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株式会社ジャパンエナジー
 2003.6.1作成  2005.1.2更新 2010.9.5訂補

目次
会 社概要
年 表
輸 送基地の概要
◆統廃合基地一覧
◆1986年現在の油槽所、LPガス基地、アスファルト基地
地区別輸送状況
北海道地方
東北地方
関東地方
中部地方
西日本
参考文献

<会社概要> 『日経会社情報 2002-V夏号』日本経済新聞社より

【本社】東京都港区虎ノ門2-10-1
【設立】1929.4
【資本金】(02.5.1) 875.83億円
【株主】(02.3) 富士石油9.3% 日本トランスシティ信託口3.9% 三菱信託信託口3.2% 興銀3.2% UFJ信託信託口2.9%
【従業員】(02.3) 単1,558名
【取引先】(販売) 伊藤忠エネクス、全農、宇佐美
【連結業績】(02.3)売上高2兆834億円、経常利益254億円
【収益構成】(02.3)石油事業78%、金属事業13%、電子材料事業3%、その他事業7%


<年表> http://www.j-energy.co.jp/cp/outline/history/    

◆日本鉱業株式会社

1905 明治38年 創業。久原房之助、日立鉱山(旧称赤沢銅山:茨城県)を買収、操業開始
1912 明治45年 久原鉱業株式会社設立。 社長:久原房之助、資本金:1.000万円 本社:大阪市北区中之島
1914 大正03年 雄物川(秋田県)石油鉱区獲得、探鉱開始。
1916 大正05年 佐賀関製錬所(現/日鉱金属株式会社佐賀関製錬所、大分県)開設。
1928 昭和03年 久原鉱業株式会社を日本産業株式会社と改称。
1929 昭和04年 日本産業株式会社の鉱山製錬部門を分離独立、日本鉱業株式会社を設立。会長:鮎川義介、社長:竹内維彦、資本金:5.000万円、本社:東京都麹町区丸ノ 内
1933 昭和08年 日本鉱業株式会社株式公開。雄物川・浅層油田にて出油成功、原油生産開始。
1939 昭和14年 石油精製業に進出 船川製油所(秋田県)買収。
1942 昭和17年 帝国石油株式会社に油田部門を譲渡。
1943 昭和18年 日産化学工業株式会社を合併。(昭和20年、化学部門を日本油脂株式会社へ譲渡)
1959 昭和34年 中条油業所(現/ジャパンエナジー石油開発株式会社中条油業所)開設。
1961 昭和36年 水島製油所(岡山県)開設。
1964 昭和39年 倉見工場(現/日鉱金属株式会社倉見工場)開設。

◆日本鉱業株式会社
◆共同石油株式会社
1965 昭和40年 共同石油株式会社を共同設立。


1969 昭和44年 袖ヶ浦潤滑油工場(千葉県)開設。






1979 昭和54年 東亜共石株式会社の経営を譲受し、知多石油株式会社と改称。
1980 昭和55年 新素材加工事業本部(現/電子材料事業本部)設置。


1983 昭和58年 知多石油株式会社を併合、知多製油所と改称。
          日鉱グールド・フォイル株式会社日立工場稼働。





1991 平成03年 日鉱石油化学株式会社設立。
1992 平成04年 日鉱金属株式会社を設立、同社に金属関連部門を譲渡。

1966 昭和41年 日本鉱業株式会社アジア石油株式会社東亜石油株式会社の販売部門集約。
          富士石油株式会社が資本参加
1967 昭和42年 鹿島石油株式会社設立。共石スーパーガソリン100発売。
1969 昭和44年 全国LPガス共石会発足。
1970 昭和45年 アジア共石株式会社を共同設立。
          日本共同原油株式会社を設立。
1972 昭和47年 沖縄ターミナル株式会社設立。
1973 昭和48年 共同ターミナル株式会社設立。東亜共石株式会社設立。鹿島石油株式会社が資本参加。
1977 昭和52年 アジア石油株式会社の株式取得。
1979 昭和54年 東亜共石株式会社、共石グループ離脱。(→筆者註、昭和石油傘下へ)
1980 昭和55年 日本、同原油株式会社の全株を取得。共石21シリーズ(潤滑油)を発売。
1981 昭和56年 初の株主配当実施。アジア共石株式会社、共石グループ離脱。(→筆者註、大協石油傘下へ)
1982 昭和57年 福井石油備蓄株式会社設立。共石特約店持株会設立。
1983 昭和58年 共石ニュースーパーガソリン発売。

1986 昭和61年 富士石油株式会社への資本参加。共石シェット発売。
1987 昭和62年 株式会社ジャパレンに資本参加。共石シェットGP-1発売。
1988 昭和63年 米国アルコ社とCVS事業に関する業務提携契約締結。
1990 平成02年 株式会社am/pmジャパン設立。
1991 平成03年 共石MTBEハイオクGP-1プラスを発売。

◆株式会社日鉱共石

1992 平成04年 合併。株式会社日鉱共石として新発足。
1993 平成05年 エネルギー開発部門のうち、中条油業所及び生産・開発段階のプロジェクトに係わる営業を日鉱石油開発株式会社(現/ジャパンエナジー石油開発株式会社)へ 譲渡。

◆株式会社ジャパンエナジー

株式会社ジャパンエナジーに社名変更。 新社章及び石油事業分野におけるブランドネームに「JOMO」を使用開始。
1994 平成06年 グールド社解散。(同社の営業は平成6年1月グールドエレクトロニクス社へ、平成5年11月にグールドインスツルメントシステムズ社の全株式を米国企業に 売却)。
1996 平成08年 日鉱石油化学株式会社の石油化学製品の生産にかかわる営業を譲受。
1998 平成10年 日鉱金属株式会社が東京証券取引市場第一部に上場。
1999 平成11年 鹿島石油株式会社を子会社化。株式会社日鉱マテリアルズを設立。
2002 平成14年 日鉱金属株式会社と共同持株会社「新日鉱ホールディングス株式会社」を設立。新日鉱ホールディングス株式会社の上場に伴い、上場廃止。
2003 平成15年 石油事業を中心とする部門を新設分割し,100%子会社として株式会社ジャパンエナジーを設立。これに伴い、ジャパンエナジー電子材料株式会社に社名変 更。


<輸送基地の概要> 

◆統廃合基地一覧(1986.3.25現在)[1]より筆者が作成(駅名や備考を追加)
*油槽所
建設年月
油槽所
駅名
廃止年月
協力会社
代替基地
駅名
備考
1970.06
1972.03
1963.12
1961.04

1964.11
1961.11
1961.07
1973.10
1963.03
1963.09
1970.07
1962.10
1953.10
寄託
1963.07
1966.09
1960.07
1962.04
1971.02
1965.08
1968.03
岡山
手稲
帯広
松本

富山
結城
宇都宮
守山
岩国
会津若松
土々呂
加古川
北見
函館
佃島
清水
和歌山
新潟
徳島
伊東
佐世保


帯広
村井


結城
西川田
守山

西若松









伊東

1983.03
1983.09
1983.09
1983.09

1983.10
1984.03
1984.03
1984.03
1984.03
1984.06
1984.10
1984.12
1985.03
1985.03
1985.03
1985.08
1985.09
1986.01
1986.03
1986.03
1986.03
丸運
北海道共石油送
熱原輸送
長野油送

富山港湾運送
志村興業
関東共石油送
近畿共石油送
丸楽運輸
会津共栄
センコー
別府運送
石油荷役
北斗興業
志村興業
日東石油輸送
近共油業
山久運送
石油荷役
志村興業
石油荷役
日鉱・水島製油所
伊藤忠燃料にリース
西帯広油槽所
新甲府油槽所、高崎油槽所

金沢油槽所
日本オイルターミナル・宇都宮油槽所
日立港油槽所、勝田倉庫
昭和四日市・四日市製油所、丸善・堺製油所、ゼネラル・堺製油所
広島油槽所
日本オイルターミナル・郡山油槽所
東西オイルターミナル・日向油槽所
高砂油槽所
釧路西港油槽所
アジア・函館製油所
東亜・川崎製油所
大井川油槽所、東燃・清水製油所
東燃・和歌山製油所
新潟東港油槽所
モービル・小松島油槽所
東亜・川崎製油所
モービル・佐世保油槽所
東水島

帯広
東花輪、倉賀野


宇都宮タ

塩浜

郡山


西港
七重浜
水江町
清水



水江町



1997.3.9現地(村井)、空地となっていた。
新甲府・高崎油槽所も共に現在閉鎖。

結城には鹿島石油から石油到着[2]

塩浜は昭和四日市・四日市製油所







清水は東燃・清水製油所

2003.5.10現地(新潟東港)

伊東はS58専用線無し


LPガス基地
建設年月
基地名
駅名
廃止年月
協力会社
代替基地
駅名
備考
1968.02
1962.11
1975.03
高松
会津若松
船川

西若松
船川港
1985.04
1986.03
1986.03
石油荷役
会津共栄
日本鉱業
アジア共石・坂出製油所
委託
三井液化ガス・青森基地


野内


2001.8.23現地(野内) 現在、青森液化ガス(株)

アスファルト基地
建設年月
基地名
駅名
廃止年月
協力会社
代替基地
駅名
備考
寄託
寄託
1973.03
川崎

福岡

1983.10
1984.03
1985.09
菱和共石
北坂石油
丸運
富士・袖ヶ浦製油所
姫路基地
(廃止)
北袖


1986年現在の油槽所、LPガス基地 アスファルト基地 [1]
名 称
所在地
貯油能力
開所
1983年
専用線
備 考
□札幌支店
稚内油槽所
稚内LPガス基地
留萌油槽所
留萌アスファルト基地
旭川油槽所
小樽油槽所
札幌油槽所(潤滑油)
釧路西港油槽所
西帯広油槽所
苫小牧油槽所
苫小牧LPガス基地
函館LPガス基地


□仙台支店

青森油槽所
八戸油槽所
八戸アスファルト基地
秋田油槽所
酒田油槽所
蔵王油槽所
塩釜油槽所
塩釜LPガス基地
仙台油槽所(潤滑油)
小名浜油槽所

□本社
鹿島LPガス調合工場
川崎LPガス輸入基地


□東京支店
千葉油槽所(潤滑油)
船橋油槽所
朝霞油槽所
浮間油槽所
城北油槽所

□関東支店
新潟東港油槽所
長岡油槽所
高崎油槽所
高崎LPガス基地
日立港油槽所
百里油槽所

□横浜支店
新甲府油槽所
田子の浦油槽所
大井川油槽所
大井川LPガス基地

□名古屋支店
伏木油槽所
金沢油槽所
福井油槽所
粟津油槽所
名古屋油槽所
東陽油槽所
名古屋アスファルト基地
蒲郡油槽所
津油槽所
富山LPガス基地

□大阪支店
桜島油槽所
梅町油槽所(潤滑油)
尼崎油槽所
尼崎LPガス基地
高砂油槽所
青岸油槽所
姫路油槽所
姫路アスファルト基地

□広島支店
鳥取油槽所
松江油槽所
松江LPガス基地
福山油槽所
広島油槽所
広島LPガス基地
宇部油槽所

□高松支店
高松油槽所
松山油槽所
高知油槽所

□福岡支店
小倉油槽所
福岡油槽所
大分油槽所
佐賀関油槽所
八代油槽所
鹿児島油槽所
鹿児島LPガス基地
加治木アスファルト基地

□沖縄支店
沖縄油槽所
沖縄LPガス基地

稚内市新港町1
油槽所に併設
留萌市塩見町3690
留萌市元町3丁目
旭川市永山町6-23-3
小樽市手宮1-6-1
札幌市白石区菊水上町4条4-93-1
釧路市新富士町98−9
帯広市西25条南1-6-11
苫小牧市真砂町18
油槽所に併設
北海道上磯郡上磯町七重浜1-3-2


青森市柳川2-1-28
八戸市大字河原木字兵衛河原10-12
油槽所に併設
秋田市寺内字後城322-3
酒田市大浜2-2-46
山形市大字松原386-1
塩釜市貞山通3-18-10
塩釜市貞山通3-29-2
仙台市郡山1-10-8
いわき市泉町下川字大剣1-52


茨城県鹿島郡神栖町東和田4
川崎市川崎区水江町5-1


千葉市新港233
船橋市西浦2-17-1
朝霞市台字長沼98
東京都北区浮間5-13-12
東京都足立区新田3-36-1


新潟市太郎代字浜辺2881-29
長岡市大島新町4-1160
高崎市倉賀野町2358
油槽所に併設
日立市大みか町5-5-16
茨城県行方郡玉造町芹沢字榎本1775


山梨県中巨摩郡田富町布施字牧徳1424
富士市鈴川砂山620-3
静岡県志太郡大井川町利右衛門2727-3
静岡県志太郡大井川町利右衛門2726-336


高岡市伏木磯町1-11
金沢市大野町4丁目ソの部5
福井県坂井郡三国町新保96字三里浜1-4
小松市島町ヨ19-3
名古屋市港区潮見町48
名古屋市港区船見町56
東陽油槽所に併設
蒲郡市三谷町水神町通12-1
津市雲出鋼管町2
富山市草島字高砂1020


大阪市此花区梅町1-1-11
大阪市此花区梅町2-3-55
尼崎市東海岸町17
尼崎市東海岸町14
高砂市伊保町梅井字西新浜堤防814-5
和歌山市湊字青岸坪1342-38
姫路市飾磨区中島字宝来3063
姫路市飾磨区細江字浜万才


鳥取市五反田町11
松江市富士見町3
油槽所に併設
福山市箕沖町113
広島市南区月見町2244-16
油槽所に併設
宇部市港町1-15-28


高松市朝日町4-18-1
愛媛県伊予郡松前町筒井1317-2
高知市五台山タナスカ4985


北九州市小倉北区末広2-1-1
福岡市中央区荒津2-3-37
大分市大字駄原豊久北浦2908
大分県北海部郡佐賀関町大字関字太田5683
八代市大島町5059
鹿児島市宇宿2-3-24
油槽所に併設
鹿児島県姶良郡加治木町新田1-2


沖縄県島尻郡佐敷町字津波古西原1214
油槽所に併設

14,000kl
800t
46,230kl
3,500kl
7,190kl
4,896kl

32,200kl
14,600kl
58,752kl
800t
800t


16,578kl
43,760kl
3,000kl
8,000kl
27,600kl
5,100kl
10,280kl
850t
186kl
24,629kl


218,000t
82,441t



17,663kl
10,426kl
7,960kl
4,900kl


47,656kl
440kl
500kl
150t
9,980kl
1,000kl


7,600kl
8,700kl
7,996kl
1,318t


16,350kl
28,626kl
16,250kl
341kl
32,039kl
3,444kl
3,600kl
12,019kl
5,550kl
1,050t


34,537kl

39,670kl
968t
18,816kl
5,600kl
2,960kl
2,600kl


3,160kl
8,560kl
820t
15,400kl
7,510kl
1,000t
5,800kl


900kl
6,071kl
6,200kl


10,828kl
11,080kl
6,615kl
600kl
6,850kl
6,237kl
1,300t
4,000kl


7,600kl
890t

1972.10.01
1974.11
1969.11

1968.11


1977.12
1971.08.09
1966.12.01
1967.11.24
1981.11.26


1968.01.10
1970.07.01

1968.10.01
1969.11

1967.02.01
1968.02
1973.11
1979.09.01


1974.12
1967.12.21


1972.10.01

1972.09
1970.12



1973.10.19


1963.10

1968.02


1974.04.06
1968.12.04

1968.01



1970.11
1978.12



1976.02

1971.10
1984.11



1974.10
1970.07.01
1983.11.07
1981.08.04
1974.11
1978.10
1972.07


1974.12
1969.02.23
1970.09.01
1980.08.25

1968.02





1968.12.10



1968.07.19

1969.10
1968.12.18

1967.02
1975.05.27


1972.04
1972.05



留萌

北旭川
手宮

西港
帯広
石油埠頭
 〃
七重浜



本八戸
 〃


蔵王
塩釜埠頭
  〃
長町



奥野谷浜
水江町











倉賀野
 〃

榎本


東花輪





伏木


粟津
汐見町







桜島























東小倉

大分港










北洋埠頭

モービル石油と共同で建設([1]p317)

東西OTに統合か?

旧東札幌駅分岐付近
西港〜帯広で石油輸送を実施。シェル石油と共同で建設([1]p317)
共石集約時(1966年)は帯広油槽所は音更町木野にあり
2008.3.7現地




2001.8.23現地 東西OTにコスモ、JOMO、日石、モービル
2006.3.13現地

2001.8.24現地 廃止され跡地は岩谷産業(株)など 秋田港の油槽所集積地帯
1999.2.19現地 現役 ニヤクとJA-SSのローリーあり
1998.9.7現地 廃止されセメントローリー置場に
1999.2.20現地 
1999.2.20現地(丸紅エネルギー(株)と同じ敷地) 丸紅と共同で建設([1]P317)
1998.6.30現地 ドラム缶と小さなタンクが3基
2003.10.13現地 東西オイルターミナル・小名浜合同油槽所



2010.7.25現地



二俣新町駅近く
2003.1.12現地 河川油槽所(新河岸川)
河川油槽所(新河岸川)
2003.1.12現地 廃止され周辺は再開発中


2003.5.10現地 新 潟東港の油槽所集積地帯にあり
1967年専用線:西長岡(越後交通)
1996.8.25現地 廃止されていた
アジア石油より移管          

2002.12.7現地 油槽所なし


1995.9.23現地 2000.8.3現地、油槽所は廃止され宅地化工事中
2006.5.6現地 田子 の浦港の油槽所集積地帯にあり
1997.3.12現地
   〃  現地 アスファルトタンクあり


1999.4.2現地 油槽所なし
金沢港の 油槽所集積地帯にあり
エッソ石油と共同で建設([1]p317)
1999.4.2現地
2002.2.20現地 北袖、東水島から潤滑油が到着



モービル石油と共同で建設([1]p317)
丸紅と共同で建設([1]p317)


1996.12.24現地 1998年度に燃料油の取扱中止『石油文化』46-3、1998年


モービル石油と共同で建設([1]p317)






1998.8.10現地 油槽所には気づかなかった。
東西OT境港油槽所にJOMO参加(1998.8.10現地)


広島港の 油槽所集積地帯にあり

昭シェルとの提携で廃止(日本経済新聞1999.1.16付)



2003.1.3現地 JOMOの油槽所の確認はできず、コスモ松山へ統合だろう
1997.7.1に日本OT高知営業所となる


2000.12.29現地付近を訪れたが、当該油槽所には気付かなかった。
博多港(荒津)の 石油基地集積地区にあり











2008.12.1現在油槽所一覧については、こちらを参照→拙web「石油輸送基地」の潟Wャパンエナジー

東花輪




<地区別輸送状況>  

■『昭和54(1979)年版 私有貨車所有者別番号・常備駅一覧表』より共同石油(株)を抜粋
常備駅
専用種別
形式
両数
合計
七重浜
(アジア石油)
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
ガソリン
ガソリン
アスファルト
アスファルト
LPガス
LPガス
タキ2100
タキ17000
タキ45000
タキ9900
タキ35000
タキ9200
タキ11700
タサ5700
タキ25000

10

14













51
手宮(小樽油槽所)
石油類「ガソリンを除く」
タキ1500


船川港
(日本鉱業)
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
ガソリン
ガソリン
ガソリン
ガソリン
タキ1500
タキ45000
タム500
タキ3000
タキ9900
タキ35000
28


14

15





72
北袖
(日本鉱業)
石油類「ガソリンを除く」
ガソリン
タキ45000
タキ35000
14


19
水江町
(東亜石油及び
共石LPガス基地)
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
ガソリン
ガソリン
LPガス
LPガス
タム9200
タキ1500
タキ10000
タキ45000
タキ9900
タキ35000
タサ5700
タキ25000
1

10
10











47
新興
(アジア石油)
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
ガソリン
ガソリン
ガソリン
ガソリン
ガソリン
LPガス
LPガス
タキ1500
タキ9800
タム500
タサ1700
タキ3000
タキ9900
タキ35000
タサ5700
タキ25000
32
15

10
35
22











134
汐見町
(名古屋油槽所)
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
ガソリン
タキ1500
タキ9800
タキ35000






伏木(伏木油槽所)
石油類「ガソリンを除く」
石油類「ガソリンを除く」
タキ1500
タキ9800



12
東水島
(日本鉱業)
石油類「ガソリンを除く」
LPガス
タキ45000
タサ5700
11


12
東小倉(小倉油槽所)
ガソリン
タム500




◆北海道地方


○1977〜1978年の七重浜駅発送の石油の鉄道輸送
発送所 発駅
月間総発送量
(千トン)
到着先の市・町名
備考(筆者註)
函館製油所
七重浜
2.1
札幌
旭川
十勝支庁音更町
江別(パルプ)
胆振支庁白老町(パルプ)
共石札幌油槽所あり
共石旭川油槽所あり
当時は音更町木野に共石油槽所か?
王子製紙
大昭和製紙

※[2]59頁より筆者が作成
※月間2,100トン=1日70トン程度であり、40トンタキ車2両程度であるから輸送量は小さい。

*七重浜〜留萌
 タキ11700形によるアスファルト輸送があった模様。

*石油埠頭〜札幌タ・北旭川
 苫小牧港開発(株)の1991(平成3)年度の主要荷主に、共同石油(株)、日本オイルターミナル(株)等があるが[3]、石油埠頭駅の共同石油(株) 苫 小牧油槽所から札幌(タ)駅の日本オイルターミナル(株)札幌営業所や北旭川駅の共同石油(株)旭川油槽所(→後に東西OTに統合か?)に石油を輸送して いたと思われる。

 苫小牧港開発(株)は、1998年3月末で営業休止となったが、日本OT札幌営業所の1998年度の取扱量見通しは一部の元売が撤退することから対前年 比 マイナスの見通し[4]であり、ジャパンエナジーは新日本石油精製(株)室蘭製油所からのジョイント輸送をすることなく、鉄道輸送から撤退した可能性もあ る。

*西港〜帯広[18]
 釧路西港の開発に伴い、北埠頭にあった石油施設が西港側に新設移転されることになり、1975年10月に国鉄と石油業界が釧路開発埠頭(株)に出資し、 新 富士〜西港間は1977年12月に開業した。
 西港駅は日石、コスモ、三菱、出光、ジャパンエナジーの専用線があり、1978年の西港石油基地整備の完了とともに、十勝・北見・網走など東北海道一帯 へ の石油タンク車輸送が本格化し、1日にタキで100両以上発送したこともあったが、1981年の石勝線開業に伴い十勝への石油流通経路が同線経由になった り、内陸油槽所の閉鎖等により西港駅からの石油輸送量は激減した。
 1997年3月までは西港〜中斜里間の石油輸送があったが廃止され、西港駅からは帯広駅着のみの輸送となり、1日あたりタキ5両程度の輸送となった。積 荷 の石油は、ガソリン・灯油・A重油・C重油と各種あり、重油は日本甜菜製糖の専用線に入るものが多い。荷主は三菱石油とジャパンエナジーの2社となってい る。

 1999年6月に釧路開発埠頭(株)の西港駅からの石油輸送は廃止された。帯広地区には、本輪西駅から石油が到着しているが、ジャパンエナジーの輸送が ジョイント輸送で残っているかは不明である。


◆東北地方

*(株)ジャパンエナジー 船川製油所
 ジャパンエナジーは1995年からローコスト体質構築のため、400億円のコスト削減をねらいとした「構造改革計画」を推進の一環として、1997 年4月以降 、船川製油所における原油処理を休止する。船川製油所は昭和14年に操業を開始し、30年代には日本海沿岸屈指の製油所として、北海道・東北・北陸地区へ の燃料油供給及び潤滑油供給の役割を担った。しかし、その後、精製の中心が太平洋岸の新鋭製油所に移ったことから、同所の原油処理能力は、他の製油所への 移設などにより、6,000バーレル/日まで縮小され、近年は同所での原油処理は、国産原油を主体に年間6万キロリットル程度にとどまっている。
 今後は引き続き潤滑油事業、医薬・バイオ事業などの生産拠点として、また日本海沿岸唯一の大型油槽所として発展を期している。また、秋田県内産原油につ い ては、今後も生産に支障を来さぬよう、同所の原油貯蔵機能は引き続き保持する予定である。[9]

 ジャパンエナジーは1998年、船川製油所におけるブラシル酸の生産能力を、現在の年産380トンから500トンへ増強し、その工事が完 成 した。
 ブラシル酸とは長鎖二塩基酸の一種であり、炭素数が13の白色結晶状の化合物である。同社はノルマルパラフィンを原料として、発酵法を用いて製造し、ム ス ク系香料として販売している。ムスク系香料(独特の甘い香り)は、大環状ムスク、多環ムスク、ニトロムスクの3つに大きく分類され、ブラシル酸は、この中 の大環状ムスクの一種であるエチレンブラシレートの原料として使用されている。ムスク系香料のうち、ニトロムスクは、安全性の問題を理由に、従来から先進 国では使用が自粛されており、大環状ムスクと多環ムスクがムスク系香料市場の大半を占めていた。しかし1996年から欧州で多環ムスクに関する環境上の問 題がクローズアップされ、その使用が自粛されるようになり、需要は大環状ムスクへと移行している。こうした状況から同社のブラシル酸への需要が拡大するこ ととなり、1997年、同社はブラシル酸の生産能力を年産300トンから380トンに増強、さらなる需要の増大に対応するため、今回新たに増強したもの。 [10]

 ジャパンエナジーは合理化の一環として1997年6月に船川製油所の原油処理を休止してきたが、2000年4月1日付けで同所を「船川事業所」へ改組 し、 さらなる運営体制の合理化・効率化を図る。船川製油所の業務の受託会社として、新会社「男鹿テクノ」(仮称)を設立し、4月1日付けで、原則として同事業 所における全ての業務を新会社へ委託する。
 新会社の本社は秋田県男鹿市船川港船川、資本金5,000万円(全額ジャパンエナジー出資)、事業は原油及びガソリン等石油製品の受入・保管及び出荷、 重 油・潤滑油その他の石油製品製造、倉庫、香料原料製造、産業廃棄物処理など。従業員数は約100名で、全員ジャパンエナジーから出向。[11]

*船川港駅
<原油輸送>[5]
 1959年8月、脇本〜船川港で原油輸送開始。八郎潟西岸の若美町申川地区にある石油資源開発(株)秋田鉱業所申川鉱場で原油の商業生産開始。若美町か ら 総延長11.1kmのパイプラインで脇本駅北側に隣接する貯蔵施設に届けられた原油を、約9.5km 離れたジャパンエナジーの製油所まで鉄道輸送していた。
 1970年度のピーク時には、脇本駅の発送量は12万トン/年であったが、1999年度には4万トン/年に落ち込んだ。
 そして申川鉱場の原油産出量が減少していることからタンクローリー輸送のための出荷施設が完成し、2001年度からタンクローリー輸送に切り替えられる こ とになり、脇本駅発を2001年3月30日の列車をもって原油輸送は廃止された。

<石油輸送>[6]
1962年10月に塩釜〜船川で初の複式輸送(日本石油輸送株式会社)
 空タンク車の輸送効率を解消するために考え出されたのが「複式輸送」である。
@:三菱石油塩釜油槽所(塩釜埠頭駅)から同社秋田油槽所(秋田港駅)に製品を輸送し、荷卸しを終えたタンク車を日本鉱業船川製油所(船川港駅)に回送す る。
A:三菱石油塩釜油槽所(塩釜埠頭駅)から同社酒田油槽所(酒田港駅)に製品を輸送し、荷卸しを終えたタンク車を日本鉱業船川製油所(船川港駅)に回送す る。
B:@とAのタンク車に、日本鉱業船川製油所(船川港駅)において製品を積み込み、同社仙台油槽所(長町駅)まで輸送し、荷卸しを終えたタンク車を三菱石 油塩釜油槽所(塩釜埠頭駅)へ回送する。
C:Bのタンク車に、三菱石油塩釜油槽所(塩釜埠頭駅)において製品を積み込んで、再び@Aの輸送を行う。
この輸送により、空車の回送距離は、2社分合わせておよそ6分の1に短縮することができた。


○船川港駅からの石油輸送
発駅
品名
着駅
貨車
備考
船川港
トランス油
越中島貨物
タキ35000型
[7]
船川港
機械油
北袖
タキ36065、36067
1999.3.30北袖
船川港
トランス油
博多港
タキ35000型
[7]
※1999年10月に小坂〜船川港間の硫酸輸送の着駅が秋田北港駅に変更され、船川港駅発着の貨物列車は脇本〜船川港間の原油輸送のみとなったが、その際 にこれらの潤滑油輸送は廃止になったと思われる。 [8]

<化成品輸送>
1996年9月8日目撃 磐田駅に留置のJRコンテナ
ブラシル酸:秋田貨物(ジャパンエナジー)→西浜松

*東北石油(株)によるジョイント輸送
 1971年10月1日より仙台臨海鉄道仙台北港駅から東北石油(株)の石油輸送が開始された。仙台臨海鉄道の1972年度から1983年度にかけての共 同 石油(株)の発送トン数は、1万3千〜2万トン/年程度であるが、1985年度には約6万トン、1986年度には約7万トンに急増する。[12] これは 共同石油(株)蔵王油槽所向けの輸送が増加したためであるが、塩釜埠頭駅からの切り替えによると思われる。
 しかし、共同石油(株)蔵王油槽所は1987年6月に閉鎖された。[12]
 一方、共同石油(株)の八戸発盛岡OT着の石油が1987年4月に仙台北港発に変更された。[12] このジョイント輸送は現在も継続していると思われ る。


◆関東地方

 上記の『昭和54(1979)年版 私有貨車所有者別番号・常備駅一覧表』よりわかるように、当時は新興駅のアジア石油及び水江町の東亜石油が関東地方 に おける共同石油の鉄道輸送の出荷拠点であったのだが、アジア石油及び東亜石油は1980年前後に共石グループから離脱してしまい(→年表参照)、1986 年に共同石油は富士石油に資本参加をした。(富士石油は共同石油に資本参加済み)

『昭和53年度 民鉄要覧』より共同石油(株)の関東地方に関係する専用鉄道を抜粋
会社名
敷設目的
目的外使用
区間
km程
免許年月日
運輸開始年月日
連絡駅
運転管理者
共同石油株式会社
東亜石油株式会社
(共用)
川崎製油所から発送する
石油同製品の輸送
なし
第1工場
神奈川臨海鉄道水江線2.163米
〜第2工場
0.6

37.2.12

37.5.22
塩浜操
神奈川臨海鉄道
共同石油株式会社
川崎油槽所の製品及び
諸材料の搬出入
出光興産の石油製品、
用器類輸送
日立造船専用鉄道
起点1.057キロ、川崎油槽所
0.5

29.2.24

29.4.28
塩浜操
神奈川臨海鉄道

 こうした中で、1985年7月から新興駅(アジア石油)発から北袖駅(富士石油)発に輸送ルートを変更(宇都宮・倉賀野・八王子・東花輪向けの合計58 万 トン)し、さらに1987年4月に水江町駅(東亜石油)から北袖駅(富士石油)への輸送ルート変更(郡山向けの11万トン)が実施された。[13]

*北袖駅
○1982年頃の北袖駅発送の共石・日本鉱業[14]
会社名
品目
着駅
備考
共同石油
揮発油・灯軽重油
上白石
郡山
西武化学前
住友セメントだろう
保土谷化学などの化学工場到着か?
上武鉄道、西武化学だろう
共同O・T
揮発油・灯軽重油
郡山

日本鉱業
機械油
粟津
尼崎港
桜島
船川港
東小倉

尼崎油槽所到着か?
桜島油槽所到着か?
※当時の北袖駅は、大協石油が伊勢崎、武川、水戸、渋川、天竜川、長野、北館林荷扱所、大協O・Tが郡山、宇都宮(タ)に揮発油・灯軽重油を発送してい た。富士石油は大協石油、日本鉱業が出資しており、富士石油の鉄道輸送は大協石油分の方がメインであったようだ。しかし1986年の大協石油、丸善石油、 旧コスモ石油(1985年に大協、丸善の精製部門統合)の合併に伴うコスモ石油(株)発足により、コスモ石油の関東地方の鉄道輸送は浜五井駅発送に集約さ れたのだろう。

○1996年度実績の北袖駅発送の富士石油(株)・(株)ジャパンエナジー[13]
会社名
品目
着駅
備考
富士石油
揮発油・灯軽重油

倉賀野
郡山
八王子
宇都宮(タ)
東花輪
日本OT 2003.5.11現地訪問、JOMOローリー目撃
日本OT
日本OT
日本OT 1999.3.31現地訪問、JOMOローリー目撃
1995.9.23現地訪問 1998.9.29鉄道輸送廃止『レイルマガジン』第15巻第17号、1998年、111頁
ジャパンエナジー
機械油
汐見町
船川港



・北袖駅の富士石油 1996年5月3日

○(株)ジャパンエナジーの基地別石油類輸送量(単位:千トン)[13]
荷主
年度
1983
1985
1988
1989
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
日本オイルターミナル(株)
郡山
倉賀野
宇都宮(タ)
八王子
西上田


0.8


0.9
150.5
152.6
63.6

115.6
230.7
231.3
142.6

112.4
229.8
226.8
126.8

39.8
261.4
264.3
89.5
2.0
32.5
257.7
249.0
94.8
0.4
34.0
261.7
272.5
95.4
0.0
36.4
270.4
278.8
99.5
1.8
36.3
278.6
291.3
97.4
0.0
34.7
273.2
298.1
96.9
0.0
36.0
264.2
273.2
60.5
0.0
日本石油輸送(株)
東花輪
その他

19.2
63.4
8.6
100.6
9.6
95.9
7.5
84.5
5.0
104.9
4.5
105.4
5.7
110.0
5.4
111.6
5.2
108.3
6.2
88.1
3.4
合計

20.0
439.6
830.4
799.2
746.5
743.8
774.7
802.3
820.4
817.4
725.4
※郡山駅着が1989年と比較して1991年から大きく落ち込んでいるが、これは1991年10月に台風による武蔵野線長期不通により、仙台北港駅(東北 石油)から郡山地区に応援出荷が行われ、引き続きその輸送が続いたとあり、荷主はわからないが、ジャパンエナジーは仙台北港〜盛岡(タ)のO・T向け輸送 で東北石油からのジョイント輸送があるため、 郡山向けも仙台北港駅発に切り替わったのではないか。[19]

○北袖駅関係の目撃
発駅
品名
着駅
荷主
貨車
備考
北袖
潤滑油
機械油?
汐見町
粟津
(株)ジャパンエナジー 名古屋油槽所
三島石油(株) 粟津油槽所
北陸オイルサービス(株)
タキ40120
タキ35454
02.2.20・03.1.5汐見町 着荷主は筆者判断
99.3.30北袖 返空を目撃 着荷主は筆者判断
船川港
機械油
北袖
ジャパンエナジー側入
タキ36065、36067
99.3.30北袖


・北袖駅のジャパンエナジー 1996年5月3日


・北袖駅のジャパンエナジー 専用線廃止後 2004年8月29日


*三島石油(株)について (http://www.mishimaoil.jp/より)
◇本社:石川県小松市問屋町25番地
◇資本金:4,000万円
◇創業:嘉永5年
◇設立:1950(昭和25)年10月
◇会社沿革抜粋:
昭和24年04月 日本鉱業株式会社石川県特約店となる
昭和25年10月 法人組織に改組、株式会社三島油店を設立
昭和34年03月 小松市島町に粟津油槽所建設、輸送体勢確立の第一歩を踏み出す
昭和39年04月 社名を三島石油株式会社に変更
昭和41年07月 日本鉱業・東亜石油・アジア石油の石油販売部門の集約により共同石油(株)が設立されると同時に特約店となる
昭和53年08月 北陸オイルサービス株式会社設立、倉庫管理、業務および配送部門として独立

*鹿島石油(株) 『会社四季報 未上場会社版 2002年下期』東洋経済新報社 及び http://www.kashima- oil.co.jp/より作成
【本社】東京都港区虎ノ門2-10-1 新日鉱ビル
【設立】1967年10月
【資本金】20,000百万円
【株主】ジャパンエナジー36.6% 三菱化学19.9% コスモ石油17.2% 日鉱石油化学16.9% 東京電力7.9% 日本郵船1.5%
【販売先】ジャパンエナジー 三菱化学 東京電力 日鉱石油化学
【製品品目】LPG、ナフサ、ガソリン、ジェット燃料、灯油、軽油、重油、アスファルト、硫黄、石化用リフォメート、パラキシレン

 1978年5月25日〜1983年8月6日にかけて行われた成田空港向けの航空燃料の鉄道輸送は、京葉臨海地区(丸善・出光・極東石油工業)と鹿島石油 (株)〜成田間で実施された。
 鹿島石油(株)からの鉄道輸送はこの航空燃料輸送がほとんどであったが、それ以外の輸送も存在した。

○1977〜1978年の奥野谷浜駅発送の石油の鉄道輸送
発送所
発駅
月間総発送量
  (千トン)
到着先の市町村名
筆者註
鹿島製油所
奥野谷浜
成田以外は6.8
水戸
結城
長野県東部町
上越(化学)
成田(航空用)
1983年専用線一覧表には水戸駅に(株)茨石の専用線あり
結城油槽所は1984年3月に廃止(統廃合基地参照)
田中駅に四日市油槽(株)の専用線あり→コスモ四日市からの発送に変更→油槽所廃止
三菱化学だろう。1983年専用線一覧表には直江津駅に(株)化成直江津の専用線あり
1978年5月25日〜1983年8月6日にかけて実施
※[2]59頁より筆者が作成

○鹿島臨海鉄道の石油(航空燃料以外の一般)輸送量の推移[20]
年度 1971
1972
1973
1974
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
輸送量(千トン)
30
41
55
58
73
80
97
84
91
86
99
78
72
※最大の輸送量は1981年度の99千トンであり、10万トンにも満たない。北袖駅発送が70〜80万トンに達するのと比較してもかなり少ない。輸送先も 上記のように限られており、廃止はやむなしか。むしろ関東地方の石油の鉄道輸送は、北袖駅の富士石油に集約されて望ましいといえる。


・奥野谷浜駅の鹿島石油 専用線跡 2003年5月4日


*ジャパンエナジーと物流提携/年間4億、コスト削減…………日本石油 1998. 5.10〜 5.16 物流ニッポン新聞社(http://www.transport.or.jp/butsuryu/f_news.htmlより)
 日本石油(株)は13日、(株)ジャパンエナジーとガソリンなどの石油製品を相互融通する物流提携に踏み切る、と発表した。
 1998年10月以降、日石は室蘭製油所から北海道内にあるジャパンエナジーのスタンドに製品を供給し、ジャパンエナジーは関連会 社、鹿島石油(株) (福田武二社長、東京都千代田区)の鹿島製油所から北関東地区の日石スタンドに供給する。日石、ジャパンエナ ジーが相互融通するのは、ガソリン、灯油、軽油とA重油が対象。
 日石はこれまで日本石油精製(株)(山本二郎社長、東京都港区)の根岸製油所から茨城、栃木両県など北関東地区への配送を行っていた。ジャパンエナジー で は鹿島製油所から内航タンカーを利用し北海道へ輸送していた。相互融通で両社の物流費は年間4億円の削減が可能となる。物流システムの変更は、陸上輸送、 内航タンカーなどの運輸業界へ経営を圧迫する可能性が大きい。

※上記物流提携により日本石油(株)土浦油槽所は廃止された。この土浦油槽所に向けては根岸〜神立間に石油専用列車が設定されていたが、1996年3月に 同列車は、根岸〜岡部間と同時にタキ1000形式による高速貨物列車化された。1998年10月のダイヤ改正で根岸〜神立間の輸送は廃止された。油槽所も 同時期に廃止されたと思われる。


◆中部地方 

*知多駅
 1973年10月に東亜共石が専用線を設けて、貨物扱いを開始した。同時に南松本のO・Tあてタキ11両(43トン積)の石油専用貨物列車を設定した。 [15]

○1977〜1978年の知多駅発送の石油の鉄道輸送
発送所
発駅
着駅数
着駅あたり
平均輸送距離
最短輸送距離
 (実キロ)
最長輸送距離
 (実キロ)
月間総出荷量
 (千トン)
最大量到着地
(千トン/月)
備考
名古屋製油所
知多
11
182.3km
美濃本巣 85km
青海 413km
41.1
南松本 18.5
セメント工場向けは石油から石炭へ転換か?
※[2]57頁より筆者が作成

○知多駅発送の目撃
発駅
品名
着駅
荷主
貨車
備考
知多
重油
揮発油
灯油
石油
重油?
重油?
西上田
西上田
西上田
南松本
高月
石山
日本オイルターミナル(株)
日本オイルターミナル(株)
日本オイルターミナル(株)
日本オイルターミナル(株)
日本電気硝子(株)
東レor関西日本電気
タキ44182
タキ43009
タキ43167
タキ
タキ45284
タキ45448
02.2.20知多
02.2.20知多
02.2.20知多
『鉄道ダイヤ情報』第28巻第3巻、1999年
99.3.28東港 返空を目撃
99.3.28東港 返空を目撃

 (株)ジャパンエナジーの知多製油所は2000年10月現在で、10万バレル/日の精製能力があったが、2001年6月に精製を休止した。[16]
 2002年3月のダイヤ改正で、名古屋南貨物〜知多間の貨物列車の設定が無くなっており、知多駅の貨物扱いは休止になったようだ。鉄道輸送は昭和四日市 石 油に振り替えになったのだろう。

○シクロヘキサン 知多に10万トン新設 2004年5月完成 計22万トン体制に[17]
 ジャパンエナジーは、シクロヘキサンの新プラント建設を決定した。知多製油所に約10億円を投じて夏までに着工し、2004年5月の定修時に完成させ る。 年産能力は10万トン。既存の12万トンプラントと合わせて2系列22万トン体制となり、国内ではトップクラスの生産規模となる。グループの日鉱石油化学 が内外のカプロラクタム(CPL)メーカーに外販するほか、溶剤としても一部自消する方針。原料ベンゼン、水素を自給できる優位性を生かし、アジア市場で 存在感を高めたい考え。
 シクロヘキサンはベンゼンを水素添加して製造され、CPLやアジピン酸の原料となり、最終的にはナイロン繊維、樹脂として広く用いられている。アジアで 140万トンの需要があり、年率4-5%の成長率が見込まれている。国内では住友化学工業が今春、CPLを6万トン増強したほか、韓国カプロラクタムや南 京のDSMのプラント新設も計画されている。
 ジャパンエナジーは知多製油所の競争力のある水素、グループのベンゼンを用いてシクロヘキサンを12万トン生産している。新設の10万トンについても知 多 及び水島製油所のベンゼン、水素で自給可能。知多製油所では2001年6月に常圧蒸留装置を休止しているため、設備全体に余力が生じていたが、シクロヘキ サン新設により水素、動力などのバランスが最適化されるとしている。
 合計の22万トン能力は、千葉、徳山工場で計24万トンを生産する出光石油化学にほぼ匹敵し、国内トップクラス。単一の生産拠点としてはアジア最 大 規模となる 。販売はグループの日鉱石油化学が担当し、韓国、台湾、中国、タイ向けなど輸出は全体の4割程度になる見通し。また自動車分野などで脱アロマ溶剤として需 要拡大が期待できるメチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサンを事業化することも検討している。

○Jエナジー 知多製油所 石化ターミナルに転用 トルエン用タンク賃貸 年明け、 大型バースも[21]
 ジャパンエナジーは、知多製油所(愛知県知多市)を石化原料の輸出入機能を備えた大型ターミナル基地として有効活用する。既存の燃料油タンク1基(2万 7 千キロリットル)をトルエン用タンクに転用するとともに、石化用としては国内最大となる10万トン級タンカーの着桟可能なバースを整備。来年1月から商社 などに対しタンクのスペース貸しを始める。タンク改造にともなう桟橋までの専用配管をつなぎ込み、ストレーナーなど一連の設備投資額は2−3億円にのぼる 見込み。同社は知多に5千−1万キロリットル規模の転用可能なタンクがまだ2−3基あることから、トルエン以外の取り扱い品目の拡大も検討、スペース賃貸 業で5年後に売上高10億円を目指す。
 ジャパンエナジーは2001年6月、昭和シェル石油との精製分野における提携にともない、知多での原油処理装置を休止。一方でタンク・バースなどの現有 設 備を石化原料用のターミナル基地として有効活用をかねて検討してきた。
 今回第一弾として、既存の大型灯油タンクを基礎原料のトルエン用に転用、同時にバースの整備も進めることにした。ジャパンエナジーは石化メーカーや商 社、 ユーザーなどにタンクのスペースを貸すかたちで、トルエンの受入・出荷および管理業務を請け負う。すでに3−4社と賃貸契約を結ぶことで合意しており、来 年1月のスタート時点で2万7千キロリットルの半分以上の取扱量は確保できる見通しという。事業の進展に応じて、ベンゼン、キシレンなど対象品目の拡大も 検討する。
 わが国のBTX生産能力はアジア最大である半面、タンク、バースといったオフサイト装置が韓国・台湾などのライバル諸国に比べ劣位にあるといわれる。同 社 は現有設備の転用で初期投資を抑え、近隣諸国のタンクとも競争力ある賃貸価格を実現した。
 またトルエンの需給はエチレン設備および誘導品プラントの稼働状況によって左右される一方で、国内のタンク能力は総計5万トン程度しかない。同社は国内 需 給のバッファーとしても知多製油所の果たす役割は大きいと判断。輸出入機能のほか、関東および関西の中継基地としても立地の強みを生かす考えだ。





・知多駅のジャパンエナジー 1995年12月30日

*汐見町
 名古屋油槽所:北袖と東水島から潤滑油が到着していた。
 輸送内容については、拙web「貨物取扱駅と荷主」の「汐見町駅」に潟Wャパンエナジー 名古屋油槽所の 項を設けている。


・汐見町のジャパンエナジー 2003年1月4日

 2003年10月ダイヤ改正で汐見町線は廃止となった。


◆西日本 

*東水島駅

『平成6年度 鉄道要覧』より
会社名
敷設目的
目的外使用
区間
km程
免許年月日
運輸開始年月日
連絡駅
運転管理者
株式会社ジャパンエナジー
製品輸送
なし
東水島、工場
0.3
昭44.1.25
昭44.7.1
東水島
(株)丸運

 1978〜1978年の東水島発駅の水島製油所発送の石油の到着先の市町村は鳥取市であり、月間総発送量は5.0千トン(筆者註、1日あたりタキ6両程 度 か)であった。[2] 鳥取市には鳥取油槽所がある。

 1998年8月9日現地訪問、また倉敷(タ)において返空:汐見町→東水島(ジャパンエナジー)タンク車を目撃。
 1999年1月3日汐見町駅において、タキ35745(ジャパンエナジー所有)機械油:東水島→汐見町(ジャパンエナジー側入) を目撃。
 また1999年頃の輸送として、東水島駅からは汐見町・酒田港・船川港・粟津などに向けて潤滑油発送がある。[18]


・東水島駅のジャパンエナジー 1998年8月9日 潤滑油荷役線



・東水島駅のジャパンエナジー 2003年8月15日 潤滑油荷役線は廃止、手前にあるヤードは現役

 

・倉敷貨物ターミナル駅のヤード 2003年8月15日

タキ14302 JOT(H15.4.1〜H16.3.31 ジャパンエナジー使 用) ノルマルパラフィン:東水島→酒田港
※ノルマルパラフィンは洗剤の原料、酒田港には花王の工場あり。


<参考文献> 
[1]『共同石油20年史』20年史編纂委員会編、共同石油株式会社、1988年
[2]野尻亘『日本の物流−産業構造転換と物流空間−』古今書院、1997年
[3]曽我治夫「臨海鉄道13社の現況」『鉄道ピクトリアル』第43巻第3号、通巻第572号、1993年
[4]交通新聞、1998年8月6日、1面
[5]遠藤浩一「男鹿線貨物輸送 85年の歴史に終止符」『鉄道ピクトリアル』第51巻第7号、通巻第703号、2001年
[6]『日本石油輸送50年史』日本石油輸送株式会社、1997年
[7]渡辺一策「ローカル貨物列車ワンポイントガイド」『鉄道ダイヤ情報』第24巻11号、通巻154号、1995年
[8]冨手淳「注目の貨物輸送〔小坂製錬〕」『鉄道ピクトリアル』第50巻第1号、通巻第680号、2000年
[9]『石油文化』第45巻第2号、1997年、34頁
[10]『石油文化』第46巻第6号、1998年、37頁
[11]『石油文化』第48巻第1号、2000年、42頁
[12]『仙台臨海鉄道のあゆみ(20年間の資料を中心として)』仙台臨海鉄道株式会社、1990年
[13]『35年のあゆみ』京葉臨海鉄道株式会社社史編纂委員会編、1999年
[14]『京葉臨海鉄道20年史』京葉臨海鉄道株式会社、1983年
[15]『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年
[16]『石油文化』第48巻第11号、2000年、4〜5頁
[17]化学工業日報、2003年5月8日、1面
[18]渡辺一策・藤岡雄一「臨海鉄道パーフェクトガイド」『鉄道ダイヤ情報』第28巻第3号、1999年
[19]『仙台臨海鉄道のあゆみ−10年間(平成2年度〜平成11年度)の資料を中心として−』仙台臨海鉄道株式会社、2000年
[20]『鹿島臨海鉄道株式会社30年史』鹿島臨海鉄道株式会社、2000年
[21]化学工業日報、2003年12月5日、1面
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