日本の鉄道貨物輸送と物流: 表紙へ
とはずがたりな掲示板  鉄 道貨物輸送研究スレ

三井物産石油株式会社 (西上田駅)
2016.3.8作成開始 2016.3.13公開

1996.8西上田駅 三井物産石油(株)(1996年当時は三井石油)専用線

 長野県は、内陸に位置することから石油輸送の鉄道依存度が高い地域で、 県内各地の油槽所に向けて京浜・京葉・中京・新潟の各製油所等からタンク車輸送が行われてきた。筆者が鉄道貨物輸送の調査のために初めて長野県を 訪れた1996年時点では、長野、篠ノ井、坂城、西上田、田中、南松本、村井、辰野、七久保、元善光寺の10駅もの大小の石油系の貨物取り扱い駅が存在し ていた。それから20年が経過した2016年現在、長野県下は坂城と南松本の2駅に石油タンク車輸送の拠点は集約されており、石油元売り会社の再編が進む 中、鉄道貨物輸送の合理化も急 速に進んでいる。

 国鉄と石油元売り各社が出資し、物資別適合輸送基地の代表的な成功例である日本オイルターミナル(株)が最初に開業した油槽所は、西上田駅にあった上田 営業所である。その西上田駅が2011年3月に鉄道貨物輸送が廃止され、日本オイルターミナルの 油槽所跡地はメガソーラーに生まれ変わってしまったというのは時代の変化を象徴していると言えるだろう。

 そんな西上田駅であるが、日本オイルターミナル以外にも油槽所が存在し、タンク車輸送が行われていた。それが三井物産石油(株)であり、第三者利用者に 名を連ねるモービル石油(株)である。日 本オイルターミナルに隣接する同社の油槽所は、1994年には配管工事中に石油タンクが爆発炎上し、死傷者を出すという痛ましい事故を起こしたこともあ る。筆者が 訪れた1996年時点では石油タンクが一部残っていたものの、敷地の大半が空き地となり、鉄道貨物輸送は終了していたようであった。しかし「三井」の井桁 マークと「Mobil」のマークが大書された真っ黒な石油タンクの印象は今なお強烈で、第5回の「専用線とその輸送」に取り上げることにした。


 まずは「専用線一覧表」から、専用線概要の推移を確かめることにする。
 この三井物産石油(株)の専用線と直接関係は無いが、三井とモービルの石油事業の歴史において関わりのあるゼネラル物産(株)の専用線にも着目しておき たい。
 西上田駅では、最初にゼネラル物産の専用線が昭和32年版から登場する。

■専用線一覧表による推移
専 用線一覧表
所 管駅
専 用者
第 三者使用
作 業方法
作 業km
総 延長km
記  事
昭和32 年版
西上田
ゼネラル 物産(株)

国鉄機
手押
0.1


昭和36 年版
西上田
ゼネラル 物産(株)

国鉄機
手押
0.1


昭和39 年版 西上田
ゼネラル 物産(株)
三井物産 石油販売(株)
モービル石油(株)
国鉄機
手押
0.1


昭和39 年版
西上田
三井物産 石油販売(株)
ゼネラル 物産(株)
モービル石油(株)
国鉄機
手押
1 番線0.1
2番線0.1


昭和42 年版
西上田
ゼネラル 石油(株)
三井物産 石油販売(株)
モービル石油(株)
日本通運(株)
私有動車
手押
0.1


昭和42 年版
西上田
三井物産 石油販売(株)
ゼネラル 石油(株)
モービル石油(株)
私有動車
手押
0.1


昭和45 年版
西上田
三井物産 石油販売(株)
モービル 石油(株)
私有機
手押
0.1
0.1

昭和50 年版
西上田
三井物産 石油販売(株)
モービル 石油(株)
私有機
手押
0.1
0.1

昭和58 年版
西上田
三井物産 石油(株)
モービル 石油(株)
日本オイ ル
ターミナル動車
手押
0.1
0.1


 なかなか入り組んだ推移となっている。昭和39年版と昭和42年版では、ゼネラル物産(ゼネラル石油)と三井物産石油販売の専用線が両立していた時期と なる。
 ここで、ゼネラル物産(ゼネラル石油)、モービル石油、三井物産石油の3社の沿革を簡単に確かめておく。

 ゼネラル石油(株)の前身であるゼネラル物産(株)は1947(昭22)年7月に設立された。同社は、旧三井物産(株)が戦後の財閥解体によって、旧三 井の所有する全国4カ所の貯油所の譲渡を受けるなどして独立したもので、石油元売り会社として認定された。1952(昭27)年11月には、スタンダー ド・バキューム社(SVOC)と石油製品の供給及び委託販売契約を結んだ。ゼネラル物産は、全国に油槽所を建設し、1958(昭33)年8月に上田油槽所を完成させた。[1]

 その後、SVOCは米国の独禁法違反判決によって分割解散されることになり、SVOC日本支社も分割の上それぞれ日本法人を設立することになり、 1961(昭36)年12月にモービル石油(株)とエッソ・スタンダード石油(株)が発足した。また旧ゼネラル石油(株)はエッソ・スタンダード石油とゼ ネラル物産の合弁会社となった。更に1964(昭39)年1月にはエッソ・スタンダード石油と貯油所共同使用の業務提携を結んだ。1967(昭42)年1 月にゼネラル物産はゼネラル石油、ゼネラル石油はゼネラル石油精製に改称された。

 モービル石油は会社設立後に全国に油槽所の新設を進め、1964(昭 39)年3月に上田油槽所を開所した。[2]
 
 また1949(昭24)年には東亜燃料工業(株)はSVOCと資本提携をし、SVOCの技術を導入した。東亜燃料工業は、米・エクソン、米・モービルが 各25%出資する石油精製会社として事業を拡大した。

 三井物産石油販売(株)は、三井物産の100%出資で1961(昭和36)年2月に設立された。その後、1981(昭56)年11月に三井物産石油 (株)に改称、更に1990(平2)年4月に三井石油(株)に改称された。

 三井物産を中心とする三井グループとモービル石油は、1963(昭38)年に折半出資で、極東石油工業(株)を設立し、1968(昭43)年10月に千 葉製油所が稼働を開始した。このように三井物産は、ゼネラル石油、モービル石油と石油事業において関係が深く、自社でも石油元売りの一角に位置付けられる 三井石油を通じて、石油販売を行うという事業展開となっていた。



1996.8西上田駅 ゼネラル石油鰹纉c油槽所
 西上田駅の日本オイルターミナルは、1967(昭42)年10月に営 業を開始したが、1973(昭48)年3月現在で「パイプラインによりゼネラル石油 基地へ接続」とあり[3]、昭和42年版まではゼネラル石油の専用線があるが、昭和45年版で専用線が無くなっているのは日本オイルターミナルとパイプラ イン接続したため専用線を廃止したためと思われる。

 ゼネラル石油の上田油槽所は、日本オイルターミナルやモービル石油の油槽所とは西上田駅構内を挟んで北側にあり、1996年8月に現地を訪問した際は石 油タンクが2基残っていたが、既に使われていないようであった。

  一方、モービル石油は、上田油槽所を開所と共に専用線を敷設したものと思われる。一方、日本オイルターミナルの上田基地の利用会社は、「三菱石油、共 同石油、昭和石油、大協石油、シェル石油、日本漁網船具、ゼネラル石油」となっており[4]、モービル石油・上田油槽所は日本オイルターミナルとパイプライン接続せず、 三井物産石油販売の専用線を介してタンク車で石油が到着していたものと思われる。

 京葉臨海鉄道の『貨物輸送概況』によると、1982(昭57)年度までは甲子駅の極東石油工業の主なる着駅≠ノ西上田駅があり、甲子(極東石油)⇒西上田(三井物産石油・モービル石油)で石油輸送が 行われていたものと思われる。しかし1983(昭58)年度から西上田の名が消えているので、神奈川臨海鉄道・浮島町駅の東亜燃料工業(株)の専用線から の発送に変更されたものと思われる。

 一方、西上田への石油輸送という観点で考えると、中京地区からの輸送の可能性に言及する必要がある(例えば、知多駅の(株)ジャパンエナ ジーの専用線から西上田の日本オイルターミナルに石油輸送が行われていた実例がある)。名古屋臨海鉄道・汐見町駅には、専用者:三井物産 (株)、第三者利用者:モービル石油(株)の専用線が存在したことから、汐見町⇒西上田の石油輸送の可能性がある。

 最初に少し触れたが、モービル石油・上田油槽所は、1994(平6)年10月9日にタンク3基が爆発、炎上した。タンクの配管工事中に継ぎ目からガソリ ンが漏れて引火したらしい。同所は軽油やガソリンなどのタンク8基が設置されている。[5]
 1996年に現地を訪問した際は、タンクが3基ほど残っており、事故後も規模を縮小したものの依然として油槽所として機能していたようだ。看板には、 「三井物産(株)上田油槽所」「モービル石油(株)上田油槽所」が並んで書かれており、タンクの表記から窺えるように両社の共同油槽所であったようだ。


 2000(平12)年7月に東燃とゼネラル石油は合併し、東燃ゼネラル 石油が発足し、モービル石油とエッソ石油を加えたエクソンモービル・ジャパングループが形成された。
 モービル石油・上田油槽所がいつまで残っていたのかは不明だが、この頃に日本オイルターミナル・上田営業所に統合され閉鎖されたとものと思われる。 2010(平22)年11月に西上田駅を訪問した際は、モービル石油・上田油槽所は跡形も無く、駅前のロータリーが整備されていた。またその際は日本オイ ルターミナル向けに浮島町⇒西上田で運用されている石油タンク車を確認した。

 しかし前述の通り日本オイルターミナル・上田営業所も2011年3月に廃止されており、その機能は南松本駅の日本オイルターミナル・松本営業所に引き継 がれたようだ。

 また三井石油(株)は、2014(平26)年2月に三井物産の保有する株式が東燃ゼネラル石油に売却されMOCマーケティング(株)に改称された。そし て2015(平27)年6月末に東燃ゼネラル石油に事業が完全統合され、会社は解散した。
 日本における三井とエクソン・モービル、東燃を中心とした複雑な石油事業の歴史は、事業統合によって東燃ゼネラル石油に一本化された。

 三井物産(株)は、塩釜埠頭駅や汐見町駅、知多駅、西戸崎駅などに専用線を所有し、化成品タンク車も所有するなど鉄道貨物輸送に確かな名を刻んでいる が、一方で三井物産石油(株)は専用線も筆者の調べた限りでは西上田駅にしか存在せず、石油業界の再編の中で会社自体が消滅し、鉄道貨物輸送の実態も解明 できなくなりつつある。三井物産石油の鉄道貨物輸送に関する情報が、このサイトが呼び水になって出てくることを期待しつつ、終了したい。



[1]『ゼネラル石油三十五年の歩み』ゼネラル石油株式会社、1982年
[2]『100年のありがとう モービル石油の歴史』モービル石油株式会社、1993年
[3]中津川 亨「物資別共同着基地について」『鉄道ピクトリアル』通巻第287号、1973年
[4]「貨物レポート 日本オイルターミナル」『貨物』1968年5月号
[5]1994年10月10日付『日本経済新聞』、27面

日本の鉄道貨物輸送と物流:表紙へ
とはずがたりな掲示板  鉄 道貨物輸送研究スレへ

inserted by FC2 system