日本の鉄道貨物輸送と物流: 目次へ
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南松本駅 〜石油、セメント、LPGを中心とした消費物資の内陸型集約貨物駅としての成長とその衰退〜
2011.4.29作成開始 2021.10.23公開
<目次>
はじめに
南松本駅の品目別発着トン数の推移
南松本駅の鉄道貨物輸送に関連する事項の年表
南松本駅に接続する専用線の推移
南松本駅の概要
日本オイルターミナル(株)松本営業所の石油輸送
ジャパンオイルネットワーク(株)松本油槽所の石油輸送
出光興産(株)松本油槽所の石油輸送
三菱石油(株)松本油槽所の石油輸送
ゼネラル石油(株)松本貯油所、松本LPGステーションの石油、LPG輸送 
岡谷酸素(株)のLPG輸送
住友 大阪セメント(株)のセメント輸送
電気化学工業(株)のセ メント輸送
三菱マテリアル(株)のセメント輸送
秩父セメント(株)のセメント輸送
明星セメント(株)のセメント輸送
日穀製粉(株)の鉄道貨物輸送
(株)竹屋の鉄道貨物輸送
(株)ナガノトマトの鉄道貨物輸送
松本ハイランド農業協同組合の鉄道貨物輸送
セイコーエプソン(株)の鉄道貨物輸送
昭和電工(株)大町事業所の鉄道貨物輸送

2011.4南松本駅 石油基地のヤード

■はじめに  
 松本市は長野県の中央に位置し、江戸時代は松本城の城下町として、明治維新後は筑摩県(1876年に長野県と岐阜県に分割)の県庁が置かれるなど信州の 中心としての地位を古くから築いてきた。県庁所在地は長野市に譲ったものの、今でも松本市には信州大学が置かれるなど「学都」としての一面や日本銀行 松本支店の存在が象徴的だが「経済県都」としての機能を持ち、松本は長野、甲府と並ぶ甲信地方の中核を成す都市であると言える。

 そして鉄道貨物輸送の観点から見ると、南松本駅 が甲信地方最大の取扱量を誇る一大拠点であり、宇都宮貨物ターミナル駅倉賀野駅と同様の内陸型集約貨物駅 の代 表例であると言える。輸送の中心は長らく石油の到着の占める割合が高いが、国内最後のLPGタンク車輸送が近年(2005年度)まで残っていたのが大きな 特徴である。またセメントターミナル(株)の 立 地は 無かったものの、セメント各社のサイロが集中しているのも同駅の特徴であり、長野県内へのこのような消費物資の輸送において鉄道貨物への依存度が高い(高 かった)ことが窺われる。

 筆者が初めて調査のため同駅を訪れたのは1997年3月のことであったが、当時は石油、セメント、LPGの専用線が多数現役で残っており、更 に日穀製粉(株)の専用線も使用されていた。駅構内の南北に多数の専用線 が接続している時代を目撃、記録できたことは非常に幸運であった。一方、コンテナ輸送は当時12ftコンテナ扱いだけということもあり、タンクコンテナの 姿も無く地味な印象であった。現在、車扱輸送はほぼ石油輸送だけとなり、コンテナ輸送は数年前から20ftコン テナ 扱いを始めたものの、大きく伸長しているというほどでは無い。南松本駅の貨物輸送は、今後の成長の形が未だ見えてきていない感が強いが、甲信地方を代表す る貨物駅として 、その重要性は今後も揺ら ぐことはないものと思われる。その広大な貨物設備を有効に活用できる施策をJR貨物にはもちろん、行政当局などにも望みたいものである。

 2011年に作成を開始した南松本駅なのだが、完成寸前で何となく10年程中断して放置していた。その間に過去の『松本市の統計』の複写を手に入れるな ど情報量を強化し、第21回「貨物取扱駅と荷主」の南松本駅として公開までこぎ着けた。


■南松本駅の品目別発着トン数の推移  (単位:t)  


発  送 (コンテナ 以外は車扱)
年  度
食料
工業品
飼 料
そ の他
農産品
米 穀
ガ ラス
製品

紙製品
鉄 鋼
機 器
肥 料
自 動車
鉄 道
車輌
そ の他
車扱

コ ンテナ
総 数
1979
37,792
9,326
3,783
4,576
8,129
8,426
2,476
1,996
1,415
54
132,639
4,933
29,095
244,640
1980
40,114
6,785
3,790
6,331
8,441
2,636
578
1,601
1,310
300
118,044
3,705
25,126
218,761
1981
36,332
6,368
3,724
6,917
7,494
2,309
283
772
653
369
111,434
1,257
24,439
202,351
1982
38,254
5,675
8,360
4,765
6,392
2,642
594
691
336
369
107,906
1,318
24,411
201,713
1983
24,844
3,923
6,240
4,682
5,417
2,213
840
663
14
451
116,467
1,400
26,592
193,746
1984
7,960
2,624
5,143
3,690
153

1,132
796


122,357
3,153
29,830
176,838
1985
6,492
1,005
5,510
900
224

2,104
470


114,782
173
37,205
168,865
1986
4,572
1,305
5,808
495
215

665
154


111,066
535
51,190
176,005
1987

555
3,946
420






111,191
190
76,580
192,882
1988

439
6,039







113,978

92,020
212,476
1989

435
4,233







127,587

95,585
227,840
1990


1,759



40



140,008
699
105,300
247,806
1991


3,389







137,742
497
110,160
251,788
1992


3,731


150




128,395

106,850
239,126
1993


2,966







129,128

107,930
240,034
1994


2,137







134,515
4,376
107,390
248,418
(『松本市の統計』より筆者作成)


到  着 (コンテナ以外は車扱)
年  度
石 油
セ メント
LPG

米穀
飼 料
そ の他
農産品
水 産品
鉱 産品
鉄 鋼
自 動車
肥 料

紙製品

食 料
工業品

ビール
鉄 道
車輌

そ の他
車扱

コ ンテナ
総 数
1979
549,648
518,595
42,589
36,114
17,622
15,288
7,612
5,039
19,996
238
15,605
51,230
7,585
19,945
2,484
8,187
25,815
1,343,592
1980
538,961
466,304
35,407
32,895
12,513
13,696
8,392
6,444
13,648
380
13,628
45,047
6,549
18,384
2,183
5,745
20,455
1,240,631
1981
516,313
436,283
31,248
33,600
10,280
17,079
8,171
6,710
10,363
270
14,864
32,825
10,226
16,750
2,280
3,897
17,970
1,169,129
1982
500,477
426,867
28,606
38,015
6,753
16,803
7,154
8,023
8,697
353
22,772
34,486
8,578
16,005
2,204
9,025
14,695
1,149,513
1983
563,734
445,250
30,227
37,962
5,669
15,390
5,966
11,417
4,019
281
21,198
26,374
4,996
11,296
2,411
9,005
17,140
1,212,335
1984
596,841
453,016
26,484
25,695
2,292
7,564
944
8,375
2,061

4,302
278
1,880
877
2,730
9,644
27,065
1,170,048
1985
591,797
402,246
24,615
20,760
1,416
5,159
1,050

4,801

852
4,053
217
345
3,494
3,045
32,309
1,096,159
1986
596,233
370,458
22,073
19,110
948
4,780
360
3,827
1,366

482
6,600
642
124
1,567
1,235
39,343
1,069,148
1987
590,182
371,945
23,910
19,060
206
3,944
555
4,768
32

67
7,391

302
1,846
402
55,045
1,079,655
1988
626,830
358,766
24,960
17,190
735
5,131
545
6,794


202
6,405
1,805
423
2,964
984
67,400
1,121,134
1989
702,818
400,704
25,440
18,630
894
3,066

4,332



11,259
1,591

1,012

80,875
1,250,621
1990
772,067
440,932
25,290
19,020
180
3,316
195
3,382
3,114

1,485
15,524
1,890

1,532
71
100,520
1,388,518
1991
791,793
408,627
25,151
19,905
60
5,483
270
2,280
51

30
17,700
30

1,547
533
96,940
1,370,400
1992
779,690
330,249
27,795
19,770

4,945
315
2,432
21


20,023


2,164
387
90,430
1,278,221
1993
846,784
283,717
27,750
17,490

3,785
510
2,432



19,222


3,211
3,377
83,510
1,291,788
1994
908,102
308,278
24,150
21,390

1,905
300
2,630
11


15,868


1,478
870
87,290
1,372,272
(『松本市の統計』より筆者作成)

※1988年度までは化学薬品、1989年度以降はプロパン

 肥料の到着が1991年度まで車扱輸送で残っている。この荷主は不明だが、一方でコンテナ輸送による肥料として矢作製鉄(株)がある。

 1996年6月24日付『運輸タイムズ』5面によると、矢作製鉄は毎年7月からの出荷期に長野県向けにコンテナ輸送を行っており、長距離輸送手段として 定着している。1996年度は7月から1月までに12ftコンテナで400 個の輸送を計画している。農作物を収穫した秋以降に農家が土壌改良剤として使用する珪酸石灰肥料を需要期前に先送りするもので、名古屋臨海鉄道の東港駅の専用線から発送し、南松本駅に着ける。工場専用線から車上荷役で出荷し、運賃はトラックとほぼ同じ。肥料は200sフレコン と20s袋入りで、末端ユーザーまで一貫輸送する。車上荷役によるパレット輸送を行うためコンテナは三方開きが必要だが、発の知多通運(株)が手当してい る。着地の松本運送(株)の対応もよく、矢作製鉄のニーズに合った顧客配送を行っている。

 5トンコンテナで400個となると、年間2,000トン程度となり1985年度以降の南松本駅に到着する肥料の量よりも多くなるが、コンテナ化によって 増えたのかもしれない。ただ矢作製鉄は1998年に経営破綻しており、肥料事業を担っていた矢作ケイカル(株)も1998年12月に解散しており、このコ ンテナ輸送は消滅していると思われる。



発 送(コンテナ以外は車扱) 到  着 (コンテナ以外は車扱)
年  度
鉄 道
車輌
コ ンテナ
総 数
石 油
セ メント
LPG
鉱産品
米穀

紙製品

鉄 道
車輌

そ の他
車扱

コ ンテナ
総 数
1995
148,513
116,195
265,928
1,057,849
321,068
26,610
1,406
18,690
10,485
3,644
280
91,975
1,532,007
1996
151,878
114,870
266,748
1,075,214
348,288
23,460
1,444
5,400

1,381

94,600
1,549,787
1997
133,258
113,920
247,178
1,060,011
223,932
9,870
304


525

96,755
1,391,397
1998
128,257
111,845
240,102
1,079,697
164,284
7,170



1,720

85,615
1,338,186
1999
141,661
115,350
257,011
1,254,258
149,055
5,550



160

84,690
1,493,713
2000
136,287
117,125
253,412
1,228,401
118,856
5,730



160

88,170
1,441,317
2001
132,245
103,890
236,135
1,214,015
95,038
5,460



2,080

85,285
1,401,878
2002
132,192
104,335
236,527
1,238,469
62,624
5,070



3,280

81,690
1,391,133
2003
127,395
109,610
237,005
1,209,915
50,616
4,680





85,360
1,350,571
2004
125,674
110,150
235,824
1,192,956
51,642
3,990



840

88,740
1,338,168
2005
120,209
118,900
239,109
1,193,051
17,442
210



4

108,345
1,319,052
2006
108,013
123,730
231,743
1,096,584





180

108,080
1,204,844
2007
99,421
118,530
217,951
1,042,699






1,600
105,015
1,149,314
2008
87,490
121,669
209,159
959,152







114,265
1,073,417
2009
88,253
110,476
198,729
935,195







103,725
1,038,920
(『松本市の統計』より筆者作成)


発 送(コンテナ以外は車扱) 到 着(コンテナ以外は車扱)
年  度
鉄 道車輌
コ ンテナ
総 数
石 油
コ ンテナ
総 数
2010
89,512
115,658
205,170
948,374
124,455
1,072,829
2011
104,385
116,129
220,514
1,117,645
103,465
1,221,110
2012
98,804
120,167
218,871
1,050,343
124,060
1,174,403
2013
101,232
124,705
225,937
1,074,293
96,570
1,170,863
2014
91,868
135,650
227,518
977,305
108,240
1,085,545
2015
92,236
143,720
235,956
986,935
102,180
1,089,115
2016
93,756
155,120
248,876
1,023,445
100,290
1,123,735
2017
98,376
163,730
262,106
1,046,819
98,320
1,145,139
2018
97,644
145,785
243,429
1,032,818
90,635
1,123,453
2019
92,700
146,765
239,465
1,019,893
82,825
1,102,718
(『松本市の統計』より筆者作成)



■南松本駅の鉄道貨物輸送に関連する事 項の年表  
年   月 日
事   項
1944(昭 19)年09月01日
南松本駅が開業
1948(昭 23)年04月
(株)鍋林商店が設立同社webサイトより)
1955(昭 30)年
スタンダード・ヴァキューム石油が松本油槽所を拡張
(『100年のありがとう モービル石油の歴史』モービル石油株式会社、1993年、p240)

1960(昭 35)年
日穀製粉(株)が松本小麦製粉工場新設同社webサイトより)
1964(昭 39)年05月
鍋林(株)松本配送センター開設同社webサイトより)
1965(昭 40)年05月20日
篠ノ井線の塩尻〜南松本間が電化Wikipediaよ り)
1965(昭 40)年10月10日
電気化学工業(株)松本セメントSSが開設(拙web電気化学工業 (株)松 本セメントSSより)
1965(昭 40)年10月13日
住友セメント(株)南松本包装所が開設(拙web住 友大阪セメント(株)南松本SSより)
1966(昭 41)年12月
サンリン(株)松本充填所を設置同社webサイトより)
1968(昭 43)年06月01日
松本駅の貨物取り扱い業務を移管Wikipediaよ り)
1968(昭 43)年10月
日本セメント(株)松本包装所が新設(拙web日本セメント (株)松 本SSより)
1968(昭 43)年10月01日
南松本駅に自動車基地を開設
1969(昭 44)年
日穀製粉(株)は松本そば製粉工場新設同社webサイトより)
1969(昭 44)年04月
秩父セメント(株)松本バラ倉庫が開設(拙web秩父セメン ト(株)松本SSより)
1969(昭 44)年09月
花村産業(株)は鋼材配送ターミナル鉄鋼センターを開設し、流通機構の 円滑 化を図るため国鉄専用線を敷設
同社 webサイ トより)

1970(昭 45)年06月
(株)竹屋 松本工場が操業開始、諏訪工場との2工場体制となる(『タ ケヤ味噌百年史』1972年、p17 同社webサイトより)
1970(昭 45)年06月
松本倉庫(株)専用線建設、第10・21号棟新築同社webサイトより)
1971(昭 46)年10月 大阪セメント(株)南松本SSが開設(拙web住 友大阪セメント(株)南松本SSより)
1971(昭 46)年10月12日
日本オイルターミナル(株)松本営業所が営業開始
1976(昭 51)年10月
南松本駅の自動車基地が廃止(『鉄道貨物輸送近代化の歩 み』p228)
1982(昭 57)年
日穀製粉(株)は長野工場小麦製粉部門を松本工場へ集約同社webサイトより)
1992(平 04)年04月
岡谷酸素(株)松本営業所が松本市市場団地内に移転新築
1996(平 08)年度
大阪セメント(株)南松本SSが閉鎖(拙web住 友大阪セメント(株)南松本SSより)
1997(平 09)年03月
ダイヤ改正で寄居〜川中島間(南松本駅で解放)のセメント列車が廃止
2003(平 15)年03月
糸魚川〜南松本間の明星セメント(株)のセメント輸送が廃止
2003(平 15)年10月
10トン用フォークリフトが導入、20ftタイプのコンテナ取扱いを開 始(『JR貨物ニュース』2003年10月1日号、1面)
2006(平 18)年03月
塩浜〜南松本間の石油専用列車がタキ1000による時速95kmの高速 化
青海〜南松本間の電気化学工業(株)のセメント輸送が廃止
2006(平 18)年03月28日 住友大阪セメント(株)岐阜工場の貨車輸送廃止に伴い本巣〜南松本間の セメント輸送廃止
2008(平 20)年03月15日
ダイヤ改正で南松本駅のコンテナ締め切り時間を繰り下げ、東京・大阪方 面への到達時間を短縮
東京(タ)〜南松本間にコキ106形式を配備し、直通ルート新設
2008(平 20)年10月02日
トップリフターが導入、20ft級ISO規格コンテナの到着開始 (『JR貨物ニュース』2008年12月15日号、4面)
2009(平 21)年03月
辰野駅の貨物取扱いが廃止。根岸駅から(株)豊島屋  辰野営業所向けに石油輸送が行われていた
2011(平 23)年03月
JX日鉱日石エネルギー(株)松本油槽所が廃止となり、村井駅の貨物取 扱 いが 終了

1997.3 南松本駅 セメント各社の専用線



■南松本駅に接続する専用線の推移  
専 用者
第 三者利用者
作 業
キロ

総 延長
キロ

2002年
10月
1997 年
3月
1983
年版
1975
年版
1970
年版
1967
年版
1964
年版
1961
年版

1957
年版

備    考
第一松本製紙(株)

0.1
0.1
×
×
×
×





1967年版では作業キロが専1番0.9 専2番1.0 引上線0.1
1957〜1967年版は第三者に日通、松本運送(株)、
鍋林(株)、1957〜1964年版は第三者に三菱石油(株)
出光興産(株)

0.1
0.1
×
×
×







ゼネラル石油(株)
ゼネラル瓦斯(株)
0.3
0.4









1997年3月時点ではサンリン(株)松本充填所もあり
ゼネラル瓦斯(株)は1983年版では無し
1967年版では第一松本製紙線に接続
三菱石油(株)

0.1
0.1
×
×
×






1967年版では第一松本製紙線に接続
住友セメント(株)
昭和産業(株)
0.3
0.5










電気化学工業(株)

0.3
0.4










日穀製粉(株)
鍋林(株)
松本農産振興(株)
日本通運(株)
松本運送(株)
通路線0.4
専1 0.3
専2 0.3
専3 0.2
専4 0.1
1.3
×








通運事業者の取扱う貨物は、政府所有の米、麦、
小麦粉のみとする
赤羽産業(株)

0.1
0.1
×
×







日穀製粉(株)専用線分岐
松本市

1.1
2.9
×
×
×
×






明星セメント(株)

0.7
0.4









1970年版は松本市専用線分岐
秩父セメント(株)
日本通運(株)
0.7
0.5









1970年版は松本市専用線分岐
シェル石油(株)

0.8
0.3









1970年版は松本市専用線分岐
岡谷酸素(株)

0.1※
0.1※










松本市
松本運送(株)
0.5
0.1










日本配合飼料(株)
松本運送(株)
0.5
0.1
×
×
×






1970年版は松本市専用線分岐
(株)竹屋
日本通運(株)
松本運送(株)
専1 0.2
専2 0.2
0.5
×








日穀製粉(株)専用線分岐
花村産業(株)
日本通運(株)
0.5
0.1
×
×







日穀製粉(株)専用線分岐、1983年版では無し
1970年版は松本市専用線分岐
松本市場冷蔵(株)

0.5
0.1
×
×







1975年版では松本鏧泉工業(株)
1970年版では中冷倉庫(株)
1970年版は松本市専用線分岐
松本倉庫(株)

0.6
0.2









1970年版は松本市専用線分岐
2002年10月及び1997年3月は筆者調査による。その他は『専用線一覧表』による。
○:存在 △:休止状態 ×:廃止 −:未設置 ※:筆者予想



■南松本駅の概要  
▽ここにも貨物駅 南松本駅 長野県の石油基地 (『JR貨物 ニュー ス』2002年9月1日号、8面)

アルプスの麓にある駅
 JR貨物南松本駅は、長野駅の中心に位置し、県の中・南部地区における経済拠点の一翼を担っている。
 中央線沿い、旅客南松本駅と隣接した同駅は、かなたに日本アルプスを臨み、貨物駅の中では3万5千平方メートルとかなりの面積を持つ。
 本紙8月1日号に、平成13年度の貨物取扱量ランキングを掲載したが、南松本駅は車扱単独で5位。上位にランクされている理由は、石油の到着が多いこと による。
 同駅は長野県で消費される石油の8 割を取り扱う。駅構内には石油基地も設置。夏場は主にガソリンが、1日当たり車扱で80〜90車到着する。
 また冬になると、それに灯油が加わるので100〜140車と一気に増え る。これは同駅の季節貨物のひとつだ。

夏はジュースや高原野菜等
 松本営業所の中山所長によると、夏の盛りに同駅から多く発送されるのはジュース類。駅の主要な荷主企業には、清涼飲料水の会社が多く名を連 ねている。1年を通じて出荷はされているが、やはりピークとなるのは6月〜8月。日発40〜50個程、全国各地 に輸送される。
 それ以外の夏貨物としては、高原 野菜がある。多いのは白菜で他にレタスなど。これは7〜8月がピークで、主に九州方面にクールコンテナで輸送される。
 秋には九州方面へ向けてりんごの 輸送が始まる。11〜12月がピークで、その間に350〜400個が今年も輸送 される予定だ。

全列車がコキ50000に
 さて、南松本駅で最も利用が多いのは、安治川口・名古屋(タ)方面行きの1650列車。この列車は、南松本20:31発−安治川口翌5:21着なので、 到着後、午前中配送が可能な設定。
 なおかつ、昨年まで5500形式コンテナ車しか入ってこなかった南松本駅で唯一、50000形式のコンテナ車を先んじて導入した列車だ。
 コキ5500は古いタイプのコンテナ貨車で、5トンコンテナが4個しか積載できない。それが今年からすべて、コンテナ5個積みのコキ50000になった ため、各方面の輸送力が増強している。
 コキ50000は20ftコンテナも積載可能。実際の利用には相応のフォークリフト配備などが必要になるが、輸送の可能性は広がったと言えるだろう。

平成17年から改良工事
 昭和19年開業の南松本駅は、そもそも車扱駅としてスタートしたため、コンテナ輸送にはやや使いづらい部分もある。例えば荷役線が短いため、列車の車両 解放や連結等、入れ替えに時間がかかる点だ。
 しかし宮下駅長によると、都市計画事業に併せて、3年後の平成17年頃から駅の改良工事を行う計画がある。この工事が行われると、貨車を切り離さず、長 いまま荷役線に入れられるようになるので、持込み時間に余裕が出来る。完成は平成18年頃の予定。
1997.3 南松本駅
▽10・1時刻改正 今日から新ダイヤ (『JR貨物ニュース』 2003年10月1日号、1面)

長野のジュースを鹿児島へ 南松本発鹿児島行き
 南松本駅から鹿児島駅への輸送時間は実質的に丸一日短縮した。
 改正前は5:42発の列車で翌々日の6:05着。だが締切時刻が前日の18:30なので、集荷日から数えると4日目到着だった。
 これが改正後は、17:20に締め切る列車(17:50発)に載せると、梶ヶ谷(タ)で中継して翌々日の6:05には鹿児島駅へ着く。
 特に松本地区の飲料メーカーが この新ダイヤを評価して利用を増やすほか、りんごの輸送にも使われる見込みだ。
 なお南松本駅では、このほど10トン用フォークリフトを導入、10月から20ftタイプのコンテナ取扱いを開始する。当面首都圏各駅から化成品の到着が 予定されている。

▽全国貨物駅の大型コンテナ荷役機械配置状況 (『JR貨物ニュー ス』2005年9月1日号、2面)

 2年前に10トン用フォークリフトを導入した南松本駅に、今春からJR規格の20ftタンクコンテナが到着し始めた。顧客が他のルートで使っていた コンテナを活用して、タンクローリー輸送を鉄道 シフトしたという。また7月初めに20ftタイプのクールコ ンテナによる農産物輸送も行われ、荷役機械導入の効果が上がってきた。

▽ゼロイン貨物駅 南松本駅 (『JR貨物ニュース』2008年2 月 15日号、4面)

山と旅客が見ている入換作業
 雪化粧した北アルプスの山々に囲まれた南松本駅に降り立つと、透明で冷たい空気がピンと張り詰めていた。旅客ホーム東側の貨物線で、石油列車やコンテナ 列車の入換作業を行っている。
 先頭列車に2人の作業員が乗り、外気に身を曝して、入換動車の運転士と無線連絡しながら先導する様子は、これぞ鉄道貨物輸送=Bマニアならずとも格好 良い、と思う。
 ヤードのあちこちに雪が残るが「本来ですと松本は雪の少ないところです」と、竹田駅長。東京に雪が降るような天気図の場合は松本にも雪が降るが、大雪は 数年に一度ぐらい。しかしアルプスから冷たい風は吹き下ろし気温は氷点下10度くらいまで下がるので、入換作業する作業員の軍手が貨車の手すりに凍りつく ほど寒い。
 到着した石油列車は、「団地線」経由、石油会社の油槽所へ入線させて石油を取り下ろす。
 南松本駅の貨物取扱いと同駅に専用線で繋がる工業団地が、昭和43年、ほぼ同時に稼働したことから「団地線」と呼ばれる専用線だが、石油会社以外の団地 企業は現在この線路を使っていない。が、「道路が万一使えなくなった時のた めに」剥がさず残しているそ うだ。
 3月のダイヤ改正で、これら石油列車が高速化する。到着したらすぐ製品を下ろして、空のタンク車をその日のうちに発地へ戻すことになった。同時にコンテ ナ輸送についても、中央西線のコンテナ車運用が効率化される。
 つまり、名古屋(タ)発のコンテナ列車が到着すると、今はコンテナ貨物を下ろした後のコンテナ車を夜間同駅に留めおくが、改正後は、その日のうちに大阪 行きのコンテナを載せ、大阪行き列車として南松本駅を出発させる。
 このような作業変更で新ダイヤを実現させるので、今年の3月は南松本駅にとり、どうやら変化の春になりそうだ。
2011.4 南松本駅

特大・変圧器5基が到着
 さてこの寒さの中12月から1月にかけて、日曜日が来るたび南松本駅に特大貨物が到着した。朝日村にある東京電力(株)の変電所に納める変圧器5基であ る。
 鉄道の特大貨物輸送とは、シキ車という巨大な貨車で貨物を両側から挟んで輸送する方式。1年以上前から経路の旅客会社と協議して、輸送ルートの状況を調 べ(例えば途中通過するホームと接触する恐れはないかなど)、特別のダイヤを設定する。鉄道の両端輸送についても通行許可申請が必要だ。
 変圧器の特大貨物輸送はさして珍しくないが、「5基を集中的に輸送することは滅多にない」。
 この輸送プロジェクトに当たり、南松本駅では特大貨物の受入れを、列車が運休するため構内に比較的余裕のある日曜日に行うことにして、当日は構内のス ペース確保に努めた。
 竹田駅長は「道路輸送は夜間しかできませんから、日曜日の昼間、南松本駅に到着させて、昼のうちに構内でトレーラに積み替え、夜中の零時に駅を出て行く スケジュールでした。駅から変電所へ運ぶトレーラは全長40m以上もあったのですよ」と振り返る。
 40mというと、40ftタイプの海上コンテナ3個を繋ぎ合せた長さ。「運転席が前後にあり、カーブするところでは、伴走している人がリモコンで、出っ 張り過ぎ、凹み過ぎを調整するんですね」。
 これが5回続いた。夜中の大名行列≠ニ地元紙が報じたのも頷ける。
 変圧器は無事設置を完了。「一度、設置したところを見に来て下さい、といわれています」と駅長の顔がほころんだ。

▽ゼロイン南松本駅 (『JR貨物ニュース』2008年12月15 日 号、4面)

トップリフター導入
 10月2日、南松本駅にトップリフターが入った。昨年から進められていた20ft級ISO規格コンテナの受入れが本格化することになり、大型荷役機械の 投入となった。
 到着貨物はペレット状化成品だ。日曜・祭日を除く毎 日、6個のコンテナ が東京(タ)から到 着し、月〜土曜日は5個、日曜日には残りの5個が工場へ配達される。空コンテナは毎日、同駅から東京(タ)へ返送している。

 大型コンテナ受入れに備え、同駅では小集団活動で駅構内北側を整備し、トップリフター作業スペースと大型コンテナ置き場を確保した。ISOコンテナ専用 荷役場では線路の長さと上屋の位置の関係で、入線した2個積みのコンテナ車3両のうち、2両のコンテナ取り下ろしと空コン積載を先に行う。それを送り出し てから、残りの1両を上屋下から引き出し同様の作業を行う。
 今年8月からフォークリフト運転手がトップリフターの運転訓練に臨み、受入れ体制を整えた。

 竹田今朝光駅長は「この地区では飲料水輸送や農産品の発送が多く、天候により波動がありますが、化成品の受入れで年間を通して安定した収益が見込めま す。既存のお客様を大切にしながら、作業体制を変更しました。大型荷役機械の導入で、通運さんからも問い合わせが来ていますので、徐々に大型コンテナの取 扱いを増やせるよう検討していきたいです」と話した。
2011.4 南松本駅



■日本オイルターミナル(株)松本営業所 の石油輸送  
 長野県を代表する石油基地である日本オイルターミナル(株)(日本OT)松本営業所は、1971(昭46)年10月12日に開業した。同所には京葉・京 浜工 業地帯と中京工業地帯という東・西日本の製油所から石油列車が到着しているのが特徴だ。

 また、倉賀野駅や宇都宮(タ)駅がそれぞれ群馬県と栃木県の唯一の鉄道貨物輸送の石油到着駅となっているのに対し、長野県には南松本と坂城の2駅が存在 し、 更には2011(平23)年3月ダイヤ改正まで村井、西上田の両駅も石油到着駅として存在し、更に辰野、長野、篠ノ井、田中など石油の到着駅が比較的近年 ま で多数残っていた。つまり石油輸送の集約化が相対的に遅れていた地域と言えそうだが、2011年3月以降は南松本と坂城の2駅だけに集約され、この体制が 今後は続くこ とになるものと思われる。

2011.4南松本駅
国鉄時代を彷彿とさせる看板

2011.4南松本駅
エネオスのタンクローリーが荷役 中

▽日本OT松本営業所の概要

タ ンク 容量
敷  地
利 用荷 主
備    考
1973(昭48)年3月現在
9基 15,340kl
35,250m2
10社
中津川亨「物資別共同着基地について」『鉄道ピク トリアル』第23巻第12号、1973年、p16

▽南松本駅に関係する石油輸送の年表
年 月日
事    項
1971(昭46).10.12
日本オイルターミナル(株)松本油槽所が開業
1973(昭48).10
知多駅の東亜共石(株)より南松本のOTあてタキ11両(43トン積) の石油 専用列車を設定(『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年、p97)
1978(昭53).10
上記の知多駅から南松本の輸送の発時刻を繰り上げ、タキ16両として運 用効率100%に改善した(前掲『15年のあゆみ』p97)
1980(昭55).10
出光興産(株)が汐見町駅から南松本のOTあてタキ11両で専用貨物列 車を新 設(前掲『15年のあゆみ』p97)
1983(昭58).09
村井駅に専用線が接続する共同石油(株)松本油槽所が閉鎖
1984(昭59).01
豊科駅の貨物取り扱い廃止。丸善石油(株)豊科油槽所が同時に閉鎖か
1996(平08).03
ダイヤ改正で四日市〜南松本間の石油専用列車が村井駅で解放から通過 化。コスモ石油(株)の油槽所が閉鎖か
1998(平10).02.01
昭和シェル石油(株)と(株)上野運輸商会の共同出資でジャパンオイル ネットワーク(株)設立。昭和シェル石油(株)松本油槽所が同社に移管
1998(平10).10
ダイヤ改正で根岸〜南松本、塩浜〜南松本に石油専用列車を設定
2000(平12).03
ダイヤ改正で蘇我〜南松本に石油専用列車を設定
2006(平18).03
塩浜〜南松本間の日本OTの石油専用列車がタキ1000による時速 95kmの高速化
2007(平19).03
四日市〜南松本間のJOTの石油専用列車がタキ1000による時速 95kmの高速化
2008(平20).03
千葉貨物〜南松本間の日本OTの石油専用列車がタキ1000による時速 95kmの高速化
2009(平21).03
辰野駅の貨物取り扱いが廃止。(株)豊島屋  辰野営業所に根岸駅からタンク車による石油輸送が行われていた
2011(平23).03
JX日鉱日石エネルギー(株)松本油槽所が廃止となり、村井駅の貨物取 り扱いが終了
2011(平23).03.31
西上田駅の日本オイルターミナル(株)上田営業所が営業終了


ダイヤ改正
南松本駅発着の石油専用列車
本数(1日あたり)
1985(昭60)年03月
塩 浜操〜△南松本〜篠ノ井、塩浜操〜南松本、蘇我〜△南松本〜西上田、笠寺〜南松本(専2本)、
塩浜〜南松本、四日市〜△南松本〜篠ノ井、稲沢〜南松本(臨1本)、沼垂〜△南松本〜七久保
専8本 臨1本
1990(平02)年03月
川 崎貨物〜〇南松本〜篠ノ井、扇町〜南松本、蘇我〜〇南松本〜田中、四日市〜〇南松本〜北長野、
四日市〜南松本(臨1本)、塩浜〜南松本、笠寺〜南松本(専1本、臨1本)、沼垂〜△南松本〜辰野
専7本 臨2本
1994(平06)年12月
川崎貨物〜 〇南松本〜篠ノ井、扇町〜南松本、四日市〜南松本(専2本、臨1本)、塩浜〜南松本、
笠寺〜△南松本〜西上田、笠寺〜南松本(臨1本)、沼垂〜△南松本〜村井
専7本 臨2本
2000(平12)年03月
川 崎貨物〜南松本、川崎貨物〜△南松本〜西上田、根岸〜南松本、蘇我〜南松本、
塩浜〜南松本(専3本、臨1本)、四日市〜南松本、稲沢〜南松本(専1本、臨2本)
専9本 臨3本
2005(平17)年03月
川 崎貨物〜南松本、川崎貨物〜△南松本〜篠ノ井(臨1 本)、根岸〜南松本、千葉貨物〜南松本、
塩浜〜南松本(専3本、臨1本)、四日市〜南松本、稲沢〜南松本(専2本、臨2本)
専9本 臨4本
2010(平22)年03月
川 崎貨物〜南松本(高1本、臨高1本、臨1本)、根岸〜 南松本、千葉貨物〜南松本、
塩浜〜南松本(高1本、専3本)、四日市〜南松本、稲沢〜南松本(臨3本)
高2本 専6本
臨高1本 臨3本
2015(平27)年03月
川 崎貨物〜南松本、根岸〜△南松本〜坂城、千葉貨物〜南松本(高1本)
塩浜〜南松本(高1本、専2本)、四日市〜南松本(高1本、専1本)、稲沢〜南松本(臨3本)
※「その他」川崎貨物〜△南松本〜篠ノ井(臨高1本、臨1本)
高3本 専5本
臨高1本 臨4本
2021(令03)年03月
川 崎貨物〜南松本、千葉貨物〜南松本(高1本)
塩浜〜南松本(専1本、臨高1本、臨1本)、四日市〜南松本(高1本、臨1本)、稲沢〜南松本(臨2本)
※「その他」川崎貨物〜△南松本〜篠ノ井(臨高1本)、千葉貨物〜〇南松本〜篠ノ井(臨1本)
高2本、専2本
臨高2本、臨5本


2011.4 南松本駅

▽『1970(昭45)年版 専用線一覧表』から抜粋の松本周辺の石油関係の専用線 一覧
専 用線
番号

線  名
所 管駅
専 用者
作 業
キロ
1975
年版
1983
年版
備   考
1502
中央本線
辰野
(株)豊島屋
0.1


2009年3月に鉄道輸送廃止
1514
篠ノ井線
村井
日本石油(株)
0.2


2011年3月に油槽所廃止
1515
篠ノ井線
村井
共同石油(株)
0.1


1983年9月に油槽所廃止(拙web「ジャパンエナジー」の輸送基地の概要を参照)
1516
篠ノ井線
村井
大協石油(株)
0.2


1983年版では四日市油槽(株)
1518
篠ノ井線
南松本
出光興産(株)
0.1

×

1519
篠ノ井線
南松本
ゼネラル石油(株)
0.4



1520
篠ノ井線
南松本
三菱石油(株)
0.1

×

1527
篠ノ井線
南松本
シェル石油(株)
0.3


JONET松本油槽所として存続
1536
大糸線
豊科
丸善石油(株)
0.1

×

○:存在 ×:存在せず



■ジャパンオイルネットワーク (株)松本油槽所の石油輸送  
2011.4南松本駅

 昭和シェル石油(株)松本油槽所は1998年にジャパンオイルネットワーク(株)に移管され同社の松本油槽所となった。尚、同社については拙web「石油輸送基地」のJONETの項を参照。

 同所には三重県四日市市の昭和四日市石油(株)から石油が鉄道輸送されており、発駅としては塩浜駅である。また2005(平17)年まではLPGタンク 車輸 送も行われ、後述の岡谷酸素(株)向けと同様に国内最後のLPGタンク車輸送として注目を集めて いた 頃もあった。


1997.3南松本駅

1997.3南松本駅

2002.10南松本駅 タキ25357

2011.4南松本駅

2011.4南松本駅

2011.4南松本駅



■出光興産(株)松本油槽所 の石油輸送  

 1980(昭55)年11月に汐見町駅から南松本駅の日本OT向けにタキ11両の専用貨物列車が新設されたので、この時点で出光興産(株)松本油槽所は 廃止 されたものと思われる。
 実際、「1975年版 専用線一覧表」では南松本駅に出光興産の専用線が存在するが、「1983年版 専用線一覧表」では存在していない。

1975.11南松本駅 地 図・空中写真閲覧サービスよ り)

1979.8南松本駅 地 図・空中写真閲覧サービスよ り)

2011.4南松本駅 「出光」と書かれた制御盤?

2011.4南松本駅 油槽所跡地



■三菱石油(株)松本油槽所の石油輸送  

 三菱石油(株)松本油槽所の専用線は、「1967年版 専用線一覧表」で現れ、「1975年版 専用線一覧表」まで存在する。「1983年版 専用線一 覧表」では存在しないため、日本オイルターミナル(株)松本営業所に統合され、油槽所は閉鎖されたと思われる。

1975.11南松本駅 
地 図・空中写真閲覧サービスよ り)

1979.8南松本駅 
地 図・空中写真閲覧サービスよ り)

 扇町駅の三菱石油(株)川崎製油所から石油タンク車輸送が行われていたと思われる。もしくは汐見町駅の三菱石油(株)名古屋油槽所が発送元かもしれな い。ただ1990年代には扇町〜南松本間に石油専用列車が設定されており、川崎製油所が発送元の可能性が高そうだ。



■ゼネラル石油(株)松本貯油所、松本LPGス テーションの石油輸送  


1975.11南松本駅 地 図・空中写真閲覧サービスよ り)
 「専用線一覧表」において、南松本駅にゼネラル石油(株)の前身であ るゼネラル物産(株)の専用線が現れるのは1961(昭36)年版からであり、その 時から第 三者使用 にゼネラル瓦斯(株)の名前を見ることができるため専用線敷設と同時か敷設後の早い段 階からLPGタ ンク車輸送が行われていたものと思われる。但し1980(昭55)年10月1日にゼネラル瓦斯はゼネラル石油に吸収合併されたため、 1983(昭58)年版の専用線一覧表ではゼネラル石油の名前しか見当たらないが引き続きLPG輸送は継続していた模様だ。むしろゼネラル石油の油槽所が いつまで存続していたかが気になるところで、1982(昭57)年頃のゼネラル石油(株)松本貯油所はタンク8基、最大容量2,557kl(『ゼ ネラル石油三十五年の歩み』ゼネラル石油株式会社、1982年、p259)という記録もあることから、この時点では浮島町駅からの石油類 の タンク車輸送も行われていたものと思われる。

 その後、ゼネラル石油(株)松本貯油所は石油の油槽所機能は日本OT松本営業所に集約し、LPGステーションとしてのみ機能していたようである。 1997(平9)年3月の現地調査の時点では、サン リン(株)松本充填所ゼ ネラル石油(株)松本LPGステーションが同地に所在していた。またこの時は南松本駅構内で浮島町〜南松本(ゼネラル石油ガス)で 運用される日本陸運産業(株)所有LPG専用のタキ25265も目撃している。しかしこの輸送は、上記の JONETや岡谷酸素向けLPG輸送よりも早く2002(平14)年10月時点では廃止になっていたようで、南松本駅のゼネラル石油(株)の専用線は明ら かに 使われていない状態であった。

 さらに2011(平23)年4月に同地を訪問した際は、既にタンク施設等が全て解体撤去され更地となっていた。岡谷酸素のLPGタンクが未だ現役である のと対照的な現状となっている。


1997.3南松本駅
ゼネラル石油(株)専用線


1997.3南松本駅
タキ25265 浮島町→南松本 (ゼネラル石油ガス


2002.10南松本駅
ゼネラル石油(株)専用線は既 に使 われていなかった


2002.10南松本駅 
ゼネラル石油(株)とサンリン(株)のLPG基地


2002.10 南松本駅
LPG基地は稼働中

2011.4南松本駅
LPG基地は完全に撤去され更地となっていた




■岡谷酸素(株)のLPG輸送  
2011.4 南松本駅 岡谷酸素(株)のビルを臨む

 南松本駅は国内最後のLPGタンク車輸送(塩浜〜南松本) の着駅であったわけだが、その着荷主の1つが岡谷酸素(株)であった。

 同社は1933(昭8)年4月に岡谷市湖畔に「岡谷酸素製造所」として創業し、1944(昭19)年7月に法人組織化され、1947(昭22)年11月 に社名が「岡谷酸素株式会社」に変更された。1954(昭29)年3月には長野県下全域でLPガスの販売を開始している。現在でも本社は岡谷市内にある が、南松本駅に隣接する松本市市場6-20には「本社分室」「営業本部」「松本営業所」が置かれており、実質的な本社機能の一翼を担っているものと思われ る。(同社 webサイトよ り)

 さて、この岡谷酸素向けのLPGタンク車輸送だが、実は比較的、近年になって開始されたようなのである。まず「1983(昭58)年版 専用線一覧表」 では南松本駅に岡谷酸素(株)の専用線は存在しない。そして公式webサイトには何故か載っていない情報で、就職活動用のマイナビ上 で発見したのだが、松本営業所は1992(平4)年4月に松本市市場団地内 に新築移転し、県下最大規模のLPG供給機能を 配備したとあるので、この時点からLPGタンク車輸送を開始したもの と思われる。

 また南松本駅近くで発見した下記の地図の看板では、現在の岡谷酸素(株)の場所には日本配合飼料(株)が立地していたことが判明、日配が撤退した跡地に 進出した 岡谷酸素も鉄道貨物輸送のための専用線を保持していたことからも、同社は鉄道貨物輸送を利用するためにこの場所への立地を選択した可能性が高そうであり興 味深いと ころである。

2011.4南松本駅近くで発見した地図、赤く囲んだ場所が現在は岡谷酸素(株)になっている


1997.3南松本駅
岡谷酸素(株)専用線

1997.3南松本駅
タキ25130 プロパン:塩浜 →南松本(荷受人:岡谷酸素)

2002.10南松本駅

2002.10南松本駅
 この岡谷酸素(株)専用線向けの塩浜駅(昭和四日市石油)からのLPG輸送はWikipediaに よると2005年頃まで行われていたようである。また上記の南松本駅の発着トン数を見ても2005年度に210トンと 僅かながらプロパンの到着があるので、上述のJONET(昭和シェル石油)向けの輸送と同時期まで行われてい たのかどうかという疑問は残るものの、国内最後の LPGタンク車輸送であったと思われる。



■住友大阪セメント(株)のセメ ント輸送  
 住友セメント(株)松本包装所は1965(昭40)年10月13日に開設された。
 詳細は拙web住友セメント(株)松 本SSの項を参照。また拙web大阪セメント(株)南松 本SSの項を参照。


1997.3南松本駅

2011.4南松本駅



■電気化学工業(株)のセメント輸送  
 電気化学工業(株)松本セメントSSは1965(昭40)年10月10日に開設された。
 詳細は拙web電気化学工業(株)松本セメントSSの 項を参照。


2011.4南松本駅

2011.4南松本駅



■三菱マテリアル(株)のセメン ト輸送  
 三菱マテリアル(株)松本SSは1985(昭60)年に開設されたが、南松本駅に専用線が敷設されたことは無かったようである。もし専用線があれば東横 瀬駅 の三菱マテリアル(株)横瀬工場から貨車によるセメント輸送が行われたものと思われるし、松本SSの立地は専用線敷設を前提としていたようにも思われる が、開 設年が相対的に新し いことから専用線は結局敷設されなかったようだ。


1997.3南松本駅

2011.4南松本駅



■秩父セメント(株)のセメント輸送  
 秩父セメント(株)松本バラ倉庫は1969(昭44)年4月に開設された。秩父鉄道(発駅は武州原谷駅か?)からのセメント輸送は1997(平9)年3 月に 廃止されたと思われる。
 詳細は拙web秩父セメント(株)の松本SSの 項を参照。


1997.3南松本駅

2011.4南松本駅



■明星セメント(株)のセメント輸送  
 明星セメント(株)松本包装所は1968(昭43)年10月に新設された。2003(平15)年3月に糸魚川駅の明星セメントの専用線が廃止されるまで 糸魚 川〜南松本間でセメント輸送が行われたものと思われる。
 詳細は拙web日本セメント(株)の松本SSの 項を参照。


1997.3南松本駅

2002.10南松本駅



■日穀製粉(株)の鉄道貨物輸 送  
 石油、セメントといった鉄道貨物輸送における汎用≠ネ品目の到着が目立つ南松本駅において、日穀製粉(株)の専用線の存在は1つ大きなアクセントと なって いた。私が初めて同駅を訪問した1997年3月の時点では専用線はまだ使用されており、工場構内の複数の建屋に線路が吸い込まれていくのが印象的な比較的 規模の大きな専用線であった。

 輸送内容は西濃鉄道猿岩駅清水工業(株)からドロマイトが到着していたよう で、使用された貨車は同社が3両所有したホキ7500形のほか、元小野田セメント(株)所有のホキ5700形も入線したとの情報もある。ドロマイトは食品 添加 物としてカルシウムやマグネシウム強化に使われるので、そのような使用目的で輸送されていたものと思われる。
(※清水工業(株)所有のホキ7500形については吉 岡心平氏のwebサイトを参照)

 また「奥野君の専用線日記」のwebサイトでは、1993(平5)年6月29 日に日穀製粉専用線に大川駅常備と思われるホキ2200が2両入線しているのが確認できる。大川駅の日清製粉(株)から小 麦 が到着していたものと思われる。

 この日穀製粉の専用線は筆者が入手した情報では、1998(平10)年9月時点で既に使用されていなかったというものがあるので1997〜1998年の 間に廃止されたようだ。品目別発着トン数の到着で、「鉱産品」が1997年度を最後に無くなっており、末期まで上記ドロマイト輸送が残っていたようだ。一 方、「その他農産品」の発着が1994年度を最後に無くなっており、この到着分が大川駅からの輸送に該当するのだろうか。


1997.3南松本駅
左が日穀製粉(株)専用線、右が休止 中の(株)竹屋専用線


1997.3南松本駅
日穀製粉専用線はまず二手に分岐 する


1997.3南松本駅
左に分岐した日穀製粉専用線は倉 庫の間を抜けて行き…

1997.3南松本駅
工場の奥深くまで一直線に線路は 延びていた

1997.3南松本駅
一方、右に分岐した専用線は更に 分岐が続きつつ大きくカーブ
手前の分岐は鍋林(株)専用線が切断されたものと思われる

1997.3南松本駅
左の写真のカーブの先には日穀製粉のスイッ チャーがいた
写真奥の左方向が南松本駅となる

1997.3南松本駅
既に廃止された専用線の線路が一 部残る

1997.3南松本駅
上記写真の反対側は工場内へと線 路が引き込まれていく
 1997年3月訪問時は専用線の線路の踏面は光り、スイッチャーの姿も確認できたが、残念ながら貨車を目撃することはできなかった。ここにドロマイトや 小麦を積んだホキが入線していたのだとすると、是非その姿を記録したかったものである。



■(株)竹屋の鉄道貨物輸送  
鉄道便利ですか (株)竹屋 (『JR貨物ニュース』2001年8 月1 日号、3面)
 きれいな水と澄んだ空気に恵まれた諏訪で、(株)竹屋(本社・長野県諏訪市、藤森郁男社長)が、米や薪と一緒にみそを売り始めたのは明治5年。やがて大 正 12年の関東大震災を契機として、諏訪のみそは関東地域に、既に完成していた中央本線に載せて運ばれた。みそは徐々に家庭で作るものから買うものへと変 わっていく。

製品の50%を鉄道出荷

「コストだけの評価おかしい」
 (株)竹屋は現在、諏訪と松本の2工場で20種類以上の「タケヤみそ」を製造、年 間総生産量12,000トンのうち50%を鉄道で運んでいる。 利用率が高い理由について、藤森諄二専務取締役は「地球環境への加害者になりたくないという企業理念に基づいて輸送手段を検討、選択している。輸送特性の 異なるトラック輸送とレール輸送のシステムがごちゃごちゃになって、コストだけで評価されるのはおかしい。それぞれの役割分担をして小口多頻度・近距離に はトラック、長距離輸送には鉄道を使う、というふうに社会システムが整備されるべきだと思う」と語る。
 最近のみそ製品はプラスチック容器に入っているものが多い。物流のみならずごみを減らし、環境への負担を軽くするため、同社では独自に開発した軽量プラ スチックで容器を作っている。また、ロングセラーの袋入り製品を大事に売っていこうという姿勢を持つ。
 様々な取組みを続ける同社の工場は、どちらも品質システムISO9002を取得しているが、環境マネジメントシステムISO14001認証の取得も近い 将来の視野に入れているという。

5トン単位に積み合わせ
 みその原料は大豆。北海道産などの国産大豆は量が少ないため、足りない分は海外から調達している。竹屋ではアメリカ・イリノイ州の契約農場で、みそ作り に合った高品質の大豆を栽培、使用しているほか、カナダ産のみそ用上質白目大豆も使用している。
 諏訪工場、松本工場ではそれぞれ銘柄の違うみそを製造していて、その時のオーダーにより、注文量の多い銘柄を製造している工場へ、もう一方の工場の製品 を運び、コンテナに積み合わせる。

みそは重量物 1箱で10キロ
 箱詰めされた製品は、1箱10キロほど。重量物だが、T11型パレットにパレタイザーで積み付け、段ボール箱の滑りを抑制するホットメルト(無公害の接 着剤)とストレッチフィルムで固定しているので、複数種類の製品を積み合わせても荷崩れはない。しかしストレッチフィルムは、納入後ごみになる。できるだ け使いたくないが、それに代わる方法がないため、現在有効な手段を模索中だ。
 古くから鉄道を利用している同社では、納品先の問屋も鉄道に慣れていて、オーダーを5トン単位にまとめ てくれるため、コンテナに載せやすい。目安は500ケースで5トンだ。

NPPのレンタルパレ使用
 両開きの12ftコンテナにパレット荷役しており、左右から積んで6枚ちょうど入る。パレットは主にNPPでレンタルしている。使用されたパレットは、 配送先に一定量たまった時点で着地にあるNPPのデポに送られるという形で回転している。
 竹屋では主に関西方面の出荷に鉄道を利用しているが、頻繁 に使うのは南松本−安治川口間 だ。1650列車は、夕方集荷した貨物を載せて翌朝5:20には到着するので、「非常に使いやすい」と評価する一方、姫路貨物神戸港駅行きは到着が翌々日な ので、「もう少し早く着けばもっと利用できる」という。それでも「今後も環境を考えた製品作りをして、積極的に環境負荷の少ない鉄道を利用していきたい」 と藤森専務は話してくれた。


1997.3南松本駅
(株)竹屋専用線 レールは残ってい たものの既に休止状態


2011.4南松本駅
(株)竹屋 専用線跡 レールは撤去済みであった




■(株)ナガノトマ トの鉄道貨物輸送  
鉄道便利ですか 大阪のトランスファセンターや九州のデポに鉄道コンテナ出荷 (株)ナガノト マト  (『JR貨物ニュース』2002年9月15日号、3面)

 (株)ナガノトマト(本社・長野県松本市、成川愼一社長)は、昭和32年創業。ジュースやケチャップ等のトマト製品他、野菜ジュース、なめ茸製品など、 信州 を生かした製品作りを続けている。取材時はちょうどトマトの収穫時期で、「これからトマトジュース製造のピーク」というところ。提携農家からのトマト出荷 を待ち受ける松本工場で、上村井物流部長に話を聞いた。

 (株)ナガノトマトの鉄道利用は古くまで遡る。
 現在のJR貨物南松本駅が、そもそも貨物輸送基地として営業開始したのは昭和43年。しかし上村井部長によると、そのさらに前から、同社の本社工場最寄 駅である篠ノ井線村井駅より、貨車輸送を行っていた そうだ。
 それでは、現在の同社の製品物流はどのようになっているのだろうか。
 ナガノトマトでは、本社工場・松本工場と2つの工場を持ち、松本工場内にある倉庫から両工場の製品を全国に出荷している。
 輸送手段はトラック、特積み貨物、コンテナ・ チャーター便 がそれぞれ三分の一ずつで、残りがフェリー。
 同社では都市部の東京・名古屋・大阪にトランスファセンターを、北海道・広島・九州にはデポを持つ。製品はこれら物流拠点向けに輸送されるが、ユーザー 直送も僅かにある。

駅でトランスファできれば
 トランスファセンターで行うのは名前の通り積み替え作業。工場から大型トラックで夜間到着する製品を顧客ごとに即小分け、翌朝には配送を済ませる。従っ てここに在庫が置かれることはほとんどない。またリードタイムにも厳しいため、メインは大型トラックで、鉄道の利用は限られる。
 それに対し、デポは在庫が置いてある分、出荷にも時間の余裕がある。コンテナを利用しているのは主にこちら行きのものだ。
 最も利用が多いのは九州。デポと一部のユーザー直送分で、南松本 駅発福岡(タ)のものが月間約40個鹿児島 駅月間約10個程だ。
 次に多いのは大阪のトランスファセンター向け。これはちょうど翌朝配送可能なダイヤ(安治川口駅着の 1650列車) があるため、大型トラックで輸送している分が、少しずつだがシフトしてきている。
 残りは北海道・東北向けだが、こちらの利用は少 ない。 数年前、より料 金の安いフェリーにシフトして以来、コンテナの利用は減少してしまった。
 鉄道で運んでいるのは、トマトジューを始めとする同社の各種製品。これらを利用運送業者の松本運送鰍ェ大型トラックで集荷し、駅頭でコンテナにバラ積み している。工場には集荷のトラックが次々来るので、ここでコンテナ積込みを行うことはない。
 コンテナへバラ積みする際、荷崩れ防止具などは特に用いていない。しかし濡損防止のため、段ボール箱にビニールで覆いをしている。
 「翌朝に配送できる列車ダイヤがあれば、もっと鉄道を利用できるのだが」と上村井部長。なおかつ、トランスファセンターと同様の作業 が着駅構内でできれば、鉄道利用の可能性もさらに広がる、と話す。
2011.4 村井駅に隣接するナガノトマト本社工場

※同社の鉄道貨物輸送については、拙webのキリンホールディングス(株)のナガノトマト株式会社の項も 参照。



■松本ハイランド農業協同組合の鉄道 貨物輸送  
信州から「サンつがる」出荷始まる 松本ハイランド農業協同組合  (『JR貨物ニュース』2005年10月1日号、1面)

保冷コンテナでの駅留置を活用
 信州から出荷が始まった早生品種の「サンつがる」は、南松本駅から保冷コ ンテナで、九州方面を中心に輸送さ れている。出荷元の松本ハイランド農業協同組合は、生産から集荷した果実を一手に受け入れ、最新の選果・情報システムを導入し、りんごをはじめ、桃、梨な どの1個1個の情報をデータ化し、消費地へ安心と信頼を送り出している。この最新システムとコンテナ輸送について取材した。
 全国第2位のりんご生産量を誇る長野県では、半年間収穫時期がずれながら、多品種のりんごの旬が楽しめる。早生種「サンつがる」は、今年作柄がよく、8 月26日から出荷が始まり、9月に収穫の最盛期を迎えた。生まれは青森県津軽だが、育ちは長野県、全国出荷量の3分の1を占める。次に市場に出回るのが、 信州では「千秋」「陽光」「シナノスイート」など中生種だが、生産は少ない。晩生種「サンふじ」は10月下旬から12月まで収穫があり、年内いっぱい販売 される。

 収穫された「サンつがる」は、松本ハイランド農業協同組合・果実共選所で選果、箱詰めして出荷される。
 りんごを選果場のラインに1個ずつ載せるのは人の手だが、そこからフリーパンという丸型トレイに載り流れていく過程で、生産者、収穫日、光センサーでの 糖度測定、色、味、形、重さ、大きさなどのデータがシステム処理、画像処理される。箱詰め後、それらの情報は箱ごとに管理されバーコードが貼られる。
 この情報を生産者は翌年の栽培履歴の資料に活用する。消費者には当たり外れのない信州りんごが手に入るようになり、信頼のブランドが確立した。
 このシステムについて同組合農業部総合販売課の小笠原寛さんは「平成14年に選果場を1カ所に統合、全国で初めて消費者が求める情報と、生産者が欲しい 情報と、販売者が欲しい情報がリンクするシステムを作りました。年間処理量はりんご、桃、梨など合わせて約11,000トン。品質の統一と販売の強化、さらにトレーサビリティ など注目を集めています」と説明。
 「コンテナ出荷するのは、発送から販売まで4日ほどかかる地域向けが多いので、傷のない規格品のりんごです。打身が少ないなど輸送中の品質が良いことの 他に、産地間の調整、輸送後の調整など市場に出るまでの調整機能として、保冷しながら保管できるというメリットを十分活用しています」とコンテナ輸送を評 価した。

市場も注目
 鉄道利用を積極的に推進する利用運送事業者松本運送(株)の 大 久保宗三社長は「九 州向けにいいダイヤができたので、昨年から早生種の鉄道輸送が始まりました。選果システム導入により積込み時間が大幅に短縮できています。 前日選果済みのものは翌朝8時までに積込みを終えて、ラックの回転をよくしました」。また、「コンテナを駅留置して、ドライアイスを補充しながら保冷保管をしていた ら、市場の方から、コンテナ輸送にしてくれと要望が出ました」と、コンテナ輸送の注目度を話してくれた。
 箱詰めした「サンつがる」は、5トン保冷コンテナに10キロケースで420ケースが積み込まれる。この中には10キロのドライアイスも2箱入っている。日発平均10個福岡熊本宮崎鹿児島高知福山へ発送、今年からは大阪も加わった。九州には3日目到着だが、扉を開けたとき内部はひんや りしている、それが販売担当者に評判になっている。



■セイコーエプソン(株)の鉄道貨物輸送  

セイコーエプソン(株) 廃プラ・リサイクル輸送 鉄道初のフックロール式で  (1999年7月12日付『運輸タイムズ』2面)

 セイコーエプソン(株)富士見事業所は、今春から 同工場で発生する廃プラスチックの再資源化を目指し、鉄道コンテナでNKK京浜製鉄所に輸送を開始した。同社が取り組むゼロエミッション の一環で、輸送手段も環境問題の観点から鉄道を選ぶ。また本輸送用に鉄道輸送では初めてのフックロール式私有コンテナを製造して保管から輸送まで積替えの ない一貫体制を築いた。

(EPSON サステナビリティレポート2003より)

 富士見事業所は半導体の製造工場で、今年4月、廃プラスチックを川崎市のNKK京浜製鉄所で製鉄原料(還元剤)に再資源化するため、私有コンテナで南松本〜川崎貨物間を鉄道輸送し始めた。廃棄物のトラック輸送 では一般的なフックロール式コンテナをJR貨物仕様とし、川崎市の一般廃棄物用鉄道コンテナを参考にして開発製造した。12ftの天蓋開閉型で妻側も一方 が開く。内容積は14立方メートル。

 フックロール式とは、コンテナ妻壁のフックにトラックの伸縮式アームを繋いで、荷役機械無しにコンテナをトラックに積卸しする方式。コンテナ底には引き 上げやすいように、ローラーやガイドレールが付く。積卸し時にコンテナ自体が傾くため、一般品の積載には向かないが、廃棄物の場合、荷役機械無しに保管と 輸送に一貫運用できるメリットは大きい。ただラック等が付くため、容積が通常の鉄道コンテナより小さく、1回あたりの積載量が2.8から3.5トンに制約 された。コスト削減のためにも積載効率アップが課題になっている。

 フックロール式コンテナでも駅で貨車積載する際は、いったん地面にコンテナを下してフォーク荷役する。

 本輸送の検討当初から協力した産業廃棄物収集運搬事業者の富士見 産業(株)(本社:東京)が同方式用トラック1台を製造し、南松本駅の通運事業者・岡谷運輸(株)と契約し富士見事業所から南松本駅までの集荷を 行う。到着した川崎貨物駅では他のNKK京浜製鉄所向け貨物と同様、神 奈川臨海通運(株)がダンプアップ式トラックで配送し、積載品だけ下して空コンテナを駅に戻す。

 富士見事業所の廃プラスチックにはシート状と固形の2種類がある。NKKがこの分別搬入を要請してきたためコンテナを2個作り、富士見事業所のリサイク ルセンターに置いて廃プラスチックが出る度に種別保管。一杯に溜まったところで鉄道輸送しており、現時点の輸送個数は月間2〜4個だ。

 山梨県境に近い富士見事業所の最寄駅は岡谷コンテナセンターだが、廃棄物取扱免許の関係で鉄道輸送の発駅は、50km離れた南松本駅になる。このため鉄 道輸送でも発着両端で115kmをトラック走行するが、全区間トラック輸送(最短で405km)より大幅に短距離化できてCO2排出量が少ない。また運賃 比較でも、鉄道の方がトラック輸送(フックロール式コンテナによる)より相当安い

 ただコンテナの製造コストは、トラック用フックロール式コンテナだと容積の大きい汎用性の高いものがあるが、鉄道輸送は特注品のため高い。しかし今回、 廃プラスチック鉄道輸送に適したコンテナを開発すれば、今後他の事業所における各種輸送に応用できると考え、製造に踏み切った。実際、富士見事業所よりも 廃プラスチックの排出が多い2カ所の事業所で鉄道利用を検討し始めた。「エプソン<Rンテナがずらりと並ぶ貨物列車が走れば宣伝効果も」と同社は期待す る。

 富士見事業所以外の鉄道利用に関しては、2003年10月15日付『JR貨物ニュース』5面によると、「各事業所から出る廃プラスチックを協同回収し て、八戸貨物へ発送。マル環コンテナで月30個が送られ燃料 になっている」とのこと。南松本駅発送か明確ではないが、おそらく同駅発と思われる。



■昭和電工(株)大町事業所の鉄道貨物輸 送  

企画特集[しなの途中下車] アルミ「国産第1号」工場見つめ70年 JR大糸線 南大町駅 (大町市) (2004年9月14日付『朝日新聞 長野版』)

 駅正面に昭和電工信州事業所の敷地が広がる。70年前、ここでアルミニウムの国産化に初めて成功した。工場建屋は、昭和初期の鉄骨の骨組みを残す物も多 い。

 事業所内の歴史記念館に保存されている当時ののアルミ塊を見た。文鎮形の表面には、英文表記で「国産第1号 1934年1月12日」の刻印。歳月が本来 の輝きを多少失わせてはいるが、ガラス越しに鈍く輝きを放つ姿はどこか誇らしげだ。

 アルミ国産化は、昭和電工の初代社長、森矗昶(のぶてる)が陣頭指揮した。北アルプスを源とする高瀬川の水力発電が工場立地の決め手となったという。構 内には「アルミニウム発祥の地」という石碑もある。

 「アルミの話は、地元でさえあまり知られていなくて…」と、案内役の遠山昇・総務グループ副主席は苦笑する。戦後一時中断したが、70年の約4万 4,200トンをピークに累計約66万5,700トンが出荷された。82年に事業所での製造が停止され、製鉄所などの電気溶鉱炉で使う黒鉛電極の生産に主 力を 移した。近隣から年に数校、見学に来るが、「生徒たちは驚きの声とともに、少し自信を深めたような表情になるんです」。

 原材料の搬入や製品の出荷を担った貨車の引き込み線が十数年前まで、信濃大町駅から延びていた。「通勤時間帯は駅から門まで人並みが切れなかった、と先 輩から聞いた」と遠山さん。

 約1キロの引込線跡は舗装され、輸送は大型トレーラーに代わった。千人をゆうに超えた従業員は500人を切り、マイカー通勤が主流。国道147号下 のトンネルが唯一、引込線の名残りとなっている。(英)

《メモ》昭和電工がアルミニウムの国産化に成功した翌年の1935年に開業。かつて最多で2,700人を超える従業員数を誇った同社大町工場のために開設 さ れたとされる。無人駅で、普通列車上下各20本が止まるが、市立仁科台中学校と県立大町高校などへの通学客が大半。周辺は郊外型の大型店の進出が相次ぎ、 市内の商業の中心が移りつつある。

発 駅
発 荷主
品 目
着 駅
着 荷主
コ ンテナ
備 考
南松本
昭和電工大町
黒鉛粉
刈谷
クロダイト工業
18D
1998.8刈谷駅

 クロダイト工業(株)は、本社が愛知県碧南市、事業内容は上下水道部品製造、自動車部品製造である。同社の高浜工場の月間生産能力は1,500トンであ る。




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