをコンピュータ管理するシステムが整備する予定で、ピッキング等に要する時間やサービスの向上も期待され る。

トラック輸送は首都圏向けを中心に増加
トラック輸送量は年々増加しているが、1997年10月はシェアは横ばいになった。しかしこれを仕向け地別に比較すると、大阪圏、名古屋圏に比して首都圏 向けが数量、シェアとも顕著に増加している。
製紙業界におけるトラック利用は、静岡地区が最も多く月間22万トン、シェア84%、次いで関東・甲信越が17万トン、88%、続いて東海・北陸が13万 トン、70%となっており、これらの地区から首都圏までの輸送が最大のルートとなっている。東名高速を使った東海道ベルと地帯から東京までの輸送や、東北 道や関越道を使った東京、埼玉までの、距離にして400〜500km以下の輸送が多い。
これらのルートはいずれもJR貨物の輸送力は不足気味で、かねてからコンテナの不足が指摘されており、距離的にも鉄道運賃が競争力を持つといわれる 700〜900kmには達しない。このため現状ではモーダルシフトの対象とはなり得ず、各社ともトラックの大型化や復路の活用、新しい試みとしては中継地 において運転手が交替し、先発運転士は再度出発地へ復荷と共に戻り、後発運転士が最終目的地まで運転するシステム等の輸送の効率化を進めている。

2000年度
『2000 日本物流年鑑』 2000年9月発行
納期や環境対策を考慮したコンテナの利用が進む
1999年10月のJR貨物全体の輸送実績は、10月27日に発生した集中豪雨で東北線が11月4日まで不通となったため前年を大きく下回ったが、製紙業 界の鉄道輸送量は車扱、コンテナ合計して前年比2.1%増加した。これは鳥取県の 王子製紙米子工場で、環境対策を考慮して納期に余裕のあ る製品をトラックからコンテナ輸送に切り替えたことと、静岡県の大昭和製紙富士工場 及び吉永工場で大阪向け不定期品をコン テナ輸送したことによる。
これらはいずれも工場内に専用側線を持ち工場内倉庫から製品の積み込みができ、着駅でも直接倉庫への搬入が可能な、いわば貨車輸送の条件が整っている工場 の例であるが、製紙大手各社ではまだこうした条件を備えた工場は他にもあり、300〜400kmの輸送距離があればコスト的にもまだ競争力はある。従って 輸送時間やサービス等で製紙会社の要望に適せば、鉄道は今後も輸送手段の一つとして残ることは可能である。
また鉄道輸送の持つ、二酸化炭素の排出量が少ないという環境面での特性を追い風に、利用の増加を検討する製紙会社は十分考えられる。

内航海運は減産やカーフェリーへのシフトから輸送量・シェアとも減少
北海道発3大消費地向けの板紙の輸送が内航海運からカーフェリーへシフトしたことや、四国からの新聞用紙の輸送が設備改造により一時的に減少した。また調 査が、 王子製紙が2000年春までに行った、北海道、九州の工場と東京・大阪の消費地の間の、大型RORO船への切り替え以前であったこ ともある。
王子製紙では北海道航路に、1万トン級の新造船3隻を導入、99年11月に2隻が運航を開始、残り1隻は00年2月に就航した。東京との往復に要する時間 は、荷役時間を含んで、現在の約1週間から3日間(72時間)に短縮された。この結果、専用船3隻で年間約300往復でき、土日を除く毎日、物流が可能と なる。これまでは新聞用紙を主力とする苫小牧工場の製品だけを輸送していたが、今後は江別工場の上質紙やコピー用紙、子会社で名寄市にある 北陽製紙の板紙も輸送する計画となっている。
九州航路には7千トン級のRORO船を、99年12月投入し、日南工場と東京、大阪を週に2往復する。これにより、東京、大阪それぞれに設けていた航路を 大阪経由に一本化し、積荷に古紙を輸送し日南工場の古紙利用拡大に対応できる体制が整った。
最近は各社とも物流コスト削減を目的に、消費地在庫を可能な限り減らし、併せて需要家直送を増やしているため、内航海運から需要化直送に適したカーフェ リーにシフトしている傾向も伺え、これが結果的に内航海運の減少にもつながっている。

2001年度
『2001 日本物流年鑑』 2001年9月発行
コスト競争力の優れたコンテナ輸送が増加
2000年10月の鉄道輸送は、10月26日に発生した鳥取県西部地震や、28日の大雨による被害で伯備線が不通となる等の輸送障害があったが、製紙業界 の輸送量は主にコンテナの1割増加により、前年比6.8%増加した。これらの増加分は いずれも運賃が割安で、製紙会社の納期に合っ たダイヤ編成であったことに加え、隅田川や新座、越谷、北王子等、専用倉庫に直結した貨物駅到着分 で、横持ちが不要で あることから、トラックに比べ十分な競争力を持っていたものと見られる。従って今後も、運賃等のコスト面や到着時間を考慮したダイヤ編成等の輸送サービス を図れば、まだ製紙業界の鉄道回帰は十分期待できると考えられる。

1万トン級の新型RORO船、4隻の投入により内航輸送量は増加
1999年11月から2000年12月にかけて、王子製紙苫小牧工場日南工場の専用船が4隻投入された。北海道〜東京間で 年間75往復が限度であった便数が、276往復まで可能となり、年間約20億円のコストダウンが図られたほか、九州〜大阪〜東京間で開始したRORO船で は、大阪からのトラック輸送を海上輸送に切り替えることで、年間約2億円のコストダウンが可能となった。
しかし専用船による物流合理化の成否は、帰り便の積載率アップにあるといわれている。現在、北海道、九州の両航路とも復荷には原料の古紙と一般雑貨類を運 んでいるが、新型RORO船投入以前に比べれば積載率は明らかに低下しており、いかに積荷を増やすかが今後の課題となっている。
一方、同じ北海道でも首都圏への輸送比率が比較的少ない日本製紙では、雑貨類と混載の4千トン前後のRORO船を利用している。これは積載 量に応じた出来高払い方式で、しかも同社の非専用船であるため、積荷の確保に煩わされることもなく、その時点ごとに有利な輸送手段の選択が可能となる。
このほか製紙業界では499型の在来船の利用も多い。コスト的にも安く、1回の積載量1,500〜1,600トンが積荷としての古紙の輸送ロットに適して いることもあり、四国や九州の臨海工場では引き続き利用が進むと思われる。

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