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◆チップ輸送(含む木材)
2004.8.17暫定公開 2016.12.24抜本的に更新
<目次>
1.チップ輸送を中心とした木材輸 送の歴史
2.紙・パルプ産業とチップ輸送
3.チップ、木材発送駅

 @北海道
 A東北
 B関東・甲信越
 C東海・北陸
 D近畿
 E中四国・九州
4.チップ、木材到着駅
5.全国のチップ工場

1.チップ輸送を中心とした木材輸送の歴史  

 日本は、豊かな森林資源に恵まれ、明治時代より近代製紙産業が勃興した。洋紙の製造は当初、ボロやワラが原料として用いられていたが、工場の増加に伴う 原料不足から木材を原料として使える砕木パルプ(GP)や亜硫酸パルプ(SP)の技術が海外から導入された。これにより国産の針葉樹が原料として使われ、 工場もそれら資源の恵まれた場所に立地することになった。

 第二次世界大戦後は、クラフトパルプ法(KP)の発展により未利用資源であった国内広葉樹の活用が始まり、また古紙利用が製紙向けで一般化した。 1965年には東洋パルプ(後に王子製紙に合併)が日本郵船とチップ専用船を共同開発し、米国から製材所廃材の原料チップの輸入を開始した。これ以降、大 規模な製紙工場は海外原料の輸入に便利な臨海立地が主流となっていく。

 それでも製紙産業は、原料の木材、チップ、化学薬品、そして製品のパルプ・紙までその輸送において鉄道貨物への依存度は高く、主な製紙工場には専用線が 引き込まれていることが大半であった。木材会社や営林署などの木材の出荷拠点が鉄道駅に隣接して設置されることも多く、かつては山元の各駅から木材やチッ プが、チキやトキ、トラなどの貨車を用いて、製紙工場に大量輸送された。また輸入チップの一部は埠頭に設けられたチップヤードの専用線から製紙工場まで鉄 道輸送が行われた。

 国鉄の木材類の輸送の内、チップ輸送が占める割合は不明だが、木材類全体の輸送量の推移は下記の通りである。

■車扱貨物の木材類輸送量の推移
年  度
1955
1960
1965
1966
1968
1970
1972
1974
1975
1976
1978
1980
1982
1984
1985
1986
1988
1990
1995
2000
2002
輸 送量(千トン)
4,659
11,162
10,564
10,152
9,065
7,717
5,032
3,761
2,806
2,647
1,859
1,635
955
465
379
308
285
323
294
173
157
※木材類(原木、木工製材、加工製材、チップ、パルプ用材、枕木)
(『貨物鉄道百三十年史(上巻)』日本貨物鉄道株式会社、2007年より作成)

 1955年度に木材類は466万トンの輸送量であったが、5年後の1960年度には2倍以上の1,116万トンに急増している。1960年代は約 1,000万トンの輸送量で推移していた。

 1965年度における1,056万トンの輸送量は、車扱の品目別では石炭:3,311万トン、セメント:1,451万トン、石灰石:1,067万トンに 次ぐ第 4位を占めており、石油:882万トンや化学肥料:698万トンなどを遥かに凌いでいた。この頃、チップ輸送の需要増に対応するため物資別適合貨車であるトラ90000形が導入された。

 しかし、その5年後の1970年度には772万トンに減少し、いずれも年間1,500万トン前後の輸送量を誇るいわゆる4セ=i石炭、セメント、石 油、石灰 石)の半分程度の規模になるが、それでも紙パルプ:676万トン、化学薬品:575万トンを上回る輸送量を維持していた。この当時は国鉄もチップ輸送の維 持に努力を払っており、北海道や東北などに「チップターミナル」 「チップセンター」といった物資別適合基地の新設も行っていた。

 しかし1970年代に木材類の減少傾向は加速度的に進み、1980年度には164万トンにまで激減した。一方、石炭を除く3セ≠ェこの時点でも約 1,500万トンの輸送量を維持できていたのと比べて、木材類の凋 落が著しい。ビール(酒類):137万トン、小麦粉類:136万トンなどの食料工業品を若干上回る程度の輸送量となっており、1970年代に鉄道から船 舶、トラックといった他の輸送機関へ急速にシフトしたことが窺える。

 チップ輸送は、国産チップの場合、多数の小規模な発送元を拠点駅で纏めて製紙工場までの列車に仕立てるという輸送形態が主流で、石油やセメントのように 拠点間を大量輸送するのと対照的なヤード系の輸送と言える。チップの発駅が貨物駅の集約に伴って廃止されることで、急速にトラック輸送への転換が進んだと 思われる。同じようにヤード系輸送の合理化によって急減した化学肥料やビールなどと比べると、減少時期が10年ほど早いのは、貨物駅集約の影響が小口の発 駅が多いチップ輸送に対してより強く影響したと考えられる。
(※一方、化学肥料やビールは着駅が小口で多数になるが、発送駅からは纏まった出荷があり、国鉄貨物における収益の発駅至上主義と相まって、貨物駅集約が 遅れたと考えられ る。発荷主サイドとしても着駅の集約化が合理化として作用し、ある程度は鉄道貨物輸送を維持できた面もあるだろう。)

 そして高度経済成長期に国鉄が相次いで整備した「チップターミナル」「チップセンター」は、結局10年程度で廃止されてしまったようだ。物資別適合基地 の失敗例としてよく引き合いに出される「日 本飼料ターミナル」以上に短命だったと思われるわけだが、あまりにも短命過ぎたことで、これまで廃止時期や経緯に言及した文献や資料等を目にした ことが無 い…。

 JR貨物発足後は、車扱としては陣屋町〜萩野間の大昭和製紙(株)(現、日本製紙)向け輸入チップ輸送が唯一残っていたが、2008年3月ダイヤ改正で 廃止された。


■トラ90000形

(Wikipedia より)
 トラ 23000形およびトラ35000形の改造により、紙の原料となるチップ輸送用の物資別適合貨車として製作された。
 見かけ比重の小さいチップを効率よく積載するため、木製のあおり戸上部に金網の柵(塗色は黄緑6号)を継ぎ足した構造をしており、積載可能容積が大きい のが特徴である。

 種車の構造を引き継いでいるため、トラ45000形等と同様に長さを減じて容積を増し、砕石や石炭等、ばら積み貨物の場合の増積を可能とした「コ トラ 」である。無蓋車は基本的に濡れても構わない荷物を運ぶために使用されるが、チップは濡れると水分を吸って重くなるため、また飛散を防止するために、雨除 けシートを被せた状態で運行された。また、柵の形状や開放方式も、扱い駅の荷役設備に応じて、様々なバリエーションが存在する。

 ・トラ23000形改造車(トラ90000 - トラ90196)197両
 ・トラ35000形改造車(トラ90300 - トラ92536)2,237両
 ・側扉自動開閉試作車(トラ99000、トラ99001)2両

Wikipediaより



2.紙・パルプ産業とチップ輸送  

■木材需要量の推移 (単位:千m3)

総 需要量
(国 内消費)
(輸 出)
年  次
合 計(A)
製 材用材
合板用 材
パ ルプ・
チップ用材(B)
(B) /(A)

パ ルプ・
チップ用材
パ ルプ・
チップ用材
1960
71,467
37,789
3,178
10,189
14.3
10,096
93
1965
76,798
47,084
5,187
14,335
18.7
14,307
28
1970
106,601
62,009
13,059
24,887
23.3
24,843
44
1975
99,303
55,341
11,173
27,298
27.5
26,718
580
1980
112,211
56,713
12,840
35,868
32.0
35,491
377
1985
95,447
44,539
11,217
32,915
34.5
32,838
77
1990
113,242
53,887
14,546
41,344
36.5
41,282
62
2000
101,006
40,946
13,825
42,186
41.8
41,741
445
2010
71,884
25,379
9,556
32,350
45.0
30,999
1,351
2014
75,814
26,139
11,144
31,430
41.5
30,120
1,310
(全国木材チップ工業連合会webサイ トより作成)

■パルプ用木材チップ入荷量の推移 (単位:千m3)
年  次
国 産材
輸 入材
合 計
輸 入率(%)
1980
16,544
15,302
31,846
48.0
1985
17,664
13,510
29,246
39.6
1995
12,155
24,292
36,447
66.7
2000
10,825
26,250
37,075
70.8
2005
9,882
25,011
34,893
71.7
2010
9,147
19,146
30,286
69.8
2015
8,900
20,026
28,926
69.2
(全国木材チップ工業連合会webサイトよ り作成)



3.チップ、木材発送駅  

 チップや木材の発送駅には、様々な形態がありその全貌が見え難くなっている。一般の貨物駅の貨物ホームで荷役することも多かったようであるし、昭和40 年代の物資別適合輸送の拡充が進められた時期には、「チップターミナル」「チップセンター」と呼ばれる国鉄が整備したチップ専用基地もあった。この国鉄設 置の基地は北海道と東北地方に多かったようだ。更にはチップ工場の専用線もあったし、チップや木材を取り扱う公共臨港線や専用線では無いもののチップ工場 や製紙会社が鉄道会社の側線に沿ってチップサイロを設置し荷役されることもあった。

 以下、地域別・形態別にチップ取扱い駅(一部木材取扱い駅)を纏めていく。本ページでは、主に紙パルプ産業向けチッ プ輸送について考察していく。
 また専用線については、「昭和45年版 専用線一覧表」 「昭和50年版 専用線一覧表」 を参照している。本文中ではそれぞれ、「1970年版」「1975年版」と表記している。

@北海道  
 釧路局管内のチップ材の生産量は逐年増加を続けており、1971年度は100万トンの大台を突破するものと推定されている。一方、国鉄の輸送量は 1967年度以降22万トン台の横這いで、近距離の生産量28万トンを除いても、20%程度という低いシェアに止まっている。[1]

■チップターミナル
路  線
駅 名
営 業開始
輸  送 先 等
池北線
陸別
1971 年1月20日
圏内には 13工場があり、生産量は年間9万トンだが、国鉄の輸送量は専 用線・直積設備を有する3工場の1万トンに止まる。
現在、1日1.5車の利用だが、1971年9月頃には1日6車、78トンになる見通し[1]
池北線
足寄
1971 年1月20日
圏内に6 工場があり、生産量は年間7.5万トンだが、国鉄の輸送量は専 用線を有する2工場の2.3万トンのみ。
現在、1日3.5車、45トンの利用だが、1971年10月に年間1.8万トン生産の工場が新設され、1日8車、104トンの利用見通し[1]
チップターミナルを含む池北線沿線と帯広方面から大楽毛(本州製紙)、新富士(十條製紙)、萩野(大昭和製紙)、苫小牧(王子製紙)にチップが輸送されて いた。[1]


■専用線
路  線
所 管駅
専 用者
第三者利用者
総 延長
キロ
備  考
輸  送 先 等
根室本線
十勝清水
白老チッ プ(株)
0.2

1960 年に大昭和製紙(株)白老工場が建設されると同時に白老チップ (株)が設立。
道東地区のチップ集荷を目的に十勝工場が建設(清 水町史
池北線
勇足
白老チッ プ(株)
0.2
日本通運 (株)の第三者
1971 年10月新設。勇足駅発6車、池北線・帯広方面〜萩野間に1日 11車設定[1]
池北線
本別
石井林業 (株)
0.1
国鉄側線
本別駅の 専用線発チップ積7車[1]
池北線
足寄
岡崎木材 (株)
0.1

足寄駅の 専用線発チップ積7車[1]
宗谷本線
幌延
王子緑化 (株)
0.1

苫小牧: 王子製紙(株)向けか?
渚骨線
濁川
北見パル プ(株)
0.1

元紋別 駅:北見パルプ(株)にチップ・木材を輸送か?
石北本線
美幌
王子製紙 (株)
0.8
網走木材 工業(株)と共用
苫小牧: 王子製紙(株)向けか?
室蘭本線
陣屋町
室蘭開発 (株)
大昭和製紙(株)
2.4
大昭和製 紙(株)が第三者
1970 年11月:国鉄臨港線と共に室蘭開発(株)専用線運転開始 [11]
ラワン材を1日数両、静内へ発送。1972年:王子製紙苫小牧・山陽国策パルプへ
チップの発送を開始したが、苫小牧港の整備ですぐに切り替わった[11]
1973年:陣屋町〜萩野でチップ専用列車運転開始[11]
1975年:ラワン材の取り扱いが消滅[11]
1991年当時1日にチトラ68車、年間23.3万トンを発送[11]
室蘭本線
西室蘭
大昭和製 紙(株)
0.4
公共臨港 線分岐

函館本線
五稜郭
道南チッ プ生産協同組合
0.5
国鉄側線
「1970 年版」で存在するが、「1975年版」では廃止
江差線
上磯
大昭和製 紙(株)白老工場
0.1
国鉄側線


陣屋町のチップ積込線(『Monthly かもつ』1998年7月号)



A東北  
 盛岡鉄道管理局の大宗貨物であるパルプ材の輸送は、パルプ業界の著しい発展による需要増にも関わらず、1968年度447千トン、1969年度387千 トンと大幅な減送となった。一方、チップの輸送量は、1968年度165千トン、1969年度205千トンと急増しており、年々素材が減少し、チップが増 加の傾向にある。これに対して、チップ専用貨車167両を配置し、更に増送すべく努力している。[1]

■チップセンター、チップターミナル
路  線
駅  名
営 業開始
輸  送 先 等
久慈線
久慈
1970 年7月
[1][2]  北沼:三菱製紙(株)、六原:三菱製紙(株)か?
東北本線
北福岡
1971 年7月
[2]  現、二戸駅 北沼:三菱製紙(株)、六原:三菱製紙(株)か?
東北本線
沼宮内
1970 年6月
[1]  岩手木材興業(株)が荷主[2] 北沼:三菱製紙(株)、六 原:三菱製紙(株)か?
会津線
西若松
1968 年5月
[3]  磐城西郷:三菱製紙(株)か?


久慈チップセンター[1]

西若松チップセンター[3]

■専用線
路  線
所 管駅
専 用者
第三者利用者
総 延長
キロ
備  考
輸  送 先 等
東北本線
矢幅
丸徳産業 (株)
0.3
徳田農協 の第三者
1970 年10月:丸徳産業チップ積込場(低床ホーム)完成
1974年7月:貨物集約のため専用線廃止([2]p428)
奥羽本線
神町
神町チッ プ工業(株)
0.2
PSコン クリートに接続

五能線
陸奥岩崎
石井木材 チップ工業所
0.1


塩釜線
塩釜埠頭
大昭和製 紙(株)
0.1
国鉄側線
第三者利 用者は塩釜港運送(株)
塩釜埠頭〜岩沼間でチップ輸送か?
「1970年版」〜「1983年版」専用線一覧表で存在
仙山線
陸前白沢
守屋木材 (株)
0.1



■その他
路  線
所 管駅
荷 主
輸  送 先 等
東北本線
野辺地
不明
1971 年1月に木材積専用トキ10両が同駅他で運用開始([2] p230)
北上線
陸中松川
菅喜商店
[2]  六原:三菱製紙(株)か?


B関東・甲信越  
 長野鉄道管理局の木材発送量は、1960年度には667千トンあったものが1965年度には326千トンと半減しており、1969年度は192千トンと 減少傾向が続いている。戦後の乱伐や外材の圧迫が要因である。同局の木材到着量は、昭和30年代は10万トン程度で推移していたが、1963年度には 204千トンと一時的に増加した。しかしすぐに減少に転じ、1969年度は56千トンに過ぎない。[4]

■専用線
路  線
所 管駅
専 用者
第三者利用者
総 延長
キロ
備  考
輸  送 先 等
上越線
渋川
関東ぶな 材工業(株) 0.2

上越線
水上
水上チッ プ工業(株)
0.1

北越製紙 (株)と思われる
中央本線
富士見
スワチッ プ工業(株)
0.1



■その他
路  線
所 管駅
荷  主
輸  送 先 等
東北本線
宇都宮 (タ)
不明
駅構内に チップ線が設置され、1973年度の発送量として1.6万トンが想定
されていた(『貨物』1971年6月号、1972年2月号)
青梅線
河辺
不明
チップ発 送あり[12]
八高線
小川町
不明
チップ発 送あり[12]
秩父鉄道
武州中川
不明
1965 年10月1日現在:武州中川〜吉原 チップ積みトム車3両
(2014.6物流博物館 渡辺一策氏の調査より)
武州中川駅前の集荷問屋が集めた木材チップをサイロからトラ90000形に
積み込み発送していた(1977年3月当時)[12]
中央本線
下諏訪
地元有力 チップ工場がサイロを設置して集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
身延線
南甲府
不明
木材チッ プの出荷が盛ん[7]
松本電鉄
森口
不明
春日井: 王子製紙(株)
1967年当時トラ90000形を1日1〜2両発送。1973年12月に松本電鉄は
貨物輸送を廃止[8]
現地には特に何も残らず(2004.8訪問)
小海線
三岡
地元有力 チップ工場がサイロを設置して集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
信越本線 北長野
パルプ会 社系列の集材業者がサイロを設置して集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
信越本線
新潟港
地元有力 チップ工場が集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
信越本線
新津
地元有力 チップ工場が集荷発送[5] 春日井: 王子製紙(株)
信越本線
黒井
地元有力 チップ工場が集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
信越本線
直江津
通運業者 が集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
上越線
来迎寺
地元有力 チップ工場が集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)


C東海・北陸  

■専用線
路  線
所 管駅
専 用者
第三者利用者
総 延長
キロ
備  考
輸  送 先 等
東海道本 線
巴川口
清水港港 湾管理者
(チップ線・サイロ線)
2.0
公共臨港 線
1967 年6月:東海パルプ(株)専用船が初就航・チップ貨車積み開始 [6]
1979年4月:チップ貨車積み廃止[6]
飯田線
平岡
王子製紙 (株)
0.1

「1970 年版」では存在するが、「1975年版」では廃止
高山本線
飛騨一ノ 宮
王子製紙 (株)
0.1
一部国鉄 側線
春日井 駅:王子製紙(株)と思われる
高山本線
高山
日本通運 (株)
0.1
原木線か ら分岐
(チップ線)
春日井 駅:王子製紙(株)と思われる
北陸本線
敦賀
王子製紙 (株)
敦賀海陸運輸(株)
0.2
共用
春日井 駅:王子製紙(株)と思われる
城端線
福光
中越木材 (株)
0.2

二塚:砺 波製紙(株)、能町:中越パルプ工業(株)と思われる

巴川口駅:チップ線[6]

■その他
路  線
所 管駅
荷  主
輸  送 先 等
高山本線
飛騨古川
パルプ会 社系集材会社がチップサイロを設置 [5]  春日井:王子製紙(株)
1967年:飛騨古川〜奥田間にトラ90000形19両編成 による全国初の
チップ専用列車設定[7]
北陸本線
金沢
「1970 年版」には金沢材木(株)の専用鉄道あり
「1975年版」には無し
[5]  春日井:王子製紙(株)
富山港線
奥田
「1975 年版」の奥田駅には、富山県木材倉庫協同組合、
小池木材(株)、蔵島木材(株)の専用線あり
[5]  春日井:王子製紙(株)


D近畿  

■専用線
路  線
所 管駅
専 用者
第三者利用者
総 延長
キロ
備  考
輸  送 先 等
和歌山線
川端
王子木材 (株)
0.2
貯木線 0.1 国鉄側線
春日井: 王子製紙(株)
パルプ会社系列の集材業者がサイロを設置して集荷発送[5]
紀勢本線
熊野地
本州製紙 (株)
0.3
一部使用 休止

山陰本線
殿田
王子製紙 (株)
1967年7月敷設[9]
0.1
国鉄側線
春日井: 王子製紙(株)
1967年7月:殿田〜春日井間にチトラ6両 定形貨物輸送実施[9]
山陰本線
八鹿
全但チッ プ協同組合
1964年4月敷設[9]
0.1

富士:本 州製紙(株)、大昭和製紙(株)
1966年4月:八鹿〜富士間にチトラ5両 定形貨物輸送実施[9]

■その他
路  線
所 管駅
荷  主
輸  送 先 等
紀州鉄道
日高川
パルプ会 社系列の集材業者がサイロを設置して集荷発送[5]
春日井: 王子製紙(株)
山陰本線
綾部
不明
島田:東 海パルプ(株)
1967年4月:綾部〜島田間にチトラ5両 定形貨物輸送実施[9]
舞鶴線
舞鶴港
1974 年5月:「喜多臨港線」が開業[10]
トキ 23800形、チキ910形などの木材専用貨車が多数常備[7]
1970年4月:舞鶴港〜豊橋(トキ5両)、舞鶴港〜熊野地(トキ6両)で
外材の定形貨物輸送実施[9]
トキ23800形は1972年度に35両製造。喜多臨港線開業時に30両増備が計画されたが
実現せず。舞鶴港〜熊野地・天竜川・浜松などへの原木輸送に使用された。
1982年度から廃車が始まり、1983年度に全車廃車[15]
播但線
播磨新宮
(株)播 磨晃栄林業(現、(株)コウエイ
1968 年12月:(株)播磨晃栄林業設立
各製材所よりチップを購入して国鉄播磨新宮駅から東海パルプ(株)等へ販売
播磨新宮駅にチップ集積場を作り、貨物ホームに樹種別の集積場を設置。往復とも
トラックから貨車に代わった[13]
播但線
甘地
不明
島田:東 海パルプ(株)
1966年4月:甘地〜島田間にチトラ3両 定形貨物輸送実施[9]
宮津線
丹後山田
不明
伯耆大 山:日本パルプ工業(株)
1970年10月:丹後山田〜伯耆大山にチトラ2両 定形貨物輸送実施[9]

日高川駅跡 2004.3

喜多臨港線でトキ25000形に積み込まれる輸入木材(『貨物』1974年9月号)


E中四国・九州  

■専用線
路  線
所 管駅
専 用者
第三者利用者
総 延長
キロ
備  考
輸  送 先 等
伯備線
清音
山陽チッ プ工業(株)
0.3
国鉄側線
「1970 年版」で存在するが、「1975年版」では廃止
芸備線
備後西城
比婆チッ プ販売協組
0.1

伯耆大 山:日本パルプ工業(株)と思われる

 四国、九州地区には「専用線一覧表」を見る限り、チップ関係の専用線は無かった模様。但し、枕木製造等の木材会社の専用線は散見される。


4.チップ、木材到着駅  
 チップ、木材が到着していた紙パルプ会社の駅(専用線)を纏めていく。

所 管駅
専 用者
発  送 駅 等
名寄
手塩川製 紙(株)

新旭川
山陽国策 パルプ(株)旭川工場
原木の搬 入のための側線あり[10]
萩野
大昭和製 紙(株)
十勝清水、勇足、萩野、西室蘭、上磯 少量ながらチップの到着がある [5]
苫小牧
王子製紙 (株)苫小牧工場
少量なが らチップの到着がある[5]
北沼
三菱製紙 (株)八戸工場

六原
三菱製紙 (株)北上工場

向浜
東北製紙 (株)
少量なが らチップの到着がある[5]
岩沼
大昭和製 紙(株)
少量なが らチップの到着がある[5]
岩城西郷
三菱製紙 (株)白河工場
少量なが らチップの到着がある[5]
高萩
日本加工 製紙(株)
少量なが らチップの到着がある[5]
1978年12月原木受入線廃止 1984年8月チップ受入線廃止[16]
焼島
北越製紙 (株)
沼宮内 少量ながらチップの到着がある[5]
吉原
大昭和製 紙(株)
武州中川
富士
本州製紙 (株)
大昭和製紙(株)
八鹿 少量ながらチップの到着がある[5]
島田
東海パル プ(株)
巴川口、播磨新宮、甘地、綾部
春日井
王子製紙 (株)春日井工場
1977 年当時、春日井駅には月平均1万5千トンのチップ到着があり、 純国内産最大量であった[5]
※駅名の後の数字は、1977-78年の月別平均輸送量(千トン)[5]
武州中川:0.2 渋川:1.5 新潟港:0.3 新津: 0.3 直江 津:0.3 黒井:0.3 来迎寺:0.3 奥田:0.4 金沢:0.1
北長野:2.1 下諏訪:0.5 三岡:0.9 飛騨一宮: 2.3 飛騨古川:1.6 川端:1.1 日高川:1.0 殿田:1.9
芦原温泉
福井化学 工業(株)
少量なが らチップの到着がある[5]
奥田
(株)興 人
1967 年に飛騨古川〜奥田にチップ専用列車設定[7]
紀伊佐野
(株)巴 川製紙所
少量なが らチップの到着がある[5]
伯耆大山
日本パル プ工業(株)米子工場
丹後山田 少量ながらチップの到着がある[5]
江津
山陽国策 パルプ(株)江津工場
少量なが らチップの到着がある[5]
岩国
山陽国策 パルプ(株)岩国工場
少量なが らチップの到着がある[5]


島田駅(東海パルプ)[13]

奥田駅[14]



5.全国のチップ工場  
 以下、詳細は不明だが鉄道貨物輸送を行っていたチップ工場と確証は無いものの鉄道貨物輸送を行っていた可能性がありそうな全国のチップ工場を纏めてい く。

地 域
企 業名
工 場立地
輸  送 先 等
北海道
三津橋産業(株)
幌加内工 場
音威子府工場
富良野工場
音威子府 工場は広葉樹チップ工場としては日本最北端にある

東北
郡山チップ工業(株)
郡山工場
(郡山市西田町芹沢字川前)
*大昭和 製紙(株)
1965年:製材チップの納入開始
東北
浜崎製材(株)
本宮市高 木字駒込
1962 年9月:白河パルプ(株)へ木材チップ納入開始
2005年10月:日本製紙木材(株)岩沼工場へ木材チップ納入
2006年3月:北越製紙(株)新潟工場へ木材チップ納入
東北
(株)北越フォレスト
坂下工場
新庄工場
米沢工場
*北越紀 州製紙(株)新潟工場
…同社が調達する国産広葉樹チップの大半を納入
中部
(株)鈴鍵
チップ工 場
(豊田市中金町郷止)
*王子木 材緑化(株)春日井工場
近畿
三田チップ(株)
三田市西 野上
1963年設立
戦後、西 山林業として創業。製紙用パルプ材は国鉄貨車で製紙会社へ輸送
*兵庫パルプ工業(株)
*王子製紙(株)
*王子木材緑化(株)
中国
ライフォス(株)
岡山チッ プセンター
(岡山区南区海岸通)
1969年6月新設
*王子木 材緑化(株)
*大王製紙(株)
*兵庫パルプ工業(株)
四国
新野木材(株)
徳島県阿 南市
*王子木 材緑化(株)(王子製紙(株)富岡工場)
1963年8月:神崎製紙にチップ納入開始
九州
(株)南栄
砥用工場
深田工場
港工場
小国工場
志布志工場
日向工場
*日本製 紙(株)岩国工場
*日本製紙(株)八代工場
九州
協栄木材(株)
日南工場
北郷工場
綾工場
湯前工場
田代工場
*王子製 紙(株)
*中越パルプ工業(株)



註:
[1]「チップ・ターミナル報告(沼宮内駅・久慈駅)」「チップ・センター報告(陸別駅・足寄駅)」『貨物』1971年4月号、p22-26
[2]『盛岡鉄道管理局25年史』日本国有鉄道盛岡鉄道管理局、1976年
[3]川島 東『コンテナの誕生と鉄道貨物輸送の発展』東北福祉大学、2014年
[4]『長野鉄道管理局二十年史』長野鉄道管理局、1971年
[5]野尻 亘『日本の物流=産業構造の転換と輸送空間=』古今書院、1997年
[6]『50年史 清水埠頭株式会社』清水埠頭株式会社、2008年
[7]渡辺 一策「ローカル貨物列車ワンポイントガイド」『鉄道ダイヤ情報』No.139、1995年
[8]渡辺 一策「記憶に残る貨物列車たち−(1) 梓川開発資材輸送列車」『レイル・マガジン』通巻149号、1996年
[9]『福知山鉄道管理局史』日本国有鉄道福知山鉄道管理局、1972年
[10]『近畿地方の日本国有鉄道』大阪・天王寺・福知山鉄道管理局史編集委員会、2004年
[11]今井 理・河野 哲也「北海道の専用鉄道、専用線」『鉄道ピクトリアル』通巻541号、1991年
[12]渡辺 一策『追憶・西関東の鉄道貨物輸送』物流博物館、2014年
[13]「東海地区荷主座談会」『貨物』1969年2月号、p6-11
[14]「昭和40年代写真で見る国鉄の貨物輸送。」『東京人』通巻265号、2009年
[15]吉岡 心平「国鉄貨車教室・第55回 トキ23800・チキ910形」『レイル・マガジン』通関266号、2005年
[16]小宅 幸一『常磐地方の鉄道−民営鉄道の盛衰をたどって−』1987年

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