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秩父セ メント株式会社
2010.10.3作成開始 2010.10.25公開 2010.11.3訂補
<目次>
1.秩父セメント鰍フ鉄道貨物輸送
 1.1
 昭和40年代の 鉄道貨物輸送の状況
 1.2
 バブル崩壊後の 1994年頃の鉄道貨物輸送の状況
 1.3 
貨車によるセメ ント輸送全廃までの過程
2.各工場の鉄道貨物輸送
 2.1 秩父第一工場
 2.2 秩父第二工場
 2.3 熊谷工場
3.SS配置と鉄道貨物輸送
 3.1東北地方
   長町SS 上ノ山SS 伊達SS 安積永盛SS
 3.2関東地方
   友部SS 矢板SS 小金井SS 高崎SS 下板橋SS 千住SS 業平橋SS 千葉SS 小宮SS 茅ヶ崎SS 小田原SS
 3.3甲信越地方
   石和SS 川中島SS 松本SS 沢渡SS 飯 田SS 新潟SS 宮内SS 直江津SS
 3.4東海地方・北陸地方
   原SS 島田SS 八 田SS 魚津SS

2002.12 武州原谷駅

■1.秩父セメント鰍フ鉄道貨物輸送   
 秩父セメントと言えば、鉄道貨物輸送への依存度が特に高いセメントメーカーとして(鉄道ファンの間では)よく知られてきた。セメント工場は全て埼玉県に 位置する内陸工場であり、鉄道輸送へ の依存度が高くなるのは必然であったと言える。しかしかつて3工場あったセメント工場の内、セメント製造を続けているのは熊谷工場だけとなるなど、 内陸工場の競争力低下に直面しているのが旧秩父セメントの工場の現状と言えよう。

▼1.1 昭和40年代の鉄道貨物輸送の状況   
 まずは秩父セメントの鉄道によるセメント輸送が最も盛んに行われていた時期であろう昭和40年代の状況を同社の社史から抜粋しておく。

【バ ラ出荷高の推移】([1]p208)
バラ出荷の輸送
機関別割合(%)

年  別
バ ラ出荷高
(トン)
全 出荷高に
対する割合(%)

貨  車
ト ラック
そ の他
1965 (昭40)年
695,375
28.5
15.7
12.8

1966 (昭41)年
1,087,250
34.8
16.2
18.6

1967 (昭42)年
1,417,698
39.6
20.6
18.6
0.4
1968 (昭43)年
1,764,652
43.6
22.3
20.9
0.4
1969 (昭44)年
2,348,687
53.2
27.4
25.2
0.6
1970 (昭45)年
2,954,007
61.6
33.0
28.0
0.6
1971 (昭46)年
3,424,840
67.2
36.1
30.5
0.6
1972 (昭47)年
4,048,135
73.2
35.7
36.9
0.6

 1964(昭和39)年10月の熊谷工場専用鉄道籠原線の開通後は、同工場の貨車輸送も本格的段階に入ったが、1967(昭和42)年5月の同工場第2 期工事の完成後は生産高の増大に伴って出荷高も急増し、同年11月には熊谷工場の出荷高は秩父両工場の合計出荷高を上回るに至った。秩父両工場に比して消 費地に近いという有利な立地条件をもつ熊谷工場の本来の機能が発揮されるようになったためで、この傾向はその後も続いた。この間1966(昭和41)年に 同社は車両重量の軽減化と積載重量の増加を図るため東洋工機梶A日本車輛製造鰍ニ40トンホキ車を共同開発して輸送の合理化と運賃の低減に寄与した。 ([1]p208-209)
 1968(昭和43)年には秩父セメントの販売高は初めて400万トンを超えたが、その60%近くを貨車輸送に委ねる同 社としては、貨 車輸送の確保は出 荷面における最大の眼目であった。68年10月の国鉄の第3次長期計画による大幅なダイヤ改正後は、方面別に地域間急行列車、物資別急行列 車等の貨物専用 列車が大幅に増発された。これによって以後セメント出荷は方面別、専用種別の列車単位にまとめて行われることになり、輸送時間の短縮、着駅時刻の正確化等 その効果は大きかった。特記すべきことは、長年最も隘路線区であった東北線に安積永盛長町上山各SS向けを主とする同社セメント専用 列車が設定されたこと、東海道線の島田SS向けの同社セメ ント専用列車がより充実したダイヤになったこと、北陸、大阪方面、新潟地区、千葉方面にそれぞれ地域間急行列車が動き、これらの地区に対する同社の輸送力 が大幅に強化されたことなどである。([1]p209)

熊 谷工場出荷バラ貨車([1]p210)

▽貨車輸送の推移 ([1]p209)
 工場出荷高における貨車輸送の占める割合(%)
営 業年度
秩 父第一
工場
秩 父第二
工場
熊  谷
工 場
合  計
1967 (昭42)
76.9
87.8
47.1
65.4
1968 (昭43)
62.7
82.9
43.4
57.4
1969 (昭44)
61.6
77.6
40.4
53.9
1970 (昭45)
68.4
70.5
37.6
53.1
1971 (昭46)
65.4
69.4
33.9
50.7
1972 (昭47)
58.4
63.2
31.4
46.4

 このように秩父セメントの貨車におけるセメント輸送は、各地域向け専用急行列車の増発や私有バラ貨車による指定ダイヤの設定などにより貨車輸送効率が向 上したが、特に秋冬繁忙期における貨車輸送の確保は、全体的な輸送体制の安定化に寄与するところが大きかった。この間、専用列車や集約列車は各地域のバラ 倉庫の増設につれて増発が続いたが、同社の私有バラ貨車保有数も、これに伴って増加傾向が著しく、1965年末の100両から1972年末には556両に 急増している。1969年8月には民間初の端末機を熊谷工場 に設置して国鉄本社のコンピュータと直結し、貨車輸送の予約制度(旅客でいえば座席指定予約)を実施して、計画的かつ円滑な輸送がさらに前進した。貨車に よる定型輸送はその後のダイヤ改正によって拡充が続き、貨車輸送量の増加も続いたが、関東近県におけるその後のセメント需要の急激な増伸とトラック輸送の 急増により、総出荷量に占める貨車輸送の割合は1966年以降逐年低下の傾向にあった。([1]p209-210)

▽私有バラ貨車保有数の推移 ([1]p209)
営 業年度
増 車数
(両)
年 度末
保有数 (両)
バ ラ貨車
輸送量 (トン)
1958 (昭33)
4
10
14,760
1960 (昭35)
0
10
37,399
1962 (昭37)
30
40
95,027
1964 (昭39)
40
90
278,355
1965 (昭40)
10
100
338,055
1966 (昭41)
12
112
462,607
1967 (昭42)
70
182
660,427
1968 (昭43)
70
252
866,487
1969 (昭44)
50
302
1,057,960
1970 (昭45)
85
387
1,468,867
1971 (昭46)
90
477
1,759,061
1972 (昭47)
79
556
1,937,620

 一方、トラック輸送についても道路並びに自動車の機能向上による道路輸送の発展は、セメント流通機構にも大きな変化を与え、有利な道路輸送条件のもとに ある熊谷工場において特にその顕著な例がみられるが、比較的道路輸送条件に恵まれない秩父両工場においてもトラック輸送への転換が年々目立っている。ト ラック輸送に転換した理由は、端的にいえばセメント需要の急増に貨車輸送力が適応できなかったこと であるが、さらに詳細にみれば、国 鉄の貨車運行が急行列車に重点が置かれるようになったことのほか、貨車荷役労力の不足SSの立地条件の変化などがあ げられる。一方、埼北自動車社、東北協同運送社等を中心とする秩父セメントのトラック輸送体制が充実されたことも、トラックへの転換を早めた要因とみられ よう。同社のトラック輸送体制は、1968(昭和43)年8月に水資源開発公団下久保ダム向けに28万トンのセメントのバラトラック輸送を完遂して一層そ の体制強化を早めた。また1967(昭和42)年7月には大形トレーラーによる包装セメントの大量輸送を開始して業界の注目を集め、翌68年7月には業界 に先駆けてトラックによるパレット輸送を実施し、包装品輸送の強化と合理化に画期的な成果を収めた。([1]p210-211)

 秩父セメントが貨車積包装セメントのパレット輸送を開始したのは1966(昭和41)年6月で、日本車輛製造鰍ニの共同開発によるテキ200型の貨車 10両を秩父・南高崎間に運行した時に始まる。トラック積みについて もこのころ試験的にパレット輸送が始められたが、積込み並びに受入側の設備の改造、新設が必要であるため、直ちに全面的に実施の段階に至らず、67年中ご ろには貨車積み、トラック積みを合わせてパレットによるものは月間7,000トン程度に過ぎなかった。([1]p211)
 貨車積みについては、その後パレット輸送車として国鉄パワム車を使用することとなり、セメントのパレット輸送が増加した。秩父セメントのセメント専用列 車には私有バラ貨車にパワム車が組み込まれ、包装設備のない倉庫向けに活用されている。([1]p211-212)

2002.12 武州原谷駅

▼1.2 バブル崩壊後の1994年頃の鉄道 貨物輸送の状況  
 バブル経済が崩壊しセメント需要が大きく落ち込みつつあった1994(平成6)年現在、秩父セメント鰍ヘ秩父鉄道の各貨物駅を拠点に関東甲信越と静岡県 東部に亘る各SSにセメントを貨車輸送し、石炭や石油、石膏などの原燃料輸送においても鉄道貨物輸送を利用していた(石炭輸送は現在も残る)。次にその当 時の輸送を纏めることにする。
 尚、セメントの発送は寄居経由が秩父(秩父第一工場)、武州原谷(秩父第二工場)、熊谷(タ)経由が三ヶ尻(熊谷工場)が主な発送と考えられるが、しか し例えば友部の場合は熊谷(タ)経由だが武州原谷発送であった(1996年8月確認)ので、必ずしもそうとは言えないようだ。

▽1994年8月現在の秩父セメント鰍フ鉄道貨物輸送
発   送
到  着
セ メ ン ト
石  膏
石  炭
石  油
寄 居経由
熊 谷(タ)経由
寄 居・熊谷(タ)
経由
寄 居・熊谷(タ)
経由
寄 居・熊谷(タ)
経由
川島(日本コンクリート工業川島工場※1
南高崎
高崎SS
小宮小宮SS
石和温泉石和SS※2
川中島
川中島SS
南松本松 本SS
沢渡沢渡SS
元善光寺飯田SS
友部友部SS
矢板矢板SS
宝積寺日本セメント 宇都宮SS
五日町
セ メントターミナル五日町営業所
八木原(電気化学工業株ェ木原SS)
倉賀野セメントターミナル轄m濶c業所
隅田川東京セメント運輸葛田川SS
京葉市原市 原SS
下曽我小田原 SS
原SS
秋田港※3
中条
太郎代※4
浜川崎
扇町

※石炭輸送の詳細は
太平洋 セメント鰍フ項
を参照。
根岸※5
(日本石油精製轄ェ岸製油所)
楠居 利彦「私鉄の貨物列車」『鉄道ダイヤ情報No.125』第23巻第10号、通巻第140号、1994年、p42を参照して作成

※1 ※2 セメント発送の寄居経由にある川島(日本コンクリート工業)と石和温泉(石和SS)については、前掲「私鉄の貨物列車」では記載が無かったが、 1994 年8月当時は輸送が存在した筈なのでミスだと思われる。
※3 秋田港駅からの石膏輸送については、1989(平成元)年2月6日に羽後牛島駅廃止に伴い秋田臨海鉄道による石膏積み開始(『秋田臨 海鉄 道30年のあゆみ』秋田臨海鉄道株式会社、2001年、p50)とある。一
方、羽後牛島駅には東北肥料の専用鉄道(第三者利用者には菱化吉野石膏もあり)があり、この専用鉄道からの石膏輸送が秋田港駅発送に転 換されたものと思われる。
※4 太郎代駅からの石膏輸送は、光和商事が石膏の搬出に新潟臨海鉄 道を利用しているとのこと。(高嶋 修一「新潟臨海鉄道の廃止によせて」『鉄道ピクトリアル』第52巻第12号、通巻第725号、2002年、p100)
※5 根岸からの石油の到着は三ヶ 尻のみとのこと。(澤内 一晃「現有私鉄概説 秩父鉄道」『鉄道ピクトリアル臨時増刊号 <特集>関東地方のローカル私鉄』通巻第620号、1996年、p192)

2006.8 武州原谷駅

▼1.3 貨車によるセメント輸送全廃までの過程  
 国鉄末期の貨物輸送の大変革を経て、1980年代半ばから1990年代半ばにかけての約10年間は、秩父セメントの貨車によるセメント輸送は小康状態と でも言うべきか、それほど大きな変化は無く輸送が行われ続けていた。しかし1996(平成8)年3月ダイヤ改正を皮切りに、秩父セメントを含む全国各地で 貨車によるセメント輸送の廃止が目立つようになる。これはセメントメーカーのSSや輸送体制の見直しが原因であると同時に、JR貨物の経営状態が厳しくな り貨物列車の廃止が行われたという側面もあるようだ。そして結局、それから約10年間で秩父セメントは秩父小野田梶A太平洋セメント鰍ニ会社合併を繰り返 しつつ、鉄道によるセメント輸送から徐々に撤退し、2006(平成18)年3月ダイヤ改正でついに全廃となった。

▽1990年代から2006年にかけての貨車によるセメント輸送廃止の推移
年  月
廃 止輸送先
1994 (平成06)年09月
南 高崎
1996 (平成08)年03月
京 葉市原、沢渡、元善光寺、原
1997 (平成09)年03月
川 島、小宮、石和温泉、川中島、南松本
1998 (平成10)年10月
五 日町
1999 (平成11)年09月
倉 賀野、下曽我
2000 (平成12)年03月
八 木原
2006 (平成18)年03月
友 部、矢板、宝積寺、隅田川

▽秩父鉄道のセメント輸送量(『鉄道統計年報』より)
2003 年度
2004 年度
2005 年度
2006 年度
281,884 トン
252,472 トン
223,706 トン
0 トン
 1972年度にはバラ貨車輸送量で約194万トンに達していた秩父セメントの鉄道輸送だが、その末期は年間20万トン台にまで減少していた。末期は4駅 が到着先として残っていたので、平均すると1駅あたり年間6万トン前後の到着という計算になる。一方、1977〜1978年の三ヶ尻工場からの平均鉄道発 送量は120.6千トン/月で着駅は15駅([3]p54)から1駅あたりの平均年間到着量は9.6万トンとなる。つまり末期には1977〜1978年の 頃よりも約4割程度1駅あたりの到着量が減少していたということになり、鉄道輸送による大量定形輸送のメリットが薄れコスト高になっていたと考えられる。

▽熊谷工場及び秩父太平洋セメント樺&ロH場のセメント生産量の推移  (単位:トン)
年  別
1995 年
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
熊 谷工場
3,166,381
2,316,689
2,175,750
2,171,311
2,253,310
2,103,271
1,975,092
1,528,633
秩父太平洋秩父工場
1,986,396
796,724
840,653
876,585
820,137
823,848
792,724
669,509
合  計
5,152,777
3,113,413
3,016,403
3,047,896
3,073,447
2,927,119
2,767,816
2,198,142
([2]p75、[6]p77、[7]p83より作成)

 「年度」と「年」で統計年に違いがあることに留意する必要があるが、2005年の熊谷・秩父両工場が年間で約305万トンのセメント生産量があったのに 対して、秩父鉄道のセメント輸送量はその約7%程度の年間約22万トンに過ぎない。これならば全てトラック輸送に転換することも容易であ ると判断せざるを 得ないであろう。
 また一方、2005年と2009年を比較すると、熊谷・秩父両工場のセメント生産量は80万トン以上減少しており、ちょうど2005年の秩父太平洋セメ ント樺&ロH場の生産量に匹敵する量が減ったことになる。そういった数字を見るとやはり2010年8月に実施された秩父太平洋・秩父工場のセメント生産中 止という判断はやむを得ないと言うべきであろう。


■2.各工場の鉄道貨物輸送  
 秩父セメントの工場は秩父第一、秩父第二、熊谷の順に操業を開始した。これら各工場は秩父鉄道の秩父、武州原谷、三ヶ尻の各駅から側線が設置され石灰石 の供給からセメントの出荷に至るまで鉄道貨物輸送を活用してきた。しかし秩父小野田梶A太平洋セメント鰍ニ会社合併を繰り返す中で、秩父第一工場は 1996(平成8)年に閉鎖、秩父第二工場(現秩父太平洋セメント)は2010(平成22)年にはセメント生産を中止するなど合理化が進展している。これ に伴い秩父鉄道の貨物輸送量も大きく減少しており、1970年代には年間800万ト ン前後あったものが1980年代半ばには600万トンを 割る程度まで減ったものがバブル期には670〜680万トンまで復調 したのも束の間、1992(平成4)年以降は大きく減少し1995(平成7)年度には500 万トン割れ、その後も急速に減少し2000(平成12)年頃には300 万トン前後で推移してきたが2000年代後半から更に減少傾向にあり、2007年度は231万トンであった。

▼2.1秩父第一工場(秩父駅)  
2006.8秩父駅
▽年表
年  月
事  項
1925 (大正14)年06月
工場操業開始(第1号回転窯運転開始)。([1]p452)
1949 (昭和24)年05月
秩父工場若返り整備工事着工。([1]p468)
1959 (昭和34)年12月
秩父第一工場、第1、2号回転窯胴体拡大工事完成。([1]p476)
1960 (昭和35)年04月
秩父第一工場、第6号回転窯(ACL)運転開始。([1]p476)
1960 (昭和35)年08月
秩父第一工場、第5号回転窯胴体拡大工事完成。([1]p477)
1963 (昭和38)年08月
秩父第一工場、重油専焼に転換。([1]p480)
1964 (昭和39)年11月
秩父第一工場、第5号回転窯ACL化改造工事完成。([1]p482)
1965 (昭和40)年09月
秩父第一工場、第1、2号回転窯ACL化改良工事完成。([1] p482)
1967 (昭和42)年10月
秩父第一工場、大型原料ミル据付。([1]p485)
1969 (昭和44)年04月
秩父第一工場、第6号回転窯運転開始。([1]p486)
1971 (昭和46)年11月
秩父第一工場、第7号回転窯SP化改造工事完成。([1]p488)
1996 (平成08)年06月
秩父第一工場が閉鎖。(Wikipediaよ り)

▽1977〜1978年の秩父第一工場(秩父駅)の鉄道輸送
着 駅数
着 駅あたり
平均輸送距離
最 短輸送距離
(実キロ)
最 長輸送距離
(実キロ)
月 間発送量
(千トン)
最 大量到着地
(千トン/月間)
6
145.3km
南 高崎 59km 矢 板 211km
64.5
南 高崎 22.0
[3]p54より作成

 1993(平成5)年8月時点で小野田セメント鰹蒲L(川島駅常備)のホキ5751が秩父〜川島間で運用されているのが寄居駅で目撃された。
(柴田 太郎「全国私有貨車クラブ 連載第37回」『レイル・マガジン3月号』第13巻第5号、通巻第150号、1996年、p92-93)


▼2.2秩父第二工場(武州原谷駅)  
2006.8武州原谷駅
▽年表
年  月
事  項
1956 (昭和31)年05月
秩父第二工場竣工式。([1]p473)
1957 (昭和32)年04月
秩 父第二工場、貨車バラ積設備据付。([1]p474)
同社webサイトより)
1958 (昭和33)年03月
秩父第二工場、第3号回転窯運転開始。([1]p474)
1958 (昭和33)年06月
秩父第二工場、第4号回転窯運転開始。([1]p475)
1959 (昭和34)年05月
秩 父第二工場、貨車トラック共用バラ積設備据付。([1]p476)
1963 (昭和38)年04月
秩父第二工場、重油専焼に転換。([1]p480)
1969 (昭和44)年04月
秩父第二工場、第5号回転窯運転開始。([1]p486)
1969 (昭和44)年10月
秩父第二工場、大型仕上ミル据付。([1]p486)
2000 (平成12)年06月
秩父太平洋セメント叶ン立。(同社webサイトより)
2000 (平成12)年12月
秩父工場第2プラント、三輪鉱業所、叶山鉱業所の事業を継承し
秩父太平洋セメ ント鰍ニして営業開始。(同社webサイトより)
2010 (平成22)年08月
秩父太平洋セメント樺&ロH場はセメント生産を中止。
『セ メント新聞』2010年9月6日号

▽1977〜1978年の秩父第二工場(武州原谷駅)の鉄道輸送
着 駅数
着 駅あたり
平均輸送距離
最 短輸送距離
(実キロ)
最 長輸送距離
(実キロ)
月 間発送量
(千トン)
最 大量到着地
(千トン/月間)
11
197.9km
北 茅ヶ崎 152km 塩 川 369km
80.1
下 板橋 14.0
[3]p54より作成

 11の着駅を予想してみる。北茅ヶ崎塩川下板橋の3駅は判明しているので、残りは8駅。友部(目 撃済み)、川島、南高崎小宮石和川中島南松本沢渡元善光 寺ぐらいは可能性ありそうだが、これでは9駅になってしまう…。

2006.8 武州原谷駅


▼2.3熊谷工場(三ヶ尻駅)  
 第三工場建設の構想がほぼ固まったのは、秩父第二工場第2期工事完工後わずか1年余を経 た1959(昭和34)年の秋頃であった。この頃業界においては、需要規模の増大に伴い設備の大型化による増強が異常なピッチで進み、バラ輸送化を中心と する流通機構の変革も顕著となりつつあった。このような情勢を背景として秩父セメントでは、熊谷工場の建設を決意したのであった。さきに秩父 セメントは秩父第一工場の若返り整備と秩父第二工場の完成により、月産21万トンの設 備能力を確保するに至ったが、原材料、製品の輸送量ならびに輸送費の両面で、工場が秩父地区に位置するという立地上の制約を受けることが多かった。した がって新設する第三工場は大消費地に近接し、鉄道並びに道路輸送の便に恵まれた地域を指向する基本構想が生ま れるに至った。([1]p164-165)
 この見地から工場用地は熊谷地区が選ばれたのであるが、当地区 は製品輸送については四通八達した道路網によるトラック輸送の画期的増大と直接国鉄線荷主になることによる貨車輸送の抜本的効率化が 可能となるほか、原石輸送については秩父鉄道のピストン輸送によって賄える見通しが充分たった。([1]p165)
 この工場用地は、秩父鉄道線と国鉄高崎線とにそ れぞれ接続して原料受入から製品出荷に至る大動脈線を建設することが できる絶好の立地条件を備えていた。従って、この専用鉄道用地の買収交渉は工場用地買収と並行して進められたが、全長6km余、所要面積約9万2,400 平方メートル、関係地主230余人に及ぶ細長い帯状地の買収交渉には困難を伴うことが多かった。工場と秩父鉄道武川駅を結ぶ武川線用地については、 1960(昭和35)年2月工場用地買収の決定直後から地元と折衝をはじめ、交渉は難航したが1961(昭和36)年末までには落着したので、その後の工 事を急ぎ1962(昭和37)年7月の第1号回転窯の火入れ直前に武川線が開通した。一方、工場と国鉄高崎線籠原駅とを結ぶ専用鉄道籠原線においても、用 地買収折衝が難航したのは同様である。更にこの線の籠原駅との連絡施設は秩父セメントの工場の隣接地区に進出した他業種2工場の専用鉄道との共同連絡施設 とすることになったために、施設用地の面積も拡大されて私設ヤードと しては全国有数の大規模なものになり、このため折衝内容も複雑化し、 その調整のため着工が予想外に遅延した。配線計画の変更等の曲折を経て、3社共同連 絡施設及び秩父セメント籠原線が使用開始の運びになったのは1964(昭和39)年10月1日であった。([1]p166-167)
 この間熊谷工場では1963(昭和38)年10月までには回転窯4基が稼働に入って、月産10万トン余の生産に達し、専用鉄道籠原線の開通が一日千秋の 思いで待たれていた。この籠原線の開通によって熊谷工場の第1期工事は名実ともに完成し、その後の実績は充分期待に沿うものであった。([1]p167)

熊 谷工場
([1]頁不詳)
<原料>
 石灰石は35トン鉱石車20両を以って1個列車を編成し、10両分を一度に荷卸しできるようにストレージが設計されている。また鉱石石 膏スラグの荷卸し用に55トン押上げ能力油圧式貨車傾転機がそれぞれ1台設置された。([1]p174)


▽年表

年  月
事  項
1962 (昭和37)年05月
熊谷工場、トラックバラ積設備据付。([1]p479)
1962 (昭和37)年07月
熊 谷工場・武川駅間専用鉄道開通。([1]p479)
熊谷工場、第1号回転窯運転開始(重油専焼)。([1]p479)
1962 (昭和37)年08月
熊谷工場、第2号回転窯運転開始。([1]p479)
1962 (昭和37)年09月
熊谷工場、貨車バラ積設備据付。([1]p479)
1963 (昭和38)年03月
熊谷工場、第3号回転窯運転開始。([1]p480)
1963 (昭和38)年10月
熊谷工場、第4号回転窯運転開始。([1]p480)
1964 (昭和39)年10月
熊 谷工場・籠原駅間専用鉄道開始。([1]p481)
1966 (昭和41)年12月
熊谷工場、第5号回転窯運転開始。([1]p483)
1967 (昭和42)年05月
熊谷工場、第6号回転窯運転開始。([1]p484)
専 用鉄道籠原線開通式(1964年10月)[1]p166

▽1977〜1978年の熊谷工場(三ヶ尻駅)の鉄道輸送
着 駅数
着 駅あたり
平均輸送距離
最 短輸送距離
(実キロ)
最 長輸送距離
(実キロ)
月 間発送量
(千トン)
最 大量到着地
(千トン/月間)
15
185.7km
蕨  52km 伊 達 293km
120.6
千 住 18.0
[3]p54より作成

 15の着駅を予想してみる。蕨、伊達千住の3駅は判明している ので、残りは12である。安積永盛矢板(上記 の秩父第一工場発送に入っているが・・・)、小金井隅田川京葉市原倉賀野五日町宮内上沼垂犀 潟下曽我といったところであろうか。
 1981(昭和56)年製三ヶ尻駅常備の日立セメント鰹蒲Lのセメント専用のタキ12200形(タキ12729〜12733)は、1985(昭和60) 年に国鉄から秩父鉄道に車籍編入された。運用は三ヶ尻〜羽生〜業平橋で あったが、翌年発送工場が住友セメント葛生工場に変更されたため廃車となり東武鉄道へ移籍となった。(澤内 一晃「関東地方のローカル私鉄 秩父鉄道」『鉄道ピクトリアル臨時増刊号』通巻第620号、p197)

2006.8 三ヶ尻駅


■3.SS配置と鉄道貨物輸送  
 秩父セメントは、1970(昭和45)年12月に「バラ倉庫」を「SS」と改称した。([1]p487)
 同社のSSは東北地方南部から東海地方にかけて広がるが、基本的に内陸立地であり専用線を備えた鉄道貨物輸送を前提としたものとなってい た。この点は、同業他社が臨海SSを高度成長期を中心に一気に増加させ、鉄道貨物輸送の依存した輸送体制から脱却していったとの対照的であった。そのため 2010年現在、太平洋セメントのSSとして現役なのは友部矢板小田原飯田の4カ所のSSに過ぎず、大半のSSは統廃合され姿を 消してしまった。

▼3.1東北地方  


▽長町SS (長町駅)
1952(昭和27)年10月 仙台倉庫開設。([1]p469)
1960(昭和35)年10月 長町倉庫開設。([1]p477)
1965(昭和40)年08月 長町倉庫開設。([1]p482) ※ 上記長町倉庫の移転?
1966(昭和41)年10月 長町バラ倉庫開設。([1]p483)
<現 況>
1998(平成10)年6月の現地調査時点で廃止、場所の特定もできず。
「1967年版 専用線一覧表」:長町駅所管 の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。
※長町バラ倉庫の開設に合わせて専用線を設置したようだ。
「1983年版 専用線一覧表」:長町駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。
1984.11現在の長町駅国 土画像観覧システムより)、クリックすると現在のYahoo!地図になります。

▽上ノ山SS (上ノ山駅)
1965(昭和40)年02月 上ノ山倉庫開設。([1]p482)
1966(昭和41)年09月 上ノ山バラ倉庫開設。([1] p483)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では、大越〜上ノ山間にセメント専用列車の設定あり。
下記の伊達SS向けが少なくとも1978(昭和53)年時点で熊谷工場からの最長輸送距離であったことからして も、
上ノ山向けの輸送は早い段階から大越の住友セメント鞄c村工場からの出荷となっていたと思われる。これは、
上記長町SS向けも同様だと思われる。
1991(平成03)年09月 上ノ山駅の貨物取扱い廃止(Wikipediaよ り)
<現 況>
2005(平成17)年5月の現地調査時点では太平洋セメント鰹繝m山SSは残る。
但し2005年現在の『セメント年鑑』([6]p93)では存在せず。
「1967 年版 専用線一覧表」:上ノ山駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.3km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:上ノ山駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。
2005.5 かみのやま温泉駅

▽伊達SS (伊達駅)
1971(昭和46)年05月 伊達SS、伊達倉庫開設。([1] p488)
1977(昭和52)〜1978(昭和53)年における熊谷工場(籠原駅)からの鉄道による最長輸送距離が伊達駅向けであった。([3]p54)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜伊達間にセメント専用列車の設定あり。
1988(昭和63)年03月 ダイヤ改正では福島〜伊達にセメント専 用列車の設定があり、大越〜漆山間のセメント専用列車が福島駅で
解放を行っていることから、この時点で発駅が大越(住友セメント鞄c村工場)に変更となっていた模様。
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正で伊達駅の貨物列車発着が消 滅。
<現 況>
2000(平成12)年現在([7]p101)では存在せず。
2007(平成19)年5月の現地調査時点ではSSの施設群は残っていた。
「1975 年版 専用線一覧表」:伊達駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.5km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:伊達駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.5km)あり。
 2007.5 伊達駅

▽安積永盛SS (安積永盛駅)
1966(昭和41)年08月 安積永盛バラ倉庫開設。([1] p483)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜伊達間のセメント専用列車が安積永盛駅で解放を行う。
1988(昭和63)年03月 ダイヤ改正では大越〜安積永盛間にセメント専用列車の設定があり、この時点で発駅が大越(住友 セメント鞄c村工場)に
変更となっていた模様。
1999(平成11)年06月 大越駅からのセメント列車が廃止され る。(Wikipediaよ り)
<現 況>
2006(平成18)年11月の現地調査時点では太平洋セメント活タ積永盛SSとして使用していたが、2010(平成22)年現在([2]p90)では存 在せず。
「1967 年版 専用線一覧表」:安積永盛駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.3km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:安積永盛駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.2km)あり。
 2006.11 安積永盛駅


▼3.2関東地方  

▽友部SS (友部駅)
1968(昭和43)年03月 友部バラ倉庫、友部倉庫開設。([1] p485)
1990(平成02)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜泉間のセメント専用列車が友部駅で解結を行う。
1996(平成08)年08月 現地調査で武州原谷〜友部間で運用される秩父セメント鰹蒲Lのセメント専用貨車を目撃。
2006(平成18)年03月 ダイヤ改正で友部駅に発着するセメント 列車が廃止された。
(旧秩父セメントの各工場からの鉄道によるセメント輸送全廃)
<現 況>
太平洋セメント蒲F部SS(茨城県笠間市南友部1966-5)、 サイロ4基・能力6.0千トン([2]p90)
「1970 年版 専用線一覧表」:友部駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.2km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:友部駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.2km)あり。
 1996.8 友部駅

 2009.4 友部駅

▽矢板SS (矢板駅)
1970(昭和45)年07月 矢板バラ倉庫、矢板倉庫開設。([1] p487)
1977(昭和52)〜1978(昭和53)年における秩父第一工場(秩父駅)からの鉄道の最長輸送距離が矢板駅向けであった。([3]p54)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜矢板間にセ メント専用列車の設定がある。
2006(平成18)年03月 ダイヤ改正で矢板駅に発着するセメント 列車が廃止された。
(旧秩父セメントの各工場からの鉄道によるセメント輸送全廃)
<現 況>
太平洋セメント竃板SS(栃木県矢板市末広町24-4)、 サイロ4基・能力6.0千トン([2]p90)
「1970 年版 専用線一覧表」:矢板駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.6km)あり。(記事:専売公社線から分岐)
「1983 年版 専用線一覧表」:矢板駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.6km)あり。(記事:専売公社線から分岐)

2000.3矢板駅

2005.12矢板駅

▽小金井SS (小金井駅)
1965(昭和40)年12月 小金井バラ倉庫開設。([1] p483)
1966(昭和41)年04月 小金井倉庫開設。([1]p483)
1980(昭和55)年10月 ダイヤ改正時点で既に小金井駅は貨物取 扱いが廃止されている。
<現 況> 貨物取扱い廃止が早かったことからも、SSは早期に廃止されたと思われる。
「1967 年版 専用線一覧表」:小金井駅所管の相鉄興産叶齬p線の第三者使用に秩父セメント鰍り。
「1975 年版 専用線一覧表」:小金井駅所管の相鉄興産叶齬p線の第三者利用者に秩父セメント鰍り。

▽高崎SS (南高崎駅)
1960(昭和35)年12月 高崎バラ倉庫開設。([1]p477)
詳細は拙web「貨物取扱駅と荷主」の「倉賀野駅」における「秩父セメント轄m鏨S」 を参照。

▽下板橋SS (下板橋駅)
1935(昭和10)年05月 下板橋倉庫開設。([1]p457)
1957(昭和32)年06月 下板橋倉庫に初めてバラタンクが付設された。この時、バラセメント輸送用 私有貨車6両が購入された。([1]p155) 
1977(昭和52)〜1978(昭和53)年における秩父第二工場(武州原谷駅)からの鉄道による最大量到着地は下板橋(14.0千トン/月間)である。 ([3]p54)
1986(昭和61)年10月 東武鉄道東上線の貨物輸送全廃。 ([4]p184)
<現 況> 鉄道貨物輸送の廃止時点でSSも廃止されたか?
「1951 年版 専用線一覧表」:下板橋駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:下板橋駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
※秩父セメントから東上線向けのセメント輸送(1965年当時)は袋詰が圧倒的に多かったとのこと。(渡辺  一策「あの日のジョイント音」『トワイライトゾ〜ン
MANUAL13』ネコ・パブリッシング、2004年、p157)

▽千住SS (千住駅)
1961(昭和36)年12月 千住バラ倉庫開設。([1]p478)
1977(昭和52)〜1978(昭和53)年における熊谷工場(籠原駅)からの鉄道による最大量到着地は千住(18.0千トン/月間)である。 ([3]p54)
1987(昭和62)年04月 三ヶ尻〜羽生〜千住間のセメント列車(平日2本)が廃止。ホキ車及びタキ車で1 日当たり18両が運転。([4]p184)
<現 況> 鉄道貨物輸送の廃止時点でSSも廃止されたか?
「1961 年版 専用線一覧表」:千住駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:千住駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
※現役時の千住駅構内の様子は、前掲「あの日のジョイント音」p166にあり。

▽業平橋SS (業平橋駅)
1949(昭和24)年09月 業平橋倉庫再開。([1]p468)
1963(昭和38)年02月 業平橋倉庫新築移転。([1] p480)
1987(昭和62)年04月 三ヶ尻〜千住間の輸送が廃止された時点 で業平橋向けの輸送は廃止されていた模様。
<現 況> 鉄道貨物輸送の廃止時点でSSも廃止されたか? 現地は現在、東京スカイツリー建設中。
「1961 年版 専用線一覧表」:業平橋駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:業平橋駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。

▽千葉SS (京葉市原駅)
1975(昭和50)年10月21日 千葉SS開設。([8] p291)
1981(昭和56)年頃の京葉市原駅の秩父セメントには三ヶ尻駅からセメント到着。
(『京葉臨海鉄道20年史』京葉臨海鉄道株式会社、1983年、p194・196)
1994(平成06)年度 京葉臨海鉄道の品目別輸送量のセメントは 1994年度で消滅。(1995年3月に廃止?)
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正で熊谷(タ)〜村田間のセメント列車が廃止。
<現 況>
2000(平成12)年現在([7]p101)では存在せず。
2007(平成19)年2月の現地調査時点で更地。尚、太平 洋セメント且s原SSは市 原市八幡海岸通74-3にあり。([2]p90)
「1983 年版 専用線一覧表」:京葉市原駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。
 1996.5 京葉市原駅
*京葉臨海鉄道のセメント輸送量
年  度
1975 年度
1977 年度
1979 年度
1981 年度
1985 年度
1987 年度
1989 年度
1991 年度
1992 年度
1993 年度
1994 年度
到着トン 数
53,330
112,225
126,580
86,600
100,546
83,600
98,268
87,400
82,460
65,740
45,220
(前掲『京葉臨海鉄道20年史』及び『鉄道統計年報』より作成)

▽小宮SS (小宮駅)
1961(昭和36)年02月 小宮倉庫開設。([1]p477)
1965(昭和40)年02月 小宮バラ倉庫開設。([1]p482)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では寄居〜小宮間にセメント 専用列車が2往復設定。
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正で寄居〜小宮間のセメント専 用列車が1往復に減少。
1997(平成09)年03月 ダイヤ改正で小宮駅発着のセメント列車 廃止。
<現 況>
2002(平成14)年12月の現地調査時点ではSSは使用していたが、2005(平成17)年現在([6]p93)は存在せず。
「1961 年版 専用線一覧表」:小宮駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:小宮駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
 2002.12 小宮駅

▽茅ヶ崎SS (北茅ヶ崎駅)
1964(昭和39)年06月 茅ヶ崎バラ倉庫、茅ヶ崎倉庫開設。 ([1]p481)
1977(昭和52)〜1978(昭和53)年における秩父第二工場(武州原谷駅)からの鉄道による最短輸送距離は北茅ヶ崎である。([3]p54)
1985(昭和60年)03月 ダイヤ改正では茅ヶ崎〜北茅ヶ崎間にセ メント専用列車が設定。
1986(昭和61年)11月 北茅ヶ崎駅の貨物取扱い廃止(Wikipediaよ り)
<現 況> 跡地はシマチュウ(ホームセンター)となっている。SS廃止時期は不明。
「1964 年版 専用線一覧表」:北茅ヶ崎駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:北茅ヶ崎駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。
茅ヶ 崎SS([1]p183)

▽小田原SS (下曽我駅)
1971(昭和46)年11月 小田原SS開設。([1]p488)
1971(昭和46)年12月 小田原倉庫開設。([1]p488)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜下曽我間に セメント専用列車が設定。
1988(昭和63)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜原間にセメ ント専用列車が相模貨物で解放。相模貨物〜下曽我間にセメント専用列車が設定。
(※1985年時点の熊谷(タ)〜下曽我・吉原(原で解放)間の各セメント列車が1本に集約された形)
1999(平成11)年09月 相模貨物〜下曽我間のセメント列車の設 定が廃止。
(倉吉 勲・二階堂 弥「9月16日、JR貨物運用改正概要」『レイル・マガジン12月号』第16巻第16号、通巻第195号、1999年、p112)
<現 況>
太平洋セメント鰹ャ田原SS(小田原市曽我原660-1)、 サイロ2基・能力3.0千トン([2]p90)
「1975 年版 専用線一覧表」:下曽我駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。(記事:一部国鉄側線)
「1983 年版 専用線一覧表」:下曽我駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。(記事:一部国鉄側線)
 2004.3 下曽我駅


▼3.3甲信越地方  

▽石和SS (石和温泉駅)
1968(昭和43)年03月 石和バラ倉庫開設。([1]p485)
1969(昭和44)年10月 石和倉庫開設。([1]p486)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では寄居〜元善光寺間のセメント専用列車が石和駅で解放
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正では寄居〜小宮間のセメント 専用列車が高麗川駅で解放、高麗川〜石和温泉間にセメント専用列車が設定。
1997(平成09)年03月 ダイヤ改正によって寄居発のセメント専 用列車が廃止されたので、石和SSの専用線も廃止されたと思われる。
<現 況> 2006(平成18)年8月の現地調査時点では跡地はパチンコ店となっていた。
「1970 年版 専用線一覧表」:石和駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。(記事:国鉄砕石線分岐)
「1983 年版 専用線一覧表」:石和駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。(記事:国鉄砕石線分岐)
1995.9 石和温泉駅

▽川中島SS (川中島駅)
1964(昭和39)年12月 川中島バラ倉庫、川中島倉庫開設。 ([1]p482)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では寄居〜川中島間にセメン ト専用列車が設定。
1997(平成09)年03月 ダイヤ改正で川中島駅発着のセメント列 車が廃止。
<現 況> 貨物取扱い廃止後もSSは使用されていたが、2008年にSSは更地化された。(Wikipediaよ り)
「1964 年版 専用線一覧表」:川中島駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:川中島駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.3km)あり。

▽松本SS (南松本駅)
1969(昭和44)年04月 松本バラ倉庫開設。([1]p486)
1969(昭和44)年06月 松本倉庫開設。([1]p486)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では寄居〜南松本間にセメン ト専用列車が設定。
1988(昭和63)年03月 ダイヤ改正では寄居〜川中島間のセメン ト専用列車が南松本駅で解放。
(※1985年時点の寄居〜川中島・南松本間の各セメント列車が1本に集約された形)
1997(平成09)年03月 寄居〜川中島間のセメント列車が廃止さ れたため、松本SS専用線もこの時点で廃止か?
<現 況> 2002(平成14)年10月時点ではSSは使用されているようだったが、その後旧日本セメント鰹シ 本SSに集約されて廃止されたと思わ れる。
「1970 年版 専用線一覧表」:南松本駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.7km)あり。(記事:松本市専用線分岐)
「1983 年版 専用線一覧表」:南松本駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.7km)あり。

1997.3南松本駅

2002.10南松本駅

▽沢渡SS (沢渡駅)
1968(昭和43)年03月 沢渡バラ倉庫、沢渡倉庫開設。([1] p485)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では寄居〜元善光寺間のセメ ント専用列車が沢渡駅で解放。
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正で沢渡駅発着のセメント列車 が廃止。
<現 況>
2000(平成12)年現在([7]p102)では存在せず。
2002(平成14)年10月の現地調査時点ではSSは確認できず。
「1970 年版 専用線一覧表」:沢渡駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:沢渡駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ0.1km)あり。(記事:西春近財産区線に接続)
1994.6.1 沢渡駅
急行越前様から現役時代の大変貴重な写真をご提供して戴きました!

▽飯田SS (元善光寺駅)
1974(昭和49)年12月9日 飯田SS開設。([8]p289)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では寄居〜元善光寺間のセメ ント専用列車が設定。
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正で元善光寺駅発着のセメント 列車が廃止。
<現 況>
隣接する旧小野田セメント飯田SSと一体化され、太平洋セメント株ム田SS(飯田市 座光寺3631-2)、サイロ3基・能力4.0千トン([2]p91)
「1975 年版 専用線一覧表」:元善光寺駅所管の轄タ光寺協同専用線センターの第三者利用者(真荷主)に秩父セメント鰍り。
「1983 年版 専用線一覧表」:元善光寺駅所管の轄タ光寺協同専用線センターの第三者利用者(真荷主)に秩父セメント鰍り。
1997.3 元善光寺駅

▽新潟SS (上沼垂駅)
1969(昭和44)年06月 新潟バラ倉庫、新潟倉庫開設。([1] p486)
1984(昭和59)年01月 上沼垂駅が貨物取扱いを廃止。(Wikipediaよ り)
<現 況> 鉄道貨物輸送廃止と同時期にSSも廃止か?
「1970 年版 専用線一覧表」:上沼垂駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:上沼垂駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。
※熊谷工場(三ヶ尻駅)からセメント到着か?
新 潟SS([1]頁不詳)

▽宮内SS (宮内駅)
1965(昭和40)年10月 宮内バラ倉庫開設。([1]p483)
1969(昭和44)年08月 宮内倉庫開設。([1]p486)
1986(昭和61)年11月 宮内駅の貨物取扱いが廃止。([5] p316)
<現 況>
1995(平成07)年現在([8]p105)では存在せず。
2007(平成19)年3月の現地調査時点でSSは跡形も無し。
「1967 年版 専用線一覧表」:宮内駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:宮内駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
※「懐かしい駅の風景〜線路配線図と ともに」には宮内駅の秩父セメント叶齬p線の貴重な現役時代の写真あり。⇒こ ちら
※熊谷工場(三ヶ尻駅)からセメント到着か?

▽直江津SS  (犀潟駅)
1969(昭和44)年11月 直江津バラ倉庫、直江津倉庫開設。 ([1]p487)
1986(昭和61)年11月 犀潟駅の貨物取扱いが廃止。([5] p316)
<現 況> 1995(平成07)年現在([8]p105)では存在せず。詳細不明。
「1983 年版 専用線一覧表」:犀潟駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.4km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:犀潟駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.5km)あり。
※熊谷工場(三ヶ尻駅)からセメント到着か?
直 江津SS([1]p207)


▼3.4東海地方  

▽原SS (原駅)
1962(昭和37)年05月 原バラ倉庫開設。([1]p479)
1966(昭和41)年10月 原倉庫開設。([1]p483)
1985(昭和60)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜吉原間のセ メント専用列車が原駅で解放。
1988(昭和63)年03月 ダイヤ改正では熊谷(タ)〜原間にセメ ント専用列車が設定。
1996(平成08)年03月 ダイヤ改正で原駅のセメント列車発着が 廃止。
<現 況>
2001(平成13)年9月の現地調査時点ではSSは使用中であったが、その後閉鎖、撤去。
2000(平成12)年現在([7]p102)では残るが、2005(平成17)年現在([6]p94)では無し。
「1964 年版 専用線一覧表」:原駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.3km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:原駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.3km)あり。

▽島田SS (島田駅)
1955(昭和30)年07月 島田倉庫開設。([1]p472)
1967(昭和42)年07月 島田バラ倉庫開設。([1]p484)
<現 況> 1995(平成7)年3月の現地調査時点でSSは跡形も無く、詳細不明。
「1970 年版 専用線一覧表」:島田駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:島田駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。

▽八田SS (八田駅)
1964(昭和39)年08月 八田倉庫開設。([1]p479)
1969(昭和44)年09月 八田バラ倉庫開設。([1]p486)
1990(平成02)年03月 ダイヤ改正では近江長岡〜八田間にセメント専用列車の設定あり。稲沢、枇杷島で解放あり。
(それ以前のダイヤでも近江長岡〜八田間にセメント専用列車の設定あり、但し名古屋や笹島で連結あり)
1994(平成06)年10月 秩父セメント鰍ニ小野田セメント鰍ェ合 併し秩父小野田鰍ェ発足。
1994(平成06)年12月 東藤原〜八田間でセメント輸送開始。
(松本 典久「関西本線 富田駅の業務を見る」『鉄道ジャーナル3月号』第30巻第3号、通巻第353号、1996年、p32)
1997(平成09)年11月 八田駅の貨物取扱いが廃止。(Wikipediaよ り)
<現 況> 現地は商業施設「カーマ」となっている。
「1964 年版 専用線一覧表」:八田駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km)あり。
「1983 年版 専用線一覧表」:八田駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.1km[製品線]、0.2km[セメント線])あり。
1996.3 八田駅

▽魚津SS (魚津駅)
開設年月日 不明
「1970 年版 専用線一覧表」:魚津駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。(滑ロ八、富山県経済農協連との共用線)
「1983年版 専用線一覧表」:魚津駅所管の秩父セメント叶齬p線(作業キロ:0.2km)あり。(滑ロ八、富山県経済農協連との共用線)
※「懐かしい駅の風景〜線路配線図と ともに」には魚津駅の秩父セメント叶齬p線の貴重な現役時代の写真あり。⇒こ ちら



[1]『秩父セメント五十年史』秩父セメント株式会社、1974年
[2]『セメント年鑑 2010』セメント新聞社、2010年
[3]野尻 亘「素材の鉄道輸送−セメント・石油・木材チップの場合−」『日本の物流−産業構造転換と物流空間−』古今書院、1997年
[4]花上 嘉成「東武鉄道 貨物列車ものがたりB」『鉄道ファン』第44巻第7号、通巻第519号、2004年
[5]『鉄道貨物輸送近代化の歩み』日本貨物鉄道株式会社、1993年
[6]『セメント年鑑 2005』セメント新聞社、2005年
[7]『セメント年鑑 2000』セメント新聞社、2000年
[8]『セメント年鑑 1995』セメント新聞社、1995年

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