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とはずがたりな掲示板  鉄 道貨物輸送研究スレ
ダ イヤ物産株式会社 (西湘貨物駅)
2016.1.6作成 2016.2.19訂補
1996.3西湘貨物駅、右側は東海道本線

 現在、相模貨物駅に鉄道貨物輸送が集約されている神奈川県の湘南地域で あるが、 1990年代までは複数の専用線が残っていた。それらの中でも東 海道本線・平塚駅(相模貨物駅)に接続する相模石油(株)の専用線は、鉄道趣味誌『Rail Magazine』の名物コーナー「トワイライトゾ〜ン」の第1回目に紹介されるなど、全国的によく知られた存在であった。
 一方、相模貨物駅のすぐ西隣りの西湘貨物駅は、貨物駅自体も地味な存在であったが、その駅に接続するダイヤ物産(株)の専用線は、相模石油同様に石油関係の専用線であった ものの最後まで全く目立つことはなく姿を消している。そして、専用線廃止から間もない1999(平11)年4月に西湘貨物駅は、コンテナ輸送のトラック代 行化により貨物列車の発着が無くなり、更に2002(平14)年11月に は相模貨物駅に集約された。現在、同駅は臨時貨物取扱駅であり、実質的に貨物駅としては機能していない。

 さて、著名な相模石油の専用線は、平塚駅から分岐して東海道本線を潜り、相模川の堤防沿いにヘロヘロと線路が延びていき≠謔、やくたどり着いた終点に 油槽所と専用線が拡がっているという、いかにも探 索し甲斐の あるシチュエーションであったのに対して、ダイヤ物産の専用線は、東海道本線の車窓から全貌が見られるという分かり易さで、趣味人の探究心をくすぐらな かったと想像される。 そして何よりも相模石油にはマニア好みのスイッチャー≠ェ棲んでいたのだが、ダイヤ物産には残念ながらそのようなマスコットは居なかったので、その 手の紹介をされる機会も無かったのである。

 そこで、「専用線とその輸送」の第1回は、比較的近年まで現役でありながら、人知れず消えていったダイヤ物産の専 用線を取り上げることにした。


 まずは荷主であるダイヤ物産について調べてみると、帝国データバ ンクのwebか ら1999(平11)年2月に倒産(負 債総額272.5億円)していたことが分かった…。そのため法人自体が既に消滅しており、会社の沿革などの情報は残念ながら入手できていない。しかし写真 から も分かる通り、ゼネラル石油(株)系列の石油卸売業であったようだ。関東地方に50店舗程度のガソリンスタンドを展開していたようである。

■「専用線一覧表」による推移
専 用線一覧表
所 管駅
専 用者
第 三者使用
作 業方法
作 業km
総 延長km
記 事
昭和39 年版
鴨宮
ゼネラル 物産(株)

国鉄機
0.6

大蔵省印 刷局線から分岐
昭和42 年版
鴨宮
ゼネラル 石油(株)

国鉄機
0.6

大蔵省印 刷局線から分岐
昭和45 年版
西湘貨物
ゼネラル 石油(株)

国鉄機
0.6
0.2
大蔵省印 刷局線から分岐
昭和50 年版
西湘貨物 ダイヤ物 産(株)

国鉄機
0.4
0.2
久保田鉄 工線から分岐
昭和58 年版
西湘貨物
ダイヤ物 産(株)

国鉄機
0.4
0.2
久保田鉄 工線から分岐

 そして専用線の歴史を辿ると、「昭和39年版専用線一覧表」から鴨宮駅にゼネラル物産(株)の専用線が現れるため、1961(昭36)〜1964(昭 39)年の 間に専用線が敷設されたと思われる。
 昭和50年版からは専用者がダイヤ物産に変わっており、ゼネラル石油の油槽所を昭和40年代後半にダイヤ物産が譲り受けたものと考えられる。尚、国鉄の 東京南 鉄道管理局が発行していた『貨物資料』によると、昭和46年度版では「専用線別貨物取扱状況」の西湘貨物駅にゼネラル石油及びダイヤ物産の記述が無く、昭和 47年 度版からダイヤ物産が現れるので、この頃にゼネラル石油からダイヤ物産に施設が譲渡されたのであろう。

■『貨物資料』による推移
貨 物資料

専 用者及び第三者利用者
発 送t
到 着t
主 要品目
昭和43 年度
鴨宮
ゼネラル 石油
3,752
26,192
発送:甲 種鉄道車両 到着:石油
昭和47 年度
西湘貨物
ダイヤ物 産
3,116
21,872
発送:甲 種車両 到着:石油
昭和49 年度
西湘貨物
ダイヤ物 産
2,955
20,658
発送:甲 種車両 到着:石油
昭和50 年度
西湘貨物
ダイヤ物 産
3,662
25,929
発送:空 タンク車 到着:石油類
昭和51 年度
西湘貨物
ダイヤ物 産
4,698
33,226
発送:甲 種鉄道車両 到着:重油

 専用線の取扱量は、1976(昭51)年度で約3万トンであり、油槽所系の専用線としては取扱量が少ない部類になるだろう(一般的に油槽所系の専用線は 年間10万トン前後の取扱量がある)。
 但し石油元売り会社の油槽所ではなく、単なる石油販売会社の油槽所であることを考えると、この程度になるのかもしれない。

 1996(平8)年3月に現地訪問した際に、留置されていた石油タンク車の荷票を確認することはできなかったが、浮島町駅のゼネラル石油(株)川崎製油所から石油が到着していたものと 思われる。

1988 (昭63)年当時の「専用貨物輸送計画表」並びに「列車組成及び貨車輸送方」

  整理番号4531 浮島町   320レ  塩浜操㋵ 5879レ 西湘貨物  石油タキ8車
  整理番号4801 西湘貨物 3362レ  塩浜操㋵ 311レ  浮島町    石油タキ8車(空)

尚、前年(1987年)は、輸送列車は全く同じだが、8車が7車となっておりガソリン需要の高まりを背景に増車されたものと思われる
※錆びついた貨物鉄様から大変貴重 な情報を提供して頂きました(2016.2.18)。ありがとうございます!!

 その後も現地を東海道本線で通過するたびにダイヤ物産の専用線は気になり、車窓からチェックをしていたのだが、筆者の目撃では1998(平10)年2月 時点では油槽所や専用線は存在していた(但しタンク車は留置されていなかった)が、1998年8月時点では油槽所が更地化され専用線も撤去済みであっ た。その後、上述の通り1999年2月にダイヤ物産は経営破綻した。2001(平13)年時点で現地には倉庫が建てられ、当時の面影は全く無く なっている。

 尚、相模石油の専用線にも触れておくと、油槽所の閉鎖に伴いダイヤ物産よりも一足早く1996年9月に専用線が廃止となっており、京浜臨海部の製油所か ら湘南地域へのタンク車による石油輸送は1990年代後半に 姿を消したのである。

 一方、宇都宮や高崎など関東内陸部は、日本オイルターミナル(株)に代表される共同石油基地の大規模な油槽所が今なお立地し、タンク車による石油輸送が 継続されている。しかし湘南地域は京浜臨海工業地帯の製油所から距離的に近く、道路整備が進んだ こともあり、油槽所を配置し石油をストックしておく経済合理性が失われたのかもしれない。ダイヤ物産や相模石油の油槽所は、石油元売り会社の直営油槽所で はなかったという事実からも、石油元売り会社 として、もはや油槽所を置くべき地域とは判断していなかったとも言えそうだ。


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