◆麦芽輸送システム 『サッポロビール120年史』サッポロビール(株),1996年発行より
◇日本農産加工(株)について
埼玉県白岡町に日産60トン,年産1万5600トンの能力を持つ製麦専用工場を建設することとした。同地は関東平野の中央に位置し,ビール大麦の生産地にも近く,川口,目黒両工場への麦芽供給が容易,という利点があった。昭和38年6月から日産30トン,翌39年4月からは日産60トンのペースで操業を開始した。
◇麦芽の輸送について
昭和42年,カナダ産麦芽については三井物産(株)と昭和海運(株)に,オーストラリア産麦芽については(株)東食と山下新日本汽船(株)に,それぞれ麦芽専用コンテナの共同開発を提案し,開発を進めた。そして海運会社のフルコンテナ船が昭和43年10月カナダ航路に,翌44年10月にはオーストラリア航路に就航し,麦芽のコンテナ輸入が始まった。昭和46年にはヨーロッパの航路にコンテナ船が就航し,麦芽輸入のコンテナ化はさらに進展することになった。
コンテナには麦芽約15トンが収納でき,到着後はトレーラーでビール工場まで輸送し,ホッパーに落としてサイロに納めた。
その一方で,昭和40年代の終わり頃から将来の大量輸送システムに備えて,年に1,2回麦芽輸送に穀物専用船を使用し,その施設と運用面のノウハウの取得を図った。この場合,1万トン級の穀物専用船の1つの船倉に3000〜4000トンの麦芽をバラ積みし,他の穀物と一緒に運び,港湾のサイロに荷揚げしたのち,ダンプ車で順次工場に搬入する,いわゆるバルク輸入の方法をとった。
コンテナや穀物専用船による輸入が始まるとともに港湾に保税サイロが必要となり,横浜港に4本(計1800トン)借り上げたほか,名古屋,神戸,九州の各港においても収容できる保税サイロを整えた。
陸上輸送の面では,これよりさきに昭和38年9月に麦芽の鉄道輸送専用の貨物車を開発した。日本農産加工白岡工場で製造した麦芽1万6000トンを川口(現,埼玉),目黒(のち恵比寿)両工場,のちには仙台工場にも搬送するためであった。
同社が発注した車両数は,昭和48年5月までに合計14両となった。白岡駅に6両,輸入麦芽用として山下埠頭に8両常備した。その後国鉄の合理化計画で各工場の側線が次々と廃止され,工場間輸送が不可能となってきたので,昭和59年5月に国鉄から廃止補償を得て全両廃車とした。
麦芽(山下埠頭→各工場) 麦芽(恵比寿・川口←白岡) 計画では名取にも発送
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山下埠頭 恵比寿 ● 白岡 名取
[麦芽陸揚港] サッポロビール 川口 日本農産加工 サッポロビール
(ホキ8両常備) 恵比寿工場 サッポロビール <麦芽工場> 仙台工場
<麦酒工場> 川口工場 (ホキ6両常備) <麦酒工場>
<麦酒工場>
◆専用線について
◇『昭和58年度版専用線一覧表』より(1983) 『トワイライトゾ〜ン・マニュアル6』
上記麦芽輸送に関連すると思われる専用線は以下の如し。
駅名 | 備考 |
川口 | サッポロビール(株)(川口工場) |
白岡 | サッポロ農産加工(株) |
山下埠頭 | 横浜市,上組,東海運,鶴見倉庫,相仙冷凍,山九,横浜運輸倉庫,日新運輸倉庫の共用の専用線の第三者利用者にサッポロビール(株) |
名取 | サッポロビール(株) |
工場から貨車輸送側線消える 『サッポロビール120年史』サッポロビール,平成8年,622頁
昭和51年11月,国鉄の貨物輸送運賃が平均約54%アップされた。それまでトラックに比べて割安であったビール輸送コストは,この値上げでビール1箱辺りの輸送単価がほぼ同じ水準となった。
その後も国鉄は貨物輸送の合理化の一環として,昭和57年に貨物取扱駅の大幅な削減策を打ち出した。同社ビールを取り扱う駅数も,58年当時の206駅から125駅へとほぼ半減される見通しとなった。
このような中で,同社はしだいに鉄道からトラックへのシフトを強め,昭和56年に73%であったトラック利用率が,平成元年には100%近くになった。かつてはビール工場に不可欠であった専用線も次々と廃止された。
なお各工場における専用線廃止は以下のように進められた。
工場名 |
専用線廃止年月日 |
接続駅 |
恵比寿工場 北関東工場 札幌工場 静岡工場 大阪工場 九州工場 名古屋工場 川口工場 仙台工場 |
昭和57年10月31日 昭和58年10月31日(東武鉄道) 昭和61年3月31日 昭和61年10月31日 昭和61年10月31日 昭和61年10月31日 昭和61年11月31日 昭和62年1月27日 平成元年8月31日 |
恵比寿 木崎 苗穂 焼津 茨木 門司 千種 川口 名取 |
※接続駅は筆者
ビール輸送をコンテナ化 『鉄道ジャーナル3月号』第24巻第3号,通巻281号,鉄道ジャーナル社,1990年,109頁
平成元年12月1日,名取駅に隣接するサッポロビール仙台工場にコンテナホームが新設され,製品輸送が車扱からコンテナに切り替えられた。ビール工場内にコンテナホームが作られたのは初めてのことで,12月4日には同ホームで出発式が行われた。これは同工場が生産量を増やすのに伴い従来の専用線と車扱ホームがバックスペースとして転用されることとなったためで,一時はトラック輸送への全面切り替えも検討されたが,効率的な敷地利用が可能なコンテナ化により列車輸送が存続されることになったもの。JR貨物東北支社は平成2年3月改正以降,現行の1往復体制から2往復体制への増強を図る計画。
◆私有貨車について
◇『昭和54年度版私有貨車番号表』より(1979) 『トワイライトゾ〜ン・マニュアル10』
白岡 サッポロビール ホッパ車(麦芽専用) ホキ6600 14両
◇『私有貨車図鑑』より
ホキ6600 総両14両 S38.6-H1.10 サッポロビール私有であろう。
社史と廃車年月にギャップがあるが,しばらくは休車措置がとられていたのであろう。
◆ 生産体制について
『昭和58年度版専用線一覧表』より(1983)
昭和58年3月現在のサッポロビールの専用線は苗穂(札幌第二工場),川口(川口工場),山下埠頭(横浜市他の専用線の第三者使用にある),千種,茨木,門司(門司工場:工場廃止日田へ)[2]
◆アサヒ強気!285億円投じ5工場増強(http://www.mirai.ne.jp/~shungen/gyoukai.htmlより)
1996-12-28日経。アサヒビールは97年夏のビール需要期に向け、約285億円を投じ5工場の設備を増強する。アサヒの容器別構成比は缶53%、瓶34%、樽13%の見通し。
工場名 | 投資内容 | 隣接駅 |
北海道工場 | ビールから生きた酵母を除去する濾過設備を刷新。 | |
福島工場 | 缶ビールのラインを一系列新設。旧式缶ビールラインを改良、高速化。 | (郡山) |
名古屋工場 | 缶ビールのラインを一系列新設。三菱重工製のラインで毎分2000缶の世界最高速。樽詰め増強。 | 新守山 |
茨城工場 | 缶ビールのラインを一系列新設。旧式缶ビールラインを改良、高速化。樽詰め増強。麦芽とコーンスターチなどの原料を混合煮沸する仕込 み釜1基、発酵タンク12基、貯酒タンク30基を増強。 | |
西宮工場 | 西宮で旧式缶ビールラインを改良、高速化。 | 西宮 |
博多工場 | 缶ビールのラインを一系列新設。濾過設備を刷新。 | 竹下 |
◆アサヒビールの麦芽輸送
東京タ・横浜本牧〜宇都宮タで始まった海上コンテナ輸送は1996(H8)年11月[1]に郡山(タ)まで延長され,ビール会社(作者註,アサヒビールだろう)の原料輸送が始まった。[2]
[1]『鉄道ジャーナル6月号』第31巻第6号,通巻368号,鉄道ジャーナル社,1997年,104頁
[2]日本通運ホームページ:物流ニュース
◆「アサヒビール」号運転 『鉄道ピクトリアル』第47巻第9号,通巻第642号,鉄道図書刊行会,1997年,88頁
郡山(タ)〜秋田貨物(東青森経由)にビール臨貨「アサヒビール号」が1997年3月27日・31日運転された。アサヒビール郡山工場からの製品輸送である。写真によると,アサヒビールのヘッドマーク付きED75+コキ550012両編成であった。
◆JR貨物はコンテナで広告事業を試験的に開始
JR貨物は1997年4月26日からJRコンテナの両側面を使った広告事業を試験的に開始した。午前7時に福岡(タ)を出発し、福岡(タ)〜門司〜博多〜鳥栖〜博多〜福岡(タ)と周遊して、福岡(タ)に18時すぎに戻る。広告コンテナを積載したコキ車4両編成をEF76が牽引した。運転は5月2日まで。広告主はアサヒビールで、発売10年となる"スーパードライ"の広告を描いたフィルム32枚を20ftのJRコンテナ(30A形式)12個に貼り、運転した。牽引したEF76は「アサヒスーパードライ号」のヘッドマークが取り付けられた。
これらのコンテナは運転終了後の5月3日〜5日は福岡ドームの駐車場に展示された。その後も、広告をそのままに輸送に使われている。
この広告サービスは有償。今後も、広告を掲出したコンテナを有償で貸し出し自由に使ってもらうサービスや、大口荷主のコンテナに無料で広告を掲出する予定。なお1997年3月から名古屋タ〜熊本間で、自動車部品やボックスパレットを輸送するJRコンテナにアイシン精機の広告を無償で掲出している。JR貨物ではコンテナ広告の需要が見込めれば事業化したいとしている。
*参考文献:交通新聞1997年4月15日付 JR貨物「コンテナで広告事業」『JR貨物』47.6、4頁 市山尚稔「広告塗色のJRコンテナ」『鉄道ピクトリアル』弟47巻第10号、通巻643号、91頁
アサヒビールの輸送にそのまま使われているのか?
◆東北地区でビール臨貨を運転 運輸タイムズ,1997年7月7日
アサヒビール福島工場(東北6県と群馬・栃木・新潟県が販売エリアで、鉄道コンテナ利用は秋田・青森・岩手県向け)が1997年6月30日に5トンコンテナ350個分のビールを郡山タ駅から発送した。
これにあわせJR貨物は同日、郡山(タ)発東青森ゆきのビール専用臨時貨物列車を運行した。コキ車17両で、5トンコンテナ85個分の輸送力があった。JR貨物は、他の荷主も含めてビールの出荷が増加する旧盆の8月12日〜15日の間、東北地区でコンテナ列車の区間運転を行なう。また同期間は列車の計画運休を行なうが、輸送需要が強い列車については運転継続を検討している。
◆JR貨物郡山営業支店 最盛期迎えたビール輸送 安定輸送武器にシェア奪取 交通新聞、1997年8月5日付、2面
JR貨物郡山営業支店が「最大のお客様」と自他共に認めるのが、アサヒビール福島工場である。工場があるのは郡山市に隣接する本宮町のJR東北本線沿い。安達太良山系の清流を生かす形で、1972年に創業。「スーパードライ」を中心に、通好みの「黒生」、地域限定の「福島麦酒」など大瓶換算で年間ざっと5億本を出荷する。わが国でも3指に入る近代的なビール工場である。
鉄道によるビール輸送は、国鉄の分割民営化とほぼ軌を一にして87年頃からスタート。トラックの牙城を崩し着実にシェアを伸ばしてきたが、特に営業支店発足(1995年10月)後の躍進ぶりが目覚しい。レールで運ばれるのは
青森、八戸、弘前、秋田、能代など東北地区主体に、青函トンネルを越えた北海道
、加えてはるか九州だが、本年度(1997年度)の数字を見ても、東北が実に2割近くアップしたのをはじめ、パイ自体は小さいものの北海道が9割近い伸び、九州に至ってはほぼ2倍に増えている。また海上コンテナを使って海外から運ばれてきた麦芽の原料輸送もJR貨物の役目となっている。
出荷がピークを迎える7、8月は、オンレールはもちろんのこと、工場から郡山タまで片道10キロほどの道路輸送を担当する日本通運とも歩調をあわせ、輸送力を増強。コンテナについてもパレットを使ったビール輸送に適合する18D形を使えば、積み卸しはすべてフォークリフトによる作業で済み、手積みが不要になることから、同形式のコンテナ確保にも努めている。こうしたJR貨物の努力に対する、荷主側の評価はどうか。同工場の青木輝次物流部長は「コストの面を含め、JR貨物がわれわれにとって使いやすい輸送手段であることは間違いありません。ただ独りビール業界に限らず、現代の企業というのは物流面での効率化が急務の課題で、そうした面でも当社とJRの双方にメリットをもたらすような輸送方法の改良に、一層の知恵を絞りたい」と語る。
◆ルポ・郡山(タ)駅 主力はビールなど JR貨物ニュース,2001年2月15日,4面
郡山(タ)駅の近くには国内最大と言われるビール工場があり,そこから運ばれてくるビールが構内に設けられた荷捌場でコンテナに積み込まれている。同駅発の荷物の4分の1がビールで,東北一円に輸送している。年末年始は臨時列車も仕立てられるという。
このように,ビール会社は駅でトラックからコンテナにビールを積み替えることが普通のようなので,新守山駅構内で頻繁に見られたアサヒビールのトラックの発着は,ビールをコンテナに積み替えるためであろう。(1997年3月6日新守山駅訪問)
◆食品メーカー,鉄道輸送へ再シフト 日刊工業新聞,2001年8月31日付35面
アサヒビールの鉄道輸送の比率は2000年度実績で全体量の2,3%程度。しかし2001年度に発売した発泡酒「本生」の生産拠点は一部にとどまるためエリア間輸送には鉄道を用いる。そうした動きもあり,長らく前年割れを続けてきたJR貨物の酒・ビール輸送も2001年春から前年を上回るペースが続く。
ただし鉄道輸送比率の2,3%という数字は,麒麟麦酒の同1%未満 よりもだいぶ大きい。拙著の麒麟麦酒(株)を参照。
◆鉄道利用運送事業への新規参入 『カーゴニュース』2000年3月30日付、27頁及び2003年2月27日付、74頁より
事業者名 |
拠点駅 |
利用運送事業者名 |
許可年月 |
アサヒカーゴサービス名古屋 |
新守山、魚津 |
日本通運 |
1998.10.16 |
アサヒカーゴサービス九州 |
福岡タ |
日本通運 |
2000.2.9 |
アサヒロジスティクス |
札幌タ、東京タ、名古屋タ、大阪タ、福岡タなど14駅 |
日本通運、札幌通運 |
2001.12 |
アサヒロジスティクス株式会社はアサヒカーゴサービス4社の持株会社として2001年3月に設立された。 http://www.alogi.co.jp/index.html
◆JR貨物 モーダルシフト実現 行政と連携第一弾 ビールをコンテナ輸送 交通新聞、1996年4月12日付、3面
JR貨物はこのほど、サントリー桂工場(京都府長岡城市)が中国地方向けに出荷するビールの一部について、コンテナ輸送を開始した。トラック貨物を鉄道利用にシフトさせるモーダルシフトの一環として、近畿運輸局が中心となって進めていた推進策の第一弾。行政とのタイアップによるモーダルシフト実現は全国でも初のケースという。
現在、同地方に出荷されているビールの約4%が鉄道輸送の対象。これまでは全部をトラックで運んでおり、一部でも鉄道が利用されるのは初めてとなる。将来的には比率を15%まで高める計画という。
梅小路駅を18時38分に出発し、広島貨物ターミナル駅に翌日の4時16分に到着するコンテナ列車を利用。1日当りコンテナ2個
の輸送体制とする。広島には朝早く到着するため、現地で行われる午前中の配送作業に最も都合の良いダイヤ編成となっている。コスト面では従来のトラック輸送よりも優位。輸送時間についてもトラックと比べて大差ないという。
今回のモーダルシフト推進策は、近畿運輸局を中心としてサントリーなど関西の荷主企業、物流業者で組織する「関西モーダルシフト推進協議会」が実現に向けた取り組みを展開。昨年12月から詳細について話し合いを進めてきた。サントリー桂工場では、
関東地区向けに出荷するビールの一部で既に鉄道利用の実績がある。