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株式会社クラレ

2015.7.12作成開始 2015.8.10公開 2015.8.12訂補
<目次>
クラレの概要
クラレの沿革
クラレのトピックス
クラレの鉄道貨物輸送

 倉敷事業所(酒津)
 倉敷事業所(玉島)
 西条事業所
 岡山事業所
 新潟事業所
 鹿島事業所
 富山工場


■クラレの概要  
 株式会社クラレは繊維大手5社の一角を占めるが、売上高から見ると東レ、帝人に次ぐ3位であり、上位企業とは大きな差がある。しかし利益面では完全に逆 転し、クラレの営業利益率は10%以上を誇り、上位各社を収益性で圧倒する。その強さの源泉は何と言っても「ユニークな酢酸ビニルチェーン=v(『繊 維』日本 経済新聞社、2006年)で、ポバール樹脂、エバール、ビニロン繊維、PVAフィルムなど世界的にも高シェアを占める製品群を多数擁して い る。鉄道貨物輸送的な観点からも、過去から現在に至るまで興味深い輸送が多く、繊維各社の筆頭としてまずクラレを取り上げることにした。

本 社所在地
(東京本 社)東京都千代田区大手町1-1-3 大手センタービル
(大阪本社)大阪市北区角田町8-1 梅田阪急ビル オフィスタワー
設 立年月日
1926 (大正15)年6月24日
資 本金
890億 円(2014年12月末現在)
連 結売上高
4,850 億円(2014年12月末期)
従 業員数
(連結) 8,316名(2014年12月末現在)


■クラレの沿革  
年  月
項   目
1926 (大15)年
倉敷絹織 (株)創立
1928 (昭03)年
レーヨン 長繊維(糸)事業化。倉敷でレーヨン糸生産開始
1933 (昭08)年
新居浜で レーヨン糸 生産開始(1942年 生産停止、1943年 大日本麦酒(株)に譲渡)
1936 (昭11)年
西条、岡 山でレーヨン糸 生産開始
1937 (昭12)年
レーヨン 短繊維(綿)事業化(西条)
1940 (昭15)年
ポリビニ ルアルコール、同繊維の製造試験設備 設置(岡山)
1943 (昭18)年
社名を 「倉敷航空化工(株)」に変更。終戦まで西条工場を除いて合板と木製飛行機を生産
1945 (昭20)年10月
社名を 「倉敷絹織(株)」に復帰
1946 (昭21)年07月
岡山工 場、英印軍に接収(接収解除1947年9月)
1947 (昭22)年01月
丸岡工場 開設(1959年5月操業停止)
1948 (昭23)年04月
倉敷工場 レーヨン糸設備復元開始(同年11月生産開始、日産2.9t)
1948 (昭23)年06月
西条工場 レーヨン糸設備、実働能力日産11.8tに復元
1949 (昭24)年01月
西条工場 レーヨンステープル設備、実働能力26.8tに復元
1949 (昭24)年04月
社名を倉 敷レイヨン(株)に変更
1949 (昭24)年05月
岡山工場 にレーヨン紡績設備設置
1950 (昭25)年10月
富山工場 ポバール操業開始(日産5t)
1950 (昭25)年11月
岡山工場 ビニロンステーブル操業開始(日産5t)
1951 (昭26)年06月
岡山工 場、レーヨン紡績をビニロン紡績に転換
1952 (昭27)年02月
富山工場 ポバール日産8tに、岡山工場ビニロンステープル日産8tに増強
1952 (昭27)年07月
西条工場 で捲縮レーヨンステープルの生産開始
1956 (昭31)年03月
中央繊維 (株)と共同出資で玉島レイヨン(株)設立
1956 (昭31)年11月
玉島レイ ヨン(株)玉島工場開設、レーヨン糸操業開始(日産28.4t)
1958 (昭33)年11月
富山工場 で市販用ポバール生産開始
1958 (昭33)年12月
協和ガス 化学工業(株)設立
1959 (昭34)年11月
協 和ガス 化学工業(株)のメタクリル酸メチル、塩化シアヌル、その他の青酸誘導体製造設備完成、操業開始
1960 (昭35)年11月
岡山工場 でビニロンフィラメントプラント完成(日産3.2t)
1960 (昭35)年12月
協和ガス 化学工業(株)に資本参加
協和ガス化学工業(株)のメタクリル樹脂板「パラグラス」製造設備完成、操業開始
1961 (昭36)年01月
倉敷工場 でポバールフィルム本格稼働(日産1t、1969年9月生産停止)
1961 (昭36)年05月
倉敷工場 で原液染レーヨン糸生産開始
1961 (昭36)年08月
岡山工場 で製紙用ビニロンステープル生産開始
1962 (昭37)年04月
西条工場 でセロハンの操業開始(1970年生産停止)
1962 (昭37)年05月
中条工 場、天然ガス法によりポバール生産開始(日産40t)
1962 (昭37)年05月 西条工場 でポバールフィルム生産開始(日産4t)
1962 (昭37)年08月
協和ガス 化学工業(株)のアセチレン製造設備完成、操業開始(1983年7月操業停止)
1962 (昭37)年09月 協和ガス 化学工業(株)のメタノール製造設備完成、操業開始(1982年7月操業停止)
1964 (昭39)年04月 玉島工場 でポリエステルステープル「クラレエステル」生産開始(日産5t)
1964 (昭39)年10月 玉島レイ ヨン(株)を吸収合併
1964 (昭39)年11月 倉敷工場 で人工皮革「クラリーノ」生産開始(月産5万m2)
1966 (昭41)年02月
三菱油化 (株)と合弁でクラレ油化(株)を設立(1968年4月、四日市工場完成。1987年5月生産停止、その後解散)
1966 (昭41)年11月 岡山工場 「クラリーノ」量産工場完成(月産15万m2)
1968 (昭43)年06月 玉島工場 で産業資材用ポリエステルフィラメント「クラフテル」生産開始(日産5t、1973年12月西条工場へ移設)
1968 (昭43)年10月 岡山工場 でエチレン法による酢酸ビニル・ポバール生産開始(日産25t)
1968 (昭43)年12月 協和ガス 化学工業(株)の塩化メチル製造設備新設
1969 (昭44)年04月 岡山工場 でエチレン・酢酸ビニル共重合エマルジョン「パンフレックス」の生産開始(日産10t)
1969 (昭44)年10月 西条工場 でポリエステルフィラメント「クラベラ」の生産開始(日産5t)
1970 (昭45)年06月 社名を 「(株)クラレ」に変更
1971 (昭46)年03月 協 和ガス 化学工業(株)のメタクリル酸製造設備完成、操業開始
1971 (昭46)年11月 米ジョン ソン・アンド・ジョンソン社との共同出資で不織布生産会社クラレチコピー(株)設立
1971 (昭46)年11月 協和ガス 化学工業(株)のメタクリル樹脂押出板「コモグラス」製造設備完成、操業開始
1972 (昭47)年05月
岡山工場 「エバール」樹脂生産設備完成(日産5t)
1972 (昭47)年05月 倉敷工場 「エバール」フィルム生産設備完成(1985年10月、岡山工場に移設)
1972 (昭47)年10月 クラレチ コピー(株)岡山工場で乾式不織布「クラフレックス」生産開始(年産2,000t)
1972 (昭47)年12月 鹿島工場 操業開始、ポリイソプレンゴム生産開始(イソプレンケミカル事業をスタート)
1973 (昭48)年03月 鹿島工場 で木工・合板用非ホルマリン系接着剤「イソバン」生産開始
1973 (昭48)年03月 協和ガス 化学工業(株)のメタクリル樹脂「パラペット」製造設備完成、操業開始
1973 (昭48)年04月 富山工場 の酢酸ビニル生産停止
1973 (昭48)年08月 鹿島工場 でトランスポリイソプレンゴムを生産開始
1973 (昭48)年04月 玉島工場 のポリエステル原料をDMTよりTAへ転換開始(1978年2月転換完了)
1974 (昭49)年01月 岡山工場 で湿式ビニロンフィラメント生産開始
1975 (昭50)年12月 西条工場 レーヨンステープル操業停止
1976 (昭51)年06月 中条工場 にNIC(ニューイソプレンケミカルズ)設備完成
1978 (昭53)年05月 クラレイ ソプレンケミカル(株)設立(1986年10月吸収合併)
1978 (昭53)年06月 富山工場 のポバール生産停止
1978 (昭53)年10月 西条工場 のポリエステル原料をDMTよりTAへ転換開始(1980年1月転換完了)
1981 (昭56)年01月 倉敷工場 で人工腎臓用「エバール」中空糸の生産開始
1982 (昭57)年06月 クラレチ コピー(株)の米ジョンソン・アンド・ジョンソン社の持株取得。10月クラフレックス(株)に社名変更(1987年10月吸収合併)
1982 (昭57)年08月 ユニチカ (株)とビニロンステープル及び紡績糸の集約生産に関して提携
1982 (昭57)年10月 岡山工場 に「エバール」二軸延伸フィルム設備完成(日産4t)
1983 (昭58)年07月 中条工場 の酢酸ビニル生産休止
1984 (昭59)年07月
西条工場 ボイラーの重油専焼よりオイルコークス混焼への切り替え完了(引き続き岡山工場、玉島工場も燃料転換を推進)
1985 (昭60)年07月
クラレイ ソプレンケミカル(株)、ポリイソプレンゴムの生産で日本合成ゴム(株)と提携
1987 (昭62)年07月
玉島工場 で熱融着繊維「ソフィット」の生産開始(年産2,000t)
1987 (昭62)年10月
倉敷工場 のレーヨン生産休止、玉島・西条両工場に集約
1987 (昭62)年11月
玉島工場 にレーヨン連紡設備導入、「クラパール」の生産開始
1989 (平元)年04月
倉敷工場 でメルトブローン不織布「ミクロフレックス」の生産開始(年産400t、1996年4月西条工場へ移設)
1989 (平元)年10月 協和ガス 化学工業(株)と合併
1990 (平02)年02月
西条工場 で高性能ポリアリレート繊維「ベクトラン」の生産開始
1990 (平02)年07月 鹿島工場 で熱可塑性エラストマー「セプトン」の生産開始(年産1,000t)
1991 (平03)年07月 三井東圧 化学(株)と合弁でMMA(メチルメタクリレート)製造販売会社・共同モノマー(株)設立(2005年9月合弁解消)
1991 (平03)年09月 次世代抗 生物質の中間体原料CSI(クロロスルホニルイソシアナート)を中条工場で 工業化に成功、販売開始
1992 (平04)年07月 西条工場 でポリウレタン弾性繊維「スパンテル」生産開始
1992 (平04)年12月
宇部興産 (株)との合弁で、PBT樹脂の生産会社・ケーユーポリマー(株)設立
1994 (平06)年10月
ユニチカ (株)に対するレーヨンフィラメントのOEM供給開始
1995 (平07)年03月
西条工場 のレーヨン生産停止、玉島工場に生産集約化
1995 (平07)年11月 西条工場 でメルトブロー不織布「ミクロフレックス」生産開始(年産1,000t)
1998 (平10)年04月 岡山工場 で新規PVA系繊維「クラロンK-U」の本格プラント完成(年産7,000t)
2000 (平12)年01月 岡山工場 で新規水溶性樹脂「エクセバール」の生産設備完成
2001 (平13)年02月 レーヨン 事業から撤退
2001 (平13)年03月 西条事業 所でPVAゲル「クラゲール」生産設備完成(年産3,000m3)
2001 (平13)年10月
クラレメ ディカル(株)、クラレ西条(株)設立
2002 (平14)年04月
クラレ西 条(株)に光学用ポバールフィルム専用生産設備完成(年産3,100万m2)
2002 (平14)年12月 岡山事業 所でビニロンフィラメント増設生産設備完成
2003 (平15)年06月 中条事業 所でオプトスクリーンとメタクリル樹脂押出板の生産設備を増設(年産480万枚・5,000t)
2003 (平15)年07月 ノナンジ アミン生産設備増設(年産1,200t)
2004 (平16)年08月 鹿島事業 所で耐熱性ポリアミド樹脂「ジェネスタ」の生産設備増設
2004 (平16)年10月 鹿島事業 所で液状ポリイソプレンゴム「LIR」の生産設備増設(年産プラス1,000t)
2005 (平17)年04月
鹿島事業 所の熱可塑性エラストマー「セプトン」「ハイブラー」の増設生産設備が稼働開始
([1]、潟Nラレwebサ イトより作成)


■クラレのトピックス  
クラレ  世界で競う 特殊化学品で飛躍狙う 合繊出遅れ 逆手に活路 (2002年10月10日付『日経産業新聞』16面)

 アジアを中心に海外勢の厳しい攻勢にさらされている合繊業界の中でクラレの業績が堅調だ。ここ数年、営業利益率でトップクラスを維持。高収益を支えるの は、化学分野を軸に世界規模で競争できる事業の存在だ。クラレの戦略を追った。

 「これで米国での事業が一段と飛躍する」−−。10月8日。米国テキサス州パサデナで開かれた現地法人セプトンカンパニー・オブ・アメリカ(セプカ)の 工場完成式に出席したクラレ幹部は期待で胸を膨らませた。生産するには熱可塑性エラストマー。ゴムの様な弾性とプラスチックの成型性を併せ持つ素材だ。塩 化ビニール樹脂などの代替品として、使い捨てかみそりの柄やボールペンの滑り止めなど「何に使われているか把握しきれない」(松澤晰クラレ常務)というほ ど用途は多種多様。

 これまで鹿島事業所(茨城県神栖町)で製造していたが、需要拡大をにらみ米に初の拠点を設けた。新工場稼動で年産能力は計3万1千トンと一挙に6割以上 増える。日本の工場分だけでクラレは世界の生産能力シェアの25%程度を占め第2位。新工場の稼動でトップの米クレイトンポリマーを追撃する。

 熱可塑性エラストマーはクラレが化学メーカーとして舵を切った原点。きっかけは天然ゴム代替イソプレンだった。ポリエステル繊維メーカーとして最後発 だった同社は30年前、新事業としてイソプレンに着目。自動車部品として市場拡大すると期待して参入したが、事業化直後に襲った石油ショックで赤字続きに 陥る。イソプレンを重合ポリマーにした熱可塑性エラストマーをようやく事業化したのが1990年。独自技術で開発した素材の需要をねばり強く掘り起こして きたことが、世界で通用する高付加価値製品に結びついている。

 「20年の雌伏」を経てクラレの特殊化学品は1990年代以降、一気に開花する。エチレンビニルアルコール共重合体(EVOH)樹脂「エバール」では米 合弁製造会社を1991年に単独出資に切り替え、99年には欧州でも生産を開始した。繊維の加工剤として使うポバール(ポリビニルアルコール)樹脂では 91年にシンガポールに拠点を設け、2001年にはスイスメーカーのドイツ工場を買収している。

 ビニロンの原料遡及から派生した両事業は現在、いずれも世界シェア(生産能力比較)トップで、2001年度の連結売上高(約3千億円)の3割、営業利益 の6割を稼ぐ。2004年までには両事業とも欧州で相次いで増産。グループ全体で生産能力に余裕が生じた分をアジアなど未開拓の地域に振り向け、すそ野の 拡大も狙う。

 来秋には米国にエバールと熱可塑性エラストマーの共同研究拠点も開設する。「海外は技術力さえあればすぐ認めてもらえる」と和久井康明社長は一段と海外 シフトを進める姿勢を強調する。クラレの連結売上高のうち海外は約900億円で約3割。2005年度には全体を4600億円、うち海外を2300億円に引 き上げるのが目標。ポリエステル繊維という合繊最大の事業で出遅れたクラレだが、これを逆手に取った経営資源の選択と集中で特殊化学品の世界企業として飛 躍を目指す。

合繊大手6社の連結売上高営業利益率の推移(単 位:%)

1999/3
2000/3
2001/3
2002/3
2003/3
ク ラレ
8.1
6.4
6.4
6.2
7.3
東 レ
4.8
3.3
4.8
1.9
2.1
帝 人
5.2
4.4
5.7
3.2
3.7
東 洋紡
1.6
3.8
5.0
4.3
5.5
三 菱レイ ヨン
6.3
6.0
6.3
6.3
7.3
ユ ニチカ
1.4
4.3
4.9
3.7
3.7
(注)2003/3は会社側予想


クラレ トップシェアに生きる −上− (2005年2月17日付 『日経産業新聞』18面)
買収・川下に成長探る 戦列参入スピード向上

 クラレが世界No.1商品をテコに成長を続けている。液晶パネルの偏光板向けフィルムやガス遮断性の高い樹脂が牽引し、2005年3月期は売上高、経常 利益とも過去最高を更新する見通し。祖業の繊維は人工皮革などに特化し、特殊化学品メーカーの地位を固めつつある。独自技術で地道に市場を切り開いてきた が、ここにきて買収も積極化している。強さと成長戦略を検証する。

クラレの世界No.1製品
シェ ア
品   目
生 産能力(生産地域)
90%
液 晶偏光 板フィルム
2005 年に6,100万平方mへ倍増(日本)
70%
食 品包装 用などガス遮断性樹脂
2006 年に40%増の8.1万tに(日本、米国、ベルギー)
30%
偏 光板 フィルムなどの原料樹脂
2005 年に10%増の21.4万tに(日本、シンガポール、独)
25%
靴 やカバ ンの人工皮革
2005 年に25%増の1,950万平方mに(日本、中国)
(注)シェアはクラレの推定含む

 液晶の基幹部品で、一定方向に進む光だけを通す偏光板。「偏光板メーカーごとに求める品質と規格が違う。オーダーメードゆえ価格交渉力は強い」。クラレ のポバールカンパニーのフィルム販売部長は自信たっぷりに話す。液晶パネル価格は昨夏から3割も下落したが、偏光板向け「ポバールフィルム」は値下げと無 縁だ。ポバールはポリビニルアルコール(PVA)樹脂の一般名。同社はPVAの世界シェア30%、PVAを原料とする偏光板フィルムで同90%を握る。

特殊化学で地歩
 「自動車メーカーの信頼は厚く、自社のポリエチレンとセットで顧客に紹介している」。日本ポリエチレンの営業マンがこう認めるのは、クラレのエチレン・ ビニルアルコール共重合樹脂(EVOH)の「エバール」。ガス遮断性がポリエチレンの約1万倍で、自動車ガソリンタンク素材としてポリエチとの併用がほぼ 業界標準。ケチャップやマヨネーズでは容器の酸素透過を防ぐ目的で使われている。クラレはEVOHでも世界シェア70%。中期経営計画(2001-05年 度)の設備投資1,900億円のうち、これら特殊化学品群の「酢ビ・ポバー ル事業」に1,200億円を投じて全世界で設備を増強中だ。
 クラレの強さは独自性の追求にある。1950年に事業化した合繊のビニロンは、ナイロンなど海外で開発された繊維ではなく、初の国際繊維を作ろうとの発 想から生まれた。原料の樹脂も自前。それがPVAだ。「自社開発にこだわるDNAが受け継がれている」(クラレ幹部)。PVAフィルムはワイシャツの包装 用に62年商品化。透明度が高く、しっとりとして高級感が出しやすいなどの点が評価された。その後、液晶偏光板材料としてシャープが73年に液晶電卓を発 売して以来、液晶表示装置の成長と共に拡大してきた。
 一方、EVOHはPVAの融点と分解温度が近く、熱溶融できないことによる扱いにくさを改善するため、PVAにエチレンを加えて72年発売した。ガス遮 断性が高いことがわかり包装材料に使われるようになった。
 酢ビ・ポバールは「半世紀かけて、じっくりと市場を開拓し優位性を確固としたビジネスモデル」(クラレ常務)。2002年3月期の売上高の構成は酢ビ・ ポバールを中心とする化成品・樹脂が45%。残りは繊維37%、機能材料・メディカルなどが18%だったが、04年3月期はそれぞれ47%、32%、 21%と非繊維が拡大、営業利益の65%を化成品・樹脂部門が稼ぐ。

自前主義を脱皮
 「独自技術はものにはするが、開花するまでに時間がかかりすぎる」。和久井社長は成長戦略を描く上で、従来手法だけでは限界があると認める。変化の芽は 出始めている。1つは当初から用途を明確にした製品開発。昨年10月に本格生産に入った新規EVOH系樹脂「エバールSP」。従来品に欠けていた柔軟性を 持たせることなどで加工性を向上、食肉包装用のシュリンクフィルムや炭酸飲料用ペットボトル向けを想定している。
 4月に発売する液晶表示装置のバックライト部分に使う光学部材「ミラブライト」。主に4つの部材からなるバックライト部を一体化、生産工程を大幅に簡素 化できる。導光板や拡散板の機能を持つ複数のシートを組み合わせた初の加工部材だ。
 変化のもう1つがM&A。2001年、スイスのクラリアント社からPVA事業を買収し、クラレスペシャリティーズヨーロッパ社(KSE)を設 立。その際、クラリアント社がPVA関連事業として持っていたポリビニルブチラール(PVB)樹脂も手に入れた。
 「先に買収したKSEでも一人のリストラもせず設備増強を果たした。仲間として一緒に発展させよう」。1月、独ケルン南部で和久井社長は約200人の関 係者に呼びかけた。昨年末に独HTトロプラスト(HTT)社から合わせガラスの中間膜事業を買収し、再出発の式典でのことだ。中間膜はPVBを原料とし、 もともとHTT社はKSEの大口顧客。HTT社の中間膜の世界シェアは10数%。クラレは買収によって、川下の部材でも世界の上位を窺う事業が戦列に加 わった。
 世界市場では米ダウ・ケミカルを筆頭に巨大企業がしのぎを削る。クラレの収益力は繊維メーカーなら優れているが、化学業界で突出しているわけではない。 量と質を両立させながら、どう経営のスピードを高めるか、変化が試されている。

クラレ トップシェアに生きる −中− (2005年2月18日付 『日経産業新聞』12面)
繊維手術¥Iえ反転攻勢 ビニロン・人工皮革が軸

 クラレの祖業である繊維。化成品や樹脂事業が拡大するにつれ、その存在感は薄れてきた。1990年代初めには売上高の半分を占めてきたが、2005年3 月期は30%まで下がる見通し。「繊維のリストラは終えた」。和久井社長は言い切る。2001年のレーヨン撤退を手始めに、ポリエステルの大幅縮小などを 断行した。
 さらに繊維事業を縮小するのではなく、事業構造を抜本改革した今「シェアナンバーワン」商品を軸に攻めの姿勢を強める。柱となるのが国産合繊第1号の「ビニロン」と人工皮革「クラリーノ」。

 ビニロンはアスベスト代替として脚光を浴び、世界シェアは80%。もとは漁網やロープ、帆布向けだが、高強力と耐アルカリ性を生かし、建築土木用が好調 だ。セメントと混ぜて使う補強剤が数量の45%を占め、「補強剤を世界で拡販する」(木村常務)。
 クラリーノも1964年にクラレが初めて世に送り出した人工皮革。中国で7月に合弁を立ち上げ、スポーツシューズ向けに2008年の北京五輪をにらみ中 国での販売を本格化する。
 クラリーノの日本での知名度は抜群だが、東レ、帝人グループの人工皮革も 追い上げている。クラレは繊維の構造や風合いをより天然皮革に近付くよう改良を重ねており、靴や鞄以外向け以外に、国内外でカーシートやイ ンテリア分野などでも拡販を狙う。

 合繊各社の2004年4-12月期連結の繊維事業を比較すると、売上高営業利益率は他社が3-4%に対し、クラレは7.4%と突出している。「不採算事 業が改善した効果より、独自製品の貢献が大きい」(木村常 務)。
 クラレはポリマーの段階から開発し、繊維、プラスチックやフィルムにする。繊維でも独自性の追求が強みである半面、例えばビニロンは一人前になるのに 20年を要した。
 その繊維部門も変わろうとしている。スピードと市場性をより重視する姿勢だ。「開発陣がようやく売るための開発を意識し始めた」(繊維資材カンパニー産 資開発部の西山部長)。昨年から開発と販売の担当者が毎月、開発案件について計画と実行、達成状況をチェック。投下資本に対する粗利を示す「リターン率」 を指標に導入し、各商品ごとに数値化する。開発のテーマも以前はトップダウン方式だったが、現場からの提案型が増えてきた。

 化成品・樹脂、繊維と並ぶ柱である「機能材料・メディカル事業」でも独自製品が育ちつつある。代表格は耐熱性ポリアミド樹脂「ジェネスタ」。携帯電話な どのコネクターのほか、自動車部品にも用途が広がりつつある。ただリアプロジェクション(背面投射型)テレビなどに使う高精細スクリーンは増産体制の確立 が遅れ、透析に使う人工腎臓などのメディカル製品は薬価改定の影響で不振だ。
 繊維の反転攻勢と同時に、機能材料などがどこまで市場で存在感を示すことができるのか。クラレの成長性を左右する。


クラレ、液晶素材で大攻勢 供給戦略したたか (2007年1月 12日付『日経産業新聞』19面)

 クラレが快走している。2006年度決算は4期連続で最高益を更新する見通し。牽引役は液晶光学用ポバールフィルム。高いシェアを武器に値上げを実現 し、価格下落に悩む液晶素材業界で異彩を放っている。矢継ぎ早の増産で一気に攻勢に出るが、その裏には高い技術力と周到な供給戦略がある。
 クラレは11日、40億円を投資して、08年半ばをメドにポバールフィルムの生産能力を計画比約12%増の1億3,600万平方メートルに引き上げると 発表した。昨年3月と8月に続きこの1年間で3度目となる同フィルムの増産発表だ。同社の保江ポバールフィルム副事業部長は能力拡大の理由を「このままで は偏光板メーカーの要求に応じきれない」と説明する。

 日東電工が今期5期ぶりの減益が避けられなくなるなど、デジタル素材メーカーが減速しつつある中、クラレの好業績は際立っている。ポバールフィルムが主 力の化成品・樹脂部門の今期の営業利益見通しは約12%増の360億円。うち主力のポバールフィルムは200億円程度とクラレ全体の営業利益の約5割を稼 いでいる模様だ。
 クラレのポバールフィルムの強みは世界シェアが約8割と圧倒的であること。価格交渉を優位に進められ、液晶関連素材につきものの価格下落とも無縁だ。米 ディスプレイサーチ社の調べでは液晶パネル(パソコン、テレビ用の合計)の価格はこの1年で16%下落。これに伴い偏光板やカラーフィルターも14− 20%下がった。一方のポバールフィルムは原燃料高を理由に15%の値上げを実現したとみられる。

 クラレの「強気」を支えるのが高い参入障壁。ポバールフィルムの原料は酢酸などから作るPVA(ポリビニルアルコール)。強度に劣るPVAを厚さ70マ イクロメートルで均一にフィルム化するのは至難の業だ。生産現場には需要家も立ち入ることができない。
 ポバールフィルムの表面には一定方向以外の光を遮るためヨウ素系の着色料を付着させる。同フィルムは光学特性だけでなく着色料がなじみやすい親水性を備 えているのが最大の特長。「ポバールに代わる他のマテリアルは見つかってい ない」(竹村ポバールフィルム事業部長)。

 立て続けの増産計画も、慎重に計算を重ねたうえでの決断だ。クラレはポバールフィルム生産能力を08年半ばに現行の2.2倍強にするが、新設備の稼働は 07年半ば、07年末、08年半ばの三段階。一気に拡大するのではなく、需要に合わせて小刻に足していくことで供給過剰を防ぐのがクラレ流だ。
 「ポバールフィルムの好調は2-3年続く」(大和総研)との声があるが、偏光板メーカーの歩留まりが急改善すれば同フィルムの需給バランスも乱れかねな い。ポバールフィルム依存が高まれば高まるほど、そのリスクは大きくなる。
 11日の株式市場では、取引時間中にポバールフィルム増産を発表したにもかかわらず、クラレの株価は前日比21円安の1,381円で引けた。無機EL (エレクトロ・ルミネッセンス)の早期実用化など、ポバールフィルムに次ぐ収益の柱を市場は催促しているのかもしれない。


■クラレの鉄道貨物輸送  

2003.5新井駅 (株)クラレ所有のタキ3753(酢酸専用)
 クラレ の鉄道貨物輸送は中条駅に接続するクラレ新潟事業所の巨大な専 用線に発着する化成 品のタンク車輸送が2000年代後半まで継続し、日本海側にいくつもあった化成品タンク車輸送の重要な拠点の1つとして目立つ存在であった。クラレ新潟事 業所の化成品タンク車輸送は、発送よりも到着が多彩という特徴があり、原料の調達の面で鉄道貨物輸送の果たしていた役割が大きかった。

 一方、その他 の工場でも昭和50年代まで専用線が敷設されていた複数の拠点があり、タンク車や有蓋車等によってそれぞれ特色ある輸送が行われていた。

 現在では専用線を活用した鉄道貨物輸送は全廃されてしまったが、コ ンテナ輸送は引き続き行われている。12ftJRコンテナ以外にも私有タンクコンテナ、ISOタンクコンテナによる輸送が確認されており、その一部の輸送 は車扱からコンテナへ転換されたものも含まれ、鉄道貨物輸送の変遷という歴史的な観点からも大いに興味を惹かれるところである。


▼倉敷事業所(酒津)  
 クラレは1928年4月、岡山県都窪郡中洲村(現、倉敷市)の高梁川廃川地において、本社工場を完成させた。([1]p10)
 現在は全社的な研究開発・技術開発拠点として中核的な役割を担う。生産では工業膜製品、人工臓器、歯科材料などを手掛けている。

▽創業地 の大煙突解体 クラレ倉敷事業所酒津 (2008年7月15日付『山陽新聞』)
 合繊大手クラレ(大阪)の創業地・倉敷事業所酒津(倉敷市酒津)にそびえる2本の大煙突が80年近い歴史に幕をおろす。工場再編に伴い、使わなくなった ため同社が14日から解体作業に着手。地域住民らが“繊維のまち倉敷”のシンボルだった産業遺産との別れを惜しんだ。

 1926(大正15)年、レーヨン生産の「倉敷絹織」として酒津で創業。煙突は鉄筋コンクリート製でいずれも高さ47.5メートル。ボイラーの煙や蒸気 を排出するため1933年に建設され、昨年秋まで補修を重ねながら利用された。クラレが昨年までの2年間で工場機能の大半を倉敷事業所(同市玉島乙島)に 移管し、生産は歯科材料などに縮小したのに伴い、撤去することになった。

 この日、現地で式典があり、伊藤文大社長をはじめ社員、退職者ら約80人が出席。神事に続き、クレーンで先端部から取り壊しを始めた。作業は8月末まで 続く見込み。

▽鉄道貨物輸送
 「昭和26年版 専用線一覧表」から倉敷駅所管の倉敷、清音間途中分岐の倉敷レイヨン(株)の専用線が登場する。作業キロは1.7kmである。

 「昭和45年版 専用線一覧表」では当該専用線は下記の通りとなっ ている。「昭和50年版 専用線一覧表」では消滅しており、この間に廃止されたものと 思われる。
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
通運事業者等
作 業
方法
作  業
キ ロ
総 延長
キ ロ
倉敷
(株)ク ラレ
日本通運 (株)
国鉄機
1.9
(機)1.7
構内通過0.4
2.2

 中国産業(株)〔現、クラレケミカル(株)〕で製造された二硫化炭素を 岡山臨港鉄道の南岡山駅に専用線が接続するクラレ岡山工場を通じて、倉敷工場まで運 んでいた。年間1,000〜2,000トン程度の輸送量であったが、1972年度の2,235トンの実績を最後にこの輸送は消滅した。([2]p64、 78)
 この輸送が消滅した頃に倉敷駅所管の専用線が廃止されたと予想される。現在、同事業所は鉄道貨物輸送を活用している情報は入手できていない。生産面では 既に主力事業所とは言えず、鉄道貨物輸送を行うほどの需要は無さそうである。


▼倉敷事業所(玉島)  
 クラレは1964(昭39)年4月、玉島工場においてポリエステルステープル「クラレエステル」の生産(日産5t)を開始した。「クラレエステル」は、 米ケムストランド社より導入した技術をもとに完成したポリエステル繊維で、衣料用として多くの需要が見込まれた。([1]p28)
 また光学用ポバールフィルムの生産も行っている。

▽鉄道貨物輸送
 1961年から玉島市によって玉島駅(現、新倉敷駅)から乙島(玉島E地区)までの「玉島臨港鉄道」約4kmの建設が進められた。しかし、軟 弱地盤による費用の増大で工事が度々中断した。1967年の倉敷市との合併後も事業は継続されたものの、陸上輸送の主力がトラック輸送に取って代わられ鉄 道貨物輸送の需要が見込めないなどの理由から事業は中止となった。(Wikipediaよ り)
 そのため玉島工場は専用線が敷設されることはなかったが、東水島駅を拠点にク ラレエステルの出荷に鉄道コンテナ輸送を活用している。

発 駅
発 荷主
品 目
着 駅
着 荷主
コ ンテナ
目  撃 ・ 備 考
東水島
クラレ
エステル
山形
サンアー ト
18D
1998.9 山形駅
東水島
クラレ
エステル
山形
日新
19D
1998.8 東水島駅 日新工業(株)山形工場か?建築用防水材料大手
東水島
クラレ
エステル
豊橋
大東産業
C35
1999.3 豊橋駅 大東産業(株)は豊橋市内の繊維商社


▼西条事業所  
 1936(昭11)年7月、愛媛県西条市にレーヨン糸製造工場を建設した。([1]p12)
 現在の主要生産品目は、各種ポリエステル、高強力ポリアリレート繊維、ポバールフィルムなどである。

 同事業所は東予港に面している一方で、予讃線・伊予西条駅とは2km程度離れており、専用線が敷設されることは無かった。
 しかし鉄道貨物輸送と全く縁が無いかと言うとそんなことはない。2001(平13)年にクラレ西条で耐熱性ポリアミド樹脂「ジェネスタ」の生産が開始さ れたが、この原料であるノナンジアミンは鹿島事業所で2000(平12)年に生産が開始されている。この原料輸送にISOタンクコンテナによる鉄道貨物輸 送が活用されている。

2003.5神栖駅

2003.5神栖駅
 神栖→東水島でノナンジアミンが輸送されているのを目撃したが、2003(平15)年5月時点ではクラレ西条最寄りのコンテナ取扱駅である新居浜駅で は、ISOコ ンテナの取り扱いができなかったため、東水島駅着となっていたようだ。2004(平16)年6月には新居浜駅にトップリフターが配備され、ISOコンテナ の取り扱い が開始されたが、この輸送が新居浜駅着に変更となったのかは、その後目撃ができていないため不明である。


▼岡山事業所  
 1937年6月、岡山工場が完成(完成前の1936年8月より一部操業開始)し、レーヨン紡糸機108台、日産15.1tの規模で本格的な操業を開始し た。([1]p12)
 現在もクラレの中核事業所として、ビニロン、クラリーノ、ポバール樹脂、EVOH樹脂「エバール」など主力製品を生産している。また海外拠点への技術の 要として、マザー事業所の役割を担っている。隣接するクラレクラフレックス(株)では、乾式不織布を生産している。([1]p96)

▽クラ レ、柔軟・弾力性備えた新ポリマーを開発 (2003年12月4日付『日本工業新聞』)
 クラレは3日、既存の樹脂ポリマー「エバール」をベースにした新ポリマーの開発に成功したと発表した。エバールの高いガスバリア性に加え、柔軟性や弾力 性を備えた。すでに岡山事業所(岡山市)で生産設備建設に着手、フル稼働する2005年度に50億円、07年度には100億円の売り上げを見込んでいる。

 エバールはエチレンと酢酸ビニールのポリマーで、プラスチックとしては最高レベルのガスバリア性があり、食品保存用の包装材料や各種工業材料に使われて いる。しかし、プラスチックとしては比較的硬く、柔軟性が要求される用途分野へは参入が難しかった。

 新ポリマーはエバールをベースにしながら独自開発の反応技術で結晶特性をコントロールし柔軟性・弾力性を持たせた。これまで困難だった食品用シュリンク フィルムや深絞りカップなどの食品包装や、ガソリンタンク周辺部材などの工業材料での用途展開が可能になる。岡山事業所の生産設備は04年9月の稼働予定 で、設備投資額は約10億円。生産能力は年産5000トン。

▽クラ レ、岡山でビニロン繊維増強完了 (2008年12月8日付『化学工業日報』)
 クラレが総額20億円を投じた岡山事業所(岡山市)でのビニロン繊維増強が4日竣工、稼働した。年産能力は5,000トン増の4万トンとなった。ビニロ ンは、ポリビニルアルコール(ポバール)を原料とする合成繊維で同社のコア事業の1つ。50年に岡山工場(現岡山事業所)で生産を開始した。衣料用やロー プなどのほか、近年は高強度や高弾性、低伸度、耐アルカリなどの特性から、アスベスト規制のなか住宅屋根材、建材用のセメント補強繊維(FRC)向けとし て注目を集める。

▽クラ レ、ビニロン長繊維の生産工程5分の1に短縮する技術開発にめど (2014年02月11日付『日刊工業新聞』)
 クラレは合成繊維の一つでロープや自動車用オイルブレーキホースなどに使われるビニロン長繊維の生産プロセスを従来比約5分の1に短縮する技術の開発に めどをつけた。新たな工場を建設したりラインを設けたりする場合、より省スペースな設計で構築できるため設備投資やエネルギーコストの抑制に寄与する。実 証プラントは自社の岡山事業所(岡山市南区)内に設ける予定。ビニロン長繊維の需要変動に合わせて、柔軟な生産体制の構築に結びつける。

 ビニロンは、ポリビニルアルコール(PVA)を原料とする合成繊維で、同社が50年に世界で初めて工業化した。通常は原料投入、紡糸、延伸、仕上げ処理 など複数の工程を経て製品化される。生産する同事業所の年産能力は長繊維が1万トン、短繊維は3万トン。

 今後は短繊維タイプについてもプロセスを短縮する技術開発を進める。短繊維タイプはセメント補強用(FRC)ビニロンに対応する。建築資材にビニロンを 混ぜることにより、割れにくく、曲げ圧力に対する強度を高めることができる。今後はブラジルなどの新興国においても、アスベストの代替材料としての需要が 期待できるという。

▽鉄道貨物輸送
 1951(昭26)年8月に開業した岡山臨港鉄道の当初の主な発送品目として、倉敷レイヨン(株)岡山工場からの石炭があった。この石炭は三井鉱山 (株)三池鉱業所から機帆船で倉敷レイヨンの旭川岸壁に陸揚げされたものを岡山臨港鉄道を使って大元駅に輸送し、更に国鉄宇野線〜山陽本線で同社の倉敷工 場に輸送されるものであった。しかしこの輸送は、水島港の改修工事が完了するまでのもので、1952(昭27)年に1,000トン級船舶の入港が可能にな ると、直接水島港に陸揚げされ、岡山臨港鉄道の利用は無くなった。([2]p55)
 1954(昭29)年になると倉敷レイヨン(株)岡山工場でのビニロン生産に使われるポバールが輸送され始める。これは当時国内最大のポバール生産工場 であった同社富山工場から運ばれたものであった。同年はポバールの部分重合法による高強力ビニロンが開発された年で、これ以降ポバールの輸送が急増する。 併せてポバールから生産されたビニロン繊維も発送品目として増加した。([2]p55)

 倉敷レイヨン(株)岡山工場からのビニロン繊維は順調に輸送量を伸ばし、1961(昭36)年には6,694トンに達する。同じく同工場を経由して輸送 されたものに二硫化炭素があり、これは毎月固定量の貨物で年 間1,500トン程度であった。この二硫化炭素は備前市鶴見の同社関連会社「中国産業(株)」 〔現、クラレケミカル(株)〕で生産され、海上輸送で岡山工場に運ばれた後、倉敷レイヨン(株)倉敷工場に転送されたものであった。([2]p64)

 倉敷レイヨン(株)岡山工場へのポバール輸送は順調に増加し、1967(昭42)年に39,802トンと10年間で3倍に達する。1960(昭35)年 にはビニロンの短繊維(ステープル)に加えて長繊維(フィラメント)の製造工場を完成させ、日産3.2トンで生産を開始、1965(昭40)年には日産 10.8トンに増強し、生産量を増大させていった。一方、ビニロン繊維は1961(昭36)年6,694トンをピークに減少。これは同じ合成繊維であるナ イロン繊維と後発のアクリル繊維、ポリエステル繊維の台頭、及び40年不況≠フ影響によるものだった。二硫化炭素は昭和40年代に入っても2,000ト ン前後で推移した。([2]p76-77)

 1968(昭43)年には岡山工場でポバールの生産(日産能力25トン)を開始する。エチレン法によってビニロン繊維の大幅なコスト削減が可能となった ためである。この原料であるエチレンは水島の三菱石油(株)水島製油所から供給を受けた化成水島(株)のエチレンセンターから、1968年8月に完成した 延長30kmに及ぶパイプラインによって移送され始めた。これにより岡山工場のポバール生産は増加する一方、同年に41,390トンにまで増加していた富 山工場からのポバール鉄道輸送は翌年から減少に転じた。([2]p87)

 昭和40年代の新しい発送品目は、(株)クラレ岡山工場のモノマー(酢酸 ビニルモノマー)が1971(昭46)年に5千トン台でスタートした。([2] p88)
 岡山臨港鉄道は、1984(昭59)年12月30日に鉄道事業を廃止した。

▽岡山臨港鉄道の品目別輸送量の推移(単位:トン)

1954 年
1955 年
1956 年
1957 年
1958 年
1961 年
1968 年
1969 年
1970 年
1971 年
1972 年
1973 年
1974 年
1977 年
1980 年
(発送)繊維
1,875
2,924
4,462
3,898
6,456
6,694
631
3,546
3,844
3,418
1,078
156
-
-
-
(発送)二硫化炭素
1,500
1,500
1,515
1,725
1,395
不 明
2,115
2,145
2,325
2,085
2,235
-
-
-
-
(発送)モノマー
-
-
-
-
-
-
-
-
-
5,480
7,487
13,491
6,868
6,892
5,264
(発送)ポバール
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
5,465
2,873
(到着)ポバール
3,068
7,784
12,556
16,610
13,926 33,226
41,390
34,948
28,569
13,945
786
641
-
-
-
([2]p64-65、78、110より作成)

▽「昭和50年版 専用線一覧表」
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
作 業方法
作 業 キロ
南岡山
(株)ク ラレ
内外輸送 (株)
社機
1.5


▼新潟事業所  
 クラレは1960(昭35)年12月、協和ガス化学工業(株)に資本参加し、同社のメタクリル樹脂板「パラグラス」の製造設備(月産30t)の整備に着 手、1962(昭37)年2月から本格的な操業を開始した。またクラレと協和ガス化学工業(株)との間では、1960年11月に天然ガス法によるアセチレ ンの供給を受け、ポバールを生産する協定を締結した。1962年5月には、同社中条工場に日産能力40tのポバール工場を完成させ、クラレのポバール生産 能力は富山工場と合わせて日産125tとなった。([1]p26)
 1989(平1)年10月に協和ガス化学工業(株)はクラレと合併した。
 現在はポバール樹脂、メタクリル樹脂、香料や医薬中間体などの各種ファインケミカルズを生産している。

▽クラ レ、新潟でのアクリル板生産を中止 (2006年12月26日付『日本経済新聞』)
 クラレは25日、生産子会社であるクラレ新潟化成(新潟県胎内市)の生産活動を終了すると発表した。アクリル板の生産を2007年3月に中国の子会社に 移管するほか、アクリル系大理石の製造はクラレ本体の新潟事業所(同)に移す。生産を集約してコストを抑え競争力を高める。クラレ新潟化成の95人の従業 員は原則として新潟事業所に再配置する。

 クラレ新潟化成はメタクリル樹脂によるアクリル板を生産する。水族館での水槽や看板、カーブミラーのカバーなど向けで、アクリル板と人工大理石をあわせ 年に1万トンの生産能力があった。
 クラレ新潟事業所は8月にも背面投射型テレビ用のスクリーン事業からの撤退を発表、新潟での事業再編を急いでいる。

▽鉄道貨物輸送
 クラレの事業所の中では最大級の専用線を有し、最も積極的に鉄道貨物輸送を活用したのが新潟事業所である。原料となる様々な化学薬品がタンク車で到着す るため、工場内にヤードもあるなどその専用線はかなり大規模なものであったが、2008(平20)年3月に廃止された。但し現在でも原料や製品の輸送の一 部は鉄道コンテナ輸送が活用されてい る。

▽「昭和50年版 専用線一覧表」
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
真荷主
第 三者利用者
通運事業者等
作 業
方法
作  業
キ ロ
総 延長
キ ロ
中条
協和ガス 化学工業(株)
(株)ク ラレ
(南線に限る)
日本鉱業(株)
(北線に限る)
日本通運 (株)
(株)丸運
(北線に限る)
内外輸送(株)
日通機
南 線2.4
北線3.6
7.6

1999.4中条駅 (株)クラレ専用線

1999.4中条駅  (株)クラレ専用線

▽中条駅常備の私有貨車(昭和54年3月31日現在『私有貨車番号 表』より)
所 有者名
車 種
形 式
番 号
両 数
常 備駅
KKクラ レ
タンク車 (アセトアルデヒド専用)
タム 8400
8400、 8401
2
中 条
  〃
          〃
タキ 10400
10400
1
中 条
協和ガス 化学工業KK
タンク車 (メタノール専用)
タム 3700
3771-3773
3
中 条

       〃
タキ 5200
5281-5285
5
中 条
内外輸送 KK
タンク車 (アルコール専用)
タム 8100
8102-8106
5
中 条
  〃
      〃
タキ 3500
3528、 3593-3599、13500、13502、
13508、13509、13511-13520
22
中 条
  〃
      〃
タキ 7200
7200-7207
8
中 条
  〃
      〃
タキ 7250
7250- 7299、17250-17269、17285-17289
75
中 条
  〃
      〃
タキ 13700
13703-13709
7
中 条
  〃
タンク車 (ホルマリン専用)
タム 3050
3073、 3076、3091、3092、3099
5
中 条
  〃
タンク車 (酢酸ビニル専用)
タキ 8700
8713、 8714
2
中 条
  〃
      〃
タキ 16200
16200、 16201、16205-16207
5
中 条
  〃
タンク車 (石油類「ガソリンを除く」専用)
タキ 9800
49895
1
中 条
  〃

タキ 45000
45061、 45171、45380
3
中 条
  〃
タンク車 (ガソリン専用)
タキ 35000
35022 -35026、35059-35063
10
中 条
  〃
タンク車 (メタノール専用)
タキ 5200
5202
1
中 条
  〃
タンク車 (メチルメタアクリレート専用)
タキ 15700
15702 -15704、15706-15708
6
中 条
 中条駅からはメタノールメチルメタアクリレート専用列車で 新興駅に運ばれていた。(吉岡心平氏のwebサイト:タ キ15700形15704より)

 しかし車扱輸送において1990年代以降の発送で確認できたのは、新井駅のダイセル化学工業(株)向けの酢酸輸送のみである。

着 駅
着 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
新 井
ダイセル 化学工業(株)
酢 酸
タキ 3708 ダイセル化学工業(株)
タキ 3753 (株)クラレ
2003.5 黒井駅で目撃
2003.5 新井駅で目撃

2003.5新井駅 ダイセル化学工業(株)専用線

2003.5新井駅 タキ3728(酢酸専用)の荷票

 一方、コンテナ輸送では、1991年9月に中条工場で工業化に成功した次世代抗生物質の中間体原料CSI(クロロスルホニルイソシアナート)の輸送があ る。
 形式としてはUT3C-8(「コンテナの絵本」のwebサイト参照)、UT06C-1(「コンテナの絵本」のwebサイト参照)である。い ずれも所 有者はNRSである。しかしこのコンテナは目撃したことは無く、また近年の目撃例も筆者の知る限り皆無であり、既に運用されていないかもしれない。

 また新潟(タ)駅でNRS所有、クラレが借り受けたメタクリル酸専用のUT9C-1213が目撃されている(「コンテナの絵本」のwebサイト参照)。運用は新潟(タ)〜梅田・百済等であったようだ。
 このコンテナも近年、目撃例が無いことから既に運用を停止していると思われる。

 一方で、新潟(タ)〜名古屋(タ)・大竹で運用されるメタ クリル酸専用のISOタンクコンテナを目撃しており、20ftJR規格タンクコンテナからISOタンクコンテナへ転換されたものと考えられる。

2003.5直江津駅 名古屋(タ)→新潟(タ)の返空を目撃

2007.9大竹駅 新潟(タ)→大竹のメタクリル酸輸送
 三菱レイヨン椛蜥|事業所では、メタクリル酸とメタクリル樹脂を生産している。そのため自給では不足するメタクリル酸をクラレから供給を受けるため の輸送ではないだろうか。


2010.8新潟(タ)駅 JOTU671169_7  イソフィトール
 イソ フィトールはビタミンE原料である。
 クラレは1977年に中条工場内にイソプレン誘導体プラントを完成させ、鹿島工場で製造したイソプレンモノマーにアセチレンやアセトンを化合して香料な どの各種誘導体を生産している。イソフィトールもその1つである。

 このISOタンクコンテナはクラレが利用しているものと思われるが、残念ながら運用区間等の詳細は不明である。


 発送の 面では大規模な専用線がある割に限定的な鉄道貨物輸送という印 象であったが、到着に目を向けると印象はがらりと変わる。

 日本海側を中心に東北、新潟、北関東、北陸の各化学工場から化学薬品が大量にタンク車で運ばれてき ていた。品目はアセトン液化アンモニア塩酸苛性ソーダ濃硫酸発煙硫酸メタノールと多種多様で、中条駅とクラレの専用線には多数のタンク車が ひしめいていた。今では専用線は雑草に埋もれ、そんな輸送が 行われていたことが俄かには信じられないが、タンク車による化成品輸送が比較的近年まで残っていた荷主の内の代表的な1社に位置付けられよう。

 1つの品目に対して、複数の調達先を確保していると思われる輸送が多く、複数購買による供給リスク低減に取り組んでいた(る)と思われる。鉄道貨物輸送 によるこ の複雑な原料需給ネットワークは、日本海側から東北・関東までを中心に立地する多数の化学工場の間で構築されていた。隣接する複数の工場間で原料を融通し 合う石油化学コンビナートと比べると、物流コストが大幅に不利になることは想像に難くないが、天然ガスや石灰石、水力発電といった資源立地型の拠点が多い 日本海側の化学工場の特徴として、このタンク車輸送による原料需給ネットワークは研究を深めていきたいテーマであ る。

 以下では、品目ごとに判明している輸送の概要を纏めていく。

1999.4中条駅 新専貨≠ェ解結する中条駅

【アセトン】
発 駅
発 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
太郎代
(株)ク ラレ
アセトン
タキ 27256 内外輸送(株)
1996.8 太郎代駅で目撃 太郎代駅は2002年10月1日廃止
前川
三井化学 (株)
アセトン
タキ
1996 年度実績、品目は予想([3]p110-111) 1990年代末期には廃止か

 アセトンの輸送で特徴的なのは、太郎代〜中条間という道路輸送でも30km程度の距離に過ぎない区間でタンク車輸送が行われていたことである。今は無き 新潟臨海鉄道の太郎代駅構内にはクラレ の「東港太郎代危険物移送取扱所」があり、簡素な荷役設備と 専用線が設置されていた。
 新潟臨海鉄道の開業から数年後に始まったこのアセトン輸送は四半世紀以上続き、同社の輸送に占める割合も一貫して高かった。放水路整備事業に伴う新潟臨 海鉄道の線路分断の問題が持ち上がった際は、アセトン輸送をタンクコンテナ化して藤寄〜中条間で鉄道輸送を継続するという計画もあったようだが、コンテナ の負担は荷主負担となることから難色を示され、また距離が近過ぎるためコスト的に鉄道輸送は割高となることもあり、トラック輸送に転換されることになって しまった。結局その他に期待されたLNG輸送も計画が狂い輸送量が大幅に減少することになり、新潟臨海鉄道の営業継続は断念されてしまった。([9])
 現在、この東港太郎代危険物移送取扱所の跡地は雑草の生えた空き地と化しており、当時を偲ぶものは何も残っていない。

▽「昭和50年版 専用線一覧表」
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
作 業
方法
作  業
キ ロ
太郎代
協和ガス 化学工業(株)
内外輸送 (株)
社機
0.1

1996.8太郎代駅 (株)クラレ専用線

1996.8太郎代駅 (株)クラレ 東港太郎代危険物移送取扱所

【液化アンモニア】
発 駅
発 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
速 星
日産化学 工業(株)
液 安
タキ 18679 日産化学工業(株)
1999.4 中条駅で目撃 2001年廃止([4]p123)
 1999年4月に中条駅で目撃した際は、3/28と3/29の両日に速星駅を発送したタキ18600形(日産化学工業、NRS所有)が6両もあり、比較 的まとまった量の輸送を行っていたようだ。
 それだけに2001年にあっけなく輸送が廃止になったと聞いた時は、驚いた。輸送需要に変化があったのだろうか。

【塩酸】
発 駅
発 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
酒田港
東北東 ソー化学(株)
塩酸
タキ 55083 東北東ソー化学(株)
1999.4 中条駅で目撃 2008年3月まで輸送が継続したと思われる
能町
日本曹達 (株)
合成塩酸
タキ 5054 日本曹達(株)
1999.4 中条駅で目撃 能町駅の日本曹達(株)専用線は2004年 3月末休止


【苛性ソーダ】
発 駅
発 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
黒井
信越化学 工業(株)
苛性ソー ダ
タキ 42670 信越化学工業(株)
1999.4 中条駅で目撃 黒井駅の信越化学工業(株)専用線は2000年頃廃止
酒田港
東北東 ソー化学(株)
苛性溶液
タキ 37752 東北東ソー化学(株)
2004.6 酒田港駅で目撃 2008年3月まで輸送が継続したと思われる
勿来
呉羽化学 工業(株)
苛性ソー ダ
タキ 17799 呉羽化学工業(株)
1999.2 黒山駅で目撃(「全国私有貨車クラブ」第76回『レイル・マガジン』通巻189号、1999年)
勿来駅の呉羽化学工業(株)専用線は 2003年3月廃止
浜五井
旭硝子 (株)
苛性ソー ダ
タキ 所 有者不明
1996 年度実績、品目は予想([3]p110-111)
浜五井駅の旭硝子(株)専用線は2006年8月一部廃止、2007年3月全面廃止([5]p32-33)
青海
電気化学 工業(株)
苛性ソー ダ
タキ 57753 電気化学工業(株)
1999.4 中条駅で目撃 2008年3月まで輸送が継続したと思われる

2007.5青海駅 電気化学工業(株)専用線内のタキ57753

2004.6酒田港駅 酒田港→中条の苛性溶液輸送

【濃硫酸】
発 駅
発 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
秋田北港
秋田製錬 (株)
濃硫酸、 発煙硫酸
タキ 所 有者不明
2000.11 現在([6]p93) 秋田北港駅のタンク車による濃硫酸の発送は2007年3月までに廃止(Wkipediaよ り)
太郎代
コープケ ミカル(株)
濃硫酸
タキ 85773 伊藤忠商事(株)
1999.4 中条駅で目撃 太郎代駅は2002年10月1日廃止
安中
東邦亜鉛 (株)
発煙硫酸
タキ 14096 東邦亜鉛(株)
1999.4 中条駅で目撃 2004.2熊谷(タ)で目撃 2008年3月まで輸送が継続したと思われる
宮下
東邦亜鉛 (株)
濃硫酸
タキ 34063 小名浜製錬(株)
1998.8 高萩駅で目撃 宮下駅は2005年3月にタンク車による濃硫酸輸送廃止(Wikipediaよ り)
神岡鉱山 前
神岡鉱業 (株)
硫酸
タキ 5786 三井物産(株)など
1999.4 中条駅で目撃 神岡鉱山前駅は2004年10月15日にタ ンク車輸送廃止

2004.2熊谷(タ)駅 タキ24098 中条→安中の返空を目撃

2010.8新潟(タ)駅 倉賀野→新潟(タ)で運用される発煙硫酸専用ISOコンテナ
 安中駅の東邦亜鉛からの発煙硫酸のタンク車輸送は、中条駅のクラレ専用線が廃止される直前まで継続していたと思われる。その後、倉賀野 駅と新潟(タ)駅で発煙硫酸専用のISOタンクコンテナを目撃したため、現在も倉賀野〜新潟(タ)間でクラレ向け発煙硫酸の鉄道貨物輸送がISOタン クコンテナによって継続していると思われる。関越トンネルは危険物タンクローリーの 通過が不可能なため、鉄道貨物輸送が選択されているものと考えられる。

【メタノール】
発 駅
発 荷主
品 目
貨 車/所有者
目 撃・備考
太郎代
三菱瓦斯 化学(株)
メタノー ル
タキ 7250形 内外輸送(株)
新貨車通信」速報バックナンバーより  太郎代駅は2002年10月1日廃止
 新潟臨海鉄道・太郎代駅からの三菱瓦斯化学のメタノール輸送は1993(平5)年4月から始まった(『交通新聞』1993年3月29日付)。

 この輸送もISOタンクコンテナによって鉄道貨物輸送が継続している可能性がある。新潟市中央区竜が島の新潟東洋埠頭(株)の会社敷地内にメタノール、 発煙硫酸、アセトンのタンクコンテナが留置されているのを目撃した。いずれもクラレ中条で原料として使用される品目であり同社がクラレ中条向けの輸送に携 わっているのかもしれない。ただこれらタンクコンテナは輸入・移入用の海上コンテナで、鉄道貨物輸送とは関係無い可能性もある。ちなみに発煙硫酸のタンク コンテナは旧神岡鉱業(株)所有の硫酸専用(UT11C-8010)であった。

 以上を纏めると、2008年3月のクラレ中条の専用線廃止時点で残っていたタンク車輸送としては、酒田港駅(東北東ソー化学)からの塩酸、苛性ソーダ、 青海駅(電気化学工業)からの苛性ソーダ、安中駅(東邦亜鉛)からの濃硫酸の各輸送のみと思われる。


▼鹿島事業所  
 クラレは1972(昭47)年4月、鹿島臨海工業地帯で三菱油化が計画していた石油化学コンビナートに参加、イソプレンモノマー及びポリイソプレンゴム の製造設備(年産3万トン)を完成させた。ポリイソプレンゴムは、天然ゴムと同じ分子構造を持ち、合成天然ゴム≠ニして大きな需要が見込まれた。同年 12月よりポリイソプレンゴムの製造を開始し、翌年4月より「クラプレン」の商標で営業をスタートさせた。([1]p31)

▽鉄道貨物輸送
 1971(昭46)年7月20にクラレの専用線が使用開始された。([7]p27)

「昭和50年版 専用線一覧表」
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
作 業
方法
作  業
キ ロ
知手
(株)ク ラレ
丸全昭和 運輸(株)
社機
移動機
0.4

 専用線を活用してどのような輸送が行われていたのかは謎である。鹿島事業所から新潟事業所等へ原料を供給するためにタンク車輸送が行われていたのであろ うか。専用線が廃止 された年月も不明である。
 一方、神栖駅を拠点にした鉄道コンテナ輸送としては、西条事業所の項で述べた「ジェネスタ」原料であるノナ ンジアミン輸送があるほか、メチルペンタンジオール(MPD)輸送がある。いずれもISOタンクコンテナによる輸送である。

2008.7神栖駅 JOTU771109_0 MPD
 メチル ペンタンジオール(MPD)の主な用途はウレタン樹脂の原料で ある。

 このISOタンクコンテナの運用は、神栖〜名古屋(タ)で あった。名 古屋周辺のウレタン樹脂メーカーとしては、東海市に立地する三洋化成工業(株)名古屋工場が挙げられる。同工場は千鳥町の(株)日本触媒から液化酸化エチ レンが到着していることでも知られ、鉄道貨物輸送を積極的に利用している印象もあり、このMPDも同工場向けかもしれない。


▼富山工場  
 ビニロンの工業化を決定したクラレは、1950(昭25)年9月、ビニロンの原料となるポバールの生産をするため富山工場(日産5t)を完成し、翌年 10月から操業を開始した。立地選定に際して、原料のカーバイドが豊富で低廉に得られる富山地方が最適と判断された。([1]p23)
 当初、ポバールの生産は全てビニロンの原料向けとしてきたが、繊維用の糊剤・加工剤向けなど用途が拡大しつつあることに着目。1954(昭29)年半ば から市販用ポバールの商品開発に取り組み、1958(昭33)年11月には富山工場で市販用ポバールの生産を開始した。([1]p25)
 1978(昭53)年6月に富山工場のポバールは生産停止となった。工場跡地には現在、富山化学工業(株)富山事業所が立地している。

▽鉄道貨物輸送
 ビニロンの原料であるポリビニル・アルコールは、富山工場で生産され岡山 工場へ貨車で鉄道輸送されている。富山工場が操業した1950年以来、粉状のも のを紙袋(10kg〜15kg)に詰めてワム車(15トン)で輸送していたが、見かけ比重が小さい(0.3程度)ために8.5トン程度しか積めず、運賃面 において3トンの減トンを認めてもらい、1貨車当たり12トン分の運賃を支払ってきた。そこで粉末を圧縮して見かけ比重を大きく(0.5〜0.6程度)す ることで15トン貨車に満トンとし、ユニットを大きくすることで荷役回数を減らす方針を立て、1959(昭34)年秋から圧縮試験を行ってきた。時を同じ くして国鉄ではワム80000形式の貨車新造があり、国鉄側からのアドバイスも得られて、1961(昭36)年4月にパワム専用申請を行い、富山港線蓮町 と南岡山駅間の専用車として37両(1961年10月ダイヤ改正により33両に削減)の承認を得た。([8]p34-35) 

「昭和50年版 専用線一覧表」
所 管駅
専 用者
第 三者利用者
通運事業者等
作 業
方法
作  業
キ ロ
総 延長
キ ロ
蓮町
(株)ク ラレ
日本通運 (株)
私有機
0.6 1.1
 富山工場でのポバール生産停止と共に鉄道輸送は中止され、専用線も廃止されたものと思われる。




[1]『創新 クラレ80年の軌跡 1926-2006』株式会社クラレ、2006年
[2]『岡山臨港鉄道50年史』岡山臨港鉄道株式会社、2000年
[3]『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社、1999年
[4]『日産輸送の仕事史』日産物流株式会社、2002年
[5]『最近10年の歩み』京葉臨海鉄道株式会社、2007年
[6]『秋田臨海鉄道30年のあゆみ』秋田臨海鉄道株式会社、2001年
[7]『鹿島臨海鉄道株式会社30年史』鹿島臨海鉄道株式会社、2000年
[8]『貨物』鉄道貨物協会、第12巻第10号、1962年
[9]高嶋 修一「新潟臨海鉄道の廃止によせて」『鉄道ピクトリアル』第52巻第12号、2002年

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