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千鳥町駅 〜新陳代謝を繰り返しながら輸送需要の変化に対応し続けている駅〜
2010.3.22作成開始 2010.3.30公開

<目次>
はじめに
千鳥町駅の概要
千鳥町駅から発送する旭化成叶崎製造所が荷主の鉄道貨物輸送
千鳥町駅から発送する昭和電工叶崎事業所(千鳥地区)が荷主の鉄道貨物輸送
千鳥町駅から発送する鞄本触媒 川崎製造所千鳥工場が荷主の鉄道貨物輸送
千鳥町駅から発送する日本石油化学叶崎事業所が荷主の鉄道貨物輸送
千鳥町駅を発着するその他の鉄道貨物輸送

1996.1 千鳥町駅 川崎市営埠頭、古き良き臨港線≠フ雰囲気が漂う

■はじめに
 「貨物取扱駅と荷主」の第3回は千鳥町駅(神奈川臨海鉄道)を取り上げる。同駅の面白いところは、廃止寸前に追い込まれながらも見事に復活を遂げ、さら に今も成長を続けている駅であるという点に尽きる。それもフロント扱いをしない専用線ターミナルであり、そういった駅自体少なくなっている昨今、発展まで も感じられる駅というのは極めて稀有で貴重な存在といっていいだろう。複数の荷主が専用線の新設・廃止・改良を繰り返しつつ、現在も発展を遂げている姿 は、まるで産業構造の新陳代謝によるダイナミズムを見る気がすると言ったら褒めすぎかもしれないが、鉄道貨物輸送全体では(コンテナ輸送も含め)縮小均衡 による採算の是正が、最近は特に目立つだけに、余計眩しい存在として千鳥町駅をクローズアップしたくなる。本来ならば千鳥町駅のような事例が全国 各地にあって然るべきなのだ(1970年代ぐらいまでの鉄道貨物輸送にはそれがあったと言えよう)。

 さて、私が初めて千鳥町駅を訪れたのは1990年代半ばで、当時は発展というよりもノスタルジーを感じるような駅であった。特に今は厳重に立入禁止と なっている埠頭の保税上屋の間を線路が続いていく光景は、私にとって未知の1980年代半ばに全滅したと思っていた臨港線のある港の景色≠サのもので、 初めてなのに何故か懐かしい≠ニいう想いに囚われた記憶がある。

 しかしその後同駅には目まぐるしい変化が訪れる。旭化成による青化ソーダ輸送開始、そのコンテナ化、一転着荷主側の事業撤退による輸送廃止とそれに伴い 専用線廃止、日本触媒のエチレングリコール輸送廃止、酸化エチレン用専用線の新設、その増強、昭和電工の青化ソーダ輸送廃止、専用線の休止状態を経てコン テナ入線による復活…と簡単に羅列するだけでも開始・廃止・休止・新設などが入り乱れ探究心を大いに刺激される。

 とはずがたりな掲示板の鉄 道貨物スレにおいても過去何度か千鳥町駅については纏めたことがあるが、やはり掲示板上では限界があり、千鳥町駅に関するネタを表や写真などを駆 使して纏めたいという気持ちは以前よりあった。「貨物取扱駅と荷主」という新しいコンテンツを作ったのも、そういった千鳥町駅に対する想いが一因となって いる。同駅の歴史は半世紀近くに及ぶが、その内私が調査に訪れ出したのは直近の十数年に過ぎない。それでも充分な歴史を体感させてしまうぐらいネタが豊富 なところが、小粒な駅 ながら侮れない千鳥町駅の本当の魅力なのかもしれない。

2003.8 千鳥町駅 タキ22908など青化ソーダ液タンク車がズラリと並ぶ

※以下では神奈川臨海鉄道鰍フ社史を度々参照するため下記の通り省略して脚注をつけている。
『25 年』 『創業 25年のあゆみ』神奈川臨海鉄道株式会社、1988年
『30年 史』 『神奈川 臨海鉄道30年史』神奈川臨海鉄道株式会社、1993年
『40周 年』 『創立 40周年を迎えて(最近10ヵ年のあゆみ)』神奈川臨海鉄道株式 会社、2003年


■千鳥町駅の概要
 神奈川臨海鉄道が営業を開始する以前は、川崎市沿岸部の工業地帯のうち大師地区に関しては昭和20年代から川崎市電の一部区間を3線化して味の素鰍笂 本冶金工業鰍ネどの専用鉄道が浜川崎駅と接続する形態で鉄道貨物輸送を行っており、千鳥町についても埋立事業によって市営埠頭が建設されると川崎市の専用 鉄道(市営築港)がやはり川崎市電の3線化区間を介して浜川崎駅に接続する形をとって1954(昭和29)年に開業している。その後、その市営築港線に接 続する日本石油化学鰍竭S農川崎飼料工場の専用鉄道が開業し、水江町地区も含め一帯の貨物輸送が激増したため、このような市電を介した鉄道貨物輸送は限界 に達し、塩浜操車場(現、川崎貨物駅)の建設と神奈川臨海鉄道の設立が実施された。

 このように千鳥町駅は「駅」としての開業は1964(昭和39)年3月であるが、専用鉄道として更に10年ほど歴史を遡ることができる。今では川崎市内 に路面電車があり、3線化して貨物輸送まで行われていたことなど信じられないが、神奈川臨海鉄道発足以前の路線改廃の複雑な歴史はなかなか興味深いものが ある。

 さて、以下は千鳥町駅に関する年表として纏めたものである。赤字が 開業・開始など、緑字が閉鎖・廃止などである。

▼千鳥町駅に関する年表
年.月.日
事   項
1954(S29).04
浜川崎駅に接続する川崎市(市営築港)の専用鉄道(6.2km)が開業、 川崎市電線から分岐
(開業年月は益井 茂夫「全盛期の京浜工業地帯を歩く 川崎・鶴見探訪記」『レイル・マガジン』第13巻7号、通巻151号、1996年、62頁)
1958(S33).
千鳥町は川崎市の埋立事業として1.79平方qが完成(『川崎の地誌』 有隣堂、2003年、61頁)
1959(S34).06.02
日本石油化学鰍フ専用鉄道が運輸開始
1961(S36).04.01
全国農業協同組合連合会川崎飼料工場の専用鉄道が運輸開始
1964(S39).03.25
神奈川臨海鉄道鰍ェ営業開始、千鳥町駅開業(『30年史』11頁)
1964(S39).03.26 富士デベロップメント梶A旭ダウ鰍フ専用線新設(『30年史』139 頁)
1964(S39).05.01
日商鰍フ専用線新設(『30年史』12頁)
1964(S39).08.01
日本触媒化学工業鰍フ専用線新設(『30年史』12頁)
1967(S42).01.20
輸入木材を扱うために川崎市営埠頭南岸6号岸壁まで約160m延伸、竣工(『30 年史』14頁)
1974(S49).
くみあい食糧叶崎飼料工場の専用鉄道が閉鎖(『30年史』40頁)
1976(S51).12.11
全国農業協同組合連合会が閉鎖されていたくみあい食糧叶崎飼料工場専用鉄道の一切の 権利を継承して新たに
低温倉庫を建設し、米穀の搬出入を行うことになり専用線 の使用を開始した
(『30年史』40頁)
1978(S53).04.20
昭和電工叶崎工場の製品積み出しのため77.3mの専用線新設(『30 年史』40頁)
1982(S57).10.01
旭ダウ鰍ェ旭化成工業鰍ノ社名変更される(『30年史』139頁)
1983(S58).11.30
富士デベロップメント鰍フ専用線が廃止(『30年史』139頁)
1986(S61).03.03
宇都宮(タ)駅〜本牧埠頭駅間の輸出用自動車輸送は1985年3月31 日限りで廃止されたが、内需は上向きであり
宇都宮(タ)駅〜千鳥町駅間に3月3日〜8日各1往復の自動車 輸送を行った(『30年史』68頁)
1986(S61).03.10
同上記により宇都宮(タ)駅〜千鳥町駅間に3月10日〜29日2往復の自動車輸送を 行っ た(『30年史』68頁)
1986(S61).04.30
日商岩井鰍ヘ施設を関連会社のトーユ鰍ノ譲渡し、同社の石油化学製品の基地として 利用することになった。
このため鉄道輸送が不要になり専用線を廃止した(『30 年史』71頁)
1986(S61).11.10
神奈川臨海通運鰍フ専用線が開設(『40周年』91頁)
浮島町駅の花王鰍ェ工場内狭隘のため専用線を同日廃止、同社のタンク車は千鳥西群線5番線を神奈川臨海通運鰍フ
専用線として取扱い、積込みは1986年12月から塩浜操駅東部構内2番線を使用して開始(『25年』34頁)
1988(S63).05.27
宇都宮(タ)駅〜千鳥町駅間の自動車輸送開始(『30年史』177頁)
1989(H01).03.31
日本石油化学鰍フ専用線が廃止(『30年史』87頁)
1990(H02).10.01
旭化成工業鰍ヘ従来、川崎貨物駅からコンテナ輸送を行っていたが、専用線からのコンテ ナ発送を開始した。
(『30年史』82頁)
1991(H03).06.01
日本触媒化学工業鰍ェ鞄本触媒に社名変更(『30年史』139頁)
1994(H06).12.03
ダイヤ改正で宇都宮(タ)駅〜千鳥町駅間の「自動車」(臨専)貨物列車の設定が無く なる
2001(H13).01.01
旭化成工業鰍ェ旭化成鰍ノ社名変更(『40周年』91頁)
2002(H14).01.15
旭化成叶齬p線〜二本木駅間で青化ソーダ(最大タキ4両)輸送開始(『40 周年』137頁)
2002(H14).03.31
神奈川臨海通運鰍フ専用線が廃止(『40周年』91頁)
2004(H16). 頃
旭化成叶齬p線〜二本木駅間の青化ソーダ輸送がISOタンクコンテナ化される
2006(H18).04
旭化成叶齬p線からの20ft有蓋コンテナ輸送が川崎貨物駅発送に変更、タンク車に よるラテックス輸送が廃止
2006(H18).08
旭化成叶齬p線〜二本木駅間のISOコンテナによる青化ソーダ輸送が廃止。それに伴 い旭化成鰍フ専用線が廃止
また同様にタンク車による青化ソーダ輸送を行っていた昭和電 工叶齬p線が休止状態に
2008(H20).03
鞄本触媒が酸化エチレンのコンテナ輸送の荷役設備及び専用線を新設
2009(H21). 夏
昭和電工鰍ェ専用線から東北及び関西方面にEDTAのコンテナ輸送を開始『MONTHLYかもつ』2010年1月号
2010(H22) 年末
鞄本触媒が酸化エチレンのコンテナ荷役設備を増強(予定)



■千鳥町駅から発送する旭化成叶崎製 造所が荷主の鉄道貨物輸送
 旭化成鰍ヘ延岡・水島・四日市などを中心に鉄道コンテナ輸送を利用する荷主であり、千鳥町駅においても長年専用線を介して鉄道貨物輸送を行ってきた。残 念ながら専用線は2006年8月に廃止されてしまったが、これは主要な鉄道輸送先であった日本曹達鞄本木工場がメチオニン生産から撤退したため、その原 料である青化ソーダ輸送の需要が消滅した結果、専用線の維持コストが割高となり廃止されてしまったと考えられる。そういった意味では、旭化成鰍フ鉄道貨物 輸送に対する姿勢を責めるのは酷かもしれない。ただ、近隣の昭和電工鰍竍鞄本触媒の専用線が活用・増強されていることを比較すると、専用線の廃止は早計 でなかったかと、惜しまれる。

1999.1 千鳥町駅 当時は旭化成の青化ソーダ輸送は無く、ラテックスタンク車だらけだった

▼旭化成叶崎製造所の年表
年月
事   項
1952(S27).07
米国ダウ・ケミカル社と合弁で旭ダウ株式会社設立、川崎地区へ進出
1957(S32).02
旭ダウ株式会社、ポリスチレン製造開始、合成樹脂事業へ進出
1962(S37).06 川崎でアクリロニトリルモノマーを製造開始
1982(S57).10
旭ダウ株式会社を合併、合成樹脂事業を強化
2000(H12) 年末
スチレン系特殊透明樹脂「アサフレックス」の生産能力を2万トンから3 万トンに引き上げ(日刊工 業新聞2001.6.8付1面
2002(H14).01
青化ソーダ(年産1万トン)プラントの稼働開始(日本経済新聞 2000.8.24付13面)
2002(H14) 年春
スチレン系特殊透明樹脂「アサフレックス」の生産能力を3万トンから5 万トンに引き上げ(日刊工 業新聞2001.6.8付1面
2006(H18).7
合成ゴムのボトルネックを解消し、年産能力を1万トン増の16万トンと した(化 学工業日報2006.7.4付2面

日本経済新聞』2000年8月24日付13面
旭化成 青化ソーダ事業参入 三井化学から営業権
 旭化成は三井化学から青化ソーダ事業の営業権を譲り受け、同事業に参入する。
 青化ソーダは医薬、農薬の原料やメッキ処理用に使う。旭化成は繊維原料のアクリロニトリル(AN)で世界第2位のメーカー。ANの副産物である青酸を有 効活用し、競争力を高めるため同事業へ参入する。旭化成は当面、年間売上高で15億−20億を目指す。
 三井化学は10月1日付で営業権を譲渡する。旭化成は川崎工場(川崎市)内に青酸を原料にする年産1万トンの青化ソーダプラントを新設する。投資額は 10億円未満で、稼働は2002年1月の予定。完成までは三井化学に生産を委託し、販売する。
 旭化成の設備完成と同時に、三井化学は茂原工場(千葉県茂原市)内の年間1万1千トンの青化ソーダ生産設備を停止する。三井化学は茂原工場を高機能樹脂 や電子材料などの生産拠点に切り替える。
 青化ソーダの国内生産量は年間3万トン強。日本曹達がシェア1位で、三井化学、昭和電工が続いている。

旭化成叶崎製造所の 専用線、千鳥線に沿って荷役設備等があった

 
1996.1千鳥町駅 旭化成工業叶齬p線、ラテックス タンク車や
アントが留置されている
 
1996.5千鳥町駅 旭化成工業叶齬p線の分岐部、手 前が川崎貨物

▼千鳥町駅から発送される旭化成叶崎製造所が荷主の車扱輸送
発 駅
発 荷主
品 目
着 駅
着 荷主
貨 車
目 撃・備考
 千鳥町
旭化成
ラテックス
秋田港
東北製紙梶H
タキ8360 旭化成
1999.1.5千鳥町 2006年4月廃止
 千鳥町
旭化成
ラテックス
岩沼
日本製紙滑竢タ工場
タキ8359 旭化成
2005.10.2千鳥町 2006年4月廃止
 千鳥町
旭化成
青化ソーダ液
二本木
日本曹達鞄本木工場
タキ22900形 日本曹達
2003.8.3千鳥町 2006年8月廃止


2005.10千鳥町駅 旭化成ケミカルズ鰹蒲Lタキ 8359(ラテックス専用)

2005.10千鳥町駅 タキ8359 返空:岩沼→千 鳥町(旭化成側入)

 さて先に述べたような理由で二本木への青化ソーダの輸送の廃止は当然としても、ラテックス輸送はISOコンテナ等に転換されて鉄道輸送は継続されていな いのだろうか?
 ちなみに、2006年4月まで旭化成叶齬p線に入線し車上荷役されていたというセンコー鰍フ20ft有蓋コンテナ(U30A形式)は、川崎貨物駅構内に ズラッと並び、現在は川崎貨物駅から発送することで鉄道貨物輸送は継続していると考えられる。

2009.5 川崎貨物駅 U30A形式のセンコー鰹蒲Lコンテナ

 一方、ラテックス輸送に関しては、私が2009年11月に横浜本牧駅で目撃したJOTのラテックス専用のISOタンクコンテナの一部の荷票に「ゼオン」 の 文字が確認できた一方で、旭化成と思われるISOタンクコンテナを見つけることはできなかった。
 但し、荷票が入っていないラテックスのISOタンクコンテナも多数あり、全てのラテックスのISOタンクコンテナが日本ゼオン鰍ェ荷主の輸送とは言い切 れない。

 また秋田貨物駅において、NRSのラテックス専用のISOタンクコンテナを目撃(2008.4など)しているし、仙台港駅においてもJOTのISOタン クコ ンテナは目撃(2009.7など)している。いずれも旭化成が荷主であるという証拠らしいものは全くないが、タンク車で行われていたラテックス輸送が ISOタンクコンテナ化されたような気配≠ヘある。
 さて文献面では、ポツポツと旭化成のラテックス輸送がISOタンクコンテナ化されて継続しているのではないかという間接的な情報とでも言うべき資料があ る。
『JR貨物ニュース』2002年4月15日号、3面
鉄道利用運送のニューウェーブ 共栄企業
 共栄企業梶i本社・横浜市、熊澤良一社長)は創業50余年、関東甲信越・静岡で主に石油類、化成品・油脂類等液体貨物の一般貨物自動車運送業を営む。輸 送実績は約400名のドライバーと450台のタンクローリー、トレーラー等により年間250万キロリットルに及ぶ。
 同社は昨年10月、隅田川、神栖、京葉久保田、千葉貨物、東京(タ)、川崎貨物、 横浜本牧の各駅で、第2種鉄道利用運送事業(一般利用運送事業)の許可を、また同「利用の利用」運送事業許可を沼津、東水島、大阪(タ)の各駅でも取得し た。「長年希望していた参入がようやく実った」と語る熊澤社長に、参入意図を聞いた。 
 目指しているのは主にISO タンクコンテナのモーダルシフト。現在、同社では約50個のISOタンクをリースしているが、まず川崎〜石巻間(化成品)や川崎 〜大阪間(同 危険品)で運用中の10個程度について、鉄道転換し始めた。
 川崎側では同社が集配を担当、石巻側では仙台臨海通運、大阪側ではブルーエキスプレスに集配を委ねる。
 危険品の道路輸送では、400km以上走る時には2人乗務や途中休憩が必要だ。鉄道転換でこうしたコスト高の要因を排除できる。顧客にも「物流費を節減 できた」と喜ばれた。
 またNOxなどの排出抑制に効果があるので、運送業者には有効なNOx・PM法対策だ。このため残る40個のISOタンクも順次モーダルシフトを目指 す。実現すれば年間2万4千トンが鉄道に載る。
 また取引先のどんな貨物にも応じられる体制を作るため、JRコンテナによる一般貨物輸送や産業廃棄物の鉄道コンテナ輸送にも意欲的だ。ただ課題はリード タイムの合う列車の輸送枠をどこまで確保できるか、GW等の運休時にどう対処するか、だという。

2006.9横浜本牧駅 JOT所有 JOTU671242_5(ラテックス専用)

 上記記事↑では川崎〜石巻間のISOタンクコンテナによる化成品輸送をモーダルシフトしたことしか分からない。
 尚、区間の川崎〜石巻間というのは駅ではなく、あくまでも荷主の立地と思われることから、旭化成叶崎製造所から日本製紙叶ホ巻工場の輸送であると考え ることができる。
(尚、石巻港駅はISOタンクコンテナの取扱いは不可能、仙台港駅着だろう)

 問題は、荷主が「旭化成」で、「ラテックス輸送」なのかどうかである。
 まず、ラテックス輸送かどうかについて、共栄企業鰍フISOタンクコンテナを横浜本牧駅で目撃(2006.9など)しているが、「ラテックス専用」だ。 (←左記写真)

 旭化成が荷主かどうかについては、下記↓の新聞記事が参考になる。
『化学工業日報』2010年4月2日付、6面
共栄企業 化成品輸送に資源投入 川崎、来月には石油類停止 複合一貫 も積極展開

 日本石油輸送(JOT)グループの共栄企業(横浜市、松井重樹社長)は、タンクコンテナを活用した危険品物流に重点シフトする一方、今後の事業拡大の中 心軸を化成品輸送とし、経営資源を集中投入する。川崎営業所では、来月末で石油類の輸送を終了、今後は根岸、市川で石油類、川崎、五井、鹿島を化成品の輸 送拠点とし、事業育成を図る。同社はJOTの輸送部門として、全 国のJR網を活用した鉄道輸送との複合一貫も積極的に取り入れる方針で、モーダルシフトに伴う、様々なソリューションを提供していく。

 共栄企業は、関東を主要エリアとした化学品輸送を手掛ける。5営業所では旭化成ケミカルズ、インフォニ アムジャパンなど大手化学メーカーが荷主で、一部JR、船舶を含め北海道から九州まで配送を行っている。
 川崎営業所は、最大約120車両が駐車可能で、総計約60台の単車(タンクローリー)、トラクター、トレーラーがある。これまで月間、石油類で1万キロ リットル、化成品1万キロリットルの輸送実績があったが、5月末を もって石油類の輸送を停止する。石油需要は減少傾向にあり、新日本石油の商品に特化し効率化を図るという方針によるもので、共栄企業としては根岸、市川で 石油類を展開する。
 これまで五井、鹿島で切り替えを順次完了、今回の川崎の化成品集中で、 3営業拠点で化成品に特化した体制が整う。これらの拠点では、ローリーからタンクコンテナ関連に経営資源を集中、トレーラー・シャーシを増車するほか、 ローリー代替のための設備などを充実させる。
 モーダルシフトについては、JOTの協力を得て、積極的に取り入れる。着脱式ポンプの開発に続き、断熱を施した加温式ポンプを製造し、常温で粘性の増す 内容物でもスチーム加熱により、積み荷・積み降ろしをできるようにした。これにより、例えば中国地方からJR貨物を使い、関東まで配送、川崎で再加熱し届 け先に配送するといった手法も可能になる。単にモーダルシフトといっても既存設備では困難が伴うケースが多く、共栄企業ではキメ細かな対応力で、ソリュー ション提供、提案型営業を強化する方針だ。
 これらの情報から旭化成ケミカルズ鰍ゥら日本製紙叶ホ巻工場向けのラテックス輸送は、ISOタンクコンテナによって横浜本牧駅〜仙台港駅の鉄道貨物輸送 で継続している可能性がある。
 またISOタンクコンテナは仙台港駅着なので、日本製紙滑竢タ工場向けの輸送も行われていても不思議ではない。秋田向け(日本大昭和板紙)の輸送は文献 の情報は今のところ無いものの、秋田貨物駅にはラテックス専用のISOタンクコンテナがずらりと留置されており、このコンテナの輸送区間の解明が待たれる ところだ。



■千鳥町駅から発送する昭和電工叶崎 事業所(千鳥地区)が荷主の鉄道貨 物輸送
 昭和電工鰍フ川崎事業所は3地区に分かれ(扇町、千鳥、大川の各地区)、それぞれが専用線を持ち鉄道貨物輸送を行っていた。特に扇町駅の専用線は大規模 で液化塩素や液化アンモニアなどを各地に鉄道輸送していたが、2008(平成20)年3月に扇町駅と大川駅の同社専用線は廃止されてしまった。一方、千鳥 地区の専用線は3地区で最も小規模な専用線で、扇町と大川の専用線が廃止された時点では殆ど稼働していないようだった。これは上記旭化成鰍フ輸送でも述べ た通り、二本木の日本曹達褐けに青化ソーダ輸送を行っていたものが、2006年8月の日本曹達鰍フメチオニン生産からの撤退に伴い輸送が終了、この他に 専用線を利用した鉄道輸送を行っていなかった模様で、このまま専用線は撤去され廃止されてしまうのかと、個人的にはあきらめていた。

 ところが、それで終わらないのが昭和電工叶崎事業所(千鳥地区)の面白いところで、2009年夏頃から専用線へのコンテナ入線という形で鉄道貨物輸送 を再開し始めたのである。専用線は荷役線が1本、総延長77mという大変小規模なものだ。同社の扇町の専用線と極めて対照的な存在だったわけだが、一寸の 虫にも五分の魂と言うべきか、しぶとく生き残り活躍し始めた痛快な専用線である。


2002.12千鳥町駅 昭和電工叶齬p線、青化ソーダ 液専用タンク車が停車中

2008.1千鳥町駅 昭和電工叶齬p線、当時は使用さ れていない様子


2005.10千鳥町駅 日本曹達鰹蒲Lタキ22900 (青化ソーダ液専用)

2005.10千鳥町駅 タキ22900 返空:二本木 →千鳥町(昭電側入)

『平 成20年度 エネルギー使用合理化事業者支援事業 エネルギー使用合理化事業者支援事業』(15頁)
番 号
事 業の名称
事 業者名
実 施場所
実 施内容
149
パートナーによって「アミノ酸等」の
「千鳥」〜「中部地区等」間輸送を
鉄道へモーダルシフトすることに
よる省エネルギー事業
昭和電工梶^日本貨物鉄道梶^
神奈川臨海鉄道梶^
神奈川臨海通運梶^全国通運
神奈川県
川崎市川崎区
千鳥町2-3
現在、アミノ酸の一種であるEDTA・GLDA等(昭和電工叶迺ケ製造所
製品)液体製品の輸送手段は10トンローリーおよびトラックにて行って
いる。輸送手段を鉄道へモーダルシフトすることによりエネルギー消
費量(CO2排出量)削減を図る。

▼『日本経済新聞』2009年5月23日付12面(抜粋)
素材大手、物流効率化急ぐ コストとCO2削減ねらう  昭和電工 鉄道や船舶 積極利用
・・・昭和電工
は川崎事業所(川崎市)・・・の一部輸送ではトラックやタンクローリーの使用をやめ、休止していた鉄道を再稼働さ せてい る。・・・

『MONTHLY かもつ』2010年1月号、16〜18頁
SPOT LIGHT 昭和電工株式会社川崎事業所
EDTAのパイプライン(右上)

引込線を活用して鉄道に モーダルシフト
 昭和電工(株)は、平成20年度グリーン物流パートナーシップ普及事業の決定を受け、工業用洗剤の原料となるキレート剤・EDTAの輸送手段を、タンク ローリーから鉄道コンテナ輸送へとモーダルシフトしました。
 昭和電工(株)の前進の一翼である昭和肥料(株)は現在川崎事業所となっている地に設立され、昭和6年に化学合成により日本で初めてアンモニアと硫酸ア ンモニウムを製造しました。扇町、大川、千鳥の3地区からなる川崎事業所は今なお同社の化学品事業部門の生産拠点として、アンモニアを活用した各種の製品 群を製造しています。金属汚れを除去するキレート効果を生かして、各種洗浄剤に使用されるEDTAもそのひとつで、従来から各地のユーザーへタンクロー リーやドラム缶などで出荷しています。
 平成20年、タンクローリーで輸送していた関西方面向けのEDTAを鉄道にモーダルシフトするにあ たり、着目したのはタンクローリーとほぼ同量を積載で きる日本石油輸送(株)所有のJR規格の20ftタンクコンテナと、千鳥地区の鉄道引込線でした。工場から直接、鉄道で出荷すれば集荷時のCO2発生をも削減できます。
 そのためにはまず関西方面のユーザーに、タンクコンテナへの切り替えを了解してもらうことが必要でした。製造部AX課の植田隆課長は「お客様が、CO2削 減効果があるなら、と賛同してくださったおかげで実現できました」と振り返りました。「タンクローリーにはポンプが備わっているので、製品取り卸し作業は 運転手が行いますが、タンクコンテナにはポンプが付いていないので、お客様に製品取り卸し作業をやって頂く必要があります」と石橋秀夫係長。「また鉄道は トラックと違い定時制が高いもののフレキシブルな対応をとりにくい点があります。こうした側面を含めご理解をいただきました」。
 一方、発側でも引込線上のコンテナに製品を充填するための設備改良が必要でした。
 さらに本格輸送開始前には、引込線に実際に貨車を入線させて、製品充填等をテスト。これにより設備を一部改良するなど、様々な試行錯誤を経て鉄道輸送に 合う出荷方式を組み上げていったそうです。
 輸送開始後の状況を安藤靖晋主任は「専用のタンクコンテナ4個が、千鳥工場と関西方面の間をフル回転しています。貨車上での充填も事前準備が功を奏して タンクローリー出荷と同様に安全、安定して実施できています」と説明しました。
 同時に昭和電工は、200リットルドラム缶でETDAを納入している東北地方のユーザーへの輸送も、トラックからJRコンテ ナでの鉄道輸送にモーダルシフトして引込線から出荷しています。
 植田課長は「当社のCO2削減目標に対して少なからず寄与できていることが、鉄道輸送の最大のメ リットです。今後は、その他のキレート剤についてもモーダルシフトを検討したいと考えています」と話しました。

@3カ所に充填ホース A引込線の稼働式作業通路 B千鳥駅へ、機関車がコンテナを取りに来る 
C川崎貨物駅に入線、東北方面向けのJRコンテナも


 関西向けの20ftタンクコンテナの総重量は13.5tです。タンクコンテナ2個だけを出荷する場合は、引込線から川崎貨物駅に向かう時に重量バランス が偏らないよう、片端にウエイト積みの専用コンテナを積んでいきます。

▲貨車の片側にウエイト積みの専用コンテナ(左)       ▲川崎貨物駅で幹線列車にコンテナを積み替える



■千鳥町駅から発送する鞄本触媒 川崎製造所千鳥工場が荷主の鉄道貨物輸送
 鞄本触媒は浮島町駅にあった専用線からタンク車によるエチレングリコール(EG)や液化酸化エチレン(EO)の輸送を行っていたのだが、千鳥町駅の同 社専用線はその浮 島町駅の専用線が定修な
どで使えない時に臨時に使うという位置付けのなのか普段は使われていないようであった。
 これまでの筆者の調査では、千鳥町駅の専用線からのタンク車輸送としては、EGを三島の東レ鰍笂ヨ賀の東洋紡鰍ノ輸送していたようである。

 敦賀駅の東洋紡鰍フ専用線は1998年3月に現地訪問した際は、ちょうど廃止されたばかりという雰囲気であったため、その頃までに千鳥町〜敦賀のEG輸 送 は消滅したようだ。

 一方、三島駅の東レ叶齬p線向けのEG輸送は、「ここ数年浮島町駅からの発送されていましたが、2001年8月からは千鳥町駅からの発送が復活し」(梨 本 貴宏「私有貨車クラブ第107回」『レイル・マガジン』第19巻第3号、通巻222号、2002年、92頁)たという情報もあり、末期は三島向けの輸送が 残っていたようだ。しかし、いつ頃この輸送が廃止になったかは不明である。三島駅でEGのタンク車を見かけなくなったのはいつ頃だったか…?


1996.1千鳥町駅
千鳥町駅常備鞄本触媒所有のタキ6631(エチレングリコール専用)

1996.12豊橋駅
タキ6616(エチレングリコール)千鳥町→敦賀:東洋紡績側入取卸し

 さて、そんなEG輸送用の専用線だが2008年1月現在では残っており、まだ使えそうな雰囲気であったが、翌年の5月には撤去されてまもないような状態 に なっており、下記のEO輸送が本格化する中で、EG輸送復活の可能性は潰えたように思われた。ただもしかしたら、EO輸送の荷役線でEGの積込みもできる ので あろうか?それならば撤去されても何ら問題は無いのだが…。


2008.1千鳥町駅 鞄本触媒のEG荷役用の専用線 (右端の線) が残る

2009.5千鳥町駅 鞄本触媒のEG荷役線、撤去ま もないようだ


『JR貨 物ニュース』2004年4月1日号、2面
2種規定に該当した日触物流梶@ISOタンクに転換 大量に鉄道シフト

 日触物流鰍ヘ、化成品製造企業、鞄本触媒の連結物流子会社である。
 化成品輸送を担う同社では87年より、タンクローリーから私有10トンタンクコンテナでの鉄道利用に輸送切り替えを実践してきた。年間数百トン単位の モーダルシフトだったが、姫路貨物駅での24トン級トップリフター導入を機に、総重量24トンISOタンクコンテナ・大型私有コンテナへの切替を行った。 01〜02年にかけて姫路貨物駅− 東京(タ)間を中心に、月間3千トンをモーダルシフト し、輸送コストダウンと環境負荷低減の効果を上げ た。
 全社を挙げてモーダルシフトに取り組んだ結果が、物流連を通して公表されたことに、同社牧井社長を始め社内では、「長年取り組んできたことが社会的に評 価され喜んでいます」とのこと。公表後は社外から問い合わせも寄せられている。
 牧井社長は「一般貨物等、多品種の貨物が錯綜する東京(タ)での危険品用コンテナ荷役には神経を使います。そこで川崎貨物駅の使用を考えていま す。ダイ ヤの関係もあるでしょうが、きめ細かい対応を希望しています」と話した。
 さて、このように当初、日本触媒は東京(タ)を活用していたのだが、記事中にあるように川崎貨物駅の使用に変更し、やがて千鳥町駅にコンテナ用の新荷役 線を建設するまでになる。まさに段階的かつ着実に モーダルシフト を進めてきたことが窺える。

 そのモーダルシフトを進める大きな理由の1つに下記の酸化エチレン製造能力増強が 挙げられる。この点が重要だろう。いくらモーダルシフトが進んでも、物流需要を産み出す製造拠点が無くなってしまっては意味がない。上記で記した旭化成や 昭和電工が行っていた日本曹達の青化ソーダの輸送さっきからしつ こいようだが・・・がまさにそうだ。特に旭化成は同輸送をISOタンクコンテナ化するなど輸送の効率化・近代化を行い、 鉄道貨物輸送を維持していこうという姿勢が感じられた中での需要側の生産停止・輸送終了・専用線廃止という流れだっただけに、この日本触媒が行っている モーダルシフトの場合は川崎の工場の増強という裏付けが あるだけに非常に心強い。

 千鳥町駅は近年の鉄道貨物輸送の明暗をはっきりと感じさせる荷主が揃っているのが興味深いところだ。

『日経産業新聞』2007年6月25日付、18面
日本触媒 川崎臨海部に新工場 化学品 年産能力3万5,000トン
 【川崎】日本触媒は川崎市の臨海部に機能性化学品などを生産する新工場を建設する。エクソンモービルグループの東燃化学(東京・港)から、川崎区千鳥町 の土地約1万5千平方メートルを購入、近くにある自社工場とパイプラインで結び、コンクリート混和剤の原料や高級アルコールなどを生産する。生産能力は年 間3万5千トン。2008年10月の完成を目指す。
 日本触媒は川崎製造所として、川崎区に浮島工場(浮島町)と千鳥工場(千鳥町)を置き、国内最大級の酸化エチレン製造設備を備える。酸化エチレンを原料 とする機能性化学品は少量多品種生産のため、これまで既存設備の増改造で新規製品に対応してきたが、敷地が手狭となり、新工場建設を決めた。
 新工場は敷地面積1万5,390平方メートル。反応器や蒸留釜、処理槽を備えたプラントを建設、10基のタンクからなる貯蔵設備を配置する。事務所は既 存の4階建て建物を改修して利用する。既存の千鳥工場との間に全長約600メートルのパイプラインを敷設して、原料となる酸化エチレンの供給を受けること で、効率化や環境配慮を図る。

『化学工 業日報』2008年3月18日付、2面
日本触媒 EOコンテナ輸送開始 川崎製造所に体制整備

 日本触媒は、川崎製造所(川崎市川崎区)に酸化エチレン(EO)のコンテナ輸送体制を整備した。同製造所・千鳥工場に鉄道貨物輸送施設を整え、コンテナ 荷役新充填設備を活用したEOの輸送を開始した。17日午前10時から現地で、神奈川臨海鉄道との共催によりEOのコンテナ輸送開始出発式を行った。
 同社は川崎地区でEO誘導品を拡充させるEOセンター化構想≠掲げ、事業全体の高付加価値による高収益化と収益安定化を推進。09年をめどに同製造 所・浮島工場で年産7万トンの能力増強を実施 するほか、さらなる誘導品展開のための拡張用地も確保している。並行して物流面の整備も推進してきた。
 環境対応面などからニーズが高まっているコンテナ輸送については、浮島で以前行っていたことがあるが、 現在は実施していない。今回、千鳥工場に接する貨物用地の一部を譲り受け、コンテナ輸送体制を整えた。
 出発式であいさつした中嶋常幸代表取締役専務は「川崎製造所では主力製品の生産見直しを進めている。並行して千鳥工場からのコンテナ輸送が喫緊の課題と なっていた。今後はグループの日触物流や輸送会社などと協力し、安全を第一に取り組んでいきたい」と語った。

2008.1 浮島町駅 UT17C-8079・8078(液化酸化エチレン)を載せたコキ(東港・三洋化成行き)
上記輸送は下記の千鳥町駅からの輸送が開始されるまでの暫定的に行われていたものと思われる。記事中の「浮島で以前行っていたことがある」というのはこの ことか?
『JR貨 物ニュース』2008年4月1日号、1面
酸化エチレンの車扱輸送をコンテナ化 鞄本触媒

 3月17日、神奈川臨海鉄道叶迺ケ町駅西群線において「コンテナ荷役新充填設備による酸化エチレン輸送開始出発式」が行われた。今春のダイヤ改正に伴 い、鞄本触媒千鳥工場から出荷される酸化エチレンのコンテナ輸送が始まった。

神奈川臨海鉄道叶迺ケ町駅から名古屋臨海鉄道鞄訣`駅へ

 鞄本触媒(本社・大阪、近藤忠夫社長)の川崎製造所は、国内最大級の酸化エチレン製造装置を有し、浮島・千鳥の2工場がある。製品は両工場で製造され ているが、浮島工場から名古屋臨海鉄道鰍フ東港駅へ輸送していたタンク車輸送分を、今回コンテナに転換した。
 日本触媒の中嶋常幸専務取締役は「酸化エチレンの生産体制を見直し、千鳥地区からコンテナ輸送できる体制を整えることが当社の喫緊の課題でした。工場に 隣接する千鳥町駅の用地を川崎市より譲り受け、設備を整えました。今後は当社・日触物流・神奈川臨海鉄道・JR貨物とともに、サプライチェーンをより強固 なものとして、安全第一を徹底してお客様に製品をお届けしたい」と挨拶した。
 川崎市港湾局の梅田裕史局長は「今回のコンテナ輸送は、川崎市臨海部におけるモーダルシフトの貴重な実例として全国に誇れる取組み。持続可能な社会の実 現は、このような地道な取組みの積み重ねによってなされるもの」と評価する祝辞を述べた。

 日本触媒の川崎製造所・浮島工場は酸化エチレンの増産体制を整えている最中で、来年秋には設備が完成する予定だ。一方、JR貨物が進めている化成品タン ク車輸送のコンテナ化に応えることと、酸化エチレンの安全輸送及びCO2削減・道路混雑緩和など環境保全を推進する観点から、コンテナへと転換することに なった。
 コンテナ化にあたり同社では、まず千鳥工場に隣接する神奈川臨海鉄道千鳥町駅西 群線の5番線(筆者註、元は神奈川臨海鉄道鰍フ専 用線!)を川崎市より取得。また、線路部の改造としては、酸化エチレンを充填したコンテナを5番線から4番線へ移動するために、ポイントの 付け替えを行った。
 工場内には、酸化エチレンの製品タンクから約200mの配管を引き、線路上のコンテナに直接充填できる設備を整えた。

 一方、東港駅から専用線で繋がる受け入れ先ユーザー(筆者註、三洋化成工 業)とも折衝を重ね、事前にコンテナを持ち込んで荷役等支障がないことを確認している。ユーザーサイドの 取り下ろしも専用線で車上荷役されるため、トラックドレージがない。コンテナを用いながらも貨車輸送さ ながらの輸送形態となっている。
 これを機に、日本触媒の鉄道による酸化エチレンの出荷は千鳥町駅発に一方化された。トラックで川崎貨物駅に持ち込み、姫路貨物駅へ出荷していた製品についても同じく千鳥町駅から出荷する運びとな り、1日計6個の20ft級タンクコンテナが出発する。
 輸送には、総重量24トンのタンクコンテナが2個積載可能な200形式コンテナ車が運用されるため、出荷は2個単位。106形式より短い40ftの 200形式は、充填設備にも合う。
 酸化エチレンは、高圧ガスで毒性物質に指定されており、非常に燃焼しやすい物質である。日本触媒では「燃焼性の非常に強い製品の輸送ですから安全に万全 を期し、ユーザーへのスムーズな製品提供に努めています。今後、酸化エチレンの設備増強が完成すれば、より一層の安全輸送体制が求められます。そのために も今回の設備対応には意義があります」と話した。

2008.1 千鳥町駅 EO荷役設備を建設中
『MONTHLY かもつ』2008年5月号、16〜18頁
SPOT LIGHT 株式会社日本触媒 川崎製造所

酸化エチレンをコンテナ車上で充填して安全輸送

 鞄本触媒・川崎製造所では酸化エチレン及びその誘導品を製造しています。コンクリート混和剤、合成洗剤原料、ポリエステル繊維原料、印刷インキ原料な ど様々な用途がある酸化エチレンは、基本的に輸入等が出来ないため、国内消費分は国内で生産されています。「日本触媒川崎製造所は増産体制を整えている最 中で、来年秋には国内で生産量について最大規模になる見込みです」と生産管理センターの小島保郎センター長は説明しました。
 酸化エチレンはマイナス15度前後の液化した状態で輸送します。「高圧ガスで毒性物質に指定されており、非常に燃焼しやすい物質で安全には特に留意して います。輸送途上事故の軽減及び輸送の効率化のために、2002年に姫路向け輸送をローリーから鉄道タンクコンテナにシフトしました」と生産管理センター の柿本行彦主席は話しました。

 また名古屋臨海鉄道鞄訣`駅向けの車扱輸送も、今年3月からタンクコンテナ輸送に転換しました。同社は「鉄道コンテナは時間が読めるし、コンテナ車上で 充填できるので作業効率が向上した」と評価しています。
 日本触媒は、今回の千鳥町駅からのタンクコンテナ出荷計画について、1年あまりの期間をかけて、環境を整えました。「川崎市が所有している線路を充填設 備として使えるのか、線路上に充填設備を設置することが可能なのか、など課題は山積していました。市との交渉に1年以上かかりましたが、環境問題や港湾事 業の活性化など、ご理解をいただいて対応を取ることが出来ました」と小島センター長は経緯を振り返りました。

 鞄本触媒ではコンテナ化にあたり、工場内の製品タンクから直接製品を充填できる架台を設け、当該タンクから架台まで配管を敷設しました。また線路側で は、架台の設計等初めての経験も多く、苦労がありました。小島センター長は「神奈川臨海鉄道、名古屋臨海鉄道、JR貨物、川崎市をはじめ、物流の実務を担 当する日触物流の各社の御支援があって初めてできました」と話しました。


○専用線を生かしたコンテナ輸送を
神奈川臨海鉄道株式会社

 神奈川臨海鉄道鰍ヘ、横浜地区では輸出入貨物を含むコンテナ輸送が主なものですが、川崎地区では輸送量の9割が車扱輸送です。とはいえ川崎地区でも日本 触媒さんのコンテナ化で化成品の車扱輸送はゼロになり、残るは殆ど石油輸送です。

 営業部の井口部長は「お客様と弊社の要望が3月のダイヤ改正で実現し、姫路貨物駅からの5064列車が川崎貨物駅に停車することになり、台車を開放して そのまま千鳥町駅に輸送することが可能になりました。また新たに東港行きルートとなる川崎貨物駅発名古屋(タ)行きの列車ができました。専用線を生かした コンテナ化は安全性が高く、集配の手間も要りません。そこで専用線を維持しているお客様にタンクローリーで輸送している貨物をターゲットとして専用線発の コンテナ輸送を働きかけていきたいと考えています」と話していました。

『日刊工業新聞』2010年02月18日付
日本触媒、川崎で酸化エチレン輸送貨車設備を増設−能力2倍
 日本触媒は川崎製造所千鳥工場(川崎市川崎区)内に、酸化エチレン(EO)を輸送するための貨車充填(じゅうてん)設備を2010年末までに増設する。 数億円を投じて、貨車充填に必要な設備を建設。増設後の輸送能力は、現在の1回当たり56トン(2車両分)から2倍の同最大112トン(4車両分)に拡大する。家庭・工業用洗剤や自動車塗料 などの原料に使われるEO事業の競争力強化の一環。輸送コストの削減とともに、EOの拡販につなげる。
 日本触媒の千鳥工場は、川崎市の川崎コンビナートを縦断する神奈川臨海鉄道千鳥線に隣接。2008年3月から千鳥線沿いに設けた輸送用設備でEOの出荷 を始めた。この既設設備にEOの冷凍装置やプラットホームを増設して対応する。輸送のモーダルシフトを進めることで、コスト削減や環境面での対応を加速す る。




■千鳥町駅から発送する日本石油化学 が荷主の鉄道貨物輸送
 日本石油化学鰍ヘ、2002年6月に新日本石油化学鰍ノ社名変更された後、2008年4月には新日本石油精製吸収合併されてい る。同社の川崎事業所 の専用鉄道の廃止は1989年3月末とJR貨物発足後で比較的後年まで専用鉄道を介した鉄道貨物輸送を行っていたことになる。現在、千鳥町駅には同社の専 用鉄道の痕跡は全く 無く、割と最近まで存在したとは思えない(もっと古い専用線でも痕跡が残っているのと比べての話)のだが、それは単に私の調査が甘いだけなのかもしれな い・・・。

▼日本石油化学鰍フ専用鉄道(『民鉄要覧 昭和62年度』)
動 力
軌 間
(米)
区  間 q 程
(q)
免  許
年 月 日
運 輸開始
年 月 日
連 絡 駅
運 転
管理者
敷 設の
目的
目 的 外 使 用
内燃
1,067
神奈川臨海鉄道
千鳥町1,929m〜工場
0.3
昭34.3.26
昭34.6.2
東海道本線
浜川崎
自社
原料及び
製品輸送
丸紅飯田の
ベンゾール製品輸送

▼千鳥町駅から発送する日本石油化学鰍ェ荷主の車扱輸送(廃止)
発 駅
発 荷主
品 目
着 駅
着 荷主
貨 車
確 認・備考
 千鳥町
日本石油化学梶H
 ノルマルパラフィン
 酒田港
東北東ソー化学梶H
タキ14300 JOT
1999.4.1中条 返空(酒田港→千鳥町)を目撃
 千鳥町
日本石油化学
 ベンゾール液
 勿来
呉羽化学工業
タキ1850
伊藤忠商事
1985.9廃車(吉 岡心平氏のwebサイトより
※上記↑専用鉄道の目的外使用にベンゾール輸送がある
*日本石油化学鰍ヘ「ノルマルパラフィン」の製造メーカーである。
*「ノルマルパラフィン」は「塩素化パラフィン」の原料であり、東北東ソー化学且田工場は塩素化パラフィンの製造を行っている(→同 社webサイト)。
*尚、東水島→酒田港でもタキ車による「ノルマルパラフィン」輸送が行われている(タキ14302形、2003.8.15倉崎(タ)駅で確認)。
*専用線廃止後も千鳥町駅で日本石油化学鰍ヘタンク車への積込みを行っていたようだ。タ ンクローリーを横付けするなどして荷役していたのであろうか。
*一方web上ではノルマルパラフィン専用のタンク車が川崎貨物駅構内の側線で荷役している写 真(←2007年6月と最近である)があり、末期は千鳥町駅から川崎貨 物駅へ積込み場所を変更していた可能性がある。

*東北東ソー化学鰍ヘ酒田港駅に接続する専用線によるタンク車輸送を2008年春に 廃止しており、一方同駅でISOタンクコンテナ扱いが開始された(『JR貨物ニュース』2008年9月15日号、4面)。千鳥町→酒田港のノルマルパラ フィン輸送は少なくともこの時点までに廃止されたと思われる。
*それでは、ノルマルパラフィン輸送はISOタンクコンテナ化されたかどうか? 私は横浜本牧駅でJOT所有のノルマルパラフィンのISOタンクコンテナ を目撃している。
2009.11 横浜本牧駅 JOT所有JOTU871094_6(ノルマルパラフィン専用)
このISOタンクコンテナによって新日本石油精製鰍ェ酒田港の東北東ソー化学鰍ヨの輸送を継続して行っている可能性はありそうだ。



■千鳥町駅を発着するその他の鉄道貨物 輸送
 千鳥町駅の発祥は川崎市営埠頭の臨港線(専用鉄道)であることは最初の概要の項で述べたが、実際どのような輸送が行われていたのかは不明である。ただし 1986年3月や1988年5月〜1994年12月ダイヤ改正までク5000形を使用した宇都宮(タ)駅発の日産自動車の自動車輸送が行われていたことは 分かっている。しかしこの日産自動車のク5000形を利用した自動車輸送は宇都宮(タ)駅〜横浜本牧駅間の輸出用自動車輸送がメインで、内需用の千鳥町駅 向け輸送は臨時貨物列車であり、それほど活発な輸送はしていなかったようである。実際、趣味誌等では横浜本牧駅向けの輸送は話題になっても、千鳥町駅にお ける自動車輸送の話は殆ど出てこない。

自動車の取卸し作業は千鳥町駅のこ の辺で行われていたようだ。

1986年3月に宇都宮(タ)〜千鳥町間内需向け需要増に対処
するために行われた自動車輸送(『25年』28頁、写真も)

1996.1千鳥町駅
この時点では自動車輸送は廃止の模様、トラバーサーが放置
(補遺)
鉄 道貨物輸送研究スレッド」に急行越前様から情報を戴きましたので、転載させて戴きます。
▽急行越前様からの情報2010.03.30
 千鳥町に積車で出てきたク5000の写真です。 http://expechizen.exblog.jp/10997929/
1993.6.1 千鳥町駅 ※急行越前様から大変貴重な写真をご提供して戴きました。

⇒千鳥町駅は宇都宮(タ)からの自動車到着だけでなく、発送もあったとはっ!
  これは意外だ。荷主はやはり日産自動車だろうか?どのような輸送をしていたのであろう。


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