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播磨臨海工業地域の鉄道貨物輸送
2019.9.23作成開始 2019.10.5公開

 播磨灘沿岸は阪神工業地帯に連なる臨海工業地域が展開しており、鉄鋼や化学、電機、発電所などの大工場が連なっている。その臨海部に向けて、かつては貨 物輸送を主目 的とした鉄道がいくつも敷設され、1980年代半ばまで貨物列車の姿を見ることができた。その路線とは東播に加古川駅から分岐する高砂線、その高砂線や山 陽本線と接続する別 府鉄道、西播には播但線の支線である通称・飾磨港線、網干駅から分岐する北沢産業の計4路線のことである。これら各線はいずれも戦前から存在し、飾磨港線 は何と1895(M28)年に開業するという古い歴史を持つ。

 このように、これら4路線は戦後の高度経済成長期に端を発する各地の臨海鉄道とは、比べようもないくらいの長い歴史を誇ったが、その殆どがヤード系輸送 が廃止となった1984年2月に貨物輸送 を廃止し、旅客輸送で生き残ることもなく路線ごと姿を消した。神戸港や大阪港の臨港線で行われた貨物輸送の歴史も興味深いが、それらよりも地味で目立たな かった播磨臨海工業地域に展開した4路線の貨物輸送の歴史と実態について、統計資料から抜粋した取扱量を用いて考察してみたい。


■ 貨物取扱駅及び鉄道の輸送量(トン)の推移と輸送概要

高  砂
高  砂 港
別 府鉄道
飾  磨
飾  磨 港
北 沢産業
合 計
駅・ 鉄道
開業年月
1914 (T3)年9月
1914 (T3)年9月 1921 (T10)年9月
(野口線)
1923(T12)年3月
(土山線)
1897 (M30)年11月
1895 (M28)年4月
1944 (S19)年6月
(専用鉄道)

1966(S41)11月
(地方鉄道)

1969 (S44)年度
以前
363,000
(1960年度)
161,017
(1965年度)
734,338
(1968年度)
256,141
(1968年度)
16,765
(1967年度)

1970 (S45)年度
427,000
217,393
719,386
263,936
12,540
1,640 千トン
1975 (S50)年度
283,000
149,955
292,507
106,506
5,688
838 千トン
1980 (S55)年度
273,487
123,222
202,458
73,233
5,572
678 千トン
1981 (S56)年度
261,408
122,520
166,386
61,424
4,657
616 千トン
1982 (S57)年度
220,163
118,264
122,405
59,263
4,386
524 千トン
1983 (S58)年度
150,360
77,847
92,119
42,774
2,924
366 千トン
1984 (S59)年度
以降



29,341
(1986年度)


29 千トン
(1986年度)
貨 物取り扱い
廃止年月
1984 (S59)年2月 1984 (S59)年2月 1984 (S59)年2月 1986 (S61)年11月
1984 (S59)年2月
1984 (S59)年2月休止
1989(H元)年5月廃止

主 な専用線
(荷主)
キッ コーマ ン(株)
(株)神戸製鋼所
播磨耐火煉瓦(株)
三菱製紙(株)
鐘 淵化学工業(株)
福栄肥料(株)
多木化学 (株)
製鉄化学工業(株)
新 日本製鐵(株)
製鉄化学工業(株)
(株)神戸鋳鉄所
三 菱金属鉱 業(株)
兵庫県(公共臨港線)
(株)東 芝
西芝電機(株)

貨物列車
1980年10月時点
高砂〜加古 川
3往復
不明
不明
下り4本
上り4本
下り3本
上り2本
不明


 輸送量は、これら高砂線、別府鉄道、飾磨港線(播但線)、北沢産業の4路線を合計すると、1970年度で約164万トンである。この数量を例えば同じ 1970年度の各臨海鉄道と比べると、神奈川臨海鉄道:330万トン、名古屋臨海鉄道:230万トンには遠く及ばないが、京葉臨海鉄道:187万トンや福 島臨海鉄道:146万トンの水準に近いといったイメージになる。

 10年後の1980年度になると4路線合計は半減していて約84万トン、同年度の京葉臨海鉄道は233万トンに伸びているので比べるまでもないが、福島 臨海鉄道:116万トンよりも落ち込み方が大きく、それも4路線合計で、この程度の数量であったわけだ。

 主な荷主を見ても、輸送量の多い全国各地の臨海鉄道には不可欠とでも言うべき、製油所や臨海油槽所からの石油タンク車輸送は無く、現在の鉄道貨物輸送の 主流であるコンテナ輸 送も行われることは無かった。それでも4路線のうち高砂線の末期は、約20万トン/年レベルの輸送量を維持していたわけだが、当時の八戸臨海鉄道と同水準 (1983 年度:約19万トン)であったことも考えると、貨物鉄道として維持しても良かったのではないかという気がしなくもない。

 それでは各路線の個別の荷主について、もう少し詳しく考察してみよう。


2002.1飾磨駅 新日鐵の専用線跡地
 高砂線の三菱製紙 (株)高砂工場は、 同社の創業工場の歴史ある工場で、かつては年間8万トン〔1993(H5)年〕の生産量があったが、直近の2018(H30)年は情報用紙を6千トン程度 生産しているに過ぎない。(株)神戸製鋼所 高砂製作所は、鋳鍛鋼や鉄粉を生産していて、同社の主力生産拠点の1つに位置付けられるようだが、高炉を持つ製鉄所ほどの輸送需要は発生しないだろう。

 飾磨港線の主要荷主であった新日本製鐵(株)広畑製鐵所は、昭和末期より生産体制の縮小傾向が続き、遂に1993(H5)年には高炉を休止し銑鋼一貫工 場では無くなった。1965(S40)年度に は、井倉〜飾磨で319千トン、足立〜飾磨で178千トンの計497千トンの石灰石輸送が行われていた(天野 正雄「最近の石灰石需給状況と鉄道輸送」『貨物』第16巻第7号、1966年)が、高炉休止により、この需要そのものが消滅したことにな る。また三菱金属鉱業(株)は生野銀山からの鉱石輸送がメインであったと思われるが、1973(S48)年に閉山となっている。さらに兵庫県の公共臨港線 は、「1975年版専用線一覧表」では姿を消しており、昭和40年代末期には早くも廃止されたようだ。

 北沢産業は、地方鉄道として1980年代まで維持されていたのが不思 議なくらいの鉄道であるが、元々は1944(S19)年6月に開業した東京芝浦電気 (東芝)の専用鉄道で、1966(S41)年11月に地方鉄道に転換された。途中の上余部駅や中浜田駅には(株)東芝や西芝電機(株)の工場に向けた専用 線のほか、終点の浜田港駅は木材輸送の拠点となっていた。この点は臨港鉄道らしいと言えるだろう。

 ちなみに北沢産業の1967(S42)年度輸送量16,765トンの内、3,601トンを木材が占めていた。その後、木材は1968(S43)年度: 2,011トン、1969(S44)年度:1,825トン、1970(S45)年度:689トン、1971(S46)年度:308トンと減少し、1972 (S47)年度以降は0となった。そして1973(S48)年2月に中浜田〜浜田港間が廃止された。1974(S49)年度以降、北沢産業は年間 5,000〜6,000トン程度の輸送量で推移していたのだが、そのような輸送量でも1980年代半ばまで鉄道が存続したのは興味深い。東芝や西芝電機の 強い意向もあったのであろうか。

2019.10北沢産業跡地 一部レールが残る


2006.9多木化学(株)
 またこれら播磨4路線の荷主には、多木化学(株)や 福栄肥料(株)、製鉄化学工業(株)〔現、住友精化(株)〕といった化学肥料メーカーが目立つのも特徴である。化学肥料の輸送は、かつては国鉄への依存度 が高くワム車で全国各地の貨物取扱駅に輸送されていた。しかし1984(S59)年2月のヤード系輸送廃止により、トラック輸送に一気に転換されており、 別府鉄道の廃止にも繋がった。更に製鉄化学工業(株)に至っては化学肥料事業からは撤退し、住友精化(株)に社名変更した今では吸水性樹脂を中心とした ファ インケミカルの企業に変貌している。

  このように各路線とも主要荷主の事業再編により、輸送需要そのものが大きく変化し、輸送量が大きく減少していったことは見逃せない。単純にトラックや船 舶に転換したとは言えない重厚長大産業の構造的な変化があったと言えるだろう。

 さらに飾磨駅の719千トン(1970年度)の取扱量の内、到着が466千トンを占め、その大半が石灰石であった。また高砂線の273千トン(1980 年度)の取扱量のうち発送が155千トン、到着が118千トンなど意外と到着が多い。このように鉄道貨物輸送は、播磨臨海工業地域の原料搬入で維持されて いた部分も大きく、荷主側の事業再編の影響が製品出荷よりも強く受けた側面もあるかもしれない。

 加えてこれら路線は、いずれも旅客輸送が奮わず、旅客需要によって路線を維持できなかった点も不運であった。JR山陽本線に対しては、ひたすら負け戦と なっている山陽電鉄だ が、これら路線に対しては圧倒的に競争優位であり、鉄道路線の廃止に追い込んだ。もしも旅客輸送が国鉄時代に近代化を遂げて、JRの支線系統として鉄路が 維持されていたならば、貨物輸送の展開もまた少しは違ったかもしれない。まぁ、その場合も早晩、貨物輸送を廃止して、旅客輸送に特化された可能性が高そう ではあるが…。

 現在、播磨地区の鉄道貨物輸送は姫路貨物駅に集約されているが、最後に同駅の輸送量の変遷も見ておこう。尚、1994(H6)年3月の姫路貨物駅開業前 は姫路駅のデータである。

■姫路貨物駅(姫路駅)の貨物取扱量(トン)推移

1970 年度
1980 年度
1990 年度
2000 年度
2010 年度
2017 年度
発  送(トン)
181,345
76,545
303,446
221,821
274,925
306,916
到  着(トン)
249,675
94,412
114,562
141,459
177,754
197,903
合  計(トン)
431,020
170,957
418,008
363,280
452,679
504,819

 姫路貨物駅構内には、日触物流(株)が利用するISOタンクコンテナ、住友精化(株)の20ftタンクコンテナ、山陽特殊製鋼(株)の無蓋コンテナ、路 線貨物の有蓋コンテナなどがズラリと並び、車扱時代には取り込めなかった新たな輸送需要に応えているようにも思われる。またかつてはワム車で輸送されてい た肥料も、多木化学(株)は姫路貨物を利用してコンテナで全国各地に発送をしているなど、世紀を跨いで連綿と続く鉄道輸送も見られる。

2011.8姫路貨物駅

 近年は姫路貨物駅の取扱量が増加傾向にあることが頼もしい。到着量よりも発送量が多い傾向にあるのも、播磨臨海工業地域の製品出荷の手段として鉄道コン テナ輸送が選択され ている証だろ う。

 もちろん1967(S42)年には特定重要港湾に指定されて、着実に整備が進む姫路港の2014(H26)年貨物取扱量が、3,541万トン(外貿 2,178万ト ン、内貿1,363万トン)であることを思えば、姫路貨物駅の播磨臨海工業地域に対する影響力は微々たるものかもしれない。ただ国鉄末期にあっけなく姿を 消し た4路線の貨物輸送のことを思うと、姫路貨物駅の孤軍奮闘ぶりを改めて応援したい気持ちになるのである。


* 参考文献
『姫路市統計要覧』姫路市、各年
『加古川市統計書』加古川市、各年
『私鉄統計年報』運輸省、各年
『紙・板紙統計年報』日本製紙連合会、各年
『ひょうご懐かしの鉄道 廃線ノスタルジー』神戸新聞、2005年

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